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私は自分の缶チューハイを見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
「有吉さんからは、資料庫で挨拶されたんです。多分、資料を取って行かなかったから、私に挨拶する為に入って来たんでしょう。自分の事を『ルイから何か聞いてるか』と言われて。でも、それだけじゃなくて、私、二人がよく一緒にいるの見ているんです。仲良さそうに。出張先から一度休みが取れたので、帰って来たんですけど、その時もショッピングモールで二人が一緒にいるのを見たんです。瑠生さん、何か受け取ってたんです。有吉さん、嬉しそうでした」
「有吉……。成程ね。で、他には?」
その時のことを思い出して、胸がツキンと痛んだ。
「私、瑠生さんにすぐ連絡したんです。でも、連絡つかなくて。そして支店が忙しくなって、すぐに戻ったんですね。で、瑠生さんから、『携帯故障してた』って連絡がきたんです」
それを言った時に私の中でモヤモヤの気持ちが分かった。
「分かった。私、瑠生さんの事を信じられなかったんだ。嘘ついてるんじゃないかって」
怖かったんだ。
「うん。今日はどうしたの?顔色悪かったけど、その事じゃないでしょう?」
はーっともう一度息を吐いて、私は話し出した。
「今日も、有吉さんが私を待ってて。瑠生さん、この間、お誕生日だったんですけど、私達の出張と誕生日が重なってしまって。だから今度ゆっくりと二人で祝おうって言ったら、うん、嬉しいって返事を貰ってたんですね。俺も忙しいからって。でも、有吉さんから、『瑠生さんの誕生日の夜は一緒に過ごした』って。『ディナーした』って言われて」
「あの女……」
「もう、私、何がなんだか。瑠生さんに聞こうってした事もあったんです。でも、連絡が繋がらない時に、二人を見ちゃってたから。で、なんで連絡が着かないんだろう、とか、既読にならないんだろうとか思ってて。そしたら、瑠生さんから壊れてたから修理に出したって連絡来たから。その後は既読にもなるし、沢山メッセージも来るんです。でも、本当に故障だったのかな?嘘言われてたら嫌だし、嘘かどうかももう分からない。聞けばいいけど、こんな気持ちで聞いても多分、私は信じきれない、だから落ち着きたかった」
ポトンポトンと涙が落ちた。
私の手のチューハイを田中さんは取ると、テーブルに乗せて、タオルを代わりに持たせてくれた。
私はタオルを顔に当てると涙が流れた。もう、自分が情けない。信じられないと思ってしまった。勝手に疑って、勝手に傷ついて。瑠生さんは瑠生さんなのに。
「私も出張が多かったですし、瑠生さんはメッセージも今まで通りくれたりするんですけど、なんだかよそよそしくって。私も、なんだか今まで通りにメッセージを送れないんです。だからスタンプだけ送ったり」
ポンポンと私の背中を叩きながら田中さんは頷いてくる。
「成程ね。辛いわね。いいよいいよ、泣きなさい」
田中さんのお姉さんが子供達をお風呂で洗っている声がしている。
「楠木ちゃんさ、前のカレの時も我慢してたでしょ?そのせいで今も聞けないの?鳥飼さんに、バーンと聞いたらいいのよ。そして有吉の事も文句言ったらいいのよ。あの女、いい加減にしろって。鳥飼さんは受け止めてくれるわよ。喧嘩したっていいじゃない。スッキリするわよ」
田中さんは二本目の缶チューハイをプシュっと開けた。
「それとも、鳥飼さんの事嫌いになった?話もしたくない?」
ぶんぶん、と私は横に首を振った。
「嫌いになってません、こんな自分が嫌なだけです。信じる事が怖い。前のカレとは長かったのにあんなことになったから。瑠生さんとはまだ少ししか付き合ってないですから、どうやって聞いたらとか考えてしまって」
「まあね。でも、時間は関係ないわよ。長く付き合っても駄目になる時はなるし。短い時間でも、この人と一緒にいたいって思う時はあるわよ。長さの時間よりも、今だ!っていうタイミングじゃない?大体、好きって事が感情でしょ?感情論で動いていいわよ。その方が上手くいく時もあるわ」
「感情……。私は、単純かもしれませんが、鳥飼さんが元カレをやっつけてくれて、守ってくれて、優しくしてくれて、ストンと好きになったんだと思います」
「好きになるなんてそんなもんでしょ。ちょっと顔が良い男から、優しくされたら大体みんなキャーって言うわよ。男だってそうでしょ、スタイルの良い可愛い子が、「好き♡」ってコテンって身体預けたら「はい、好きです」ってコロっといくわよ」
「ははは。コロって」
私はタオルを離すと、チューハイを飲んだ。
「好きになるのは簡単なのよ。嫌いになるのは理由を探すのにね」
田中さんも飲んで、おつまみに買ったナッツをポリポリと食べていた。
「分かったわ。あのね、楠木ちゃん。あの女の言った事は本気にしない方がいいわよ。有吉、アイツ、クラッシャーなのよ。しかも、バツ3の独身。まだ、32よ?ちなみに私と同期ね」
「え?」
驚く私に、まあ、聞きなさい、と言って、ナッツを私の前に差し出して田中さんは話し出した。
「有吉、会社に入って来た時に婚約者がいたの。若くて婚約者いるんだーってちょっと話題になったのよ。見た目はキツイ美人系でしょ?だから、はっきり物を言う感じで、女友達多い感じ?と最初は思ったんだけどそうでもなくてね。見た目より甘えん坊タイプな奴なのよ。自称サバサバ系に近いかしらね。私は部署も違ったから、自然と距離を置いてたの。なんか、合う合わないみたいなの、感覚で分かるじゃない?だから会社ですれ違う時に挨拶する程度だったわね。一応同期だから」
田中さんは話しながら缶チューハイを飲むと、私にも飲むように促してから話を続けた。
「入社して二年位だったかしら、有吉が離婚したってきいて。あ、婚約者と結婚してたんだって思ったわね。私は結婚式には呼ばれてないし、女性の同期は誰も呼ばれてなかったわ。身内だけで式を挙げたんでしょうね。噂を聞いて半年経たずに当時同期の男と再婚したの。で、成程ねと思ったわね。入社当時から二人の距離は近くて噂もあったのよ。でも結局その後、その同期とも離婚したのよ」
田中さんはまた一口缶チューハイを飲んで話した。
「今回有吉が本社に来たからまた噂は聞いてたの。で、営業の先輩が「有吉バツ3だって。今フリーだから、何処かにいい男いないか?って聞かれた」って言ってたのよ」
私は聞きながらチューハイを口に入れた。
「鳥飼さんが入社してきた時から、有吉は鳥飼さんの事、目を付けてたの。鳥飼さん、入社してきたばかりの時は、日吉田とは違った人気があったのよ。ただ、有吉。全く相手にされてなくて。でもそういうのも気にしないのよ。自分に恋人がいようが、結婚してようが、相手に恋人がいても妻がいても関係ないの。本当、強かっていうか、変わった女なの」
コクンと頷く。
「有吉ね、他人の者を取るのが好きなの。で、取ると満足しちゃうのかすぐに飽きるのよ。私の同僚も彼に粉掛けられて喧嘩になって、別れたりね。でも、二人が別れたら満足しちゃったみたいで、友人の彼と付き合う事は無かったわ。本当、壊すの大好きなの。で、あれはもう病気ね。変わらないわね」
「私もやられたから」と田中さんは言って首を竦めた。
「そうなんですか……」
「まあ、鳥飼さんもタイミングが悪いでしょうけど、あの女と二人で一緒にすごすなんて絶対ないわよ。でも、あの女、完全な嘘はつかない。多分、あの女以外にも誰かいて、夜は皆ですごしたんじゃない?出張先や、応援や忙しい時に社員の誕生日なんて誰か言ったら、うちの部署でも課長がケーキ買ってきて、皆で食べたりするでしょ?きっとその程度よ」
私はショッピングモールで瑠生さんが有吉さんと二人でいるのを思い出した。
「はあ…。鳥飼さん、もう、馬鹿ね。楠木ちゃん、こんなに不安にさせて。バカ女にぐちゃぐちゃにされてんじゃないわよ」
「よし。私も戦います」
「え?あら。そう?」
「はい。もう考えても分かりませんし、不安になるのも疲れました。逃げても仕様がないです。瑠生さんに聞けないのなら、ひたすら信じてみます。疑って馬鹿でした。そして瑠生さんの仕事がひと段落したらちゃんと気持ちを伝えます」
「楠木ちゃん、やっぱり、思い切りが良いわよね」
色々考えてしまうが、吹っ切れるともう怖い物はないのだ。
「田中さんのおかげです」
「そうねえ。鳥飼さんとは楠木ちゃんも気持ちの整理をしたらいいわよ。もう、恋人を辞めるもよし。やっぱり続けるもよし。次に行くもよし。行かずに趣味や仕事に走るも良し。選択肢は沢山あるわよ。前見なさい。バツイチ女の助言よ」
田中さんはポンポンっとまた背中を優しく叩いてくれた。
「はい。私もモヤモヤばっかりだったから一度しっかり考えてみます。瑠生さんにメッセージ、そう送ります」
頷いて携帯を出すと、私はすぐに瑠生さんにメッセージを送った。