第6話 【番外編】レティちゃんの憂うつ
「またやったのか、レティ!」
大声で怒鳴り散らす主神を横目に、レティは口をとがらせながら適当に答える。
「ごめんなさいィ。でも、ああやって楽しくした方が転生者だって楽しいかなぁ~って」
「エンタメ性を誰が求めとるか! お前のやらかしで、どれだけの転生先でチートが起きとるか理解しろと言っておる」
本来、転生というものはしめやかにつつがなく行うもので、偏ったチート能力など不要なのだ。元より転生者は死んだ後に行う「生まれ変わりの義」について覚えている必要がない。転生先の地で一生を終えるのが通例である。一部を除いて。
その一部というのは、神々の失敗によって発生した不要な事件や事故による転生の時を言うが、レティはその“一部を除いて”という通例をことごとく覆していた。
「だぁって、忘れちゃうんだからァ、仕方ないじゃないですかァ」
ぼそっと呟いたその言葉を、主神は聞き逃さなかった。
「なにが忘れちゃうだ! それが困ると言っておるのだ」
主神は大きなため息をついて、大きな自身の両手で頭を抱え込んだ。しばらく考え込んだあと、またも大きなため息をつき、レティに沙汰をつける。
「はあ、何が“一兆億番目ちょうどの頭の上から物が降ってき死”だ。数えておるのがまず理解できん。処理は粛々とするものだ。レティ! 数えるならもうお前の失敗は千ちょうどだ。お前がやらかした人間たちから不要なスキルを返還させるのだ。何年かかろうが、だ。それから……」
主神はつまらなさそうな顔で沙汰を聞いているレティをギロリと睨むと、その大きな右手をレティにかざす。
「スキルの返還もだが、間違いなくここでの記憶の抹消もしてくるのだぞ? 儂はいつでもお前を見ていることを忘れるな。行ってこい」
「ぴぎぃ」
そうして、レティは雷に打たれると同時に、自身が送った者たちが住む異世界へと飛ばされた。
気付いた時には渡されたリストでパンパンのカバンが肩からぶら下がっていて、下ろそうと思っても取ることができない。おそらく主神がサボらないよう配慮した結果で、中の荷物を減らさないとカバンはいつまでも重いままだ。
サボり癖のあるレティからすれば余計なことではあるが、それだけの失敗をしてしまったのだから仕方がない。しかし釈然とはしない。
「さっさと終わらせちゃうしかないですねェ。はあ、余計なことをしてくれちゃうですゥ」
とはいえ天界の仕事をする程度には有能なレティは、えいっとカバンの中に手を突っ込んで、適当に一枚を取り出した。
そこには【幸田大河・過ぎた力“ラッキースケベ”により引きこもり、魔王と呼ばれる。ただし広大な土地を所有しているだけで悪意はない】と書かれていた。
内容を読んだか読まないか……紙が光ったと認識した頃には、目の前には魔王・コーダが築いた城があった。
「あぅ、この人のラッキースケベなんて、レティちゃん与えた覚えがないですゥ」
どう考えても、そんなスキルを欲しがるような人間は流石にいなかったと思い返す。スキル付与は感謝されるうえに対象者にある程度選ばせることができるので、レティの中では超ラクな仕事ではあったし、人の欲を観察したいレティにとってはまさに天職だった。少なくともスキルの回収のような面倒な仕事に比べたら、雲泥の差を感じるほどラクな仕事だった。
しかし、凝縮させた煩悩のようなスキルを実際に持っているというのだから、回収せざるを得ない。今はこの重いカバンを始末することが先決だ。
魔王城を見上げ、レティは気合いを入れると両手を大きく降って城の中へと進んだ。
「なんだ、侵入者か」
入城した途端、変な声が聞こえたと同時に玉座の前に居た。レティには、何かの力で強引に連れてこられた感覚があった。
「お兄ィさん、スキルを返してくださいですゥ!」
間髪あけずに何の説明もなく、いきなりスキルを返還してくれるようせがんだレティの顔には、強気の笑みが浮かんでいた。少なくともレティは天の使いで、その采配で生活している世界の住人など怖いと思うわけがない。スキルを否応なしに奪うこともできるが、本人の譲渡意思なく強奪すると魂が壊れる可能性もあり、交渉する必要があるのだ。
しかしレティは回りくどいことより、事実を述べてすぐ変換してもらえば楽に終わるだろうという楽天的な考えから、説明もなくいきなりスキルを返せと言えばいいだろうと思ったのだ。
「ほぉ、お前はレティちゃんか。久しぶりだな……一年くらい経過するか」
「人の世と天界では時間が違うのォ! 大河お兄ィさん、付与した中から予定外のスキルを返してくれたらァ、すぐにここからいなくなるから返してェ?」
とにかく堂々と、失敗したことなど微塵も感じさせず、予定外だったことを強調して上から目線でお願いする。レティはこれしか方法を知らない。
対峙する幸田は少し考えたあと、ゆっくりと組んでいた足を戻して立ち上がると、つかつかとレティの前まで歩み寄った。
「予定外のスキルって、これのことか?」
暇すぎて、ゴテゴテと装飾を施した自身のステータスウインドウの一番下から二番目にある「ラッキースケベ」を指さしてレティに問うと、レティは赤べこのように首を大きく上下に振った。
「お、俺が……このスキルのせいでどんなに苦労したか分かってんのかよ、お前ッ!」
「お前じゃなくて、レティちゃんでショッ!!!」
名前に関しては変なこだわりがあるのか、レティちゃんと呼ぶように訂正すると、レティは交渉と言うにはかなり強引にスキル返還を迫った。
「そうですゥ! さすがお兄ィさんはお話が早くて助かるですゥ! 返してもらいますねェ」
そう言ってステータスウインドウに触ろうとした瞬間、幸田に手を掴まれる。
「待て! 俺はまだオーケーしていない」
「ふえぇ?」
もう自身の中では確定事項だった返してもらえる流れが断ち切られ、いつも以上に腑抜けた声を出したレティは、理解が出来ず頭の上に大きなはてなを天使の輪で描いた。
「返すのは、俺の要求を呑んでくれたらだ」
「え、要求ですかァ? 上に確認しないと、勝手に決めるのはレティちゃんにはできません~! どんなご希望があるんですかァ?」
最初から面倒な流れになったものの、この程度ならレティは問題なくこなせる程度には優秀だった。ポンコツ属性が無ければと付け足す必要はあるのだが。
「要望はひとつ! 頼んだのに申し訳ないが、百発百中スキルの威力を押さえたいんだ。できるか?」
「あ~、そうなんですかァ。その程度の変更なら構わないと思うので聞いてみますゥ」
集中してぶつぶつと天界と交信し、三分ほどでレティは幸田に向き直ると、にっこり笑った。
「百発百中の威力を減らすにはァ、十中八九というスキルに変更することで可能ですゥ。それでよろしいですかァ~?」
幸田はうっすら目に涙をため、大きく頷いた。
こうして、レティの最初の仕事は思ったより簡単に終わった。所要時間は三十分も満たない。幸先よく一件目が終わりルンルン気分で城を出たレティの肩に、残り九九九件のメモが詰まったカバンがずっしりと存在を主張するように現れた。
「グゥ、なんか身軽と思ったらァ! コイツ消えていやがったんですゥ?」
大きなため息をつき、レティは次の紙を手にするためカバンを探った。
実は二番目の交渉は大揉めに揉めるのだが、またこれは別のお話。レティの憂うつな返還行脚は始まったばかりだ。
完結
やっと!やっと普通の生活に戻れる!隠れ住まなくて済む!by:幸田大河
記憶を消してこいと言っただろう!by:主神
ということで、幸田は魔王と呼ばれなくて済む普通の生活へと戻りました。
こちらの話はこれで終了です。次の創作への励みになりますので、感想・評価などいただけると嬉しいです。
ここまでお読みいいただき、ありがとうございました。感謝。