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仕事が終わり携帯を見てみると、瑠生さんからメッセージが入っていた。



『ユイさん、俺、また出張伸びそう。早く帰ってユイさんに会いたいわ』



ほっと、しながら瑠生さんのメッセージに返信を打つ。



『瑠生さん、出張、長くなりそうなんですか?気をつけて下さいね』



そう送ってから続けて、『有吉さんって、』と打ち込んでから消した。


ホッとしたのはなんでだろう。瑠生さんが会社にいなければあの有吉さんとも一緒にいないのだろうなと思ったからか。


色々な思いがグルグルと頭に駆け巡ってしまっていた。なんだが自分の気持ちが嫌だ。有吉さんはルイって呼んでいた。きっと親しい関係なんだろうけど聞き辛かった。


有吉さんに嫉妬している。だからただ、瑠生さんに有吉さんの事を聞けばいいだけ。それなのに、聞けない。


なんだか嫉妬よりも、もっとドロッとした黒い気持ちが渦巻いている。



「……なんだか嫌だな」



私が送ったメッセージに既読はすぐにはつかなかった。忙しいのだろうと思っていたら夜中にメッセージの返信が入っていたのに次の日の朝、気付いた。


そして何も聞けないまま三日経ち、瑠生さんからのメッセージで、『ユイさん、俺、早く帰れるかも』と、送られてきた。



『え、いつですか?』



と送ってみたが返信は無く、私がお使いに行って会社に戻るとちょうどエレベーターの前で有吉さんにあった。



「あら」



「ふふ。楠木さん」とにっこり笑われて挨拶された。私は「お疲れ様です」と言って頭を下げて、エレベーターに乗り込もうとした。


すると、下りてきたはずの彼女はまた乗ってきた。



「楠木さん。ルイと連絡付いた?今、忙しいでしょ?」



私がボタンを押していると、有吉さんは話し掛けてきた。



「ええ、そうみたいですね」


「ルイは頑張り屋だから、無理しちゃうのよね。この前も夜まで無理するんだもの」


「……」


「大体が頑張り屋なのよ。そうは見えないけど」



「ふふ」っと続けて笑われたが、私は上がって行くエレベーターの階数を眺めて黙っていた。


ボタンを押した階に着き、ホッとして、「では」と言ってエレベーターを降りると、有吉さんは「楠木さん」とまた話し掛けてきた。



「ルイの誕生日、忙しくて過ごせないって言われてたんでしょ?一緒にディナーに行って、夜をすごしたのは私よ」


「は?」と口を開こうとすると、有吉さんはにっこり笑ってエレベーターは閉まっていった。



「なんなの…」



閉まったエレベーターを眺めてからゆっくりとデスクに戻り、仕事を再開したが集中が出来なかった。



「楠木ちゃん、どうしたの?顔色悪いけど、何かあった?具合悪いんじゃない?」



田中さんに心配されて私は首を横に振ったけど、課長からも心配されたので少し休憩する事になった。



「楠木さん、出張明けで疲れがたまってるのかな?無理しないで早退していいよ?」



心配そうに課長はそう言ってくれたが、原因は分かっている。



「大丈夫です、熱もありません。心配をお掛けしてすみません」


「そう?じゃあ、定時に上がってゆっくり寝てね」



そう課長から言われ、私はデスクに戻り仕事を終わらせて定時に上がった。私がエレベーターを待っていると、ポンっと背中を叩かれた。


びくっと驚いて、パッと振り向くとそこには驚いた顔の田中さんがいた。



「ごめんなさい、楠木ちゃん。そんなに驚くとは思わなくて」


「いえ……。すみません」



ドキドキとした胸を抑えていると、田中さんが「ね、楠木ちゃん」と話し掛けてきた。


「今日、うちにきて。うちだとゆっくり話し聞けるから。ちょっと狭くて騒がしいけど一緒にご飯食べましょ。姉にも連絡してるから」


「え?」


「いいから、来なさい。具合が悪いんじゃないんでしょ?でも、様子もおかしいし。吐き出しちゃいなさいよ。スッキリするのが一番だって」



会社を出てから田中さんにぐいぐい引っ張られてバスを待っていると、向かいの歩道に有吉さんが歩いているのが見えた。


誰かを見つけて嬉しそうに手をあげて挨拶をして、少し小走りに走って行った。そしてそこには瑠生さんが数人の男の人達といて、有吉さんは瑠生さんに会うと、瑠生さんや他の人達の腕を叩いた。そして瑠生さんの横に寄り添うように会社の方へ皆で歩いていった。


早く帰れるって、今日だったんだ。


会いたかったのに、会いたくなかった。


私がじっと見ているとバスが来て、田中さんと私はバスに乗ると私はゆっくりと息を吐きだした。



「成程ね。有吉が絡んでたのね」



私がゆっくりと田中さんを見ると、田中さんは困ったような顔をして、ハンカチを差し出してくれた。



「楠木ちゃん、使って」


「え?」



言われて私は初めて涙が流れているのが分かった。止めようと思っても、ポロポロと涙があふれる。


「え?なんで。すみません」


焦ってしまって恥ずかしくてハンカチで目元を抑えると、顔を下に向けた。



「はあ。成程ねえ。コンビニで下着だけ買えば、あとはどうにかなるから。今日は泊まっていって。ゆっくりじっくり話しましょ。飲むわよ」



バスが田中さんのアパートについても私は顔を上げられず、私は手を引っ張られて田中さんの部屋の前までついていった。



「まったく、楠木ちゃんが日吉田に捕まる前に私が捕まえたのを感謝して欲しいわ。弱っている所を付け込まれたらどうするのよ。もう、パクリと食べられるわよね。日吉田も一生懸命だしね。でも、ね。物事には順序があるのよね。はー、鳥飼さんに貸し一つよね」



カチャンと鍵を開けると、「ママーーー!!」「ママちゃー!!」と田中さんに子供が飛び掛かってきた。そして田中さんに抱き着いたまま、田中さんの後に後ろにいた私を見つけて、「えー。誰ー?えー」「だれー」と不思議そうに覗きだした。



「ほらほら、ただいま。今日はお客さんがいるの。ちゃんと挨拶して」


「えー。おきゃくさーん?」


「おきゃくー?」


子供達はキャッキャと嬉しそうに田中さんの周りをくっつき、私が挨拶をしても、何がおかしいのか、「いらっしゃいませー」「ませー」と笑いながら走って隣の部屋に行ってしまった。



「亜理紗、おかえり」



部屋の奥から田中さんによく似た女性が顔を出して、同じ様に子供が二人、「亜理紗ちゃん、おかえりー」と声を掛けた。



「ねえさん、ただいま。この子さっき連絡した、会社の後輩の楠木ちゃん。ちょっと色々あって、連れ込んだの。泊まらせようと思うけどいい?」


「いいんじゃない?女の子だし。寝るのは雑魚寝よ?楠木ちゃん?亜理紗がお世話になってます。姉の優里亜(ゆりあ)です。ゆっくりしていってね」


「突然すみません。お邪魔します。楠木ユイです」


「亜理紗が無理やり連れてきたんでしょ?気にしないで」


ペコリと頭を下げると、子供達もペコリと挨拶をしてくれた。


荷物を置いて、鍋の材料を買いに行くという田中さんと「着いていきたーい」、と言った、田中さんの子供達と手を繋いで「少し先のスーパーよりもここで買うとパンとか麺とか酒とか安いのよ。肉と魚は無いけどね」と言われて大きなドラッグストアへと歩いて行き、必要な物を買うとアパートへと戻った。


鍋の準備を手伝わせて貰おうとキッチンに行くと、田中さんから、「うち、狭いから手伝い、無理。先にお風呂入って。人数多いから。後が詰まっちゃうの」と言われてお風呂場へと追いやられた。


湯舟に浸かるとなんだか落ち着いてきた。まさか今日、田中さんの家にお泊りする事になるなんて。


バシャバシャと顔を洗い体と髪を洗って、田中さんに借りた部屋着を着て風呂場を出ると、鍋の準備は出来ていた。


お姉さんが子供達を風呂場に追いやり、キャッキャと声が聞こえてくると、田中さんが顔を洗って髪の毛を下ろして、部屋着に着替えてやってきた。


「さ。先に飲みましょ。私は後でゆっくり入るから。まあ、潰れたら明日の朝ね」


そう言って桃のチューハイをプシュッと開けて、私に渡すと、グレープフルーツのチューハイを田中さんは自分用に開けた。


「お疲れさま」

「お疲れ様です、頂きます」


そう言って、缶を合わせると、田中さんはゴクゴクっと勢いよく飲んだ。


「はー。美味しいわよ。さ、楠木ちゃんも飲んで。家では缶のまま飲んでるの。グラスいった?」


「いえ、大丈夫です」


ゴクリ、と缶のまま飲むと、甘い桃の味と香りが鼻に抜けた。缶のまま飲むのはなんだか不思議な感覚だったが、普段と違う事が今は有難かった。



「で。楠木ちゃん、鳥飼君の事でしょ?で、あの有吉がなんか言った?」





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