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瑠生さんが出張に行ってから私の出張が決まり、すれ違いの日は続いた。普段私の部署は出張は少ないが、ある時は少し長めが多い。今回も私は一ヵ月の出張になった。
「せんぱいが出張なんて、寂しいです」
日吉田がそう言ってくれるが、日吉田がしっかりしているから、私の長期出張が決まっても心配ない。
「日吉田、色々お願いすると思うけど、宜しくね。山本さんもいるし、田中さんもリモート少なめに出来るみたいだから」
「はい。任せて下さい!!」
日吉田は胸元でガッツポーズをとると深く頷いてくれた。
「有難う、では、何かあったら連絡してね」
「はい」
瑠生さんは出張が終わったら暫くは少しは早く帰れそう、と言っていたのに今度は私が出張なんて。すれ違いだなあ、とがっかりしてしまった。
出張して一週間が経ったときに、連休と会わせて振替の休日を取って欲しいと言われた。会わせて三日の休みになったので、一旦マンションに戻ることにした。瑠生さんにも会えたら会いたいな、と思ったし、昨日メッセージを送ったのに、既読にもならなかったのが気になっていたからだ。
忙しいのかな。少しでも会えないかな。
家に戻って携帯を見ても既読にはなってない。
「どうしたのかな」
帰ってきたら会えるかな、と思ったのに結局会う事は難しいのか。残念に思いながら気分転換に買い物に行く事にした。
ぶらぶらするならショッピングモールがいい、と以前瑠生さんとも来たことがある大型ショッピングモールへと向かった。
誕生日プレゼントをまだ選べていない。ネットで見ていても良く分からないから直接色々見に行った方が良い物が浮かぶかもしれない。
ぼーっとお店の装飾を見ながら一階下のショップを覗きながら目線を進行方向の上の階にふと上げると、対角線上の一つ上の階のエスカレーターから下りのエスカレーターに瑠生さんとロングヘアーの女性が乗っていた。
「え?」
女性が瑠生さんに何かリボンが付いた紙袋を渡して、瑠生さんは受け取っていた。
瑠生さんの顔は見えない。でも、女性は嬉しそうに頷いて瑠生さんの腕に手を置いて笑っていた。
「なに?」
私は急いで瑠生さんの方へ行こうとしたけれど、瑠生さん達はすぐに見えなくなった。
私はゆっくりと下の階が見える所に移動したけれど、瑠生さん達を見つける事は出来なかった。
「え、見間違い?」
ドキドキと胸が鳴る。
振るえる手で携帯を取り出し瑠生さんに電話を掛けるが、呼び出し音だけで出なかった。
『瑠生さん、今お仕事中ですか?』
メッセージを送ったがも既読にならない。胸がドキドキして不安になるばかりでどうしていいのか分からなかった。私はそのまま何も買わず家に戻るとベッドに寝転び、目元に手を置いた。
「ふー」
息を大きく吐いて、意味なく窓から見える雲を見たが、モヤモヤではなく胸がドキンドキンと不安で押しつぶされそうになった。
ピロピロピロ!!
携帯が勢いよく鳴り、びくりとして、瑠生さんかと思って勢いよく画面をみると支店からの電話だった。
「はい。楠木です」
電話を取ると、支店長が申し訳なさそうに話し出した。
「楠木さんお休みの所、ごめんなさい。ちょっとトラブルが起きてしまって。楠木さんに至急確認をしたいの。今、電話いいかしら?」
「ええ、大丈夫です」
そう言って仕事の話をしていたが、支店がバタバタしているようで、私は休みを切り上げて支店の方に戻る事にした。
支店長からはすごく謝られたが、休みはまた振り替えもして貰えると言われたし、支店長が夜ご飯も奢ってくれると言ってくれた。
それに、今は仕事をしていた方がいいだろう。私は電話を終えて急いでまた荷物を詰めると、部屋を後にした。
電車に乗って、ぼーっと流れる景色を見る。携帯に目を落とすが、瑠生さんのメッセージは既読になっていない。
連絡もない。
支店に直接行き、仕事の確認をして、そのあと、ホテルに着くと瑠生さんから着信とメッセージが入っているのに気づいた。
『ユイさん、ごめん。携帯の調子が悪くて連絡が止まっていたみたい。今、修理に出して復活したから』
私はそのメッセージを読んで、返信を途中まで打っては消し、打っては消し、としていると、なんと送っていいのか分からなくなった。
故障?本当に?そんな都合の良い事ある?
電波の問題?
嘘ついてる?
頭の中にグルグルと嫌な思いが駆け巡る。
私はそんな思いを打ち消して、一つ息を吐くと、トトトとメッセージを打った。
『そうですか。おやすみなさい』とだけ打ち、寝ているスタンプを送った。
その後、瑠生さんから電話が掛かって来ていたが、私は本当に寝ていて気付かなかった。
朝からも、瑠生さんは沢山メッセージを送って来ていた。
『ユイさん、ごめんね。怒ってる?ごめんね』
『ユイさんも出張頑張ってね』
『俺、最近時間が出来てたのよ、ユイさんに会いたいな』
色々送られてきていたが、なんだか読むたびに、モヤモヤしてしまった。
私は性格悪いのかな。瑠生さんが謝ってるのも、私が怒るから謝るんだ、何が悪いかも分かってないのに、とか、イライラしてしまった。
私も一度帰ってたのに、とか、時間が出来てたら女の人と出かけるんだ、とか、色々頭の中がぐちゃぐちゃになってしまっている。
『怒ってないです。寝ていました。瑠生さんもお仕事無理しないで下さい』
そう送ってからも、瑠生さんはしょぼんとしたスタンプが送られてきたり、こまめにメッセージが送られてきたが電話はなかった。
私も電話を掛けていいのか分からなかった。あの女の人の事も聞いていいのか分からないまま時間が経ってしまって、今更聞けなくなってしまった。
それから一ヵ月が経ち、瑠生さんの誕生日は過ぎてしまった。お誕生日の日は忙しいらしく、次の日に電話で話して、落ち着いたらゆっくり会おうと言って電話を切った。
私が出張も無事に終わり久しぶりにデスクに戻ると、田中さんや日吉田が歓迎してくれた。
「せんぱあい、寂しかったですー!!」
そう言って、私に飛び掛かって来ようとする日吉田の首元を田中さんが掴んで、首が閉まって、「ぐえ」と、日吉田は変な声が出ていた。
「ははは!何してるの?」
私はその様子を見て、ほっとして笑ってしまった。瑠生さんはまた出張らしく、今日は会社に来ていない。会えない寂しさと、気まずさを感じながら瑠生さんの部署の横を通り過ぎて、資料室に入った。
借りていた資料を脚立を使って戻していると、カチャンとドアが開く音がして誰か入って来たが、気にせず資料を戻していた。脚立から降りようとすると、目の前にロングヘアーの女の人が歩いてきた。
「貴女が楠木さん?」
「え?あ、はい」
初めて真正面から見た人は瑠生さんの横に最近よくいる人だった。
「初めまして、有吉です」
私は脚立から降りて、「楠木です」と挨拶した。
すると、じーっと私を見た後に口元を手で押さえて「いやあね、緊張してるの?」と言われて笑われた。
「ルイの相手を見たかったの。どんなタイプなのかなって。私の事はルイから聞いてる?」
「いえ?」
「あら、そう?まあ、宜しくね」
そう言うと、ロングヘアーの有吉さんは資料室から出て行った。
私はポカンとしてしまったが、「ルイ?」と口に出してから、なんとも言えない不安な気持ちに押しつぶされそうになった。
なんで呼び捨て?名前を?瑠生さんからは何も聞いていないけど、聞かないといけないような人なの?
ドキンドキンと胸が苦しくなる。
「はああ」
ゆっくりと息を吐き、脚立の上に座り、顔を覆ってゆっくりと息を吐きだした。そうしていると、またカチャンと音がしてビクリと顔を上げると、日吉田がびっくりした顔をこちらに向けていた。
「びっくりしたあ!どうしたんですか?せんぱい、課長が、コレも借りてきて欲しいって。せんぱい?顔色悪いですよ?具合悪いんですか?」
「あ。日吉田。あ、うん。どれ?」
「えっと、奥の所にあるって。せんぱい、何かありました?」
「え。ううん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」
日吉田と話しているのに、耳から日吉田の声が抜けていく。
なんだか、嫌な感じだ。
「えー。本当に?せんぱい。ちょっとすみません。あれ?せんぱい、凄く冷たい。本当に大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫」
そう、大丈夫。私は自分にいい聞かせた。
私の手を触って、心配そうに覗く日吉田に笑い掛けながら、手を引き抜いた。脚立から降りて、一緒に資料を探して課長からのお使いを終わらせた。