姑獲鳥は生命を吸うというが、弱い毒を振り撒いていることが由来。
ホビットの村から旅立った翌々日。
迅たちは目的地の村に辿り着いた。
「あれ、何かおかしいな」
「えっ、どういうことですか?」
アイリスの言葉にクッダは疑問に思う。
はじめて来たこともあるが、クッダにはその疑問がわからなかった。
それに反して迅の目つきが鋭くなっていた。
「アイリス、この村って住民どれくらい居るんだ?」
「……うちの村よりも人が少なかった筈。確か、十五人ぐらいだった。そうか!!」
「いや、わからないですけど、どういうことですか?」
迅の問いに、察しのいいアイリスは気づくが、逆にクッダは気付かない。
「村の人が一切居ないんだよ」
畑や家屋の周りに人の影が見られない。
それ以外にも人の存在を感じられるものがなかった。
死体さえも見られない。
血の跡もない。
つまり、襲われた形跡はない。
十数名が村の外に誰もいない状況、それは確実に異常事態である。
「この天気なら誰かしら外に出ている、それがないということは」
「外に出られないか、村に居ないかのどちらかだ」
アイリスの説明に補足する迅。
ここでその異常事態にようやく気づくクッダ。
快晴といっても差し支えない天気。
そこに遊んでいる子どもも、畑仕事や洗濯をしている大人も一切見られないという現状。
何かが起きていることは確実だ。
迅は二人を馬車に残し、一人で家屋を見回ることにする。
村の入口にある最初の一軒。
そこは施錠もされておらず、中には誰も居なかった。
少しモンスターに荒らされたかのような荒れ具合ではあったが。
二軒目、そこは一軒目と違い施錠されていた。
ドアを何度かノックするが応答なし。
仕方がなく窓から侵入すると、糞便の臭いとベッドの中にあるそれを発見する。
「死んでいる、か」
糞別の臭いがした時に察した。
死んだことで身体中の筋肉が弛緩して、糞便が漏れる。
問題はその死因だ。
迅はそれ――死体を検分する。
歳を重ねた老人。
見た目通りなら老衰の可能性がある。
この異常といえる村の状況を考えなければ、それで終わりだろう。
もしくは、この老人自体は本当にただの老衰なのかもしれない。
それを考慮した上で様々な推測が立てられる。
ただ一つ言えることは、村の住民はこの老人を埋葬できる環境ではないことは確かだった。
迅は死体を埋葬せずそのままに、家を後にする。
新たな情報、出来るなら生きた情報を得るために。
三軒目で迅はおおよそを察することが出来た。
三軒目は施錠がされておらず、入るとそこは血の匂いと食い散らかされた死体があった。
形状と、その位置――二台のベッドからして二人分と予想される死体。
今までの状況からして一つの答えが浮かぶ。
迅はその答えに対し、布を取り出して口を覆い、急いで二人のところに戻る。
馬車ではアイリスは落ち着いて、逆にクッダは不安そうに待っていた。
「何がわかった?」
何かを掴んだことを理解しているアイリスは迅に尋ねる。
迅は先に馬車に荷物から布を取り出してから一言。
「毒だ」
と返答して布を二人に渡す。
二人は渡された布で迅同様に口を覆った。
迅は忍び故に一般人よりかはいくらかの毒に関して知識はある。
更にいうなら、異母兄の閃が知識欲の高い人だったこともあり、死体や捕縛した敵の忍びなどの生きた人を使って人体の構造の理解度は高い。
それは下手したら元の世界とこの世界のヤブ医者よりもだ。
その上で、毒には即効性と遅効性、身体を害するモノと中毒性という形で精神を害するモノ。
そして気体や固体、液体といった後世でいう三体にそれぞれ毒物が存在することなどを理解している。
現状わかることは二点。
一つ目は身体を害する毒物だということ。
次に、即効性ではなく遅効性だろうということ。
獲物がじわじわと弱まってから狩る。
そういう主体のモンスターなのがわかる。
二軒目の老人もおそらく毒により体が弱り、寝たまま死亡したのだろう。
そして、一軒目には誰も居なかった。
村には人影が見当たらず、無人の家と死体がある家の二択の状態。
そこからわかる二つ目はこの村の他の村民は一箇所に集まっているか、既にこの村から離れているかのどちらかである。
迅としては、最も重要な点である三体のうちどれかは、わからずじまいというのは痛かった。
「とりあえず、ここの水場は控えたほうがいい。どれくらい残ってる?」
クッダが馬車に載せてある小さな樽の中身を見る。
「半分ぐらいですね」
「節制すればニ、三日分は持つか」
この人数でホビットの村に帰還する分は充分にある。
それは人が増えないという意味であり、つまりは助ける人が既に居ない、もしくは誰も助けずに帰還するということだ。
「一番願わしいのは村民がここから脱出していること」
迅の考えを代弁するかのようにアイリスが口にする。
「次に、助ける人数が少ないこと。だからこそ、このまま帰還するという選択肢もある」
「何を言っているんですか!? 我々は助けに来たんでしょう!! それなのに見捨てるなんて」
アイリスの冷淡な言葉に激昂するクッダ。
それを腕を組みながら冷静に見つめるアイリス。
迅はアイリスの腕が微かに震えていることに気づき、クッダの肩を掴み抑える。
「アイリスは俺たちよりここの連中と関わりがある。その上で、その選択肢を提示した。その意味を考えろ」
「あっ」
クッダもその時アイリスの組まれた腕が震えているのに気づく。
知り合いが生きているか死んでいるか不明な状況。
心配する気持ちを押し殺して提案したのをクッダはこの時察した。
「……情報は伝えなくてはいけない。結果として、それが大勢生き残ることに繋がるから」
「小を切り捨てることで大が生き残る」
この世界で伝わる諺の一つだ。
迅の世界にも大の虫を生かすために小の虫を殺すという諺があるから、その意味はわかりやすかった。
「アイリスは現状を伝えるためには生還することが第一。クッダは救助に来た以上は村の住民を助けるべきと」
迅は二人の思索を客観的にまとめた。
二人の視線が迅に向けられる。
「正直な話、アイリスの選択の方が正しい」
迅の言葉にアイリスの表情が少し曇る。
自分が提案したことではあるが、彼女自身選びたくない選択肢であったからだ。
「だが、問題として持ち帰る情報が全然足りないんだ」
「それはどういうことですか?」
「情報が不足しているなら増やせばいい。つまりは情報を更に得るということ。例えば、生きている人からとか」
アイリスの答えに、迅は肯定というように笑みを浮かべる。
これは二人の思索を合わせたものであり、何よりアイリスが願ったことだった。
「それでアイリス、この村で人が集まれるような場所は何処だ?」
「講堂かな、村の中央にある」
やることを統一した三人は、目を合わせて頷いた。
村の中央までの道中の間に幾つかの家屋があり、その家屋もその度に調べてみたが、やはりそこには住民はおらずモンスターに荒らされた後だった。
誰も居ない、死体さえない状態に安心するべきかどうか悩むべきか惑いながら口数も少なく馬車は村の中央にある大きめな講堂へと到着する。
講堂の窓は全部閉められており、入口のドアは施錠されている。
「鍵がかかっているな」
「確か鍵は外からはかけられない」
「じゃあ、誰かいるってことか」
ドンドン。
ドアを何度かノックする。
「すまない、近くのホビットの村から、リオンの遣いで来たものだ。開けてくれ」
ドンドン。
再度ノックをする。
「誰か居ないか、誰か動ける人は居ないか!?」
懇願に近い声色で呼ぶ。
カチャッ。
鍵が外され、ドアが開けられる。
開かれたドアから講堂内の空気が外に流れる。
迅たち三人はその空気の異臭に眉をしかめる。
「くさっ」
「何、この臭い?」
「糞の臭いだ。ということはつまり」
三者三様の反応。
その中で迅は先程も嗅いだ臭いで事態の悪さを察する。
「……助けていただけるんですか」
平凡種のおそらく迅と同世代と思われる女性がドアの向こうで立っていた。
彼女の表情には諦念が見られており、異臭とその顔から大まかな状況は察せられる。
「申し訳ないが出来る範囲でなら、としか言えない」
「……そうですか」
迂闊なことを言えるほど楽観的ではなく、迅自身どれだけのことが出来るかはわからなかなった。
「確か、レイチョンさんだったよね。妾はアイリス、覚えている?」
「……アイリス? アイリスさんだ!!」
アイリスの言葉にマリーと呼ばれる彼女の表情に感情が溢れ出す。
アイリスに抱きつき、気持ちを吐露する。
「み、皆体調崩して、動けなくなった人がモンスターに、く、食われて、だから、だから」
「うん、大変だったね」
泣きじゃくるレイチョンを優しく抱きしめるアイリス。
低身族であるアイリスとレイチョンの体格差では、子どもが大人を慰めているような構図ではあるがその慈愛に溢れた様子は美しさを感じられた。
「それでどうしたんだ。ゆっくりでいい」
「えぐっ、えぐっ……はい。鳥のモンスターが現れて、動けなくなった家の夫婦を襲って食べました」
迅の脳裏にモンスターに襲われた思える家が思い浮かんだ。
「その近くのお爺さんには何の反応もありませんでした。施錠されてましたから、後に再度行こうと思ったんですが……」
外に出ることが出来なかった。
レイチョンの口はそう言おうとしたのが見えた。
「死んでいたよ」
「えっ」
「悪いが窓から入らせて貰った。埋葬ぐらいはしたかったが、それも出来なかったよ」
迅の言葉に呆然とする。
可能性として理解はしていたが、突きつけられたのはやはりショックだった模様だ。
言葉もなくレイチョンは先を進む。
廊下から室内のドアを開けた時、異臭は増した。
そして、臭いの元凶を迅たちは目にする。
室内の中心、机の上に布団を敷き簡易ベッドにしたそこには十名近い人が横になっていた。
「……これは」
よく見ると弱く息をしている者もいる。
だが、その多くには息をしている様子がない――つまり、死んでいた。
「……村長は死亡する前、モンスターが現れた段階で籠城することを提案しました。その時は体調は悪いけど皆動けましたから」
その声は弱々しく、振り絞るように語られる。
「ですが、一人一人、動けなくなっていっていきました。だから、動ける人が看病していました。それから動ける人が動けなくなったんですが、看病する負担は変わりませんでした」
看護者が減ったのに、要看護の負担は変わらない。
それは看護者という分母に対し、要看護者が減ったということだ。
「空気を入れ替えようと思っても、モンスターが来る可能性があるから換気も出来ません。体を拭いたり衣服やシーツを変えても、汚れたそれをここから出すことは出来ません」
迅は部屋の端で項垂れて座っている人に気づいた。
この環境に絶望してしまったのだろう。
迅たちが来たことにも気にもとめていない。
「この村を助けてくれるんですよね?」
涙を流しながら懇願される。
迅はアイリスに視線で合図をする。
アイリスは頷くと、簡易ベッドに寝かされている人たちの生死を確認していく。
「残念だが、この村を助けることはできない」
「動けない人を含めて五人。そのうち二人は動けないよ」
「クッダ、最低限の荷物以外はここに置いていく。急いで馬車の中を整理してくれ。二人が横になれるよう場所を確保することも忘れずに」
「えっ」
「急げ、命がかかっている!!」
「はっ、はい!!」
戸惑うクッダに激を飛ばす迅。
その迅の言葉に急いで講堂を出るクッダ。
「再度言うが、この村を助けることは出来ない。何故なら、既に手遅れだ」
「そんな……」
床に座り込む。
目を逸らしていた事実を突きつけられたからだ。
何事も何とかなる。
そう信じていたからだ。
だが、薄々感じていた。
今居るモンスターを排除しても、今の人員でこれから村を維持するのは難しいことを。
「だけど、今生きている人を助けることはできる」
「それは?」
「生存者を全員こちらの村に移住させる」
「正直、今五人も村に受け入れるのは難しい。それでも何とかしてみせる。[赤の士族]として」
迅とアイリスの二人の言葉は一つの光明だった。
この村は終わりという絶望に、新たな示された新しい道。
「私たちを助けて……くれるんですか?」
「望んだ形ではないかもしれないが、今できる最善と思われるのがこれだ」
それから迅はクッダと合流して馬車の整理。
アイリスはレイチョンたち動ける連中と村を脱出する準備を始める。
バサバサバサッ
近くで鳥が羽ばたく羽音がした。
迅はその羽音が指し示す意味を察する。
「そうだよな、獲物を監視役は配置しておくな」
楽な帰り道にならないのを迅は確信した。




