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自分で言っておいてアレだが、マスクウェルの小さな手が前に差し出されるのを見て驚いていた。

溢れ出る手汗をドレスで拭いてから、震える手を伸ばしてマスクウェルの手を握る。


(は、初タッチィイィイィッ!)


手を凝視しているファビオラを見ていた両親に背を向けてから歩き出す。


そのままファビオラは緊張しすぎてロボットのようにカクカク動きながらマスクウェルと共に歩いていく。

学んだマナーなど、想いを寄せる人の前では役に立たない。

ピタリと足を止めたマスクウェルの表情が抜け落ちて、不機嫌そうにこちら見つめている。



「…………君、何考えてるの?」


「……!?」


「意味わかんない」



少し低くなった声を聞いたファビオラは口元を押さえた。

ついにこの時が来たと歓喜したのだ。


(ひゃーー!設定通り裏表の性格が違って素敵だわ。最高ッ!)


そう……この二面性こそマクスウェルの真骨頂である。

王子様といえば完璧紳士か俺様、そんなキャラクターが多い中、両面を合わせ持つハイブリッド王子、マスクウェル。

画面の前では何も思わなかったが、実際に目にしてみると感慨深いものがある。



「一度で二度美味しい……これが噂のハイブリッド」


「は……?」


「フフッ、何でもありませんわ」



ファビオラはニヤけるのを必死で押さえていた。

実際にはファビオラはこの姿を見て「なんて嫌な奴!」と思うのだが、それが今まで宝物のような扱いをされていたファビオラにとっては新鮮に見えたのだろう。

その積み重ねで、どんどんとマスクウェルに惚れ込むわけだが今回はまた違った目線の『可愛い』である。


表向きのマスクウェルと本当のマスクウェルのギャップに悶えていた。

ゲームでは成長していくにつれてマスクウェルのファビオラに対しての塩対応は強くなっていき、ファビオラはそんな対応をするマスクウェルが気になってどんどんとマスクウェル沼にハマっていく。


マスクウェルを絶対に振り向かせたかったファビオラはあの手この手を尽くすものの、なかなかうまくいかない。

これが人生初めての挫折となる。

ファビオラはストレスを発散するように周囲への当たりも激しくなっていき、自身の評判をさらに落としていくことになる。


そして断罪される時に「あなたに振り向いて欲しかった……ただそれだけだったのに」という寂しい台詞を残して去って行くのである。

クネクネしながら回想していると、マスクウェルは奇怪そうに目を細めた。



「…………変な奴」


「はい、ありがとうございますっ!」


「は…………?」


「険しい顔も素敵ですわね!どんどんと不機嫌になってくださいませ」


「……!?」


「罵る時はもう少し大人になってからの方が美味しいですけれども……!あ、勿論贅沢は言いませんので今でもいいですが、今日はもうお腹いっぱいなので。供給は完了しましたので出来れば後日でお願い致しますわ」


「…………」



十分、心の栄養を蓄えたため、今日は満腹であった。

断罪されるまで……マスクウェルの婚約者でいられるのは十六歳の学園生活から一年含めて五年しかないのだ。


(二人きりの時くらいはデレデレしたって、バチは当たらないわよね……!マクスウェル殿下だって、ファビオラの前で表向きと裏向きで使い分けている訳だし問題ないはずだわ)


それにどうせ何をしても振り向いてもらえないし嫌われるのだから、自分の好きにしていてもいいのではないかという超ポジティブ思考である。

ニヤニヤデレデレしているファビオラに嫌そうな顔をしているマスクウェル。


婚約者になれた今、マスクウェルに嫌われてしまう未来は寂しいが、側にいられるのならどんな対応をされても全てがご褒美である。

欲を言えば色んな表情を見せて頂きたいが、最終的にはマスクウェルが幸せになれば問題ない。



「ウフフ……」


「………君、変だよ」


「はい、ありがとうございますっ!」


「…………」



こんな調子で会話を続けていた。

そしてマスクウェルは何故かブラック邸に来た時よりも、げんなりとしながら帰って行く。

ファビオラは目に焼きつけた色んな表情のマスクウェルを思い出してはエマに話していた。



「でね、わたくしのこと〝変だよ〟〝意味わかんない〟って言ったのよ!その時の言い方も顔もすごく可愛かったのよ……!もうそれだけでパサパサなあの不味いパンを三個食べられるくらいなの~」


「………」


「それにね!わたくしを見るあの蔑むような目が……っ」


「ファビオラお嬢様」


「あらエマ、珍しいわね!マスクウェル殿下について何か質問が?」


「いいえ。目を覚ましてくださいと言おうとしただけです」


「覚めているわよ?」


「ファビオラお嬢様は何を考えているのですか?」


「え……?だから、マスクウェル殿下が可愛いなって話でしょう?」


「…………」



エマのドン引きしている表情を気にすることなく、ファビオラは話を続けていた。

父と母に何も喋らないようにと口を塞ぐことも忘れなかったが、エマはツーンとして顔を背けたのだった。


次の日、攻略対象者の一人であるトレイヴォン・ダイヤがいつものようにブラック邸に遊びに来た。

何故かといえば常識人でファビオラを高確率で殺す可能性のあるトレイヴォンを味方につけるのが最優先事項だと思ったファビオラは記憶を取り戻してすぐにトレイヴォンに接触を図っていた。


ファビオラに転生したばかりで混乱していたのもあったが、兎に角この恐ろしすぎる騎士団長の息子であるトレイヴォンだけは味方に引き入れなければと一生懸命だった。


『わたくし、心を入れ替えたんです!だから殺さないでっ』


そう言いながらダイヤ邸に突撃して怪訝な顔をされたものの、ファビオラの

『わたくしを助けてくださいぃぃ』

『死にたくないぃい!殺さないでえぇ』

『あなたはわたくしが嫌いなんでしょう!?』

という大絶叫と号泣っぷりにトレイヴォンにドン引きされた。


今思えば非常識極まりなく、大変迷惑な話ではあるがトレイヴォンは意外にもそんなファビオラを受け入れてくれた。

突然、知らない世界に放り込まれた不安で思いが爆発。

しかしトレイヴォンがファビオラの話を聞いて慰めてくれたことで、ファビオラもトレイヴォンからアドバイスをもらいマナーを会得。

その根性と心意気を買われて、何故か意気投合。


それから予定通りにマスクウェルと顔合わせすることになり、関わらないようにと意気込んでいたが、婚約してしまいトレイヴォンに言えずに、ついに呼び出しが来たというわけだ。



「ファビオラ、マスクウェル殿下と婚約したらしいな。説明を要求する」


「…………面目もありません」


「あんなに関わらないようにすると豪語していたように記憶しているが」


「そ、そうなのです……!ですが、やはり神様が決めた運命には抗えないみたいでぇ」


「……」


「え、えへ」



じっとりとした視線を感じてファビオラは目を逸らす。

真っ赤な髪に銀色のメッシュ、銀色の目は吊っており、肉食獣のようにも見える。

腕を組んでいるトレイヴォンを見て、ファビオラは静かにテーブルに額を擦り付ける。



「──すみませんでしたっ!」


「今まで散々聞かされていたファビオラの輝かしい人生設計はなんだったんだ?」


「そ、それはですね、全て台無しになりましたわ!シナリオ通りになってしまったけれど、わたくしは愛に生きるって決めたのですっ!」


「……」


「そうだわ!わたくし、今日からまた我儘に戻らないといけないんですわ!アリス様とマスクウェル殿下のためにっ」




トレイヴォンに落ち着くように言われて、婚約までの流れを説明する。

彼は目を閉じながらファビオラの話を最後まで聞いていたが、瞼を開いてこう問いかけた。



「本当にアリスはマスクウェル殿下を選ぶのか?」


「そ……そう言われると困りますわ。学園に行かなければわからないんですもの」


「そんな不確定なものに振り回される必要があるのか?」


「とは言いましても、わたくしはトレイヴォン様に殺されたくはありませんし」


「いや……こうして話している時点でありえないだろう」


「アリス様のためならやらないとは限りませんわ!」


「頑なだな」


「当たり前です!わたくしの命がかかっているんですもの」



トレイヴォンには、すでに自分が転生者のファビオラだと伝えて、乙女ゲームの内容を話していた。

普通ならばドン引きしてしまう内容ではあるが、トレイヴォンはファビオラの話に真剣に耳を傾けてくれる優しくて心が広い男である。


元々、攻略対象者の中でも一番の強面で一番人気のなかったトレイヴォンだが、あまりの男らしさと頼もしさに感動でしかない。

今のトレイヴォンは面倒見がいいお兄さんといった感じだ。


(つまりは圧倒的にイケメンの兄貴枠……)


トレイヴォンは頼り甲斐があり、ファビオラが最も信頼している人物の一人である。



「アリスとマスクウェル殿下が学園で結ばれて、それから婚約破棄されて、ファビオラがざまぁされるんだっけか?」


「そう、そうなのです……!破滅への階段を駆け上がっていくの。でもこれはマスクウェル殿下が幸せになるためだから仕方ないのよ!これは愛よ、愛っ!」


「……」


「そういうトレイヴォン様だって、アリス様と結ばれる可能性があるですっ」


「俺がアリスと……?」



トレイヴォンは髪を掻きながら不思議そうにしている。

しかしもしヒロインの選択肢によっては、トレイヴォンルートの場合だってありえるかもしれない。



「ならアリスがマスクウェル殿下を選んだら、俺がファビオラを娶ってやろうか?」


「……え!?」



突然のトレイヴォンの告白に驚いていた。

しかしすぐに優しい彼のことだから、気を遣ってくれているのだろうと気づくことができた。

ファビオラはバシバシと音を立ててトレイヴォンの背を叩く。



「まぁ!気を遣ってくださり、ありがとうございます」


「別に俺は……」


「さすがトレイヴォン様だわ。頼りにしております」


「ファビオラ、俺の言っている意味、ちゃんとわかってるのか?」


「もちろんですわ!トレイヴォン様を信頼しているもの」


「まぁ、今はそれでいい……そのうちわからせてやるから」


「???」



トレイヴォンはエマと同じくらい一緒にいると楽しい友人である。

いつものように他愛のない話をしながら過ごしていたが、今日はマスクウェルのどこがカッコいいか、何が素晴らしいかと語っていたが、トレイヴォンはファビオラの話を最後まで聞いててくれる。


そんな毎日を繰り返しながら、三年の月日が流れてファビオラは十五歳になった。


女王様のように振る舞おうと努力していたが、見事に挫折。表向きは乙女ゲームのパッケージと同じファビオラの容姿を心がけていたのだが、維持するのはかなり大変だ。

家では面倒だからいいかと思いはじめて、マスクウェルの前でもすっかり素が出てしまった一年目。


パーティーで婚約者としてマスクウェルと一緒に行動することが増えていったのだが「いつもの方が可愛いんじゃない?」と、何気ない一言をマスクウェルに言われたことにより、何かが吹っ切れる。

徐々に原作のファビオラとのイメージがかけ離れていった二年目。


ファビオラの悪い噂が消えてパーティーやお茶会の誘いがたくさんくるようになる。

断るのも申し訳なく顔を出して忙しくなり、マスクウェルに「何余所見してんの?君は僕の婚約者じゃないの?」と言われたことにより更にマスクウェルに惚れ込んで、マスクウェルに褒めてもらいたくて清楚系になった三年目。


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