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POUPEE  作者: 柚木トモカ
11/18

ぷーぺが町にやってくる!①

 人間を喰らう猫の顎。

(止めて)

 知らない少年に。知らない女性に。知らない男性に。犬猫すらも喰いつくし、やがて、兄を視界に収め……(止めて、やめて、止めて!)

「姫花ちゃん」

「きゃあっ!」

 唐突に声をかけられ、わたしはしりもちをつきました。

 見ると、ネコの被り物をしたお姉さん……いえ、この声は……。

「想実、さん……?」

「おはよう姫花ちゃん。ここは姫花ちゃんの夢の中。ドリームインザプリンセス」

「ですか……?」

 それにしてはずいぶんテンションが違います。現実の、ちょっと知的で、少しピンボケたお姉さんとは思えません。

「唐突だが、姫花ちゃんは呪いを受け入れなければならない」

「その……呪いって、なんなんですか」

「基本的には、全人類の中からランダムに選ばれた人間が掛けられる。怪物の苗床にね。発現すれば全人類が喰い尽くされる」

「いやです、そんなの!」

 わたしは否定します。この星に住む人々の敵になり、お兄ちゃんですら喰い尽くしてしまう。さっきも、そんな悪夢を見ていた最中。到底そんな提案は受け入れらません。

「何も怪物になれ、と言っているわけではない。しかし、怪物にも怪物の居場所が必要なんだ」

「か、勝手に滅びればいいと思います! 想実……さん? も、人間の味方なんじゃ……!」

「私は中立派さ。人間の立場も、怪物の意向も尊重する。そして君の意志はそんなに尊重しない。というわけで」

 もぞ、と肩で何かが動きました。痛みはありません。ただ、いつの間にか着ていた制服の、右肩だけが盛り上がっていきます。まるで、何かが飛び出そうとしているような……!

「ひひゃっ!?」

 首筋を擦り上げ、何かが飛び出す!

「じんにく!」

 それは、ネコの骨のような生き物でした。

「こ、これは……! この前の、ぷーぺ!」

「あぁ。この状態は胎児さ。成長すれば、じきに人類と同じ量の多頭になる」

「そんなの……」

(全人類と、同じ多さ? 六十億か、それ以上?)

 ありえません。ですが、呪いの獣というのなら。人知を超えた存在なら、そんなに増えてもおかしくはなく。首を横に振ることはできませんでした。

「それを、こう、封印して」

「っ……」

 想実さんらしき人は、どこからか出した小刀で指を少し切り裂きました。薄く血がにじむ程度の傷でしたが、それでもわたしには刺激が強く、嫌な汗が出ました。

「先ほど受け入れなければならないといったが、ただ受け入れるだけではさすがにキツかろう。獣の事情があるように、少女の事情がある」「そ、そうなんですけど」

「封印するんだ。私の術で」

 言うなり、骨の中に手を突っ込みました。

(な、何してるの、この人!?)

 噛まれちゃうじゃないですか! 食べられちゃうじゃないですか!案の定、獣の骨は大きく口を開け、想実さんの腕に噛みつきました。わたしはぎゅっと目を瞑ります。ですが、血が出るような切羽詰まった音はいつまでもせず。恐る恐る、閉じていた目を開くと。

「……え?」

 虚ろな眼窩の骨はなく。くりっとした愛らしい目に、やたらぺらぺらしてそうな質感の顔。腕に突き刺さるはずの歯は、途中から歪んでいました。まるで折れた紙のように。

「これ、紙ですか」

「ああ。術をかけて紙にした。ほら、へにゃへにゃ。これじゃ肉は食えないだろ」

「そうです……ね……?」

 てっきり、完全に封じてくれるものだと思っていましたが。まさかの材質変更でした。紙に変えられた獣は、きょとんとしたまま想実さんの腕に噛みついています。想実さんが腕を引き抜きます。言う通り、紙のせいか傷はありません。獣は薄くなった歯を、実感なさそうにぱちぱちかちかちと鳴らし。

「じんにく!」

 金属の擦れるような、甲高い声。確かに「じんにく」と聞こえました。

「これ、お肉食べたいんですか」

「獣だからな」

「牛肉でいいですか」

「じんにくが適切だなぁ」

「……」

 沈黙。

「さあ!」

 固まった空気を爆破するように、想実さんが腕を広げました。

「ともかくこれで受け入れやすくなったろう! なにせクリクリお目目のキュート怪物! 女子高生ウケはばっちりだ!」

「ウケませんっ! た、確かに目は可愛いですけど! 人も食べれなさそうですけど!」

「おはようぷーぺ、長谷部姫花! 朝の目覚めはもうすぐだ!」

「や、やっぱりあなたもぷーぺって呼ぶんですか!?」

「封印された獣の名だ! フランス語で人形、というんだったかな! 微妙に綴りが違うけど、ご愛敬だ!」

「人形ですか、獣なのに!?」

「詳しいことは明くる日の私に聞くがよい!」

 君が覚えていればだがね、と言い残し。


「……夢?」

 じゃ、ないのでした。ふと、右肩に違和感を感じると。

 くりくりアイズと、目が合いました。

「おはよう姫花ちゃん、昨日は眠れた?」

 リビングに出ると、想実さんがソファに座っていました。一瞬、なぜ想実さんがここにいるのか混乱しましたが、そういえば昨日壊滅した施設から送ってもらい、そのまま護衛兼・疲れたので、長谷部家に泊まってもらったのでした。

「それなんですが、……想実さんが夢に出て来まして」

「私が? なんだか嬉しいわね」

「これが、肩に……」

 わたしはそうっと、肩からぶら下がるぷーぺを見せました。


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