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7時半に君と

作者: 嵐山 柊

このところ、毎日同じ光景を目にしている。

いつも僕が乗っている7:30発の電車の隅の席に、ぎゅっとして座っている、同い年くらいの女子高生。

その女子高生が、隣に座っている友達らしい女子と楽しそうに会話している。

どこにでもあるような光景が、なぜだか僕の目にはとても眩しく見えた。


車内の座席はたくさんの人で埋まっているが、この2人の席だけ見えない壁で隔てられているように雰囲気がまるで違い、他の席が真っ暗であるようにも思えた。



いつもの号車のいつものドアから乗り込むと、左奥の隅っこの席で2人が談笑している。

これまで、その2人とは離れた空いている席に座っていたが、今日は混んでいたので、空いていたスペースに体を移したら、彼女たちの前だった。


 「昨日のラーメン美味しかったね〜」

 「いや、ラーメンより浅漬け高菜丼の方が美味しかったよ?めちゃくちゃしょっぱかったし。」

 「それ美味しいって言うの〜?笑」


車内アナウンスとともに、そんな取るに足らない話も全て耳に入ってくる。

2人の様子を、読んでいる本ごしに見てみることにした。

僕の目の前に座っている方を見る。

案外、今まで感じたあの眩しさ、異質さは見られず、ただのありふれた女子高生であった。


が、目を左に向けると、そこには、まばゆい光が背から放たれていると勘違いするような、もう一人の隅に座っている女子高生がいた。

あのきらびやかな雰囲気の正体は彼女に違いないとその場で分かった。

一旦彼女を見たあと、僕の本に目を落とす。

胸の拍動が早まっていくのを感じた。

彼女の印象は強く、僕の読んでいる本の上に残像が現れそうになるぐらいだった。


電車は次の駅にスピードを上げて走っていく。 

 もう一度彼女を見てみることにした。さっき見た様子と変わらずもう一人の友達と仲良くしゃべっている。


 「ウチの担任がめちゃくちゃ話長くてねー、何回も自分の旅行の話とかするんだよー。昨日で55回目。」 

 「それはきついねー笑。じゃあ私の担任は当たりかも。何も口出しして来ないし。」


彼女の返答の声もガラスのように透き通って聞こえる。


彼女のオーラを包み込む甘いラベンダーの花の香りがこちらまで届く。

彼女の茶色がかった艷やかな髪の毛はひらひらと舞い続ける。

彼女の真珠のようなまん丸の瞳には、ボサボサの髪の毛をしている僕が映る。

彼女の全てが見たこともないほど華麗で彼女が神々しいほど眩しかった。 


ああ、なんて美しいんだろう。


 僕は彼女のオーラに圧倒され、電車が駅に着いたらそそくさと降りることしかできなかった。

いつもはとても長く感じる通学の時間が一瞬にして過ぎて行った。

彼女たちの方が僕の降りる駅の一駅前で降りるのは分かっていたが、彼女たちが降りたあとも彼女たちの様子が残像のように鮮烈に脳裏に焼き付けられていた。それは結局、今日が終わるまで、寝るときまで焼きついていた。




 その日以降、彼女の近くに立つことはなかったが、相変わらず彼女だけが僕の視界にはあった。

そんな光景が1ヶ月ほど続いた5月のよく晴れたある日であった。

ゴールデンウィーク明けということもあり彼女たちを見るのも久しぶりであった。

7:30発の電車にいつも通り乗り込み、彼女たちが常に座っている隅の席に目をやった。

すると、そこにはいつも通りの可憐な彼女とその横に金髪のチャラそうな兄さんが座っていた。


…ちょっと待て。金髪のチャラそうな兄さん?彼女の友達の女子高生じゃなくて?と思って彼女を見るとなかなかに気まずそうな顔をして座っている。


これまでずっと2人で電車に乗って楽しそうに通学していたが、おそらく部活も本格的になってきて朝練も始まる時期なのだろう。

彼女たちが違う部活に入っていることは以前そのような会話を聞いていたので分かっていた。


僕はドアのそばからそんな彼女の様子を人越しに伺っていた。2人でいたときはとても楽しそうで笑顔が溢れていた彼女だったが、1人でいる今はそういった様子もなく、ただただ真顔でスマホを眺めていた。


そんな彼女でもあの独特な僕を圧倒する雰囲気は変わらない。彼女と彼女の麗しくも無機質な瞳を初夏の朝日が照らす。


  「まもなく、〜〜、〜〜です。お忘れ物ないようお気をつけください。」


本を読んで、長い通勤時間の暇をつぶし終え、独りの彼女が降りる駅に到着するとのアナウンスがかかったところである。


彼女以外の降りる客がずらずらと、ドアの前にと、こちら側に来たので反対側のドアに体を移した。

彼女も隅の席から立って降りる準備を1人でしている。


キーッとブレーキをかけて駅に着き、客がぞろぞろ降りる。彼女も駅のプラットホームに脚を付かせた。


が、彼女は一瞬脚を付かせたまま、そのまま立ち止まって、ひらり、と制服を舞い上がらせ、こちらに振り返ってきた。

何のために振り返ったのか分からなかったが、もう一度彼女を見るとすぐに分かった。


振り返って見ているのは、「こちら」ではなく「僕」であった。

僕が彼女を見たとき、彼女は僕を見ていたのだ。


眼と眼が合った。


その黒い眼は宝石の輝きをして全く動かず、僕の眼も金縛りにあったようにその眼の真っ黒な部分をずっと見ていることしかできなかった。  


僕がどんな間抜けな顔をしているのかは僕には知る由もないが、彼女の表情は僕の視点の外側からぼんやりと見えた。

口はぴちっと閉じているが、口角は上げ、目尻を下げて笑っていた。

それは満面の笑みではなかったが、後光が差しているかのように眩しく、きらびやかな笑みだった。


眼と眼が合っている時間に比例して体がロープに縛られているように引き締まっていくのを感じた。

彼女はホームに降り立ち、そのままこちらを向きっぱなしであった。


どんどんとロープが締まっていって、そのロープが限界まで体を締めつけて体が潰されそうになったとき、2人の眼を遮る1つのドアがスパッ、と勢いよく閉じた。

ロープが破裂した。

体が、動かないまま電車は加速し、僕はフラフラと立ち尽くす。

ハァー、ハァーと荒い息遣いを深呼吸で落ち着かせる。

彼女は見えなくなるまでその場所に立っていた。

ドアが閉まる瞬間の彼女の顔が頭の中にフラッシュバックする。


すると、その人は笑みを浮かべながら何かを発しようと口を開けていた。そのときは気づかなかったが、恐らく彼女は何かを僕に言い出そうとしていたのだ。

何を言おうとしていたのか、それは分からないが、彼女と僕との間で会話をしたことはないことは明らかであった。


そんなことを考えている内に、あっという間に電車は次の駅へブレーキをかけ始めた。


なぜか、5月の太陽は僕をとても照らしてきた。





「夏休み」この単語もよく聞くようになってきた月曜日である。

すっかり真夏に飲み込まれた駅から、7:30発の電車に乗り込んだ。


隅の席の方を反射的に見てしまうようになったのは約4ヶ月の通学の賜物である。

それは、この日も一緒だった。ドアが開く。ひんやりと冷房の風が額に当たる。

だが、この寒気は額だけでなく体中の皮膚から感じ取れた。

乗り込んだ瞬間いつもの雰囲気とは違うと勘づいた。隅の席を見る。



カラン…

聞こえもしない音が頭の中で作れだされていた。


そこには、あの独特なオーラを醸し出していた彼女の姿は見られなかった。

身体は呆然と立ち尽くすのみ、眼があの席に固定されるのみ、であった。

我に返ると僕は殻の隅の席の眼の前にいた。


アナウンスだけが車内に流れていく。こんなに静かであったことに今気づいた。

そして、もう一つだけ、気づいた。

僕は、彼女を無意識の内に求めていたということを。


彼女がいなくなった今、それだけなのに僕は心に穴がぽっかり空いてしまった。そのぐらい彼女のオーラに惹かれてしまっていたのだ。


それに気づいた瞬間、彼女がいないこの時間がより悲観され憂鬱に感じてきた。

今まで感じたことのない、ずうっと重い感覚が僕に足枷としてその場に留まらせている。その脚からは電車のモーターの振動が伝わって来る。


虚ろな眼は窓に写った自分をみていた。



 これから、夏休みまで彼女がこの電車に乗っていることはなくなった。彼女の友達もしかり。

もしかしたら、彼女も部活の朝練なのだろうか、ただ便利な列車に変えたのかと理由を考える内に、嫌な答えが見つかる。


いつも同じ電車にいる僕が嫌になったのではないか、と。


その答えが出てからはこのことしか頭に入って来ず、夏休みまでの通学時間が地獄のように長く感じ、自分の背中が蝉の音のようにジリジリと熱く、大変な焦燥感を毎日募りはじめていた。


夏休みになれば、僕の部活の時間も、彼女の部活の時間も合う訳がない。もう僕の目の前に彼女が現れることはないだろう。


そんな結論にも至って、夏休みを迎えた。もちろん、7:30発の電車に乗る機会もないので彼女に合うことはない。まあ、彼女もその電車に乗らなくなったが。

 




夏休みも2週間程が過ぎたお盆休みの日、高校の友達に誘われて、学校の近くの大きな夏祭りに参加した。


僕は、あの彼女も来ていないかと思い、電車に乗っていつもの駅へと向かった。

その車内には、浴衣姿の女子高生が沢山乗っていた。もしかしたら、と思い辺りを見回す。

だが、あの雰囲気、オーラは感じ取れない。


やはりか、と失望しながら夏祭りの会場に足を踏み入れた。

夏祭りは、やはり蒸し暑い夏の夜に行われていた。

フランクフルトや焼きそば、射的など屋台がたくさん出ており、人もたくさんいた。


中でも、高校生らしい人が多くグループでいるのが目に留まる。僕は友達と屋台を楽しみながら、彼女のオーラを追い求めていた。いや、屋台を楽しむのは二の次になっていた。

夏の嫌な雰囲気が体にまとわりつくのを振り払い、幻影でもいいからと願っていた。

それでも彼女を見つけることはできなかった。



夏祭りがあっという間に終わり、蝉の音が響く夜、僕は1人で電車で帰ることしかできなかった。到着していた電車に乗り込み、席に座る。隅の席ではないがその近くの席である。


発車のアナウンスが鳴り響く。


 「扉が閉まります」

 僕は彼女がいなかったことに、これから彼女と対面することはないんだと、僕は顔を床に向けた。



その刹那、急ぎ足でこの車両に乗り込んだ人物が2人いた。


「間に合った〜」

「危なかったね〜」


僕は顔を見上げる。

彼女のオーラを包み込む甘いラベンダーの花の香りがこちらまで届く。

彼女の茶色がかった艷やかな髪の毛はひらひらと舞い続ける。

彼女の真珠のようなまん丸の瞳には、ボサボサの髪の毛をしている僕が映る。

彼女の全てが見たこともないほど華麗で彼女が神々しいほど眩しかった。 

彼女だ。僕は涙目になりながら彼女を見たら、彼女も僕を見て一言。

「久しぶり」

いっきにこころが熱くなった。

電車は次の駅へ加速していく。僕はふと時計を見る。

 


この電車は19:30発だった。

 

 


こいつキモいな

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