若い男女二人がテントの中一夜過ごす。何もないわけが...なかったよ
二月に一度、その場所では市が開かれる。
開く理由としては様々な要因があるが、一番の理由は物流の問題だ。
基本、多くの村が自給自足で生活しているものである。
だが、塩などの土地によっては自給自足が難しいモノは他から仕入れるしかない。
各地に直接卸せるのなら問題はないが、それが成り立つほど交通と保存、そしてコストが両立できるわけではない。
そのため、各自の必需品を交易するために市が開かれるのだ。
これは本日の主催者――カッファの祖父から始まったことであり、各地の村々の死活問題にもなっている。
だからこそ、主催者には毎度緊張感を感じている。
それなのに、今回はとんだトラブルが起きてしまった。
「つまり、予定通りの肉の用意は難しいと」
「そうなんです」
「だからといって、二倍の値段は高くないですか」
「売る量がないんです。単価を上げなくてはいけないのは仕方ないでしょう」
市から近隣で、いつも家畜の肉を提供している牧場主は語る。
ここ最近、家畜の様子がおかしかった。
まるで何かに怯えるようだったと。
その時点でモンスターハンターに依頼するべきだったが、市が近いため取り止めた。
それが失敗だった。
今朝、宿舎を見てみると、家畜たちは破壊された柵から逃亡していた。
市の方で用意されていたモンスターハンターたちに捜索をお願いしたが、見付かったのは予定の半数にも満たない。
確実に大赤字だ。
いや、牧場の経営が成り立たなくなる可能性もある。
カッファの方もそれはわかっている。
だから、どうにも言えなかった。
「失礼するよ、カッファ」
背後から自分を呼ぶ声にカッファは振り向いた。
「アイリスカ、キョウハイツモヨリハヤイネ。イツモナラゴゴカラ………」
カッファはこんな事態であるが、気分が僅かに和らぐのを感じる。
それは、自身が恋心を抱くアイリスが来てくれたからだ。
だが、アイリスの側に居る男――迅に気付いてしまった。
「シツレイ、カレハ?」
「彼ハ迅。妾ノ客人ダ。コノ度ハ彼カラ話ガアルト」
アイリスを除くこの場に居た全員の視線が迅に集まる。
「はじめまして、迅です。肉の数はどうにもならない。少ない数では稼げないから単価を上げたい。だが、それでは客は困る。現状はこれで間違いないか?」
現状を確認するために二人に問う。
カッファも牧場主もすまなそうに頷いた。
「つまり、その分が補填できるなら値段を上げる必要はない」
迅の言葉に、何を当然のことを言っているんだ、とカッファは呆れる。
それが出来たら苦労はしない。
だからこそ、次の迅の行動には驚愕する。
「この熊の肝ならその補填分は賄えますか?」
「クマノキモ!? ホンモノカ!?」
熊の肝。
迅の予想通りこちらでも熊の肝は貴重な漢方である。
それをポン、と出したら誰もが驚くだろう。
場を冷静に戻すため、アイリスは挙手をした。
「迅ガスリ替エテナイナラ本物。熊?トカイウノヲ倒ストコロハ妾ガ見テイタ。証人ダ」
「……タシカ、ヤクザイシガキテイタナ。ヨンデクレ。ソノママシハライデイイカイ?」
カッファの指示に部下は走って行く。
迅はカッファの問いに頷く。
「ただし、適正な値段にしてください。俺もそうだし、ホビットの村でも適正金額はわからないので」
ホビットの村では熊が出てくることがなく、迅もこちらの取引相場など知らない。
値段をぼったくられても知るよしはなかった。
それ故にカッファの存在はありがたかった。
事実、交渉はカッファの手腕でストレートに終了した。
「アリガトウゴザイマス、ホントウニアリガトウゴザイマス」
何度も、何度も迅に謝礼の言葉を述べる牧場主。
最悪、家族と共に路頭に迷う可能性もあったので当然だろう。
だが、迅の方も繰り返される謝礼に食傷気味だ。
それを察したアイリスは一考を示す。
「ハイ、コレハアクマデ先払イ。ダカラソコマデ頭ヲ下ゲナイ、イイ」
「サキバライトイイマスト?」
アイリスは一枚の紙を取り出し、丸を描く。
「迅、切ッテ」
意味を理解した迅は刀を抜き、アイリスが持った紙を綺麗に両断する。
半分は自分のバックにしまい、もう片方を牧場主に渡す。
「次カラコレヲ持ッタ人ニ………ソウネ、二十食分ハ無料ニシテ」
二十食の先払いとして払った。
本来は木片を使うが紙を割り府として機能させ、それの証文とすることを示した。
「ハイ、ソレデダイジョウブデス。アリガトウゴザイマス」
「デモ、ジカイカラデイイノカ」
カッファの問いにアイリスは手を振る。
「妾タチハ迅ガ獲ッテキタ鹿肉トカアルカラ大丈夫。数少ナイナラ、他ノ人タチニネ」
迅が来たことにより、ホビットの村では食生活が大幅に変化した。
基本、肉はこの市でしか入手できなかったのが、迅の狩猟能力によりこまめに野生動物の肉が食べられるようになったのだ。
「昨日ノ鹿肉ノ串焼キ美味シカッタ」
「それは何より。まぁ、そういうことなんで今回は大丈夫です」
「ワカリマシタ。ツギノキカイカラオマチシマス」
最後に一礼すると牧場主は自分の現場へと去っていった。
「こちらです、カッファさん」
「スマナイ、マタセタネ」
あの後迅とアイリスはカッファの邪魔をしないように飲食のできる待合所で合流の約束をして別れた。
二人の席の横には市で買いまわった品が置かれている。
「スイマセン、コーヒーヲ」
店員にコーヒーを注文して席につくカッファ。
席は左に迅とアイリス、対面の右側にカッファという構図だ。
「ケサノケンハホントウニアリガトウ。キョウウマクイッタノハキミノオカゲダ」
「いえ、こちらもいい買い物ができました」
迅は購入した三本の酒瓶を見つめる。
アルコール濃度としては目的を満たせそうな品だった。
「コーヒーデス」
「アリガトウ、コレデ」
代金を払い品物を受けとる。
カッファはコーヒー、迅は紅茶、アイリスは果実ジュースを選択している。
コーヒーに口をつけるカッファ。
「マズ、ケイゴトカハベツニシナクテイイカラ」
「そうですか。じゃあ、やめます」
「ソウソウ。妾トカッファノ関係デモアルカラナ」
「二人ともどういう関係?」
「幼ナジミ。妾ハ元々アノ村ノ出身デハナイカラ」
「オタガイ、ロクネンマエカラコッチニキタンダヨ」
六年前、というフレーズが出た時両者の目が曇ったのを迅は悟った。
その時に何かあったのだろう。
迅が言葉を選んでいると、カッファは真剣な顔で問う。
「タントウチョクニュウニキクケド、ジンハドウシテアンナコトヲシタンダ?」
あんなこと、それは熊の肝の件を示しているのが迅も理解できた。
「妾モソレハ気ニナッテイタ。ドウシテ?」
「そりゃ、アイリスが困っていたからだよ」
「私ガ!?」
咄嗟のことで一人称が妾から私に変わるアイリス。
たまにボロが出るのが彼女の可愛いとこである。
「友達のカッファが困った事態になったことを聞いて、アイリスは困った。友達が困っているから当然だな。そして、話を聞いてみると連鎖的に拡がっていく事態だった」
二人は頷く。
特にカッファはどうしようもなかったからだ。
「一番被害がない点を考えたらああなった」
「ナルホド、ナンドモイワレタダロウガ、ホントウニタスカッタヨ。アリガトウ」
「こちらも無事に済んで良かった。昨日楽しみにしていたのを聞いていたから」
カッファの差し出された手を握り返す迅。
いい握手である。
「ソウイエバ、キョウハハヤカッタネ」
「アア、迅ノオ陰デ昨日ノ夜ニハ着イタンダ」
「キノウ?」
カッファの脳がある事実の認識を拒み始める。
「テント借りて一泊したんだ」
「二人デ使ッテモ問題ナイ広サダッタ」
男女が一つのテントで寝泊まりした。
その片方が自分の思い人という事態に、見事なBSSをくらったカッファの脳はボロボロになる。
既にコーヒーの匂いも味も彼の脳には感じなくなっていった。
しかし、迅とアイリスの二人には全くそういう事態はなかった。
純粋に旅の疲れをとって休んでいたのだった。
「そういえばさ、牧場の件はどうして起きたんだ?」
迅は気になっていたことをカッファに問いただす。
カッファは首を横に振る。
「ゲンインヲモンスターハンタータチニチョウサシテモラッテイル。オソラク、モンスターノセイダロウ」
モンスターのせい。
その言葉に迅は一つの繋がりが見えた。
「熊の肝だが、あれ事態は熊を退治したから手に入れたものだ」
「? アァ、ソレハトウゼンダロウ」
「遭遇したのがアイリスが居るホビットの村近くなんだよ」
「ナニ!?」
「俺が村に滞在するようになってから一ヶ月、あれ以降熊と遭遇していない」
「実際、妾タチハ初メテダッタシナ」
カッファは迅の言いたいことを理解した。
熊が何らかの都合でアイリスたちの住むホビットの村近辺に来たことを。
その都合とは、外敵から逃げるためだと。
更にはホビットの村とここは近いということ。
今朝の牧場主の家畜を襲ったのは、その外敵ではないだろうか。
偶然と言ってしまえばそれまでだが、点と点が繋がっていく気配がした。
緊張のあまり、喉が乾いた気がする。
コーヒーに口をつけようとすると、騒がしくなった。
「タイヘンダ、キャンサーデビルガデタ!! キャンサーデビルガデタゾー!!」
「キャンサーデビル?」
聞き慣れない名称に迅は疑問を感じるが、逆にアイリスとカッファは驚愕する。
「いったいどうした?」
「キャンサーデビルハ凶悪ナモンスターノ種」
「ソウカ。ジンノイッテイタノハ、コイツカ!!」
冷や汗をかくアイリスと頭を抱えるカッファ。
キャンサーデビルというのは相当な存在だと認識される。
「キャンサーデビルガアラワレタラ、トウバツサレルマデソノイッタイハフウササレル。モウダメダ」
「セッカクノ市ガ」
迅が周りを見渡すと、急いで荷物をまとめる人やアイリスとカッファのように項垂れている人ばかりだった。
「キャンサーデビルガ、キャンサーデビルガデタゾー」
周囲に周知できるよう叫んでいる少年が目に入った。
既にボロボロの状態。
でも、彼は知らせるために叫ぶのをやめない。
「アノコハ、オレガタノンダモンスターハンター、[ガロウノシンセイ]ノメンバーダナ」
「伝令のために戻った。いや、戻らされたってことか」
カッファはすまなそうに頷く。
不測の事態とはいえ罪悪感はある。
「ちょっと行ってくるわ。カッファ、アイリスを頼む。足悪くしてな」
「行ッテラッシャイ。気ニシナクテイイ、待ッテルカラ」
「えっ」
立ち上がる迅に、当然という反応をするアイリス。
カッファは困惑するだけだった。
「キャンサーデビルガ、デタ」
「どちらだ?」
周知のために叫び続けた少年に声をかける迅。
少年は迅の言葉の意味を察知して崩れ落ちる。
そして、自分たちが来た側と逆側を指差す。
「ムコウデス。ミンナ、ジカンカセグカラノコルッテ。ボクガイチバンワカイカラ、モドッテツタエロッテ」
泣きながら説明する少年。
抑えていたものが溢れたのだろう。
「タスケテ、ミンナヲタスケテクダサイ」
「わかった。あと、そこの店に主催者のカッファがいるから呼び掛けには別の人にやってもらって、怪我の治療をしろ」
少年の背中を押すと、迅は少年の指差した先へ駆けていった。
キャンサーデビルとは頭が牛、首から下が蟹の様相のモンスターである。
その巨体は建物二階建てに相当し、それを支える多脚によるバランスと移動速度、強靭な両碗の鋏が特徴である。
それに加え、まさに蟹のような硬質な殻も脅威といえる。
トンッ
キャンサーデビルが飛び上がった。
そう、キャンサーデビルはその巨体に似合わずジャンプするのだ。
「逃げろー!!」
予備動作の少ないそれに、急いで避難指示を出す[牙狼の新星]のリーダーのロック。
指示を聞いた仲間たちは散開しようとするが、これまでの疲労からあまりにも行動は遅かった。
ドドーン
キャンサーデビルの落下は直撃なら死は免れない。
直撃を避けても、その余波の衝撃はそれだけでダメージをおう。
それが近くなら尚更だ。
「トウガ、ケイ」
リーダーであるロックは無事だったが、仲間の二人はその衝撃を免れなかった。
キャンサーデビルのハサミがケイを掴む。
人間など簡単に両断できる筈なのに上手に掴んでいる。
どうして両断しないのか疑問に思ったが、キャンサーデビルがニヤリと笑みを浮かべたように見えて全てを悟った。
「ヤメ、ヤメロー!!」
キャンサーデビルは想像した通り、まるで人がお菓子を口に放り込むように、ケイを放り投げる。
「―――」
恐怖のあまりケイは叫びたくても言葉が出せない。
まるでスローモーションでキャンサーデビルの口に吸い込まれるように近づいていく。
シュルルル、ギュ
ガツン
キャンサーデビルの噛んだ音がしたが、その口には何もなかった。
彼女がキャンサーデビルの口に入る直前に、何者かが空中にいる彼女を投げたロープに絡ませ引っ張ったのだ。
「大丈夫か?」
「ハッ、ハイ」
「じゃあ、あとはこちらに任せてくれ」
そう言うと彼女を助けた男――迅はキャンサーデビルと対峙する。
「キャンサーデビルって、まるで牛鬼じゃねぇか。俺は陰陽師じゃなく忍びだぞ。元だがな!!」




