②
そして今日、マスクウェルとの顔合わせをサラリと印象が残らないように終わらせるつもりだったのだが、初っ端からあまりにも予想外の出来事が起こったというわけだ。
(マスクウェル殿下……かっっっっっこかわいっ○+*ッッッ)
マスクウェル、顔が良すぎてどうしよう問題である。
語彙力すら失う可愛さである。
そして婚約する流れをできたら阻止しようと思っていたファビオラだったが、父であるブラック伯爵の「マスクウェル殿下の婚約者になるか?」の問いかけに本能のままブンブンと首を縦に振って頷いてしまった自分がいた。
(断罪されるまで、マスクウェルの婚約者でいられる幸せを堪能しようそうしよう)
恋は人を変えるというが、心の中はすっかり春爛漫である。
どうせ学園に入らなければアリスとの恋愛感情は育たない。
ならば学園に在学期間を含めて四年間だけは夢を見させてもらおうではないかと決めたファビオラの行動は早かった。
(時間は有限よ……!身を引くことになっても後悔しないように頑張らないと)
それにマスクウェルがファビオラに興味がないということは、心ゆくまで観察し放題である。
間違った選択肢を選んでいることもわかっていた。
けれど、たとえ裁かれようともマスクウェルがアリスを好きになるまで側にいれた方が後悔しないと思ったのだ。
それ程までにビビッと感じるものがあった。
(マスクウェルが幸せなるためだったら、悪役令嬢だって何だって演じてみせるわ!我儘放題は無理かもだけど……目指せ、女王様ッ!)
ファビオラはグッと拳を握った。
「エマ、わたくしはマスクウェル様のために今日から〝悪女〟になるわ!」
「旦那様、奥様ー!お嬢様がまた訳のわからないことを言ってます」
「ちょっとっ、人の必死の決意を勝手に告げ口しないで!」
しかし両親はエマの言葉を聞いて、すぐにこちらにやってくる。
「ビオラ……!いい加減に変なことを言うのはやめなさいっ!誰だっ、ワシの可愛いビオラに悪影響を及ぼした奴は」
「旦那様ッ、今すぐ医者を呼びましょう!ビオラちゃんが心配よ……!」
「ほらっ!エマのせいでややこしくなったじゃない」
「ファビオラお嬢様がおかしくなってから早一年……私は自分の職務を全うしているだけです」
「クールすぎる!でも、そんなエマもやっぱり可愛い!」
「うるさいです」
「一体どうしたんだろうか。ビオラがよくわからない方向に……」
「エマ、ビオラちゃんがまた変なことをしそうになったら教えて頂戴!」
「かしこまりました」
「!?」
両親と侍女のエマとの関係も少しずつ変わっていた。
ファビオラとして、これからどうなっていくかは不安もあれど心の中は薔薇色であった。
そして今日はマスクウェルとの二回目の顔合わせである。
最初の時は自己紹介しかできなかったし、心臓を撃ち抜かれ過ぎてまともに顔も見れなかった。
両親を追い出してからド派手なドレスに着替える。
「ねぇ、エマ!変じゃない?変じゃないわよね!?ちゃんと我儘そうに見える?女王様になりそうな感じする?」
「我儘で高飛車に見えます。大丈夫ではないでしょうか。ファビオラお嬢様」
「棒読みすぎるッ!クール!でも可愛い」
「…………うるさいです」
今日もエマは無表情でロボットのようである。
人形のような可愛らしい顔と無駄のない動き。今日もエマはクールだ。
以前は犬猿の仲であったエマとファビオラだったが、今は大分一方的ではあるが仲良しである……と、ファビオラは思っていた。
(エマには幸せになってもらいたい。わたくしが断罪されたとしてもブラック伯爵家……両親とエマ達には影響ないように振る舞わないと!)
マスクウェルは清楚なタイプが好きではあることは、事前の知識から把握している。
乙女ゲームにはアリスを攻略対象者好みに着せ替えて好感度を上げていく要素もあったからだ。
しかしここはマスクウェルの幸せのために、悪役令嬢になると決めたからには、家族には迷惑をかけないように努力をしなければならない。
エマには今持っている中で一番豪華なドレスを用意してもらった。
高めのツインテールの巻髪、若干のドリル仕様で完璧なまでの乙女ゲームの『ファビオラ』の完成である。
鏡の前で意地悪そうな笑みの練習をしていると、エマに「本当にその格好でいくのですか?」「気持ち悪いのでやめてください」と止められてしまった。
ファビオラになってから一年間、派手な装いを封印していたためか、久しぶりにクローゼットの中から引っ張り出したド派手ドレスで気合い十分である。
「エマ聞いて……!たとえ困難が立ちはだかろうとも、後に引けないことがあるの」
「早く行かないとマスクウェル殿下がお待ちですよ」
「ど、どうしてそれを早く言わないのよっ!」
「ファビオラお嬢様が気持ちよく語ってらしたので」
エマの手を引いて、決戦の地へ。
(いざ、マスクウェル殿下の元へ……!今日は負けないんだから)
気合い十分、鼻息荒くファビオラは歩き出した。
ファビオラは女王様のように振る舞う気満々で出陣した。
けれど、現実はそう甘くはなかった。
「オホホホ、お待たせいたしました!マクスウェルで………ん……… !」
「ファビオラ様?」
「んぐぅ……!!!!?!?」
マスクウェルが振り向いてファビオラに笑顔を向けた瞬間、一瞬で心臓を撃ち抜かれて速攻でノックアウトである。
それこそ悪役令嬢の振る舞いをしなければらならいという決意を忘れるほどに、清らかなオーラにKOされてしまう。
ファビオラはニヤニヤと笑みを浮かべないように思いきり唇を噛み締めながら耐えていた。
(クッッッソォ……前途多難すぎるわ!まずは顔面が良すぎて直視できない問題を解決しなくてはっ!)
ファビオラはマスクウェルに背を向けてから心を落ち着かせるように大きく息を吸って吐いてと繰り返してから空を見上げた。
(眼鏡……いや、あえて顔を見ない様に視線を逸らし続けるのは辛いし失礼よ。でも折角、マスクウェルを独り占めできているんだし、いっぱい見とかないと!あぁ、でも……!)
どのくらいそうしていただろうか。
ファビオラが考えを巡らせていると、いつの間にか目の前に移動していたマスクウェルから声がかかる。
「ファビオラ嬢、大丈夫ですか?顔が赤いようですが……」
「───んがッ!?」
マスクウェルが心配そうに眉を顰めながらファビオラを見ているではないか。
目の前に麗しい顔面があったのには流石に心臓が止まった。
目を見開いて、鼻の穴が開き、唇を噛み締める様はなかなかに不細工ではあるが、今は自らを落ち着かせることに意識を集中させていた。
(ち、近い天使が近い天使が近い天使が近……ッ!?)
乙女らしからぬ声を出してしまったが、咳払いで誤魔化した後に、不自然なほどに思いきり顔を逸らす。
とりあえず応急処置として視線が合わないようにしてから口を開いた。
「………?」
「マ、マスクウェル殿下……ごき、ごきっ、げんよう」
「今日は……以前と大分雰囲気が違うようですが」
「あの、いつもはこんな感じですのよ!以前がたまたま!そうですわ!たまたま珍しかっただけで、本当に……オホ、オホホホ!」
そう言うとマスクウェルは困惑した表情を見せた。
そんな彼の姿を見て心の中でガッツポーズをしていた。
きっとドン引きにしているに決まっている。
このファビオラの姿が好みではなく気に入らないからだろう。
そんな時だった。
「あら、ビオラちゃん……どうしたのその格好は。随分と派手ね」
「珍しいな。最近はこんな感じのドレスはもう絶対に着たくないと言っていただろう?」
「げっ……!」
タイミングが良いのか悪いのか……登場したのはファビオラの両親。
ブラック伯爵と夫人だった。
それにあっさりと今日のための努力をバラされてしまったようだ。
転生してからというものシンプルな格好を好んではいたファビオラが突如、以前好んでいたドレスを引っ張り出したのが不思議だったのだろう。
(これ以上、余計なことを言う前に……!)
ファビオラは父と母に帰ってくれの意味を込めて力を込めてお尻でさりげなく押していたが全く動く気配はない。
「この間はファビオラが粗相をして申し訳ありませんでした。今回は大丈夫かと心配になりましてな」
「大丈夫ですわ!わたくしは大丈夫ですからッ!あっちに行ってくださいませ」
「お邪魔でしたかな!ハハッ」
「まぁまぁ、ファビオラったら……いつの間にか成長して」
「お母様!マスクウェル殿下の前でやめて下さいませ」
父と母は娘の成長を喜んでいるが、今はそれどころではない。
転生した直後から両親はファビオラに対して過保護で過干渉である。
全てを許してファビオラの思い通りにさせることが、彼女の性格を歪めてしまう原因になってしまうのだ。
何をしてもお金で解決できるし、許されてしまう。
ファビオラは怒られたこともないし、注意を受けたこともない。
世界の全てがファビオラを中心に回っている。そう考えてしまうには十分だろう。
それは貴族社会の伝統を壊してしまうほどに強力なものだった。
ファビオラは力で押さえつけさえすればいいと覚えた。
歪んだ考えはファビオラを形成していく。
それがコロリといい子の優等生になってしまえば医者を呼びたくなる気持もわかる。
マスクウェルと出会う前に、マナーを学んでいなかったファビオラは、ある人物を通して急いで講師を大量に呼んで貴族のマナーを会得していた。
全ては断罪回避のため……その必死さはマスクウェルの顔合わせ前に合格をもらえるほどだ。
両親はファビオラがいい方向に向かったことを喜んでいるが、ブラック伯爵邸で働く者達は、ファビオラが何かを企んでいるのではないかと、様子見といったところだ。
追い出した侍女達にはどうすることもできずに申し訳ない気持ちだったが、今から罪滅ぼしをするかのように優しさを配っていた。
そんな三人の様子を見て、マスクウェルは貼りつけた笑みを浮かべている。
マスクウェルはファビオラに気に入られていなければならない。
前もってファビオラの噂を聞いているマスクウェルにとっては予想外の出来事なのだろう。
しかし瞳の奥、明らかに軽蔑した視線が向けられていたことに気づいていた。
突如として焦り出しているファビオラを見た父と母は目を丸くする。
「きっとマスクウェル殿下の前で緊張しているのだろうな」
「マスクウェルが天使みたいで可愛すぎるって、ファビオラったらもうあなたに惚れ込んでいて……「──ストップ!お母様ストップですわ」
「……?」
「何でそのことを知ってるんですか!?」
「エマから聞いたのよ?」
「ぐっ……!」
「まぁまぁ、いいじゃない。ビオラちゃんが変わったきっかけは恋だもの!幸せになって欲しいわ」
マスクウェルはその話を聞いて大きな目を見開いてキョトンとしている。
その後にニコリと困ったように微笑んだマスクウェルに母と二人で心臓を撃ち抜かれていた。
(……か、可愛いっ)
「これだけ美しい殿下ですもの……!ビオラちゃんの気持ちがわかるわぁ」
「も、もうっ、邪魔しないでくださいませ」
「フフッ、そうね」
「マスクウェル殿下、あちらに行きましょう!」
「はい、わかりました。ファビオラ様、お手を」
「…………え!?」