第1話 コーダー、散る。
【注意】
コーダーの仕事を全く知らない人にご理解いただくため、超エンタメ的に表現しています。
「チガウソウジャナイ」表現を多分に含みますことをご了承の上、お読みください。
俺は、幸田大河。三十四歳、独身・彼女無しの一人暮らし。誰から見ても冴えないオッサン……いや、おにいさんだ。職業は『コーダー』という仕事をしている。仕事内容を簡単に言うと、ホームページをウェブブラウザを通して閲覧できるようにする、ITと言えば聞こえは良いが表舞台に出ることのない職業だ。
プログラミングかと聞かれたら正確には違うが、まあそんな感じ?と、無難に答えておこう。
実に地味。
仕事は完全なる裏方で、デザイナーほど華があるわけでもない。バックエンドエンジニアほど高給取りでもない。だが、この仕事はやりがいもあって楽しいし、何よりデザイン通りに組み上がって行くのは気持ちいいしワクワクする。
最近は、暇な時間を有効活用するためにデザインも勉強している。俺は独学が苦手だから、まずは形からだろと有名な社会人向けデザインスクールに入った。元々凝り性なのもあり、集中して通ったおかげで腕は結構上がったと思う。
昨日も会社のお局デザイナーからセンスが良くなったと褒められた。
実は、俺の腕が上がったのには理由がある。そのスクールで俺はヒトメボレってやつを初体験した。雷に打たれるってああいう事を言うんだろうな。スクールの講師の彼女が、俺の使い慣れていないイラストレーターの操作を教える時だった。
俺の手の上に触れた信じられないくらい白い指先の少し冷たい感触と、ふわっと香るいいにおいに思わずドキッとした。それから、彼女のことが気になって仕方がなくなって、いつか「スゴーイ!」と言われたい下心で頑張った。
正直に言うと顔は好みのタイプではない。黒いストレートの地毛をひとつに束ねて細いフレームの眼鏡をかけ、少しぽっちゃりした地味な見た目の彼女。でも、なんだかすごく笑顔がかわいく見えちゃったんだよな。
……あと、胸がデカい。
誰だよ、キモいとか言った奴。三十四年、今まで惰性に流されて生きてきた俺がッ! 生まれてッッ! 初めてッッッ! 心から惚れたと思った女だぞォォオ? 気軽に声なんてかけちゃダメだろ――って強がってみたものの、実は授業以外で話したことは無いんだよな。……うん、よく考えたらキモいわ、俺。
ある日、俺は食事にくらい誘っても良いんじゃないかと思い直して、スクールの外で彼女を待った。
スクールの入ったビルから出てきた彼女に声をかけようとしたら、仲良さそうに男と笑いながら出てくるじゃないか。しかもその男は、イケメンで女性から人気のあるコーディング講師だ。
見た目では俺に勝ち目はないが、腕は絶対俺の方が上だと言い切れる。十年以上、現場でコードを書いて来た俺とただの講師じゃ技術も対応力も差はデカい。
それに、一応これでも後輩から告られたことだってあるんだよ。全部告られて流されただけだけど、付き合った子だって三人……くらいはいる。だから、俺にだってちょっとくらいチャンスはあるハズ、だった。
目の前でヤツが彼女の腰を抱いた瞬間、俺の敗北は決まった。頭にタライが落ちてきたみたいな衝撃を受けた俺は、その場に崩れ落ちる。
タライなんて、当たったこと無いけどな。多分、こんな感じなんだろうと地面に突っ伏した俺は、そのまま意識を閉じた。