サトリ草を食べれば、後ろに目を付けられる!!
馬車が横転している。
近くで馬が倒れているのも見えるが、倒れかたが悪かったのだろう。
おそらく長くはなさそうだ。
そして、その先にサイスフェレットが円形で集まっているのが見える。
それが何を意味するか、彼女は本能で察知してしまった。
「お前らぁぁぁ!!」
突進をする。
だが、これはあくまでサイスフェレットを散らす為のもの。
集まったサイスフェレットを轢き殺すというのは、その下に居る存在を踏み潰すということに他ならない。
大を生かすために小を殺す。
それが出来るほど割り切れる性格でも経験も積んでいなかった。
サイスフェレットたちがバラバラに散開した。
狙いは成功したものの、状況は逆に不利になっている。
「シャー」
サイスフェレットたちが威嚇の鳴き声を鳴らす。
サイスフェレットは普通のフェレットのようだが、二点大きく異なる部分がある。
その名の通りの蟷螂のような鎌の爪を両手に生やし、尻尾の毛は刃物のような切れ筋だ。
そして、厄介なのは両手の鎌以上にその尻尾。
尻尾の毛に付着しているサイスフェレットの体液は凝血作用と麻酔作用の効果を持つ。
傷つけれたことに気付かず、気付いた時には強力な睡魔に襲われて眠ってしまう。
サイスフェレットは眠らせた獲物を少しずつ鎌で削って捕食するモンスターだ。
そんなサイスフェレットに囲まれてしまっている。
だが、騎馬の突破力なら囲みを破ることが可能。
本気の突進なら、それだけで轢き殺すことが出来るし、それを何度か繰り返すのが有効な手段でもある。
ちらり、とサイスフェレットたちが集まっていた場所を見る。
そこにはサイスフェレットにより腹を切り裂かれ、内臓が飛び出した男が眼を抑えて仰向けになっていた。
サイスフェレットに襲われた際、眼球と腹部の保護をして仰向けになるのがいいと言われる。
うつ伏せが悪いのは背中の方が致命傷になるからだ。
おそらく、眼球の保護はしたものの、腹部の保護までは頭にまわらなかったのだろう。
サイスフェレットの特性で痛みはないだろうが、既に手遅れに見える。
「ちきしょう!!」
ランスを構え、感情のままに馬を走らせて囲みを破る。
ドンッ
「キュー」
蹴散らされるサイスフェレットの群れ。
180度方向転換して振り返る。
「シャー」
突進して抜けた囲みの端に居たサイスフェレットたちが飛び掛かってくる。
「オラッア!!」
ランスを振り回して飛び掛かったサイスフェレットたちを叩き落とす。
「キュー」
鳴き声をならして絶命するサイスフェレット。
その手応えでこのままいける、と感じたルキュレ。
しかし、その思いとは裏腹に、馬がゆっくりとしゃがみ、横たわった。
「どうしたのディーン」
愛馬の名前を呼ぶが、愛馬の反応はなく安らかに呼吸するだけだ。
「しまった!!」
ルキュレは愛馬の体に小さな傷が複数付いているのに気づく。
突進でサイスフェレットを吹き飛ばした際、その尻尾が当たっていたのだ。
眠気を我慢して行動し、転倒して主に被害が及ばないよう自ら優しく座り込んだ愛馬をルキュレは誇りに感じる。
「ありがとうね。あと、そのままでいいから力借りるよ」
ルキュレは背後を愛馬の巨体に向ける。
愛馬の体で自身の背面を隠し、自分は前方と側面、上方をカバーする作戦だ。
「シャー」
「ハァッ!!」
飛びかかってくるサイスフェレットをランスで迎撃する。
前方、上方、右側面、左側面と様々な方向から攻めてくる。
幸い、サイスフェレットは骨がそれほど固くないため一撃が致命傷になる。
数は多いとはいえ、希望はあるようにルキュレは思った。
それが二度目の希望的観測だとは気づくのが遅かった。
ふらり。
急激な眠気をルキュレが襲う。
倒れるのをランスで支えると、その理由がわかった。
下方から地を這うようにサイスフェレットが切りかかっていたのだ。
痛みは、既に尻尾からの体液による麻酔効果で認識出来ていなかった。
「シャー」
飛びかかったサイスフェレットに対応出来ず、腕を切られる。
その際に尻尾で更に傷をつけられ、体液が更に肉体に染み込む。
切られているのに痛みはなく、眠気だけが強くなっていく。
バタッ。
ランスで肉体を支えることもできなくなり倒れてしまう。
サイスフェレットが周囲を囲む。
「パパ、ごめん」
モンスターハンターになるのを反対していたが、最後は愛馬のディーンを授けてくれた父親が頭に浮かぶ。
ルキュレは死を覚悟し、その意識を失った。
バッ。
ルキュレは知らないベッドの上で目覚めた。
「ここ、何処?」
「王国の治療所だ」
呟きに答えた方向に顔を向けると、イデンがリンゴをカットしていた。
ルキュレは知らないが、イデンは左手が使えないからその分歪にカットされている。
「私、どうしてここに?」
「サイスフェレットの麻酔効果で眠ったお前を治療も込みで連れてきた。包帯の具合はどうだ?」
イデンの言葉で自分に包帯が巻かれていることに気づくルキュレ。
少し体を動かすが問題はなさそうだ。
「ちょうどいいです。色々とすいませんでした」
謝罪するルキュレに首を横に振るイデン。
「気にするな、というのは無理だろうがお前の独断専行には意味はあった。それで充分だ」
「ありがとうございます。被害者の方は?」
独断専行に意味があった。
その言葉に微かな希望を抱いて訊ねる。
「負傷者はお前と迅を含めて馬車に乗っていた四人、そして死者が一人だ」
ルキュレが抱いた微かな希望が絶たれた。
もしかしたら、自分の独断専行により救出が間に合ったと思ったが違った。
「……独断専行に意味はあったといいますが、どんな意味があったんですか」
「遺言が聞けた。そして、娘が無事だと満足して死ぬことができた」
「たったそれだけ!?」
誰が悪いわけではない。
しいていうなら、運だ。
基本的にこの世界ではモンスターに襲われないことが第一、第二がモンスターから逃げられることだ。
その点、被害者は運がなかった。
いや、イデンの言う通り娘の生存が知れただけで幸いだったのだろう。
イデンの次の言葉でそれを理解させられる。
「何より、あの大量のサイスフェレットを倒せたのは大きい。あいつらが少食とはいえあの数だ。おそらく、どこかの村が滅んでいる可能性は高い」
「……それって」
「誰にも知られずに餌になってしまった連中が山ほど居るってことだ」
それを考えたら幸せなのだろう。
そして、アファイサに居ることがどれだけ幸福なのか実感する。
「結果論だが、被害がこれ以上増えなくて済んだ。戦ったからわかるだろうが、軽装では厄介なんだよサイスフェレットは」
「そういえば、イデンさんが助けてくれたんですよね、ありがとうございます」
ルキュレの礼にイデンは首を横に振る。
疑問を感じたルキュレに、イデンは口を開く。
「迅だ」
「迅?」
「あいつ一人で殆ど倒しやがった」
『シャー』
倒れこんだルキュレにサイスフェレットが飛びかかり、その爪と尻尾がルキュレに襲いかかる。
だが、それは届かない。
シュ、トス。
木製の手裏剣がサイスフェレットの眉間に突き刺さる。
『間に合ったか』
息を切らしながら、迅は何とか間に合ったことに安堵する。
サイスフェレットの奇襲を警戒しながらルキュレに近付く。
『大丈夫か?』
『んー』
周囲を警戒しているため、しゃがんで確認するのは隙ができる。
そのため靴の爪先でコツンと蹴る。
気軽に寝返りをうつルキュレを見て、しばらく目を覚まさないだろうと推測する迅。
この様子では少なくとも、イデンの到着まで時間を稼ぐ必要を考える。
『シャー』
サイスフェレットたちが周囲を円で囲むように走り始める。
あちらも警戒しているのだ。
迅の持つ飛び道具――手裏剣を。
的を絞らせないように円の形で動く。
先に動いた方が負ける。
そのような我慢比べだった。
しかし、我慢比べなら迅の方が有利である。
何故なら、待っていればそれだけイデンの到着が間に合う可能性が高まるからだ。
その事は当然サイスフェレットたちは知らない。
『シャシャシャー』
だが、その余裕が所作に表れていたのか、もしくは膠着を打破する賭けかはわからない。
ただ、先ほどとは違う鳴き声。
それが作戦の指示だと気付いたのはサイスフェレットたちが円の動きを止め、隊列を組んで飛びかかったからだ。
シュシュ、トストス、シュシュ、トストス。
迅が腕を振り下ろすと両の手に手裏剣が収まり、振り上げて投擲。
更に再度腕を振り下ろし、同様に両の手に
手裏剣が収まる。
それを再度振り上げて投擲。
二体同時撃破を二度行うが、サイスフェレットたちは止まらない。
シュシュ、トストス、シュシュ、トストス、シュシュ、トストス、シュシュ、トストス。
再度繰り返すが止まらない。
前後左右、上方の方位に手裏剣を投げ続ける。
それ故、下方が疎かになっていた。
『シャー』
他のは囮とばかりに右側面から地を這うように接近したサイスフェレットの一匹。
『ちぃっ!!』
だが、それを背面にジャンプ何とか紙一重で回避する。
『シャー』
奇襲の回避には成功したが、その先には他のサイスフェレットが接近していた。
既に手裏剣の距離ではなかったため、忍び刀で切り捨てる。
ザシュ。
両断されるサイスフェレット。
しかし、迅も無事ではなかった。
サイスフェレットの尻尾が体をかすってしまっていた。
不意に眠気がせまる。
だからこそ、次の行動が少し遅れてしまった。
『シャー』
前後左右の四方から襲いかかるサイスフェレットたち。
先ほどなら手裏剣で対応できたがそのタイミングは逸した。
迅は前方に走り、前のサイスフェレットを姿勢を低くして切る。
そのまま前転し、距離をとって振り向く。
ドカッ。
眼前にまで迫っていたので反射的に殴った。
シュシュ、トストス。
更に左右から来ていた二匹が遅れて飛びかかるので、それを手裏剣で撃退する。
『ハァ、ハァ』
前方から来て切り殺した一匹と、後方から殴り倒した一匹。
そして、その前の一匹の計三匹。
それを倒す際に尻尾でそれぞれ傷を負ってしまった。
先ほどとは比べものにならないほどの眠気が迅を襲う。
『ヤバいな』
眠気を抱えたままでの戦闘続行は困難だと頭があまり働かない状態で感じる。
現状で対処法が二つ頭に浮かんだ。
迅はその中でマシだと思う方を実施する。
ザシュ。
左手を指した。
だが、それに痛みはなかった。
『やるしかねぇか』
そう呟くと、彼は口に指を突っ込んだ。
『おぇぇぇ』
嘔吐する。
サイスフェレットもその音と臭いに一心たじろいだ。
嘔吐により眠気は覚めた。
更に迅は切り札を切ることにする。
(なんだコイツ)
(どうでもいい、さっさとやるぞ)
(そうだな)
(いただきます)
その切り札とはサトリ草である。
心の声が周囲から聞こえる。
迅はサトリ草によって聞こえる心の声を後世でいうソナーとして扱ったのだ。
これにより、死角となる部分はなくなった。
聞こえる内容はただ無視する。
あまりにも膨大であり、理解するのは困難。
かの聖徳太子は十人の話を聞き分けたというがそんなのは出来ないし、やる必要はない。
ただ、その声の先に投げるだけである。
シュシュ、トストス、シュシュ、トストス、シュシュ、トストス。
ひたすら投げる。
(うげ)
(ぐっ)
(がっ)
心のうめき声が聞こえる。
それを無視してただひたすらに投げる。
シュシュ、トストス、シュシュ、トストス、シュシュ、トストス。
ひたすらに、ただひたすらに投げる。
サイスフェレットと思われる心の声が聞こえなくなるまで。
(なんだ、これ)
それが到着したイデンの感想だった。
数十匹――少なくとも五十匹以上のサイスフェレットの死体。
その中心といえる場所に迅は立っている。
肩で息をして、疲労困憊が目に見て取れる。
『来るの遅いですよ』
『あぁ』
(コイツ、一人でやったのか。それも、俺が来るまでの短時間で)
そうだ、と答えようと思ったが止める。
サトリ草で心の声が聞こえる状態であることを説明するのも億劫なほど疲弊しているからだ。
『……とりあえず、ルキュレと被害者の救出を』
(……迅さん?)
心の声が聞こえた。
だが、それはおかしかった。
先ほどから自分の名前を呼ばれることはなかった。
それで自分の名前を呼ばれるということは、既に自分の名前を知っているということだ。
それが意味することは一つ。
迅は声のする方向へ足を進める。
その歩行にふらつきが見れるのは、イデンは疲労故かと思った。
その心の声は迅も聞こえている。
だが、頭には入らない。
迅の頭には認めたくない答え合わせがあったからだ。
(迅さんなら助かった。あの人ならどうにかしてくれるキャンサーデビルの時みたいに)
ガタッと膝から崩れ落ちる迅。
迅が見たのは腸をぶち向けられた市で出会った牧場主だった。
牧場主は眼を守っていた両手を離し、迅の方に首を動かす。
『……あ、あなたはじ』
『そうだ、迅だ!! 助けに……来た。喋らなくていい、サトリ草食べたから心の声が聞こえる。それで、それで答えるから』
すぐさまに立ち上がり、彼の手を握る迅。
(む、娘は、マトはどうなりましたか?)
『娘さんなら無事だ。ハンターが一緒に城まで連れていってくれた』
(そう……ですか、良かった)
『あぁ、だから安心してくれ』
(安心でき……ました。……マト……愛してるよ)
それが最後の心の声だった。
心の声が聞こえなくなる。
それを意味することが何かがわかっている迅は手を握ったまま動けなかった。
『知り合いだったのか』
長い間、モンスターハンターをやっているがイデンとしても、そう声をかけるのが精一杯だった。




