乗り物に乗って戦うイベント用特殊ステージは盛り上がるよね。でも、カット。
それは迅たちがホビットの村からアファイサに向かう日の朝に遡る。
「鳥の羽根だ」
蓋が外れていた村の井戸から水を汲み上げた時、桶の中に鳥の羽根が入っていた。
井戸の蓋は誰でも開けられるように軽い板をのせてあるだけ。
だから、風が強いときは倒れていることもある。
誰かが戻し忘れた可能性もある。
故にそれを最初に発見した人は不自然に思わなかった。
その際に井戸に何か落ちていることもだ。
風がある時など、葉っぱなどの軽いものが井戸の中に入るのは珍しいことでもなかった。
もし、この時最初に水を汲んだ人が違和感に気付いて報告、対応していたら何か変わったかもしれない。
だが、それはなされなかった。
それから何度か蓋が開けられ、その度に鳥の羽根が中にあった。
不運なことにその日ごとに最初に水を汲む人がバラバラだったことも発覚が遅れる原因となった。
飲用水に含まれた毒性は住民に蓄積され続け、体調不良を起こした時には手遅れだった。
馬車内の整理をし、動けない二人を寝かせる。
一人は馬の御者として外に出るが、迅たちを含めた五人が馬車内に入るのは難しかった。
「やはり横になる二人がスペースくいます。どちらかが座ってくれたらまだ入れるんですが」
「それならオレが幌の上に行くから問題ない」
クッダの言葉に迅は馬車の幌の四隅に付けられたフック穴に鉤縄を通しながら答える。
「でしたら、迅さんでなく自分がいきます」
「駄目だ」
「でも!!」
「だってお前、飛び道具ないだろ?」
「えっ?」
迅の言葉に呆気に取られるクッダ。
迅は続ける。
「このまま安全に帰られると思ったのなら軽率だ。囲まれてるぞ」
周囲を見回すクッダ。
彼の視点では何も察知できない。
「少し前に鳥が飛び立った音がし、それから木々が不自然に揺れた。正確な場所はわからないが、既に集まっている」
「本当ですか?」
「俺の勘違いだった、ということなら幸いの話だ。ただ危機感知の予想はいくら想像しても足りないからな」
あくまで確証はない。
それでも、それを前提に対策をする迅を見て彼の強さはそこから来るのだとクッダは感じた。
「そんな状況で笑えるのは凄いですね」
クッダの指摘に、迅は自身の頬が緩んでいたことを自覚する。
「いや、単純に自分が欲深いというかないものねだりしてるのがわかってな」
「どういうことです?」
「ここの連中は皆、知識は人の歴史って口にするだろ」
「えぇ、元々はスーギ王が提唱したことですが、様々な解釈されてますよね」
「本当に凄いなあの人は」
「それで、それがどうしたんです?」
迅は手を一旦止めて口を開く。
彼の手は腰に巻いた腰布にかけられた焙烙玉に触れられる。
「知識は人の歴史。つまりは、その人が歩んだ人生がその人の知識ということだ」
「……あー、そうですね」
「その知識故に、俺は火薬が必要だと思って火薬を作った。だが、この状況で犬が居たらいいなぁと思ったわけだよ」
「カヤクというのが自分はよくわからないのですが、犬が居たら何か変わるんですか?」
「そりゃ、変わるさ。つまるところ、人と獣では身体能力が違う。そして、犬の嗅覚と聴力なら潜んでいる敵を察知できるからな」
人と獣では身体的スペックは分野ごとに異なるが、基本的に人を上回る部分が大きい。
それこそ、馬力と人力では明らかに差があるように。
人が他の生物として勝っている明確な部分があるとしたら、それこそ世代を越えて残される知識ぐらいではないだろうか。
「それで飛び道具の有無がどういう関係を?」
「こちらの勝利条件の話だ」
迅の視線が馬車の馬に向く。
「俺たちの村に帰るのがこちらの勝利条件に対し、モンスター側は食事するための肉、俺たちの死体が欲しい」
「まぁ、そうですね」
「そこで一番手っ取り早いのが馬を狙うことだ」
将を射らんとすればまず馬を射よ。
その言葉をこの世界の人は知らない。
だが、その戦略性をモンスターは知識でなく本能で理解している場合、結果的にそうなる場合もある。
だからこそ、相手が近づく前に対処する必要性があった。
特に馬車の馬がやられるという事態だと、馬車の速度によっては転倒しただけで中に居る人に致命傷を負う可能性が低くはない。
「なるほど、だから飛び道具が必要だと」
「そういうことだ。もしかして弓とか使えるか?」
迅の問いにクッダは顔を横に振る。
「使えません」
「だろ」
迅はこの世界に来て短いが、少なくとも複数の武器を扱っている人を見たことがない。
更に剣や槍が主流であり、弓などの飛び道具を使う人は少ない。
これは弓の鍛錬が剣や槍などより困難なことも理由である。
「考えてみると孥を量産するの有益かもしれんな。火薬があるからいっそのこと、火縄の製作もありだな」
迅の頭に様々な手段が浮かぶ。
それらは迅の知識から検索されるものであり、正に知識は人の歴史であった。
ちなみに、孥はともかく火縄銃が作れる保証はない。
あくまで狸の皮算用である。
迅は生産する過程や材料を思考をしつつ作業をする。
火薬のことに思考を巡らせていると、ある閃きが生まれた。
「クッダ、この作業代わりにやっといてくれ。用事ができた」
「えっ!? いいですけど、ちゃんとできるかわかりませんよ」
「あとで確認する、頼んだぞ」
迅はこの村の酒蔵へと向かった。
それを見送るクッダ。
「やることが理解できなくて不安?」
クッダが声のした方に振り向くと、そこには荷物を置いてきたアイリスがいた。
クッダはアイリスに頭を下げると、問いに答える。
「お疲れ様です。そうですね……確かに何が見えているのがわからないって本当に思います」
「素直だね。いいことだよ」
「……馬鹿にしてます?」
アイリスは首を横にする。
「不足を不足と認めることは難しいよ。虚勢を張る人もいるし、判断を誤る人もいる。素直にわからないと言えるのは大事」
姉やカッファといった身内に優しい言葉をかけられることはあった。
だが、あまり面識のない、アイリスに認められるような言葉をかけられ、彼は顔を赤らめる。
咄嗟にクッダは顔を反らし、アイリスに訊ねる。
「じゃあ、アイリスさんは迅さんが何をやるかわかるんですか?」
「いいや、わからない。でも、妾たちのために何かやってるのはわかる」
「信頼してるんですね」
「……妾は迅のやることには基本的に無条件で従うからな」
「どういうことです?」
アイリスの言葉にクッダは違和感を感じた。
アイリスは自分の障害の残った方の足に触れる。
「妾はね、妾だけでなく妾の妹分の命を救われているんだよ」
「そうなんですか」
「あぁ、裏を返せばあの時迅が助けてくれなければ妾と妹分のシリウスの命はあそこで終わっている。だからこそ、少なくとも妾は自分の命ぐらいなら迅にかけなくちゃいけない」
アイリスの言葉にクッダは絶句する。
彼女の言葉に全くの迷いはなく、その覚悟に圧倒されたからだ。
「悪い、待ったな」
講堂から用事を済ませた迅が合流する。
もう既に準備は出来ていた。
「何をしたの?」
「ちょっとした罠をしかけた」
「罠?」
迅は馬車の幌の上に乗り込み、四方にかけられた鉤縄のかかり具合を確かめる。
「あぁ。……一矢報いりたいだろうしな。クッダ、ありがとういい感じだ」
「それは良かったです、では行きます」
クッダが馬に指示をし、馬車が動きだす。
「……さようなら、皆」
ポツリと避難民の誰かが呟く。
この残酷な世界では村を捨てることは珍しくはない。
それでも、放棄することに何の感慨がないわけではなく、更にこんな少人数になることなどは想像してなかった。
その悲しさは生き残った者たちに共通する思いだった。
村を離れて一刻ほど経過した。
避難民たちはまだ馬車から故郷の方向を眺めていたが、その光景に変化が生じる。
「煙!?」
村のあった方角から煙がたつのが見えた。
「火事か!?」
「いったい何故?」
「火元はどこ!?」
放棄した村とはいえ、故郷だ。
それが焼けるのは心情としては辛い。
だが、その答えを出したのは彼らからしたら意外な人物だった。
「講堂だ。悪いが死体を使って罠を仕掛けさせてもらった」
講堂のドアは施錠されておらず開放されていた。
そこに集まったヴェノムホークの群れ。
開かれたドアから死臭がする。
即ち、自分たちの食事の時間。
群れの中で若い者たちが先行して侵入する。
それに深い意味などない。
単純に育ち盛りで腹を空かしているだけだ。
毒で死んで抵抗のできなくなったので危険性はない。
だからこそ、まだ若く経験の少ない者たちに先行を任せた。
バサッ。
先頭の集団が何かに絡まった。
それは網だ。
張り網という後世において鳥の狩猟に使われる手法の一つだ。
通常のものとは異なるのは、それが講堂の入り口のドアと連動していることだ。
ガタッ。
獲物が網にかかると、網に付けられた紐が引っ張られ、その延長線にある講堂のドアが閉まるようになっていた。
更にドアの先には室内を発火させるための仕掛けがなされていた。
ボッ。
室内が燃える。
唯一の入り口であった講堂のドアが閉まったため逃げ場はない。
「ギャー」
ヴェノムホークたちの身に火の粉が落ちる。
中には既に火に包まれた個体もいる。
地面に降り立ち、地を転がって火を消そうとしても無駄だ。
何故なら、火は拡散されていき、安全な場所は狭まっていく。
転がるためのスペースが減り、逆に火の中に突っ込んで更に焼ける個体もでてきた。
まさに地獄絵図の言葉が適切だった。
数分後、ヴェノムホークのボス以外は火に包まれて焼け死んだ。
唯一生き残ったボスは生存のチャンスを探して火の粉を避けるが、ガクッと急に身体のバランス崩す。
これは毒だ。
後世で一酸化炭素中毒と呼ばれる毒だった。
毒を撒き散らすヴェノムホーク。
それが毒で死ぬという皮肉をもって幕は閉じた。
しばらくして、講堂は焼け落ちた廃墟と化す。
そこには炭化された人とモンスターの死体が残った。
「……どうしてそんなことを」
村から避難した少年が口にする。
口にしたのは彼だけだが、この場にいた迅以外全員の疑問であった。
迅の顔は馬車の幌にいるので、その表情は誰にも見れない。
皆が固唾をのむ中、迅は答える。
「死体の埋葬はできなかった。だから、モンスターに食わせるか腐らせるかの二択しかなかった」
その言葉に誰も異論はなかった。
目を背けていた事実だからだ。
迅は言葉を続ける。
「そして、俺たちの方は無事に撤退するのが目的。撤退に一番有効なのは囮だ」
撤退戦において、敵が自分たちに追いつかずに逃げ切るのが重要。
囮で敵の眼を眩ませるのはいいが、その為の餌が必要だった。
「だから使わせてもらった。罠も加えることで数を減らすこともできるからな」
迅の言うことは正しかった。
最善で実に効率的だった。
あくまで遺族である避難民の感情を考えなければ、だ。
だから、誰も何も言えずに沈黙だけが残った。
結果的にホビットの村に着くまで馬の足音が響くだけの平穏で静寂な時が流れた。
ホビットの村に到着すると、まず避難民を村長であるリオンの家に休ませることにし、歩けない者は村の男性陣の手を借り運び、女性陣は急いで温かい食事を用意した。
迅たちが一息着いたのは到着して一時間ほど経過してからだ。
「なるほど、話はわかった」
自宅である村長の家でなく、共同の調理場で会話をするのは休ませている避難民の今後に関することだからだ。
大まかな状況は最初に話したが、詳しい説明を受けて険しい顔をするリオン。
迅たちの帰還に、報酬のお酒で宴会を考えていたところこういう形になったのもある。
知り合いである他の村の村長、そして村の結末も相まって思うこともある。
何よりこれからはその避難民の面倒も見なくてはいけない。
そこで一番の問題がある。
「住居はうちと、アファイサに行く予定の人と相談すればいい」
アイリスが衣食住のうち住の打開策をあげる。
リオンはそれに頷く。
「ああ。うちは村で一番広いからそこの心配はいらないし、衣服はすぐに用意できる」
衣服自体は生地があればこの村の設備ならすぐに作成できる。
その生地自体もストックがある。
「問題は食料だ。迅、お前が狩ってくれるモンスターの肉で余裕は出来てきたが……」
「流石に今の村の在庫では難しい」
「つまり、用意できれば問題はないと」
アイリスの言葉に迅が続く。
二人の言葉にリオンは頷く。
「だが、それはどうやって確保する?」
リオンの問いに、迅はアイリスと眼を合わせる。
「元々アイリスとここの職人連中を連れてアファイサに行く予定があるんだ。出稼ぎしつつ、買ったのを送っていくよ」
迅は自信満々に笑みを浮かべた。




