Quantization【重なり合わざる現実と虚幻】
新章開幕。
作者のゲーム課金は留まるところを知らない
朝目覚める瞬間、というものは尤も不変的である。
似通った時間に同じような格好でベッドから身を起こし、朝食を食べ―――そういった一連の行動を、人は低精度状態で覚えている。
ここで言う『低精度』とは、その言葉の通り最低限の情報のみを覚えているということに他ならない。
朝鳴いていた鳥の名前も、香った花の色も、その全てが記憶の底に落ちて―――やがて消えていく。
だがらこそ、戦場の鮮やかさが目に残る。
舞っていた砂の色も、壊した機械が最後に残した呻きのような故障音も、銃の音も鋼と鋼がぶつかり合う音も―――その全てが鮮明に記憶に残っている。
―――残っているのだ。
だからこそ自分のIDカードの違和感が目にとまった。
【国営調査局第四支部特級 アル・レピオス】
そう、書いてあった。
俺の記憶の中で俺は機殲軍で機械と戦っていたはずだし、何より―――
「なぜ、街の中に機械が居る―――」
街中を機械が当たり前のように歩いていた。
人と共存して歩いていたのだ。
機械への恨みだの憎しみだのと言っていた一般人共は皆、機械と笑い合いながら歩いていて―――そこに違和感を覚える自分が怖かった。
「アル?どうかしたの?」
「オスカ、、、」
「そんなことよりいつも通り朝の懺悔にいくよ!」
「懺悔―――?」
「、、、寝ぼけてるの―――?私達人族は醜さを懺悔しなきゃいけないんだよ?毎日忘れずに―――」
背筋が凍った。
何処かで見たあの目だ。
どこで見たかなんて定かじゃないが―――世界から切り取られたような、光をなくした瞳でこちらを見るオスカが、堪らなく怖かった。
「あぁ、済まない―――寝ぼけてた。寝ぼけついでに聞きたいんだが―――」
「なぁに?」
「俺はなんという神様に懺悔するんだ?」
「ほんとにアルってばお寝坊さん―――機神エクセルマキナ様に決まってるじゃない。眷属様たちにこんな事聞いたら殺されちゃうよ?」
「―――眷属様?」
「ほら、あそこにいらっしゃるでしょ?」
そう言って機械の方を指差す。
「あぁ―――漸く目が冷めてきたよ」
「そう、ならよかった」
淡々と答えるオスカは、機械より機械的だった。
=====
「第四支部第三調査団諸君!本日も愚かな獣共に火薬の爆ぜる音と死を届けに征くぞ!」
一通りの懺悔を(といっても形式のみだったが)終えた後、今度は国営調査局の仕事に駆り出された。
「オスカ、聞こえるか?」
「なぁに?」
「、、、本日の標的は?」
「亜人の集落」
「何故亜人を?」
亜人とは獣人、エルフを始めとした人間の近縁種を指す。
コミュニケーションが取れるのは勿論の事、人間の仲間として共に機械と戦っていた。
そんな亜人を狙う理由は無いはずなのだ。
「機神様の赦しも得ずに生きている亜人種なんて鏖殺するに限るでしょ?何を言ってるの?」
「何を―――いや、そうだったな、、、済まない」
ここの連中全員と事を構えるのはまずい。
調査隊の人数は20人、、、弾丸が足りない。
オルカからの補給が途絶える時点で殆ど敗北が確定する。
「発見しました!亜人の人数は凡そ八十!斉射準備を開始します!」
「良くやった!」
まずい―――このままじゃ亜人達が―――
「済まないオスカ―――今後通信はできないものだと思ってくれ」
「何言って―――」
気づけば心臓は燃えるように熱く、心もそれに比例して熱くなっていた。
この人達を殺させる訳にはいかない、と当たり前ながらそう思う。
それがこの世界の非常識であっても。
「『神葬』!!」
持っていた弾は丁度十八。
いつも通り弾は空中に浮かび、いつも通り標的の脳髄を撃ち抜く。
「貴様なにを―――」
「『■■』」
再び弾丸が宙を舞う。
魔力でできたその弾丸は、先程の弾丸の軌道を正確になぞり―――こちらに向かってきた兵二名を撃ち抜く。
砂漠の砂が真っ赤に染まり―――鉄の匂いが周囲に漂う。
それと同時に戦場に似合わないような歓声が響く。
「なんだ―――?」
「申し訳、ない―――我々を助けていただきありがとう―――亜人を代表して私から、深く感謝申し上げる」
そう言って首を差し出す。
「何故首を?」
「この集落には貴方にお支払いできる物がない。だから一時の愉悦で赦しては頂けないだろうか」
「生憎俺には人を殺して悦ぶ趣味はない」
「では何を―――」
「何も要らない。これは昔亜人に助けてもらった貸しを返しただけだ」
嘘は言っていない。
共に戦線を守り抜いた仲間の中に獣人が居たのだから。
「、、、そう―――」
「あぁ。それから、、、早くここを離れろ。数日以内に軍の連中が来るぞ」
「わかった、、、貴方はどうする?」
「可能なら君達について行きたい。無理なら―――その時はあの国と最期に戦争でもするさ」
尤も国と個人の戦いなど最初から結果が見えているが。
「ならついてきて欲しい」
「ありがとう、、、そう云えば自己紹介がまだだったな―――」
「アル・レピオスでしょ?」
「何故知っている?」
自己紹介をしようとしたら自分の名前を先に言われた。
中々無い経験である。
「アル・レピオス、、、貴方を、と言うより特級の名前を全員憶えている。貴方は魔獣やら神獣やらだけを殺し続けて特級になったと聞いている、、、本当?」
「さぁ、、、残念ながら記憶喪失なんでな、分からない」
この世界で俺が今まで何をしてきたかなんて分からない。
今聞いたことが本当なら、俺は亜人を殺したりはしていないようだ。
「そう、、、あぁ、そうだ、、、私の名前はミモア。残念ながら性は無い、、、というより親がいないから本当の名前が分からない―――そんなことより移動を始めなきゃ―――アリル、エイカ、、、皆に指示を」
「「了解しました」」
背後にいたメイドたちに声を掛けると、こちらに一歩近づき―――手を差し出す。
「改めて宜しく、アル」
「こちらこそ宜しく」
こうして、握手とともに少々賑やかな旅が始まった。
=====
「アル・レピオスが裏切りました」
「そうかそうか、、、IDから位置わかったりする?」
「勿論。亜人の集団と共にバハル砂漠を西に進んでいます」
「流石カトレア―――それじゃあ調査隊を派遣してくれ、、、伝言を持たせてね」
「、、、悪趣味ですね―――了解しました」
ヴァルプルギスの夜会は愚かしく儚く―――されど続く。