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「楠木さん、大丈夫?怪我、ない?」


「はい。鳥飼さん、ご迷惑おかけしてすみません。有難うございました」


「うん、まあねえ。大人だから、色々あるよねえ。さ、飯屋はさ、個室だから他の客の目もないし。店に入ってゆっくり化粧も直したらいいよ。俺は、楠木さんのどんな顔でも可愛いと思うけど。やっぱり、他の男に泣かされたのは心配だし、いい気はしないわけよ」


ハンカチでゆっくりと目元を拭くと、ハンカチに化粧がついていた。


「少し落ち着いてから、タクシー拾おうか。このまま、ここでちょっと休憩ね」


鳥飼さんはネクタイを少し緩めると、「うーん」と大きく手を伸ばした。


「大丈夫です。もう、落ち着きました」


「そー?でも、俺が疲れちゃったのよ。身体動かしたからねえ。もう少しゆっくりしてもいい?楠木さん、飴玉舐める?」


「はい」と言うと、懐かしい穴が開いたパインの飴が差し出された。


「鳥飼さん、私にコーヒー以外くれるの初めてですね」


「ちょうど、ポケットに入ってたのよ。掃除や受付のお姉様達がよくくれるのよねえ。なんで、お姉様達はいつも飴を持ってるのか不思議だったけど、こういう時の為なんだろうね。お姉様達は偉大だね」


「ああ、掃除のお姉さん。私も貰ったことあります。「元気ないんじゃない?」って、三角の苺ミルクの飴、貰いましたよ」


「あら。俺ってパインっぽいのかね。楠木さんが苺ミルクってのは分かるけどね。田中さんだと何だろうねえ」


「田中さんは、サイダーの飴でしたよ。課長はのど飴でした」


頂きます、と言ってパイン飴を口に入れると、鼻がツンっとしてまた涙が出そうになったけど「美味しい?」と鳥飼さんに聞かれて、コクンと勢いよく頷いた。


「じゃ、舐めてる間、俺のおしゃべり付き合ってよ。もうちょっとしたらいこっか」


鳥飼さんはそう言って、鳥飼さんの所の課長が猫カフェに来週行くらしいとか、新人君の呪いの言葉を課長が聞いて、流石に凹んでいた、とか、この間、同期がくれたお茶が美味しかったけど、期間限定でもう売ってなくて残念だ、とか、ニコニコしながら話をしてくれていた。


私は飴が口に入っているから、頷くだけで、鳥飼さんの話を聞きながらも、ぼおっと考え事をしていた。


「ん、じゃ、行こうかね」と、十五分は経った頃に会社と反対の方に歩いてからタクシーを捕まえて、近くのこじんまりとした裏通りにある店に連れて行ってくれた。


私は店に入ってすぐに化粧室に行って顔をみると、ひどい顔だった。化粧を直して髪留めで髪をまとめ直すと少しはマシになったが、目元の赤みは消えなかった。



「すみません、お待たせしました」


「いーや。いいよ。今日はゆっくり飲もう。でも、まずは乾杯しよ。楠木さん、ビールで良かったんだよね?勝手に色々注文したけど」


「はい。最初だけ。あとはゆっくり弱いのを飲みます」


「うん。ゆっくり飲もう。ここ、ジュースも美味しいよ。お茶も頼もうか」


私がビールを持つと、鳥飼さんは「じゃ、楠木さんの引っ越しも終わって、俺の仕事も無事に終わって、元カレと綺麗に別れてコテンパンにやっつけたので、お疲れさま」と言って、カチンと私のグラスに合わせた。


「ふ」


「あ、笑った。よかった。楠木さん、笑ってよ」


「はい。今日は有難うございました。鳥飼さんって凄く強いんですね」


「あー。子供の頃、色々やらされてね。で、今でも、なんとなく出来るのよ。なーに、楠木さんも投げたいの?」


「すごい。私も習おうかな。護身術になりますね」


「あー、いいかも。教えてあげようか?女の子なら、投げるよりもこう、相手の手をって、楠木さん、髪留め壊れたの?これ、なに?さっきでしょ?」


「え?」


鳥飼さんはゆっくりと私の耳の上に止めた髪留めを見た。


「俺、間に合わなかったんだね。ヒビ入って壊れてる」


「いえ、本当に。鳥飼さん、間に合いました。十分助けて頂きました」


「本当に?怪我してない?これ大事なものでしょ」


「あー。いえ。そうでも。今はこれしかないので使ってるだけで。家に帰ったら別のがありますから」


自分で買ったもので気に入っていたけれど、壊れてしまってはしようがないと思う。そういえば透と出かけた時に気に入って買ったんだったな、と思い出して苦笑いしてしまった。


「・・・ふーん。じゃあ、今度、俺が髪留め買う。贈らせて。一人にさせてしまった、お詫び」


「え。お詫びって。鳥飼さんのおかげで助かったのに。私がお礼をしないといけないのに」


「じゃあ、髪留めを受け取ってくれるよね?それか、お礼してくれるのなら、一緒に選びに行こうか。楠木さんの時間を俺に頂戴」


「え・・・」


「本当に怪我は他にない?腕とか、触られてない?髪は大丈夫?何処か冷やす?目元冷やした方がよかったのかね」


鳥飼さんはお店の人にすぐに冷えたタオルを持って来て貰い、私に渡すと「あいつ。やっぱり落とせばよかったな」と言った。


「痛くない?」


そう言って心配そうに私を見るが、髪の毛だってもう痛くはない。


「鳥飼さん腕も髪留めも大丈夫です」


「ん?本当?」


「鳥飼さんは私の事、好きなんですか?」


「え?それ今聞いちゃう?」


「だって、あまりに優しいから。好きでもないと、こんな風にしないのかなって。私、鈍いって言われますけど、流石にデートって言われましたし」


「んー。俺さあ。こんなんだけど、楠木さんの事はずーっと好きなのよ」


ゆっくりとタオルを腕から離すと「ずーっと」ともう一度私に言ってから話を続けた。


「楠木さんが新人で入って来た時から、可愛いなって思っていたんだけどね。しばらくして、仲良くなろうと思っても、楠木さん、ガード硬いじゃない。で、田中さんが楠木さんの隣に移動したでしょ。だから、俺、田中さんに色々聞いてたのよ。そしたら、ある日、楠木さん、彼氏出来たって聞いてねえ。それからあの男とずっと付き合ってたんでしょ?だから遠くから、見守るだけにしてたのよ。俺って健気でしょ?」


「失礼します」とお店の人が料理を運んで来て私達の前に料理を置くと、私はお店の人にタオルを返してお礼を言うと、微笑みながら礼をされて出て行った。


「さ。食べて。話は食べながらでもいいし」


「あ、はい」


「健気な俺は、一生懸命に見守ってたのよ。なのに、ここ最近、楠木さんは元気がないじゃない。田中さんに聞こうにも、田中さんもリモートでいないしねえ。どうも彼と上手くいってないみたいって他から聞いてね。これはチャンスかもって思ってたのよ」


「刺身も美味しいよ」と、私のお皿に料理を取り分けて渡してくれた。


「部署が違うからさ、なかなか用事つくんないと会えないでしょ。どうしたものかなあ、と思ったら、うちの課長がよく、他部署にさぼりに行くわけよ。それ見て閃いちゃったのよ。俺の休憩時間に楠木さんの所に遊びに行っちゃえばいいんだと、思ったのよ」


「遊びですか」


「いい方、悪かった?楠木さんの事は遊びじゃないよ。休憩?癒し?偵察?ちゃんと仕事はしてますよ。他の部署との連携も大切だしねえ。ほら、美味しいよ、食べて」


私は頷いてビールを飲み、刺身を口に入れると、「美味しい」と呟いた。


「でしょ」と、鳥飼さんはビールを飲んで、料理を口に入れた。


「で、最近恋人と別れたって聞いたからさ。これは早く攻めないと、伏兵が湧いてきそうだからって、デートに誘ったってことです。さっきあんな事があったけど、俺がいてよかったって思ってる」


「はい」


「改めて。楠木さん、ずっと前から好きでした。俺と付き合って貰えませんか?」



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