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一週間が過ぎた頃には、鳥飼さんの部署の課長が目の焦点が合わずに斜めに歩いているのを見てしまった。


「大丈夫ですかね?」


一緒にいた田中さんに聞くと、田中さんは笑って頷いた。


「死にそうになってるわね。まあ、大丈夫でしょ。あの人、しぶといの。それにね、シンドイって周囲に出せる人は強いのよ、無理して笑ってる人の方が心配ね」


「成程。じゃあ大丈夫ですね」


田中さんの言う通りに、鳥飼さんの部署の部長は、週末にはスッキリとした顔で、真っすぐ歩いて出社していた。



「無事終わったのかな」


私が思わずつぶやくと、隣のデスクの田中さんから「うん。そうみたい。あの、課長でしょ?あの人、分かりやすいのよ。ニコニコして出社して来てたわね」と返事が来た。


「結構でかい仕事だったみたいで、課長は終わってホクホクみたいよ。ちゃんと間に合ったみたいでね。その分、仕事量は半端なかったみたいだけど。鳥飼さんが大分課長にも上にも文句は言ったみたい」


「無事に終わって良かったです」


「そうね。鳥飼さんの、楠木ちゃん参りも最近無くなってから、本当、大詰めだったんでしょうね」


「なんですか、そのお参りって」


「ふふ。拝みにきてるじゃない。捧げもの持って。鳥飼さん。いい男よね。楠木ちゃんにはああいう男の人が向いてると思うけどな。楠木ちゃん、デザイナーの彼とは別れてたの?鳥飼さんが驚いて聞いてきたんだけど」


「ええ。三ヵ月位前に。疲れちゃったんですよね」


「三ヵ月前って事は、楠木ちゃんが別れてすぐに私がリモートに入ったのね。楠木ちゃんが振ったのね?」


「ええ。まあ、そうですね。ずっと上手くいってなくて。で、喧嘩して。別れようって言ったのは私です。でも、相手ももう、嫌だったんじゃないかな。分かったって返事はすぐにきましたよ。三ヵ月って早いですね」


「次の恋に行ったらいいわよ。年上は嫌い?デザイナーの彼は同級生だったけ?」


「え?ええ。別に、嫌いとかはないですけど」


「ふふ。だって。よかったわね鳥飼さん」



私の上の方に視線を合わせ、クスクスと田中さんは笑った。



ばっと後ろを見ると、「田中さーん、俺の売り込み、有難う。営業向いてるんじゃない?」と、私の横にコーヒーを置きながら、鳥飼さんが笑って田中さんに話しかけた。


「私はあくまでアシスタントが向いてるの。頑張っている人の補佐が好きなのよ。楠木ちゃん、年上は嫌いじゃないらしいわよ、で、楠木ちゃんから振ってるから、完全にフリーよ」


「うん、聞いてた。あと、タイプなんかも聞き出して。それと俺の良い所なんかを売り込んで」


「分かったわ」


クスクスと田中さんは笑っていて、私の頭の上で鳥飼さんは田中さんと話を続けた。


「楠木さん、おはよう」


「おはようございます、鳥飼さん。無事、終わったんですね」


「うん、疲れたのよ。へとへとになっちゃた。だから、癒しを求めて朝一番にきたのよ」


「お疲れ様でした」


「でね、俺、楠木さんとの引っ越しデートを確認しにきたの。楠木さんのところの課長から、急ぎの案件はなくて、楠木さん定時で上がれるって聞いてるけど、あってる?」


「そうですけど」


「じゃ。一緒に定時に上がって、飯食い、いきましょ。俺の奢り。楠木さんのお祝いと、俺のお疲れ様会だからちゃんと癒してほしいんだよね」


「は、はい」


「よかった。じゃ、楠木さん、またあとでね。田中さんもまた情報よろしく。お礼はいつもので」


ひらひらと手を振って、鳥飼さんは去っていった。


「ふふ。()()()ね。いいわね。楠木ちゃん、美味しい物ご馳走して貰ってきなさい」


「はい・・・」



課長からも、今日は用事がないか聞かれていたけれど、課長や田中さんが鳥飼さんに私の情報を与えているなんて思ってもみなかった。


その日は田中さんの優しい目線がなんだか恥ずかしくて、私はいつにもまして仕事に打ち込んだ。



そしてあっと言う間に定時になり、私がデスクに鍵をかけてエレベーターの前に行くと、鳥飼さんが待っていた。


「楠木さん」


「・・・」


声を掛けられ私がペコっと頭を下げると、「じゃ、飯行こ」と鳥飼さんはエレベーターのボタンを押した。


「鳥飼さん、ここで待ってたんですか?」


「ん。ちょっとだけね。デスクで待つと課長から仕事持って来られちゃいそうでしょ。あの人、人に仕事押し付けるの上手いのよ」


「成程」


「じゃ、何食べたい?イタリアン、和食、レバノン、ゆっくり話をしたいなら、個室の良い所知ってるんだけど」


「・・・レバノンも気になりますけど、ゆっくりの店で」


「了解。レバノンは次行こうか。モロッコ料理の美味しい店もあるよ」


「あ。せんぱーーーーい!」


エレベーターに乗り込もうとすると、日吉田が「のりまーす」と言って駆け込んできた。


「あ、鳥飼さん、お疲れ様です。先輩、今日、早いんですね。僕も今日は上がりなんですけど、一緒にご飯でもどうですかあ?」


可愛く首を傾けて、日吉田は聞いてきた。


「日吉田、ごめん、今日は用事が」


「ピヨピヨ君。今日は楠木さん、これから俺とデートなの。ごめんねえ」


「は?」


私の言葉を遮って鳥飼さんがにっこりして日吉田に言うと、日吉田は固まった。


「え?マジで?鳥飼さんとせんぱい、ご飯に行くんですか?」


手をぎゅっと握って私の方を見て来る。背があまり高くない日吉田は、ヒールを穿いた私より少し高いだけだから、首を傾げられると目線が同じになる。


「うん、そう」


と、私が頷くと鳥飼さんが、日吉田の頭に手をポンポンと置くと「そうなのよ」と頷いた。


「厳密に言うと、飯デート。ごめんねえ、ピヨピヨ君。楠木さんは年上が良いみたいなのよ。包容力って大事なのよ」


「俺は包み込んであげられるからねえ」と、鳥飼さんが言ったところで、ポンっとエレベーターが一階に着き、鳥飼さんは私を下ろすと自分も下りて「また、来週」と日吉田に言って歩き出した。


「ちょっと。鳥飼さん。日吉田をからかいすぎですよ」


「んーー?あのねえ、楠木さん。人間、見た目よりも中身が大事なのよ。俺は、ちゃんと日吉田君を評価してるのよ。だから、敵になりそうな奴はトコトンやっつけるわけ。たとえ、見た目はピヨピヨ君でもね。中身はちゃあんと男の子だからねえ」


ね?っと私の方を向かれて言われたが、私は、「はあ」とだけ返事を返した。


「よし。店は、ゆっくり希望だよね?あ、ごめん、ちょっと電話取っていいかな」


掛かってきた電話に鳥飼さんが出ると、邪魔にならない様に私は会社の外で待っていようとビルを出た。私も携帯を確認しようかな、と、バッグに手を掛けた所で、「ユイ」と小さく聞こえた。


声の方に顔を向けると、ビルの前の植え込みの前に透がいた。「ユイ」ともう一度呟くように言うと、透は笑いそうになった後に口を閉じて、今度は私を睨みつける様な顔になった。








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