熊 妖怪で検索したら、検索が悪かったのか鬼熊しか出てこなかった
時は不明、場所も不明。
唯一わかるのは自分が元[雷光衆]の迅であることだけ。
そんな状況に迅は居た。
川から岸に上がった迅は周囲を見渡すが人の気配はない。
「とりあえず、服脱ぐか」
孤独な状況ほど、心理的な負担は大きい。
だからこそ、孤独を紛らわすのと状況を把握するためにあえて言葉にする。
濡れた衣服は身体を冷やすので、最優先事項でもある。
上と下を脱ぎ、褌姿になる迅。
脱いだ衣服は水を搾って、岩に敷いて石を置く。
幸いにも気温は暖かいが、衣服を乾かすためにも火を付けようと装備を確認する。
ザー。
鞘に入った水を流す。
荷物はおろか、鞘にも浸水している状態。
忍び手甲に仕込まれた火打ち石の仕掛けも今のままでは使えない。
乾かす意味も含め、衣服の重しとして石と交換する。
後の手段は時間がかかるが、光の収束を利用した発火か、人力による火起こしぐらいだった。
「気温の分最悪ではないが、正直厳しいな」
それはサバイバル環境だけを指したわけではない。
現状の装備を含めてのことだ。
戦闘能力に自信はあるが、何の情報もない状況では継戦能力の維持が必要不可欠になる。
休息できる環境、所持している装備の補給環境。
それらが精神の安定には必要だった。
だが、今はその全てがない。
ありとあらゆる情報が不足していた。
「………まずは周囲の探索と薪拾いだな」
衣服も乾いておらず、褌姿で忍び刀のみという奇っ怪な格好をしてはいるが、現状はこれしかなかった。
その姿で森に入ろうとした時、ザザーと斜面から何かが滑り落ちてくる音がする。
それは二人の子どもだった。
少し先で姉と思われる少女が、弟か妹かわからない年少を庇いながら斜面を下ってくる。
その先はせり上がっており、その勢いのまま二人は空中に放り出された。
咄嗟のことだった。
いつもなら敵の罠とかも考慮して足が遅れる。
だが、今はそんなこと念頭になく体が動いた。
二人を受け止めてから、罠である可能性に気付いて失笑する。
受け止めた二人を地面に下ろす。
年少の方に傷はないようで、逆に姉と思われる少女は斜面でのすり傷だらけで衣服もところどころボロボロだった。
「大丈夫か?」
優しく声をかけるが、年少は意識を失っており、少女も呆けた状態だった。
「イ、イルギタエ」
気を取り戻した少女が礼のようなことを言って直感する。
自分と話す言葉が全く違うことに。
少女も迅の様子でそれに気づいたようだ。
どうするか悩んでいると、ドスンドスンと音がする。
その音を聞いた少女の顔が恐怖に浮かぶ。
「ヌゴト、ヒユコ!!」
相変わらず少女の言葉はわからない。
だが、身振りや状況で退避を促しているのはわかる。
少女自身がそれが出来ないのも。
彼女が叫んだ時、立ち上がろうとして顔を歪めた。
滑り落ちた時に足を怪我したのだろう。
ドーン!!
巨大な岩が落ちてきた。
いや、それは岩ではない。
岩のように巨大な熊だった。
「アノギウ……カナカンテロト」
言っていることはわからない。
だが、それが懇願なのは理解できる。
自分を置いて年少の子と逃げて欲しいと。
巨大な熊。
紫電が使えれば野生動物など怖くはない。
だが、鞘が浸水してしまった以上、紫電は使えない。
火遁も手甲の発火装置の問題で出来ない。
それ以前に衣服の重しにしてるから持っていない。
今の武器は忍び刀しかない。
更に先述の通り手甲もなく、褌姿の現状は防具すらない。
ないないづくしで現状は最悪。
「生存」が目的なら二人を置いて逃げるのが得策である。
――だが。
「異母兄さんなら逃げないよなぁ」
どんな任務であろうと、あの人は仲間を見捨てず、指揮した任務の死傷者は常にゼロだった。
必ず任務を成功させることはしなかったが、失敗した時は仲間を優先した時だけだった。
「アノギウ、アノギウ、アノギウ」
ひたすら懇願する少女。
そんな少女に迅は微笑む。
「こういう時は私たちを助けてぐらいでいいんだよ」
そう言うと、迅は一歩熊に近寄る。
「熊の肝は高く売れるんだよな」
熊狩りの始まりである。




