綾波産地の牛鬼はあくまで牛の頭で下は蟹です。何故なら一般的な首から下は大嫌いな生物だから。
市の一日目夜。
毎度一日目の夜は宴になるが、此度の喧騒はいつも以上であった。
誰も彼もが騒いでいる。
それもその筈だ。
本来なら、このような事態は起きなくなっていたからだ。
「それで、話の続きはどうなんだ?」
牧場主が[牙狼の新星]のリーダーであるロックの空になったコップに酒を注ぐ。
ロックを中心に、酔っぱらいたちがテーブルを囲んでいた。
「どこまで話したっけ?」
「迅がお前らのパーティーメンバーを助けたところだよ」
「あぁ、そうだ」
酒を一口飲むと、また語りだした。
『マルデ、ギュウキダ』
そう呟いたんだ。
本当に、あの時は助かったと思った。
でも、すぐに冷静になったよ。
増援が来たと言ってもたった一人なんだぜ。
あのキャンサーデビル相手に一人の増援なんて大した意味はない。
ダブル、いやトリプルスターのモンスターハンターならともかくな。
だが、ダブルやトリプルのモンスターハンターなら顔や名前は売れている。
だからこそ、無名なヤツが来ても少し寿命が延びたぐらいにしか考えられなかった。
実際、あの戦いでは俺たち[牙狼の新星]だけでなく、ソロ活動していた連中を含めて八人ほど居たからな。
あぁ、当然逃げたゴブリンのヤツは数に入ってないぜ。
正直、アイツが最初から居なければ良かったまである。
話を戻そう。
迅はケイを左手で抱き留めると、右手で炎の魔法を放ったんだ。
魔法士を見るのは始めてだったし、驚いたぜ。
『カトン』
と言っていたのは聞こえたから、カトンという魔法みたいだな。
ロックは炎の魔法と言ったが、事実は全く異なる。
迅がやったのは火遁である。
ロックは気付かなかったが、一度口にアルコール濃度の高い酒を含み、出す。
その際に手甲に仕込まれた火打石で発火させるただの科学―――それが火遁であった。
それで、その炎の魔法はキャンサーデビルを倒すのが目的ではなかったようでな。
彼は炎を目眩ましにケイだけではなくトウガも救出に向かったんだ。
ケイを抱え、トウガに肩を貸して俺の元に来る。
『フタリヲツレテサガッテクレ』
『あんたは?』
『コイツヲタオス。カシタカネガカエッテコナクナルカラナ』
『……わかった。すぐに戻るからそれまで頼む』
たった一人に殿を頼むのは心苦しかった。
そりゃ、そうだろ。
さっきも話したが、こっちから見たら無名の新人なわけだ。
いや、そこは変わらないか。
無名で凄い新人なんだから。
そこら辺はともかく、二人が足手まといにならないよう、二人を後方に下がった連中に任せたらすぐに戻ったんだ。
正直、五体満足で生きているとは思わなかった。
だって、キャンサーデビルだぞ。
ダブルスターでも敗戦する話があるんだぞ。
それで戻った時は驚いたよ。
足止めどころか圧倒してるんだから。
時間はロックを見送った時にさかのぼる。
迅の前にキャンサーデビルと呼ばれるモンスターを観察する。
首から下以外は妖怪の牛鬼と変わらない。
むしろ、異世界転移したキャンサーデビルが噂話の末に牛鬼に変化したのではないか、と推察してしまう。
そこで気付いた。
自分が緊張せずに落ち着いていることに。
あまりにも大きな体、そこから繰り出されるであろう両腕の鋏、多脚故の機動性、更には刃を通さぬだろう殻。
それら全てが人間を圧倒するモノである。
恐怖がないわけではない。
だが、倒せる手段が頭に浮かぶからこそ、恐怖を上回っている。
迅とキャンサーデビルの戦いは、巨体さ故にリーチの長いキャンサーデビルが先手となった。
ブォン
キャンサーデビルの右の鋏が迅に襲い掛かる。
それを迅は難なく横に避ける。
ドォン
左の鋏を叩き下ろすが、迅はそれも回避する。
ブォン、ブォン、ドォン、ドォン、ドォン
キャンサーデビルの両腕の鋏が迅を襲うが、全て回避される。
スピード、距離、パワー。
全てが迅が以前戦った熊を遥かに凌駕している。
なのに、迅には当たらない。
それはキャンサーデビルの挙動に秘密があった。
迅は見ていた。
キャンサーデビルの行動の初動を。
それはあまりにも大振りで無駄だらけである。
後世において大振りで、動作がわかりやすいパンチをテレフォンパンチという。
まるでテレフォンアタックといえる攻撃であった。
故に、何をするかは丸わかりであり、回避は容易かった。
キャンサーデビルが鋏による攻撃を止める。
迅はその時、キャンサーデビルの足が少し曲がったのを見た。
トンッ
キャンサーデビルが飛び上がる。
迅もそれと同時に距離を取った。
キャンサーデビルが飛び上がるのを迅はまだ距離がある時に見ることができた。
だからこそ、瞬時に反応ができた。
ドォン
キャンサーデビルが落下する。
鋏による攻撃が身を結ばなかったことから、飛び掛かり攻撃に移行した。
線による攻撃ではなく、面による攻撃にしたのだ。
落下した衝撃で砂煙が舞う。
砂煙が晴れた時、キャンサーデビルの眼前に酒の瓶が放物線を描いて飛んできていた。
『火遁派生式 連鎖炎』
パリンッ、ボッ
迅は先に放物線上に酒瓶を投げた後、そこに落ちていた石に開けておいた別の酒をかけて手甲の火付けで着火。
その火の付いた石を投げられた酒瓶にぶつけた。
酒瓶は空中で割れ、中身の酒もそのまま着火された。
着火物をぶつけ、更に大きな着火を起こす。
それがこの連鎖炎だ。
対人戦であればこの術はかなり有効である。
だが、キャンサーデビルの前には目眩ましを兼ねた多少の火傷にしかならなかった。
しかし、迅としてはそれで充分だった。
ブンブン、バシッ、シュルシュル
迅は二つの鍵縄を一つに結び、それをキャンサーデビルの多脚の足の一つと腕に投げて絡ませた。
目眩ましが終わったキャンサーデビルが迅に向けて鋏を叩きつけようと鍵縄が絡まった腕を振り上げる。
ボキッ
キャンサーデビルの足が、その腕の勢いによって折られた。
キャンサーデビルの身体全体の殻は硬く、まるで鎧のよう。
だからこそ、人間の力では壊すのは困難。
しかし、その硬さ故に感覚は鈍いと考えた迅は、キャンサーデビルの力を持って自信の身体を壊させる作戦を立てたのだ。
迅は更に別の腕と足に新たに結んだ鍵縄を絡ませる。
ボキッ
キャンサーデビルが別の腕を動かして更に足が折られる。
『なんだよ、これ』
戻ってきてみた時の感想がこれだよ。
目の前には足を折られ、倒れこんでいたキャンサーデビルがいたんだ。
正直はじめて見たよ。
人間に恐怖しているキャンサーデビルなんて。
足が二本折れてはいてもさ、多脚だから何とか立ち上がるんだよ。
そのまま、戦闘を続行すると思ったらさ、方向転換して逃げ出したんだよ。
トンッ
キャンサーデビルが折れた足で歩いて行くよりも飛び上がって逃げることを選択した。
確かに、残りの足で受ける着地の衝撃を別にしたら誰も手出しは出来ないだろうから正解だったと思うよ。
相手があの迅でなければ。
キャンサーデビルが逃げたと思った時、安堵して迅を見たんだが、そこには迅は居なかったんだ。
何処に行ったか周囲を見ても何処にも見当たらないんだよ。
ドォン
キャンサーデビルが着地した音が聞こえ、その遥か上に迅が居たんだ。
迅はキャンサーデビルの腕に絡まった鍵縄を掴んでいたんだ。
つまりさ、キャンサーデビルが飛び上がった反動を使い、迅は更に上の高さを取ったんだよ。
カシャンカシャンカシャンカシャンカシャン
片手で鍵縄を掴みつつ、もう片手で紫電の準備をする。
上昇にかかるGに耐えつつ刀の納刀と抜刀を繰り返す。
上昇が頂点で止まる。
そして落下。
今度は下降のGに耐えつつ何とか片手で鍵縄を引き寄せ落ちる場所を調節し、もう片手で鞘から伸ばした銅線を刀の柄に取り付ける迅。
落ちる場所は敵の眼球。
ドォン
キャンサーデビルが着地した。
グシャ
それからすぐに迅は刀を体重を込めて突き刺す形で眼球に着地する迅。
『紫電派生式 紫電刀』
そして電気の発光。
『アアアアァァァァ』
キャンサーデビルの絶叫。
眼球から電気を流し込まれるから当然だろう。
グラッ、ドォン
脚の力が抜け落ち、キャンサーデビルは倒れ込んだ。
驚愕したよ。
迅が雷の魔法でキャンサーデビルを倒したんだからな。
そのあと、死んだふりを警戒したのか首の脊椎かな? その辺りを持っていた剣で刺して絶命したのを確認したんだ。
『カッタゾーォォォ』
勝利の咆哮をはじめた時は驚いた。
いや、キャンサーデビルみたいな大物倒したら叫びたくなるのはわかるよ。
ただ、出会ってからクールに行動していたから正直意外だった。
『凄いな、あんた。何者なんだ?』
『オレハジン。ベツノセカイカラキタモトシノビ………イヤ、イマハタダノショクナシサ』
そういえば、この時はじめて迅の名前を知ったんだったか。
ただ、その時は彼が言った職なしという言葉が頭に残ったんだ。
だから無意識のうちに口に出たんだ。
『なら、モンスターハンターをやらないか?』
ってね。
『モンスターハンター、モンスターハンターカ』
迅は俺の言葉を反芻する。
『カンガエテミルヨ。ミテノトオリ、マダハナスノモウマクナイカラ。ジモマダヨメナイシ、ソレカラダナ』
『あぁ、待っているよ』
『トコロデ』
迅は視線をキャンサーデビルに向けた。
『コイツクエルノ?』
「というわけで、迅はキャンサーデビルを倒し、我々はその肉を食べているわけだ」
あのあと市に残っていたメンバーも呼び、キャンサーデビルの肉体を解体。
市では生米も売られていたため、蟹雑炊に調理された。
さすがにあの巨体を全て雑炊にすることは出来ず、余った肉は塩漬けされた。
キャンサーデビルはその硬い殻に覆われている特徴から、討伐は毒を用いることが主流であった。
だからこそ、迅が毒を使わずに倒したことで食用としてカウントされたのは画期的である。
そして、それが美味だということ。
「すまん、おかわりあるか?」
「はい、まだありますよー。お持ち帰りようの塩漬けの方もまだありまーす」
「塩漬けこちらに一つ」
「俺は雑炊のおかわり」
「はーい」
家畜の肉はないが、大盛況となった。
「そういえば、その迅が居ないな」
宴の中で誰かが口にした。
最初の方は皆と乾杯していたが今は居なかった。
「あぁ、彼ならお楽しみの最中だろ」
「どういうことだ?」
「彼なら女と共に一緒にコテージに行ったぞ」
「おー!!」
「元気だねぇ」
二人は元々主催者が用意したテントで寝泊まる予定であった。
だが、この功績である。
使用料は無料で、テントと言わず仮設コテージを使ってくれと頼まれたのだ。
二人はその好意をありがたく受け取ることにした。
勿論、この場にいる連中が語る下世話な事態には一切なってない。
明日の帰宅の準備を済ますと二人はすぐに就寝した。
宴の喧騒をBGMにしながら。
翌朝、カッファが馬車を用意してくれた。
これも功績の一貫で無料とのことだ。
「色々と悪いな」
「キニシナクテイイ。ジンノオカゲデタスカッタワケダシ」
「ソレニ荷物沢山ニナッタシネ」
迅とアイリスは本来購入予定だったモノ以外も入手することができた。
その殆どが今回、そしてそれ以降も市が開催できるようキャンサーデビルを退治した迅へのお礼だった。
「馬車代トイイ、カナリ浮イタ」
手でお金のジェスチャーをするアイリス。
「アイリスハアイカワラズダナ」
「当然ナ話。浮イタ分ハ色々ト使エルカラネ」
「なるほど」
「ナルホド」
二人して頷く。
その浮いた使える分の先は自分でなく誰かのためにするのがアイリスだと知っていたからだ。
「トコロデ、ジン」
「何だ?」
「………キノウハヨクネムレタカ?」
「あぁ、疲労もあったからすぐに眠ってぐっすり眠らせて貰ったよ」
「ソウカ」
なにもなかったことに、昨日から見て一番の笑顔を見せるカッファだった。
昨夜から悩んでいたことが解決され、脳が回復すると、一つ問わなくてはならないことを思い出した。
「ソウダ、ジン。サイゴニキキタカッタコトガアル」
「何だ?」
「イチハタノシカッタカ?」
「あぁ、色んなモノがあって活気もある。楽しかったよ」
迅は本心で笑顔と共に答えた。
三話「異世界で広まる交友関係」終了




