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ここで、質問です。

もし、あなたが悪役令嬢に転生したとしたらどうしますか?


もちろん答えは全力でシナリオ回避するために奔走する。

『これで準備万端、絶対に大丈夫……!』

そう思っていたのに、やはり現実はうまくはいかないようです。

何故ならばヒロインと婚約者に、ざまぁされてしまう悪役令嬢にもかかわらず、その婚約者にガチで一目惚れしたからです。

そして今、断罪回避の一歩を踏み出したのですが……



「はじめまして、ファビオラ嬢……僕はマスクウェル・ハート・トランプです」


「はっ、わっ……───ッ!?」


「…………」


「……ファビオラ嬢?」



戸惑うマスクウェルの表情を見ながら口をパクパクと動かしていた。



「こら、ファビオラ!キチンと挨拶なさい」


「は、ひ………」


「ファビオラっ!」


「ファ……ファビオラ・ブラックでっふわ!」


「……ははっ、おもしろいご令嬢だね」



天使のように微笑むマスクウェルはこの国の王太子。

そんなマスクウェルに一目惚れしてしまったことで、今まで念には念をと練り上げてきた全ての作戦が無駄になってしまうとは思いもしなかった。



ファビオラに転生して早一年──。

乙女ゲームの悪役令嬢だと気づいたのは、侍女が転んだ拍子に熱々のダークチェリーパイをファビオラの顔面に叩きつけたのが原因だった。

後ろに倒れ込んで後頭部を強打したファビオラはそのまま意識を失う。


しかし目が覚めたら前世の記憶が蘇っており、ここが乙女ゲームの世界だと気づく。

性格も考え方も百八十度変わったため、家族に何度も何度も医者を呼ばれる羽目になったファビオラは現在十二歳だ。



「ファビオラちゃん……!あなたは本当にファビオラちゃんなの!?」


「何度もそう言っているではありませんか。わたくしはファビオラ・ブラックですわ。お母様、落ち着いてくださいませ」


「だ、だが今までのファビオラとは何もかもが違うではないか!ドレスや宝石を毎日強請り、使用人達を影で虐げては、いつも問題を起こしていたファビオラがまるで別人じゃないか!」


「今では残った侍女はエマだけだ。そんなファビオラがダークチェリーパイを顔面に叩きつけられて後頭部をぶつけたことにより、別人になるなんて信じられない……!」


「それに関しては反省しております。今日から心を入れ替えて頑張りますと説明しているではありませんかっ!」


「ファ、ファビオラが……反省するなどありえない!」


「もうっ!お二人ともいい加減にしてくださいませ」



一年に渡り、このやりとりを続けたが今でも信頼されていない。


(どれだけファビオラって我儘だったのよ……!いや、記憶によるとかなり我儘だったけれども)


ファビオラは一代で成り上がった新興貴族の令嬢だった。

父は贅沢三昧で潰れていった貴族達から土地やらを買い取り、飛ぶ鳥を落とす勢いで領地を拡大している。

一人娘であるファビオラは生まれた時から苦労を知らず、湯水のようにお金を使う少女だ。


記憶から見てわかる通り、相当な我儘っぷりである。

裕福なブラック家で欲しいものをなんでも手に入れてきたファビオラに怖いものなどない。

自分のものを奪われることが何より許せない。

もし奪おうとするのなら叩き潰すまで彼女は止まらない。

『わたくしのものを奪おうなんて身の程知らずね……死んで詫びなさい』

そんな決め台詞と共に人を殺していく、過激な悪役令嬢ファビオラ・ブラック。


悪役令嬢ファビオラが死ぬ以外の選択肢はないのか……そう考えた結果、ある答えに辿りつく。


(わたくしは早々にこの物語からフェードアウトして貴族の令嬢として慎ましく普通の人生を生きるのよ!)


それからファビオラは今日のマスクウェルとの顔合わせのために、ストーリーを思い出しては対策を考えて作戦を練り練りと練ってきた。

それはファビオラが紫と黒の毒々しい猫を連れた暗殺者に体をバラバラにされて殺される悲惨な結末や攻略対象者の一人で騎士であるトレイヴォンに惨殺される未来を変えるため。

そのために今日まで計画を立ててきたというのに、まんまと攻略対象者であるマスクウェルに一目惚れしてしまったというわけだ。


(……これも物語の強制力というやつかしら。悪役令嬢は断罪されて物語を彩れってこと?)


そもそもマスクウェルのリアル天使のような外見が悪いとは思わないだろうか。

ふわふわのライトゴールドの髪と赤色のメッシュ。

透き通るような琥珀色の瞳……目が合った瞬間に思ったのだ。

彼は神様からの贈り物だと。


(神様、どうしてマスクウェル殿下はこんなに可愛いのでしょうか。こんなの無理だわ)


ファビオラがこの物語から退場するのは簡単だった。

マスクウェルの婚約者になることなく身を引けばいい。

断罪ルートを華麗に避けようと思っていたファビオラだったが、マスクウェルのあまりの美しさに完全にノックアウトされてしまう。


ファビオラになる前は、喪女のまま仕事に忙殺されて、いつの間にか朽ち果てた。

そしてファビオラになってこんなに可愛い容姿とお金を手に入れたのだから、自分だけを愛してくれる素敵な男性と結婚して、愛に溢れた家庭を築くぞと意気込んでいたのにも関わらず……マスクウェルに一目惚れ。


そして今日はマスクウェルとの二回目の顔合わせで、エマに身支度をしてもらっているところだ。

婚約者になることを了承してしまったことを撤回してもらおうとも考えたが、心がそれを拒んでいる。


(で、でも……マスクウェル殿下が顔が良すぎるのがいけないんだし、わたくしはちゃんと身を引く予定でいるもの!これもマスクウェル殿下とアリス様が幸せになるために必要な儀式なようなものよ!うん、そうに違いないわ。ここでわたくしが婚約者にならなかったら物語が変わっちゃうもの!それはだめよね?)


そんな言い訳を繰り返していたが、気持ちには抗えなかった。


こうして悪役令嬢ファビオラ・ブラックに転生したアラサー女は………第二の人生を諦めることとなり、不幸にもストーリー通りに『ざまぁ』への階段を駆け上がることとなるのでした。



「………めでたし、めでたし」


「ファビオラお嬢様、くだらないことばかり言うのはやめてくださいませ」


「くだらなくないわっ!だって、こんな展開あんまりだと思わない!?」


「思いません。髪を結えるのでじっとしていてください」


「エマは超可愛いくせに超冷たいんだから」


「…………。意味がわからないので黙ってください」


「はぁ~~~」



大きな溜息を吐いたファビオラは、鏡に映った自分の姿を見た。

この国には珍しい黒髪に白のメッシュが所々に入っている。

瞳は林檎のような赤。まるで童話の中から出てくる魔女のような毒々しい色合いの女の子だ。

家名が〝ブラック〟に関係しているためか、ファビオラや家族は黒い瞳か黒い髪を持っている。


ここでマスクウェルとの準備の途中だが気分を切り替えて、ロマンス小説の舞台の説明をしよう。


まず、この小説のヒロインのアリス・レッド。

アリスはレッド公爵家の令嬢でマスクウェルの婚約者だった可愛らしい少女だ。

この国を古くから支え続けた古参の貴族で、アリスは攻略対象者のトレイヴォンと幼馴染。トレイヴォン・ダイヤは公爵令息で騎士だ。


ハート女王はマスクウェルとアリスの間を引き裂いて、国を守ることを選んだ。

婚約者だった二人は引き離されてしまう。

とは言っても、今の段階では十二歳なので、まだ愛とか恋とかではないようだ。


ファビオラが悪役令嬢としてヒロインの『アリス』の前に立ちはだかるのが十六歳。

ファビオラは正統派の悪役令嬢でプライドが高く、我儘で傲慢な美少女。

ちなみにあまり頭はよくない。

ファビオラはマスクウェル・ハート・トランプの婚約者であることを誇りに思っていた。


薄々気づいている方はいるだろうがテーマとなっているのは『トランプ』である。

他の攻略対象者にサンドラー・スペードとカイド・クローバーがいるが、トランプ学園に通うまでは関係ないので今は割愛させていただこう。


マスクウェルはいつも柔らかい笑顔でいるのだが、本当はこの婚約に大きな不満がある。

しかしハート女王はマスクウェルの気持ちよりも王家を優先させた。

今、王家は貴族達からの不満を受けて板挟み状態だ。

これは新興貴族の勢いと古参貴族の不満を中和するために組まれた縁談だった。

王家の真の目的はブラック伯爵家の勢いを抑えて管理下に置くこと。

そしてお金目的で近づいてくる貴族の令息達の中でファビオラがマスクウェルを選んだ理由は……顔がいいことと王子様であることだ。


アリスとファビオラ、真逆な性格な二人なのだが、どちらを選ぶのか明白だろう。

そして引き裂かれたアリスとマスクウェル。

ブラック家の一人娘で女王様として育ってきたファビオラはマスクウェルとの初めての顔合わせで「あなたの顔が好きだから婚約者にしてあげる」と言った。


しかし今のファビオラもマスクウェルの顔に惚れ込んでいるため、性格は違うけれど物語上は道筋通りに進んでいるのである。

そんなファビオラの態度にマスクウェルがどう思ったのか……考えれば簡単だ。

マスクウェルにとってファビオラは好きでもなんでもなく全く興味を持っていない。


しかしそんな関係性に変化が起こる。

婚約してからファビオラはマスクウェルに本気で恋をしてしまう。

顔がタイプで王太子として完璧に振る舞い、民達に慕われる優しさを持っているマスクウェル。

裏の顔とのギャップがまたたまらない。

間近で見ていて惚れるなという方が無理だろう。

立場はいつの間にか逆転していき、マスクウェルの魅力にファビオラの方がハマってしまう。


十六歳でトランプ学園に入学した際に、アリスとマスクウェルは久しぶりに再会する。

アリスはマスクウェルの疲れた心を癒していき、以前は恋心がなかった二人の関係に変化が訪れる。


ファビオラはマスクウェルの気持ちの変化に気づき、アリスをあの手この手で追い詰めようとする。

しかしアリスは持ち前の明るさと粘り強さでファビオラに対抗していく。

マスクウェルとアリスの絆はより強固なものとなり、そこでファビオラは二人の絆を見せつけられて絶望へ。

そしてマスクウェルの愛が絶対に手に入らないことを悟り、ついに凶行に走る……とのことだ。


その中でも絶対的にアリスを慕っており、彼女の魅力にどっぷりと浸かっているのが幼馴染のトレイヴォン。

アリスのためならどんなことでもしてしまう闇深い一面もあり、ファビオラを断罪する騎士。

つまりマスクウェルと共にアリスを守り、ファビオラを断罪する瞬間、最高に盛り上がる。

トレイヴォンを選んだ場合も同じようなことが起こる。


しかしアリスを虐げることは今のファビオラには不可能だ。

だからアリスがマスクウェルと幸せになるためにできることをする。それしかない。


その前には断罪されないために、マスクウェルと関わらないようにして婚約者にならないようにしようと考えていた。

もし婚約者になったとしてもアリスを虐めないようにしてマスクウェルがヒロインに惚れたらそっと身を引けばいい……と思っていたがその野望は見事に砕け散った。


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