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髪留めを買い終わりファビオラが振り返ると、トレイヴォンが何かを考えながらボーっとしているのが見えた。

その周辺には女性達がトレイヴォンに話しかけようと頬を染めて彼を見ていた。


(やっぱりレイはモテるのね……)


何故かトレイヴォンは髪を伸ばすようになっていった。

これも原作と違う部分だが、彼の髪はとても美しい。

伸びてきた髪を留めるのにトレイヴォンはシンプルな紐を使っている。

ファビオラは代わりになるようなシンプルな黒い石の飾りがついた銀色の髪紐を買ったのだ。



「レイ、お待たせ」


「……おかえり、ビオラ」


「これ、受け取って」


「ビオラがつけてくれ」


「えぇ、いいわよ。エマ、荷物を持っていて」


「かしこまりました」



ファビオラはトレイヴォンの髪を結っていた。



「うん、よく似合ってるわ」


「ありがとう、ビオラ。大切にする」



笑いあう二人を見ていた人影。

ライトゴールドの髪がサラリと風に流れていく。

ファビオラはそんな人影に気づくことはなかった。


ドレスに合う髪飾りとピアスを買い終えて、ファビオラは楽しい気分で屋敷へと戻る。

トレイヴォンも機嫌がよくなったようで、無表情でも楽しげに見えた。




──そして迎えたパーティーの当日。



準備は万端でファビオラは鏡の前に立っていた。

足は生まれたての子鹿のように震えている。



「エマ、エマ……どうしよう。エマ、どうしよう」


「大丈夫です」


「わたくし変じゃない!?大丈夫?絶対に大丈夫じゃないと……っ」


「大丈夫です」


「今日だけは大丈夫だと言ってぇえぇっ!」


「大丈夫です」



このやりとりを何回繰り返しただろうか。

ファビオラは胃がギリギリするのを押さえていた。

エマは「大丈夫です」と機械のように繰り返している。

もう一度聞こうとすると「しつこいです」と一蹴されてしまう。

そんな怒りに満ちた表情も可愛いのがエマなのである。



「エマァ……!」


「ファビオラお嬢様は完璧です。私がそう言っているのですから信じますよね?」


「う、うん……!ありがとう、エマ」


「ファビオラお嬢様は世話が焼けますね」



エマにしがみついていると、優しく頭を撫でてくれる。

ファビオラが扉をノックする音も聞こえないくらいドキドキした心臓を押さえていた。


(半年ぶりのマスクウェル殿下よ!わたくしは、うまく自分の心を制御できるのかしら……)


しかしエマがこれだけファビオラを特訓して頑張ってくれたのだ。

それにマスクウェルが贈ってくれたドレスを着て恥ずかしい姿を見せるわけにはいかない。


(訓練の成果を見せるのよ!平常心で神を、マスクウェル殿下を迎え打つ!行くのよ、ファビオラ・ブラックッ……!)


ファビオラはエマに呼ばれて振り返る。

どうやらマスクウェルが迎えにきたことを知らせに来てくれたようだ。

スイッチを切り替えたファビオラはフッと息を吐き出してから足を進めた。


玄関の前に笑顔で立っていたのは半年振りのマスクウェルだった。

天使のように可愛らしい見た目は成長と共にレベルアップして神になった。

相変わらずの美しさだが、今日は正装しているからか大人びて見える。

いつもある前髪を今日は上げているからかもしれないが、優しい笑顔を向けられて心臓が大きく跳ねた。

すっかりと可愛らしさは消えて、かっこよく男性らしくなったマスクウェルに魅入られたように動けなかった。


(いつもと雰囲気が全然違う……)


エスコートするために伸ばされたマスクウェルの手を掴む。

半年前より高くなった背。

骨ばった手の感触に異性として意識するには十分だ。

重たくて甘い香水の香りにファビオラはクラリと目眩を感じた。

マスクウェルのカッコよすぎる姿に頬が赤くなる。



エマに助けを求めようと振り返ろうとするが、腕を掴まれて引き寄せられてしまう。



「行こう」


「は、はい……」!



抱きしめられるようにして、マスクウェルにエスコートを受けていた。

マスクウェルに触れられている部分が熱をもつ。

ファビオラは気絶寸前なのにも関わらずに、マスクウェルはにこやかに微笑んで涼しい顔である。

馬車に乗り、二人きりの空間になるとファビオラはギュッと膝で手を握った。

この高揚感と緊張感は感じたことがない。


(汗かいちゃいそう……)


ファビオラはチラリとマスクウェルを盗み見る。



「顔が赤いな。窓を開けようか」


「はい、ありがとうございます。マスクウェル殿下」



マスクウェルはファビオラの変化に敏感に勘付いてくれたようだ。

涼しい風が隙間から吹き込んでホッと息を吐き出した。

まるで熱に浮かされているようだ。

コルセットも相まってむず痒い。

意識を逸らそうと、マスクウェルに話を振った。



「ドレス、ありがとうございます。どうでしょうか?」


「…………」


「頑張って似合うように努力したんですよ?」


「…………」


「あの……マスクウェル殿下?」



返事が帰ってこないことを不思議に思っていたファビオラは顔を上げると、何故か目を逸らして口元を押さえているマスクウェルが見えた。


(エマが大丈夫って言っていたもの……!絶対に大丈夫よ)


そう思いつつも、もしかしてドレスが似合わなかったのかもしれないと心配していると、マスクウェルはすぐに元の表情に戻る。



「とても……とてもよく似合っている」


「本当ですか?よかったぁ」


「……っ」



ファビオラはホッとして息を吐き出した。

それから似合っているという言葉に手を合わせて喜んでいた。

たとえ上辺だけのリップサービスだとしてもマスクウェルに褒められて嬉しい。

半年間、マスクウェルのために努力してきた甲斐があったというものだ。

ドレスが似合うようにと死ぬほど体型を整えたり、肌を美しくするために野菜をたくさん食べていた辛さが一瞬にして報われていく。

マスクウェルは以前よりもずっと柔らかい雰囲気ではあるが、再び窓へと視線を向けてしまう。


(前は超塩対応だったのに……!いきなりどうしちゃったのかしら。ハッ、わたくしやっぱり嫌われているのかしら)


思い込みから一気に尻込みしてしまい、エマから借りたナイフホルダーの中に忍ばせているプレゼントは渡せそうにない。


(そもそも受け取ってくれるのかしら……迷惑って言われたら立ち直れないわ!エマァアァッ、助けてぇ)


なんとなく気まずくなり、ソワソワして当たり障りない話題を出した。



「久しぶりのパーティーだから緊張してしまいます。それに……」



マスクウェルがカッコよすぎるから隣に並んだら気絶してしまうかもしれない、とは言えずにファビオラへ口を閉じる。

今日はイメージ回復を目指しているのに絶対にマスクウェルの前で失敗したくないという焦りからか指が震えていた。



「緊張する必要はない。僕が隣にいるのだから」



そう言ってファビオラに視線を送る頼もしいマスクウェルに心臓を撃ち抜かれたファビオラは意識を持っていかれる寸前だった。

白目にならなかった自分を褒めてあげたい。

何故こんなにも彼は尊いのか……思考停止中である。

表向きの顔でいたかと思いきや、途端に裏向きの顔で攻めてる。

油断も隙もないとはこのことである。


なんとか堪えたファビオラはマスクウェルに笑顔を返した。


(あっぶねえぇぇぇ……!もう少しで魂持っていかれるところだったわ)


なんとなくではあるが、また以前のように突き放されるのだと思っていた。

それなのに甘い雰囲気に戸惑っている。


マスクウェルも半年の間に何か心境の変化があったのだろうか。

こうしてファビオラに笑顔を向けてくれるのだが、それでも倒れずにすむのはエマとの訓練があったからだ。


(ここの空気が美味しいわ……マスクウェル殿下、かっこいい)


二人で当たり障りのない話題で談笑していた。


会場に着いてマスクウェルのエスコートで馬車から降りる。

会場に向かって歩いていく最中、妙に視線を感じていた。


(さすがマスクウェル殿下だわ。あまりの美しさに注目が集まっているのね!)


実際はファビオラの洗練された美しさに見惚れている人達が大勢いたのだが本人は気づくことはない。


(なんでかしら……わたくしに何かおかしいところが!?エマは大丈夫だって言っていたけど)


ファビオラが不安になっていると、マスクウェルがそっと顔を覗き込む。



「ファビオラ、大丈夫?」



フォビオラは暫く目を見開いて固まった後に、コクコクと首を動かした。

マスクウェルがさりげなくファビオラの名前を呼んで心配してくれる。

それだけでも天にも昇る心地だ。


社交界ではファビオラとマスクウェルの不仲説が流れていたが、それを一瞬で払拭していったとも知らずにファビオラはマスクウェルとパーティーを楽しんでいた。


(まるで本物の婚約者同士みたい……)


ふと、ファビオラの頭の中にあることが過ぎる。


(マスクウェル殿下とこうして過ごせるのも、あと少しだけなのね……学園に行けばアリス様と結ばれるのよね)


そう思うと胸が締めつけられるように悲しくなった。

わかっていたはずの結末なのに、受け入れていたはずなのに、嫌だと思ってしまう自分がいた。

しかしファビオラはその考えを振り払うようにすぐに首を横に振った。


(わたくしは愛に生きる女……ファビオラ・ブラックよ!悪役令嬢として、マスクウェル殿下の幸せを願って、去り際まで美しくいなきゃ)


気合いを入れながらファビオラは笑顔を作る。

しかしファビオラを襲う不安は暫く払拭できなかった。

マスクウェルとダンスを踊りながらも、この手を離したくないと思ってしまう。

幸せと不安が隣り合わせの中、曲が終わる。


(いつか……別れる運命ならば、こんなに好きにならなければよかった)


久しぶりに感情が昂ったからかファビオラは泣きそうになるのを堪えていた。



「ファビオラ……?」



ファビオラの瞳から一筋の涙が溢れていったのを見てマスクウェルが大きく目を見開いている。

ファビオラは急いで涙を拭って表情を取り繕う。

自分で決めたことなのに、こんな風に名前を呼ばれて触れていると勘違いしてしまいそうになる。



「ご、ごめんなさい。嬉しすぎて……わたくしったら」


「…………。向こうで休もう」


「いいえ、大丈夫ですわ!」



ファビオラがそう思っていても涙が止まらない。

ここで失態を犯してはならないと、なんとか涙を堪えようと俯いていた。



「───ビオラッ!」



そんな時、聞き覚えのある声が聞こえて顔を上げた。

トレイヴォンがファビオラを包み込むようにして抱きしめた。



「レイ……!」


「大丈夫か!?」


「えぇ、ごめんなさい。でも大丈─っ」


「大丈夫な訳あるか。向こうで休むぞ?」


「……っ、でもマスクウェル殿下の前で!」




ファビオラはトレイヴォンに抱え上げられた。

トレイヴォンの行動に会場からは黄色い悲鳴が上がり、頬を赤く染めている。

マスクウェルはその場に立ち尽くしていた。

騒めく会場でトレイヴォンとファビオラを讃える声が耳に届いた。


「ファビオラ様……なんて美しいのかしら」

「トレイヴォン様は男らしくて素敵ね」

「二人はご友人なのでしょう?わたくし、ファビオラ様がトレイヴォン様の婚約者なら諦められたのに」

「あの二人はお似合いよね」


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