ひいいいっ!もう死体の処理は嫌だー!!──ダンジョン管理人の夜は長い──
ダンジョンあるあるに関して私なりの解釈を描いてみました。ふりかけご飯感覚でどうぞ。
「ウオエエエエエェ!」
「またか!?これで何度目だよ!」
「だ、だって······ウエエエッ!」
鼻に付く激臭、薄暗い中に展開された凄惨な現場。そして俺の口の中に広がるゲロの味。何度でも吐ける。
「あーあ、また床が汚れちまった。バド、自分で掃除しとけよ」
「うええっ······う、うっす······う、うッぷ···ウオエェ!」
「やれやれ······」
呆れたような声と共に先輩のオルグさんの足音がノシノシと遠ざかる。この惨状を見て何も感じないのか?
「ふぅっ······ふぅ、ふう······」
胃の中が空になったのでなんとか嘔吐は収まった。俺は顔を上げてもう一度部屋中を見回した。
足元には今出来たばかりのゲロ沼があり、その向こうには死肉山が連なり、その周りを臓物平原が囲み、血だまり湖の真ん中には骸骨島が浮かんでいる。
「うっぷ······」
そして絶えず吹き荒れる死臭の偏西風。また吐き気がこみ上げ、そのまま吐いた。吐く物が空になっていたので胃酸がダラダラと垂れた。
「ウオエェ!ウエエエ!」
これが初日ではこの先が思いやられる。
こんな事になるとは思わなかった。ここへの配属が決まった時に喜んでいた数時間前の自分を殴りたい。
──数時間前──
「ということだ、バド。お前の配属はダンジョン管理人だ」
「え?」
なんすかそれ?と尋ねるとガーゴイル連隊長はツノを揺らした。
「知らんのか。名前のままダンジョンを管理する役職だ」
「はあ、知らなかったっす」
「まあいい。お前の希望通り戦闘の無い持ち場だ」
「本当っすか?それは嬉しいっす!」
「お前の上司となる者に来てもらってある。待合室に行け」
「ういっす」
「じゃあな、武運を祈る」
「はいっ、失礼しました」
隊長室を出て思わずガッツポーズした。すぐ横を通ったポイズンスネークが目をパチパチさせた。
「これで血を見なくて済むぞ!」
ダンジョン管理人なんて聞くからに平和そうな仕事だ。何すんのかは分からんが殺しや死とは無縁のはずだ。
魔界には徴兵制度があって俺みたいな若いゴブリンはしょっちゅう駆り出される。最前線であるダンジョンに捨て駒として配属され、人間達と戦わねばならないのだ。
だけどそれは実働部隊の話。俺が配属されたダンジョン管理人とは戦闘がないらしい。
最前線のダンジョンでは嫌でも戦闘に巻き込まれそうな気もするが······とにかく普通よりは血生臭くないはずだ。
「ふっふーふ~ん」
ステップで廊下を進む。サイクロプス、ゴーレム、キマイラ、リザードマンなどの兵士とすれ違うが、どいつも血走った目つきをしている。きっと実働部隊だろう。
俺は待合室に着き、中へと入った。
中には大柄なオークが一人だけ居た。
「おお、お前さんか?ダンジョン管理人志望は?」
と、オークが立ち上がって言う。
「ここで新人を待っているんだが、お前がそうか?」
「うっす!本日付でダンジョン管理人に配属されたバドっす!宜しくっす!」
「元気があるな。若いってのは羨ましい。俺はオルグだ。よろしくな」
「よろしくっす」
「んじゃ、早速だが職場に案内する。ついてきな」
「え?もう仕事すか?」
「ああ」
ドアを開けたオルグさんが振り返って言う。
「人手不足の部署だからな。さっさと戦力になってもらわにゃな」
「う、ういっす」
配属が通達されたその日に仕事とはかなりイカれてる。
オルグさんと一緒に魔界軍専用のポータルに向かう。いわゆる魔法の門で、各地のダンジョンにワープ出来る。
「よし、行くぞ」
「うっす!」
グニャリと視界が歪んで全く別の景色が目の前に現れる。ダンジョンだ。
「ここは高難易度ダンジョン、ディグリの迷宮だ」
とオルグさんがポータルから出ながら言う。
改めて見回してみる。陰湿で薄暗いジメジメとした石造りの遺跡のような空間。世に言うオーソドックスダンジョンだろう。地下に遺跡のような構造の迷宮を作るスタイルだ。
「じゃあ早速管理人室に招待するが、その前に······これつけろ」
オルグさんがポイっと何かを放ってきたのでキャッチした。それは薄く光る謎の帯だった。よく見るとオルグさんの首にも同様の物が巻かれている。
「これは?」
「まずは身につけろ。首に巻くなり腰に巻くなり、なんだっていい。死にたくないならな」
「う、うっす」
有無を言わせない圧を感じたので、俺は腰にその帯を巻いた。
「つけたっす」
「よし。その帯について説明するぞ。その帯が管理人にとって一番大事だからな」
「そうなんすか?」
「命綱だ」
そう言うと、オルグさんはノシノシと歩きだした。
「ついてこい。管理人室に行きがてら教えてやる」
慌てて俺もオルグさんの後についていく。オルグさんは歩きながら淡々と説明を始めた。
「その帯は管理人にしか支給されない特別製のアイテムだ。要は管理人の目印、証明書的なやつだな。滅多なことじゃ汚れず、破けず、燃えない代物で、本人の意思でほどかない限り脱げもしない」
「不思議なアイテムっすね。でも、目印って?」
「俺らは役職名の通りダンジョンの管理を行う。ダンジョン管理人はダンジョンの清掃やメンテナンス等を行うが、戦闘には一切関与しない決まりになっている。つまり、非戦闘員だ」
「なるほどですね」
「だから人間の冒険者達に遭遇しちまっても襲われないように目印が必要なんだ」
「でも、人間はそんな俺らの事情知ってるんすかね?」
「知ってる。例外はあるが、正式な冒険者や戦士ならちゃんと学ぶ重要事項だからな」
「学ぶって、人間が魔族のルールをですか?」
「いや、これは魔族のルールじゃなくて人間と魔族が互いに取り決めたルールなんだ。だから人間側も管理人を襲う事はない。基本はな。ちなみにこの帯を作ってるのも人間側だ」
「え、マジっすか。でもどうして······」
「詳しくは長くなるから後で話してやる。とにかく、俺らダンジョン管理人は魔族と人間両方からの公認された役職であり、どちらにも肩入れしない中立的立場だということを覚えておけ」
「う、うっす」
オルグさんが壁に手をかざすと
──ズズズッ──
「あっ」
壁が動いて隠し通路が現れた。
「こんな通路が······」
「管理人用の通路だ。ここを通れば50層あるダンジョンフロアのどこにでも10分以内に行ける。そして、管理人室に唯一繋がる道だ」
オルグさんに続いて中へと入る。狭いが真っ直ぐな道で迷うことはなさそうだ。
蛍光茸の灯りに沿って進む。
「結構急勾配っすね」
「すぐ慣れるさ。さ、もうすぐ管理人室だ」
少しして、ちょっとした広間のような一角に出た。ロウソクの燭台が設置された壁際に三つの扉がある。
「手前側が管理人室。上からの指示書や始末書やらを取り扱う部屋で、飯も食えるようになっている。真ん中のが居住区。個室が全部で八部屋ある。んで、一番奥が資材室だ」
そう言いながら、オルグさんが管理人室のドアを開ける。
「よし、仕事道具を持って早速仕事だ。来い」
「ういっす」
室内は魔石ランプで明るく、テーブルやイス、ロッカーが備えられていた。
長テーブルの奥に沢山の書類が積まれていて、その陰に紫色の尖った耳が見えた。耳がピクっと動く。
「おい、オルグ、どこほっつき歩いてた」
そう声を上げて顔を出したのはデーモンだった。紫色の皮膚に尖った耳、牙、目つき。
「またBブロックで崩落があってムンギのやつが修理に行ってる。他のエリアの点検が全然出来てない。どうにかしろ」
「今日は新人を迎えに行くと言ったろ?」
「あん?新人?」
と、デーモンが不機嫌そうな顔をこちらに向けてきたので俺も緊張して挨拶した。
「どうもっす!今日から配属になったバドっす!宜しくっす!」
「おお、そうか。歓迎するぜ。大助かりだ」
渋い顔の割には心底そう言ってそうなデーモンは長い爪を自分の首につけて名乗った。
「俺はオントだ。よろしくな、アンちゃん」
「うっす!」
「オント、モルの奴は?」
「資材室にいる」
「分かった。じゃあ、俺は今からバドとモルを連れて『補順』に行ってくる」
「おう、とっとと行け」
「バド、そこにある台車持ってこい」
「了解っす」
オルグさんは隅に置いてあったカゴを背負い出口に向かった。俺も続く。
「次は必要な物資を揃える。資材室に行くぞ」
「うっす」
「ついでにもう一人の紹介もしてやる」
「そう言えば、管理人って何人いるんすか?」
「俺らを入れて5人だ。さっきのオントと、もう一人ゾンビのムンギってやつがいる」
「へー。で、もう一人は?」
そう聞くとオルグさんは意味ありげに小さく笑った。
「3日前に配属された新人だ。お前の同期だ。仲良くな。今ちょうど資材室に居るらしい」
そう言ってオルグさんが資材室に入る。かなり広く、天井も高く作られていて、大きな棚がズラリと奥まで並んでいる。棚には武器やら防具やら何やらと置いてある。
「ここが資材室だ。ダンジョン管理に必要な物は全てここにある。どこに何があるかは早めに覚えるようにな」
「了解っす」
「よし、俺は準備してるからお前は同期を探してこい。奥に居るはずだ」
「うっす」
俺は奥へと向かった。
同期とはどんな奴だろう。オーク、デーモン、ゾンビ、ゴブリンとくれば同じ二足歩行型の魔族の可能性が高そうだ。
「えっと、俺の同期は······」
探していると、水の流れるような音が聞こえてきたのでそちらへ行ってみた。
「お、いたいた。おー······い?」
大きな蛇口のある水場。そこで作業している小さなカゲ。同じゴブリンかと思いきや──
「え?人間?」
「?」
俺の声に振り向いたそいつは不思議そうな顔をしていた。おそらく子供。女のようだ。ずいぶん痩せていて、着ている服もブカブカのようだ。
「······?」
少女は首を傾げてから作業に戻った。防具をゴシゴシと磨いている。
「え?同期って人間?」
「おい、バド、まだか?」
俺が呆けていると後ろからオルグさんが来た。
「ああ、驚いたか。その子がお前の同期だ。仲良くな」
「え、で、でも」
「なんだ?人間は嫌いか?」
「い、いや。そんな事はないっす。でも、なんで敵の人間が?」
「言ったろう?俺らは中立。つまり、人間側でも魔族側でもない。だから管理人の種族は問われない」
「そ、それはそうかもしんないすけど」
「まあ仲良くしてやれ。お前らは同期なんだから」
「う、ういっす······」
別に人間の事は嫌いじゃない。だが、生まれた瞬間から敵だと教え込まれてきた相手だ。気にするなという方が難しいが、とにかく慣れるしかない。
「ほれ、二人とも自己紹介でもしろ」
と、オルグさんに言われたので俺も気持ちを切り替えていくことにした。
「うっす。俺はゴブリンのバド。今日から配属された。よろしく」
「······私、モル。私も始めたばっかり。よろしく」
「ああ、仲良くやってこうぜ」
「うん」
口数が少なく、表情の変化に乏しいようだがコミュニケーションは問題なさそうだ。
オルグさんが重そうなカゴを背負う。
「よし、モル、バド。二人ともそこにある道具持ってついてこい」
俺は指された道具、モップやトングなどの道具を台車に乗せた。
モルは変わった形のカゴを背負った。ただのカゴではなく、背中はタンクのようになっていて、ホースが付いている。
「よし、行くぞ」
「うっす」
「うん」
俺らは来た道を戻るようにして管理人用通路を歩いた。
「さて、今日はここの層から行くか」
俺らは通路から出て、ダンジョンのフロアに移った。オルグさんは歩きながら話しかけてきた。
「バド、知ってるとは思うがダンジョンつうのは魔族の前線基地であり、野良モンスターが巣くう場所だ。そんな所に人間の冒険者が経験値稼ぎやら素材集めに来る訳だ」
「それは知ってるっす」
「で、だ。そんな戦闘が日常的に行われているダンジョンは当然の事ながら汚れたり壊れたりする。それは一体どうなると思う?」
「え?そりゃ、誰かが掃除したり直したりしなきゃ······あ、そうか。それを管理人がやってるんすね」
「その通り。ほっとけば衛生面も安全面も大きく脅かされる。そこで俺らの出番ってわけだ。」
「なるほど。一つ質問いいすか?」
「なんだ?」
「戦闘でダンジョンが壊れたり傷んだりっていうのは分かります。でも、汚れって?こう言っちゃなんすけど、さっきから歩いてるここもキレイとは······」
カビっぽく、ホコリや泥も蓄積している。とても掃除してるようには見えない。
「たまにしか出来ない感じすか?」
「それもあるが、それくらいの自然の汚れなら放っておいても問題ない。問題なのは戦闘後よ」
「戦闘後?」
「人間と魔族が戦えば大体死人が出る。当然だよな?んで、その後は······っと、言ってるそばから当たったみてえだな」
「へ?」
「ちょうどいい。バド、初仕事だ」
鼻をヒクヒクさせながらオルグさんがある一つの方向に向かう。俺もモルもその後を追う。
「······ん?」
歩いていると妙な異臭が漂ってきた。なんとも形容しがたい独特なニオイ。鼻にまとわりつくようで、こべりつくようで、不快感に直結するような、そんな──
「うっ!?」
そしてそれはすぐに明らかな悪臭へと変わった。
「チッ、ここは3日前に行ったきりだったからな。メンテナンスの直後に戦闘が起きたか」
そう言いながらオルグさんが腰につけていたランプを手に取り掲げる。高く照らされたそこには──
「ううっ!??」
少し広めの空間。広間のようなそこには目も覆いたくなるような凄惨な光景が広がっていた。
あちこちに空いた穴や、大きく抉られた壁。その所々に血と肉片がぶちまけられている。
「うっぷ·········」
ズタズタに引き裂かれたリザードマン。内臓がまろみ出ている。首の無いポイズンスネークの胴体に、真っ二つにされたゴアウルフ。そして、手足がもげた人間の死体に、血が塗ったくられた鎧。よく見ると鎧には中身があって、ネズミがそこからチチッと鳴いて飛び出してきた。
「シッシ、あっち行け。メシの時間は終わりだ。たく。よし、バド。俺らの仕事ってのはな──バド?」
「ウッ·······················」
「う?」
「ウオオエエエエエエェ!!!」
「うお!!?」
そして今に至る。
「オエッ、ウエッ、コプッ······」
「しっかりしろバド」
ここに来てからずっと嘔吐いている俺を見かねたのかオルグさんが背中をさすってくれた。
「そんなにキツかったか?」
「ウオェ!き、キツいなんて、もんじゃ······」
なんとか顔を上げると、近くに転がっていた人間の生首が視界に入り、その濁った目と目が合った。
「ひいいいぃ?!や、やめろぉ!そんな目で見るなぁ!」
「お、落ち着け!もう死んでる!」
「だ、だからヤバいんすっ······オエエェ!」
「はあ······たくっ」
向こうに行くようにとオルグさんに言われ、俺は少し離れた所で休憩させて貰うことになった。
「う、ううっ······」
鼻の奥に居座る腐敗臭と脳に刻まれた地獄絵図が悪夢のように俺を苦しめた。
「うう、うーん」
「······大丈夫?」
「うわあぁ?!って······も、モルか」
いきなり誰かに声をかけられたと思ったらそれはモルだった。
モルが水筒を手渡してくる。
「はい、水」
「あ、ありがとう」
受け取り、口をゆすぐ。ゲロの風味がサッパリと流されて爽快だった。
「ふうー。少し良くなった」
「うん。良かった」
モルはそう言うと死体現場の方へと戻っていった。表情は全く変わらず無表情のままだった。
「あいつ平気なのか?」
しばらく休んでいるとオルグさんに呼ばれたので恐る恐る戻ってみると、腐敗臭と細かい肉片や俺の吐いたゲロは残っているものの、死体は全て無くなっていた。
「死体は俺とモルで片付けた。お前は掃除しろ」
「う、うっす。あ、あれ?モルは?」
「死体を捨てに行ってる。ダンジョンの各フロアにはダストシュートが設置されてるからな。俺も手伝いに行かなくちゃならんから、今の内にこの道具の説明だ」
先程モルが背負っていたタンク型のカゴを持ってオルグさんが説明する。
「このタンクの中には超強力な洗剤が入ってる。メルトスライムの分泌物にベヒモスの胃酸、不死鳥草の搾り汁に······まあ、とにかく色々だ。このホースを使って汚れに撒くんだ。少しの量でいいからな?あと、強力な洗剤だから直接手で触らないように」
「う、うっす」
「それじゃ任せたぞ。少しあっちに行ってくる」
ノシノシと遠ざかるオルグさんの足音。血まみれの部屋に一人残された。
「と、とにかくやるか」
洗剤を少しずつまんべんなく撒いていく。そしてモップで拭いてみると血の汚れがキレイに取れた。
「うわ、すげえ」
かなり強力だ。慎重に振り撒いていく。
半分くらいキレイにした所でオルグさんとモルが帰ってきた。
「お、結構やったな。よし、三人で終わらせよう」
三人でやったらすぐに終わった。
オルグさんが苦笑を向けてきた。
「しかし、あれくらいで吐くなんてお前神経質なんだな」
「すんません、昔から血とか苦手で」
「魔族にしては珍しいな」
「モルは平気なのか?」
吐きもしないし、不快感すら面に出てないモルに尋ねるとコクりと頷いた。
始めたのは3日前だと聞いたはずだがもう慣れたのだろうか。
「よし、モルはそこの道具持ってこい。バド、台車転がせ」
「うっす。ん?」
「どうした?」
「この防具や武器は?血まみれっすけど」
台車の上には血でべっとりのアイテムが置いてあった。
「あれ?これってもしかして」
「そうだ、さっきの死体から回収したアイテムだ」
「死体漁りっすか」
「言い方を直せ。リサイクルだ」
ゴトゴトと台車を押して再び進みだす。
「改めて言うが、俺らの仕事の掃除ってのは死体処理の事だ」
オルグさんが振り向かずに言う。
「人間が魔族を殺そうと魔族が人間を殺そうと死体が出る。人間は持って帰る事もあるが、俺ら魔族は──」
「弱者の屍に興味無し。っすよね」
「そうだ。つまり誰かが片付けない限り残り続ける」
オルグさんがニヤリとこちらに向く。
「天然の掃除人はネズミくらいだな」
また管理人専用の通路を通る。
「俺らの仕事の一つが清掃。もう一つが補充だ」
「補充?」
「名前のまんまの仕事だ。えっと、この辺りにしよう」
またダンジョンフロアに出て進む。
「人間がダンジョンに潜る理由は知ってるか?」
という唐突なオルグさんの質問。
「魔族の討伐すよね。あと、素材集め」
「その通り。あと、レアアイテムを狙ってくるのは知ってるか?」
「えっと、宝箱に入ってるアイテムすよね。ダンジョンのあちこちにあって、よく中身が持ってかれるんでしたっけ?」
「その通り。じゃあなんでわざわざ宝箱なんか置いとくと思う?」
「え?」
なんで置いてあるか。そういうものだと思ってたが確かに変な話だ。人間に奪われるのが分かっているのに。
「いや、分かんないっす」
「その理由を教えてやる。来い」
オルグさんは一本の細い通路に入っていった。突き当たりに宝箱があり、蓋が開いていて空だった。
「さてと」
オルグさんは背負っていたカゴを下ろした。中には武器や防具が沢山入っていた。
「ここは第三区画だから······銀の剣。うん、こんなもんだろう」
そう言ってオルグさんは一本の剣を宝箱に入れた。宝箱はマジックチェストになっており、サイズが合わない剣をスルスルと飲み込んだ。
「このダンジョンの宝箱はみんなマジックチェストになっている。どんなアイテムでも入れられるようにな」
「また取られるのに?」
そう言ってみるとオルグさんはニヤリとした。
「ああ、そうさ。俺らの仕事の補充ってのは人間の冒険者のためにアイテムを宝箱に入れとく作業だ」
「で、でもどうしてそんなことを?それに俺らは中立なんじゃ?」
「だからこそだ。俺ら管理人の役割。その真の目的は人間と魔族が存分に殺し合える場を提供する事にある」
「え?!」
話が飲み込めない俺にオルグさんは言った。
「さて、バド。最初の話の続きだ。なんで人間と魔族がお互いにルールを決めて、管理人なんていう存在を作ったのか。その理由を話す前に、お前はダンジョンの事についてどのくらい知ってる?」
突然の質問だったが、俺は昔に習った知識を答えた。
「前線基地っすよね。魔族にとっての。で、人間からすると村や町の境界に位置する悪の巣窟」
「その通りだ。ダンジョンは昔、俺ら魔界軍が『魔王軍』と呼ばれていた時に作られた哨戒基地だったんだ」
「魔王軍すか」
聞いたことはある。昔は魔王とかいうとんでもなく強い奴が居て、そいつが俺ら魔族を全て従えて人間界に進行していたと。
その時は人間側にも勇者と呼ばれるクソ強い奴がいて、両陣営は血で血を洗う争いをしていた。
「戦いで魔王は滅んだが、勇者も死んで、魔族と人間の両方は疲弊しきっていた。そこで残されたお偉いさん達が停戦条約を結んで大規模な軍事進行は禁止にされたんだ」
「え!?停戦してたんすか?でも、現にダンジョンは存在してるし、魔族の軍だって駐在してて、頻繁に冒険者達も攻めてくるのに······」
「そこがダンジョンの存在意義だ」
オルグさんが振り返ってニヤリと笑う。自嘲とも嘲笑ともとれる苦くて黒い笑みだった。
「戦争は終わった。だが憎しみは残る。何より魔族を狩る事で生計を立てていた人間と、人間を補食することで食糧事情を保っていた魔族も多かった。つまり、両者の争いはある意味で合理的だったんだ」
「······」
「とは言え、本当に争い続けてたらどっちかが全滅するか、あるいは共倒れになる。そこで考えられたのがルールを設定した戦争。一定の場所での殺戮や略奪を黙認し、互いに攻めるも守るもよしとして節度をもった殺し合いだ」
「も、もしかしてその一定の場所っていうのが······」
「ああ。ここだ」
思わず言葉を失った。
俺達魔族も、人間達も日々殺し合ってる。
でもそれがゲームみたいなルールの上での殺し合いだったなんて。
さっきの部屋のような惨殺が毎日繰り返される。ここだけじゃない。ダンジョン全てで。
「ちなみにダンジョンだけじゃなくて人間側の小さな村や集落のいくつかは自由攻略地区と呼ばれていて、魔族が襲うのを許可している。まあ、反撃はアリだけどな」
「そんな事が······」
意味もない──いや、意味はあるのかもしれない。
でもこんな殺し合いがゲームみたいに──
「狂ってる······」
思わず呟いたらオルグさんは苦笑して頷いた。
「同感だな」
だが──と付け足すように
「俺らの飯のタネでもある。俺らみたいに戦いたくない奴のためのな」
一日中ダンジョンを回り、死体の処理と宝箱の補充をした俺らは管理人室に戻った。
「俺はムンギ達と打ち合わせしてくる。バドはモルと一緒に回収したアイテムを資材室で洗え」
「うっす」
他の仕事があるオルグさんと別れ、俺はモルと二人で資材室へ入った。
「これ、奥で洗う。一緒にやろ」
モルに案内され、水場に台車を運んで血まみれのアイテムを次々に洗浄していく。
「水で流すだけでいいのか?」
「ううん。こっちの洗剤もつける。それでタワシでこする。最後はもう一回水洗い」
「へえ、本当に普通に洗うんだな」
「洗い終わったらあっちのカマドの中に入れる。殺菌して乾かしてくれる不思議なカマド。乾いたら取り出して、そこの棚に乗せる。終わり」
「大変だな」
モルの隣にしゃがんで、見様見真似で洗いにかかる。
「なあ、モルは3日前に配属されたんだよな?」
「うん」
「死体とか見ても平然としてたけど、3日で慣れるもんなのか?」
「私は最初から平気だった」
「そうなのか?それはなんていうか······すごいな」
表情が乏しいだけじゃなくて何かが抜け落ちてるのかもしれない。
「モル」
「なに?」
「魔族と一緒に働いてて怖くないのか?」
「怖くない」
たんぱくと言うか、単調な答えしか返ってこない。
「なあ、モルはなんでダンジョン管理人になったんだ?」
「······」
肝心の質問というか、少し突っ込んだ話にはだんまりを決めていた。
その後、俺はオルグさんにモル、そして他の先輩達と仕事をする毎日を送った。
ダンジョン管理人は慢性的な人手不足で、俺とモルは即戦力になるようストイックな教育を受けた。
最初の内こそ吐きまくってた死体の処理も1ヶ月経つ頃にはだいぶ平気になっていた。
一つの仕事を覚えれば次の仕事を教え込まれ、それをこなしたら別の仕事を叩き込まれる。
やがて、先輩の同伴無しで仕事をするようにもなった。
そしてあっという間に数ヵ月が過ぎた。
「今日はオルグさんは出張だし、オントさんとムンギさんもダンジョンボスとの打ち合わせだ。通常業務は俺ら二人でやるぞ」
「うん」
この日は先輩達が留守なので俺とモルの二人でダンジョン業務をする事になった。二人で仕事をするのは初日のアイテム洗い以来だ。
「よし、順繰りにここのフロアからここまでやろう」
「わかった」
俺らは決められたエリアの点検を滞りなく済ませていった。
「ふう。今日の掃除は原型を保ってたのが多かったから楽だったな」
「うん」
「宝箱の中にちょっと豪華なアイテム入れといてやったぜ。ラッキーな冒険者は現れるのだろうか!」
「うん」
数ヵ月が経っても俺とモルの関係はほとんど変わらない。モルは相変わらず口数が少なく、どんな仕事も黙々とこなす。俺は少しおしゃべりだ。
でも案外良いコンビのようだ。俺はやる気はあるけどドジしやすく、モルは機械的だけどミスが無いといった感じでお互いをカバー出来ている。
「さ、次は最終層だ。滅多に人が来るとこじゃないし、やることはあんま無いだろう。気楽にいこうぜ」
「うん」
俺らは最終層区画に来た。ダンジョンの深部。人間の冒険者がここに来たのを見たことない。
「さて、もうすぐ宝箱──」
『あばよ、マヌケ野郎。化け物どものエサになるんだな』
二人で宝箱の置いてある場所にさしかかった時だった。そちらの方から何者かの話声が聞こえた。
『こいつはレアアイテムだ。ありがとよ、ここまで良く頑張ってくれたな』
『ち、ちくしょう!お前ら初めからこうするつもりでっ·········!』
『山分けの人数は少ない方が良いからな。初めて組むパーティーには気をつけな。来世では上手くやれや』
『ぐがぁっ?!』
話声の最後にザシュッという肉を斬る音がして、その後すぐに慌ただしい足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
「············」
俺とモルは顔を見合わせた。どうも、穏やかではない事がこの先で起こったらしい。
「モル、静かに行くぞ」
「わかった」
二人で忍び足に行ってみる。
曲がり角にうっすらと明かりが漏れていた。松明か何かの火だろう。
そっと壁に張り付いて、明るい方を覗いてみると、そこには人間の死体が一つ転がっていた。
「う······うぐぐ·········」
どうやらまだ死体じゃないらしい。でも時間の問題だろう。背中に見える傷は大きく深い。
「これは······」
近くには空の宝箱。最下層エリアだから高級品が入ってたはずだ。
前にオルグさんから聞いた話がある。冒険者の間ではたまに裏切りがあると。
むかつく奴や、殺したい奴をダンジョン奥深くに連れていってバッサリやるのだ。ここでの死亡はほとんど魔族のせいになるから。
ただ、さっきの会話と目の前の状況からして、宝の奪い合いで生じた争いだったようだ。
俺は床の上で死にかけている人間の男を見下ろした。
「気の毒だな」
「······」
「とにかく宝箱の補充だ。その人間は······ほっとこう」
トドメを差してやるべきかとも思ったが、そういうわけにもいかない。自己防衛ならともかく、管理人が進んで人間を殺すのはルール違反だ。
俺らに出来る事。それはこの男が死んだらキレイな内に処分してやること。
「今の内に他の所回って、後でまた来よう。モル?」
「······」
モルは瀕死の男をじっと見下ろしていた。
「どうした?」
「······」
モルは自分のポーチを開けると、中から高級ポーションを取り出し、男の側に屈んで傷口にかけ始めた。
「あっ、おい」
管理人用の特別ポーションだ。高級品だし、効果は抜群だ。
男の傷はみるみる治った。
「う······」
男が呻いて気を失う。痛みやらなんやらが消えたのだろう。
モルは他の傷にもポーションをかけていった。
「おい、何してるんだ?」
「この人、生きてる」
「助けたいのか?」
「うん」
モルが俺を見上げる。
「バド、手伝って」
初めてモルが自分の望みを口にした。
驚いたが、ルールはルールだ。
「駄目だ」
「なんで?」
「ルール違反だ。俺らはどっちにも肩入れしちゃいけないんだ」
やはり同族だから助けたくなるのだろうか。だけどそれよりもモルがそんな意思を持っていたとは思わなかった。
「モル、ほっとこう。今の行動は黙っておいてやるから。早く行くぞ」
「·········私が管理人になったのは置いてかれたから」
「え?」
モルは男の腕を自分の肩に回しながら言った。
「私は奴隷だった。小さい時に親に売られて冒険者の荷物持ちをやらされてた。ある日、このダンジョンボスにパーティーが挑んで負けた。私はその時、囮として置いてかれた」
「············」
「ボスは私を殺そうとしたけど、管理人をやるなら見逃すと言った。私はどうでもよかったからうんって言った」
「そうだったのか······」
「置いてかれるのは寂しい」
「·········」
モルは男の体を担ごうとした。だが、体格差がありすぎて立てずにいた。
「うっく······んっ······」
ヨロヨロと立ち上がるモル。今にも倒れそうなくらいだ。
と、そこで──
「ん、うう~ん······」
男が目を覚ました。ギョロギョロと血走った目で回りを見て、俺と目が合った。
「ご、ゴブリン!」
「あばれないで」
俺の姿を見た男は、制止しようとするモルに構わず喚き散らした。
「触るなモンスターども!ぶっ殺してやる!」
「······」
俺は腰につけていた棍棒で男の頭を殴った。
「ぐ?!」
ついさっき死にかけていた男だ。弱っていたらしくすぐに昏倒した。引きずりこまれるようにモルも一緒に倒れた。
「あうっ」
男の下敷きになるような形になったモルが少し恨めしそうに見上げてきた。
「バド」
「今のは自己防衛だ」
棍棒を仕舞い、男の肩を抱えるとモルが驚いた顔をした。
「バド?」
「手伝えモル」
「うん」
二人で男を抱えて、死体回収用の台車に乗せた。
「さてと。モル」
「なに?」
「いつも通り死体の回収が終わった。だが、見ろ。キレイな死体だ」
「?」
「人間というのは仲間の死体をキレイにして葬る文化がある。つまり、この死体も状態が良いし地上に返してやるべきだろう」
「!······いいの?」
「良いも何も、やることは死体の処理だ。俺らダンジョン管理人の仕事だろ?」
「······うんっ」
「よし。行こうか」
専用通路を使って地上を目指す。台車がガタガタと揺れるせいで、男が起きそうになったからまた棍棒で殴った。男はガクリと気を失った。
「バド、やりすぎ」
「死体の状態をチェックしているんだ」
本当の死体にならないように気をつけなくては。
やがて地上への隠し出口が見えた。
「よし、この死体は外出た後に茂みの中にでも捨ててこよう」
「うん」
二人でダンジョンの外に出た時、モルが小声で
「ありがとう」
と言ったのが聞こえた。
俺らは今もダンジョンの管理をしている。
やっている事はイカれた取り決めの肩入れにしか過ぎない。
それでも、いつかは本当にゲームのような遊びになってくれる日がくるかもしれない。
誰も死なない宝探しのような、そんなゲームに。そんな場所になることを願って今日も働く。
「モル」
「なに?バド」
「今日も仕事に行くぞ」
「オッケー」
その日までに人間の事を知っていこうと思う。相棒と働きながら。
───おしまい───
お疲れ様でした。またどこかでお会いできたら幸いです。