フェレットは肉食のイタチ科。
昼時に昼食の話をしていた迅たち。
そこで突如、イデンは仕事を提案してきた。
「これから昼食にしようって話だったんですけど、仕事ですか?」
「そうだ。申し訳ないんだがな」
すまなそうにしているイデンに対し、取り巻きの二人に視線を移すと二人は納得しているようだった。
「そういえば今日でしたか」
「さっさと行く準備しないといけないですね」
「元々予定が入っていたんですか?」
ルキュレの言葉に頷く三人。
「定期的に行く仕事なんだが、それが今日だったんだよ」
「ちょうどいい機会だし二人も初仕事として参加したらどうだ」
「まぁ、無理強いはできないけど」
迅とルキュレはお互いに顔を見回す。
そして、頷いた。
「わかりました。行きます」
「同じく」
「ありがとう。それなら、城外に出るから二人は準備をして南の城門で待っていてくれ」
「わかりました」
ルキュレはそう言うと走って行く。
それを見送る迅たち。
「迅、お前も準備したらどうだ?」
「既に準備は済んでますから」
迅は腕の袖をまくる。
そこには手甲が隠されていた。
「なるほど、軽装主体か」
「機動力重視のスタイルなんだな」
二人は迅の戦闘スタイルを想定するも、イデンはそれとは別のことが頭に浮かんでいた。
「既に済んでいる、だと」
それは裏を返せばいつでも戦闘体勢に移れるということであり、迅という男は安全地帯である城内でさえも戦場という認識をしていたことを意味している。
忍びという諜報の世界に生きた者だからこそこびりついた常在戦場の意識。
わかる人にはそれはあまりにも異質であった。
「何かそちらで準備するのあれば手伝いますが、何かあります?」
「あぁ、それなら頼む。ジャイア、迅と一緒に準備してくれ。ホジャイは俺の方を」
「了解です、迅こっちだ」
「はい」
二手に別れる。
迅はジャイアと共に行動することになり、ジャイアの後を着いていく。
辿り着いたのはモンスターハンター事務所だ。
「モンスターハンター事務所?」
「ここの二階が食事所って話しただろ、ここで受け取るものがあるんだ」
二人で二階に上がり、カウンターに向かう。
お客がちらほら食事をしている様子が目に映る。
それなりに公表のようだ。
「すいません、いつものと軽くつまめる物を五人分」
「ジャイアか。今日は新人二人も連れて行くのか」
「迅です。はじめまして」
「はいよ。はじめましてだね。よければまた食べにきなよ」
親しげな店員から少量の食材と保存食、更にパンの詰め合わせを受け取る。
「これでよし。次は南の城門前だ」
「準備はこれで終わりですか?」
「そうだな、今回はこれだけだ」
荷物を分けながら二人で城門前まで雑談を交わしながら歩く。
詰め合わせのパンをつまみながらの道中である。
城門につくと、イデンが棍棒と甲冑を装備して待っていた。
「来たか」
「すいません、待っていましたか?」
「いや、今来たところだ。ホジャイは馬を取りに向かっている」
「パン食べます?」
迅の問いにイデンは首を横に振る。
「全員集まってからいただく。ジャイア、装備はそこに置いてあるから今のうちに」
「了解です」
荷物をイデンと迅に渡して着替えにその場を離れるジャイア。
棍棒を地面に置き、右手で荷物を持つイデン。
迅は荷物を持たないイデンの左手が気になった。
「どうした?」
「気になったことがありましてね。その左手、動かないんですか?」
「よくわかったな。以前、モンスターとの戦いで負傷した結果だ」
ジャイアが両手で持っていた荷物を片方を迅、もう片方をイデンに渡したことが迅には気になったからだ。
振り返ると、モンスターハンターの手続きの際にも左手を使っていなかった気がする。
「左手が動かないと気づいた時。モンスターハンターを辞めようと思ったがな。まぁ、ジャイアとホジャイ以外にも慕ってくれるやつもいるし、これから行くところもあるからズルズル続けている」
「そうなんですか」
「あぁ。おっ来たみたいだ」
馬の蹄の音がする。
門の方を見ると馬に騎乗しているルキュレが居た。
「すいません、お待たせしました」
「馬持ちかよ!!」
「えっ、すいません」
「いや、いいんだ。こちらこそ大声を出してすまない」
イデンが声を荒げるのは理由がある。
この世界、馬は貴重である。
[牙狼の新生]の馬車も馬代の方が高くかかったと証言している。
早い話、モンスターハンターの大半は食い扶持のない連中の行き着く先でもある。
それなのに彼女は高い馬を所有している。
大声でツッコミたくなるのは仕方がなかった。
事実、馬一頭が数ヶ月分の生活費になる。
「私、家が馬牧場なんです。モンスターハンターになることを伝えたら餞別にって」
「餞別に貰うのか。貰えるのか」
「まぁ、騎馬兵ってそれだけで強いからな。親御さんとしては下手な武具を渡すよりいい選択な気がする」
迅は自分の居た世界での騎馬兵の活躍を思い出す。
歩兵を馬が踏み潰すのは珍しいことではない。
更に、勢いの付いた突進は鎧の上からでも致命傷になる。
この世界のモンスター相手にどれぐらい通用するかわからないが、少なくとも悪い選択ではない。
そう思考しているとまた馬の蹄の音がした。
「馬借りてきました……って既に居る!?」
馬に荷車を取り付けたホジャイがやって来て、ルキュレが馬を所有していることに驚く。
この後、ジャイアも同様の反応をしたのは語るまでもない。
「そんなに珍しいのかなぁ」
「実際珍しいんだよ」
馬を所有していることに驚かれたことに愚痴るルキュレ。
「それで、目的地はもう少しですか?」
「あぁ、もう少しだ」
城下町を出て三十分ほどが経過した。
馬に荷車を引かせているため、徒歩より少し早い程度だが、目的地までそれなりに距離はある。
城下町の外に住んでいる老婆の食事の用意と食材の提供が仕事だ。
イデンが幼い頃姉とアファイサに来るとき、途中で行き倒れたのを夫婦が助けてくれたらしい。
その後も、交流は続き、今は夫をなくして一人暮らしだそうだ。
仕事といっても、報酬は大したものでなく、むしろ赤字だ。
だが、イデンはこの仕事を続けている。
それは、この夫婦が居なければ既に姉弟揃って死んでいたこと故の恩返しでもあるからだ。
「見えてきた。あそこだ」
イデンが指差した先は果実のなった木が数本建っている民家だった。
イデンはドアをノックする。
「イデンです。来ました」
「空いてるよ」
「失礼します。今日はいつもの二人だけでなく、新人二人も入れて五人です」
イデンの手招きと共に入出する四人。
部屋には老婆が一人ベッドで横になっていた。
「おやおや、今日は大勢だねぇ」
「はじめまして、迅です」
「ルキュレと言います」
「お二人さんはじめまして。私のことは親しみを込めて[お姉さま]と呼んでくれるかい」
老婆の突然のお姉さま呼び発言に迅とルキュレは目を丸くする。
「迅、ルキュレ。驚くだろうがこの方は[お姉さま]だ。だから、[お姉さま]と呼んであげるんだ」
「……わかりました。[お姉さま]よろしくお願いします」
「よろしくお願いします[お姉さま]」
イデンの嘆願に老婆のお姉さま呼びを許容する二人だった。
老婆の家での昼食作りが始まる。
迅とホジャイは馬を連れて瓶に水を汲みに向かい、イデンとルキュレは果実――戦国時代の日本にはまだないリンゴの収穫を、ジャイアは一人で六人分の料理と分担した。
イデンとルキュレが収穫を終えると、ジャイアの料理を手伝い、料理が完成する頃には水を汲み終えた迅たちが戻って来た。
「[お姉さま]、今日はいい天気ですし外でなんてどうですか」
「いいねぇ、お願いするか」
[お姉さま]の賛同が得られたので目でジャイアとホジャイに指示するイデン。
迅はジャイアと共にテーブルと椅子を外に出し、ルキュレとホジャイは料理を皿にのせていく。
イデンはお姉さまの歩行の補助をする。
六人が外のテーブルにつく。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「この世の循環に感謝を」
「いただきます」
六人が食事の挨拶をする。
その中で本来ならばありえないことがあった。
それに気付いた迅と[お姉さま]、イデンの手が止まる。
逆に気付かないルキュレたちはパンやスープに手を伸ばしている。
三人の中で沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのはこの場で最年長の[お姉さま]だった。
「迅、あなた別の世界から来たでしょ」
「そうです。ですが、それがわかるということはあなたも?」
迅の問いに[お姉さま]は首を横に振る。
「いいえ、私はこの世界の生まれ。あなたと同じ世界から来たのは旦那よ」
「はじめて聞いた」
この中で付き合いの長いイデンでもその話ははじめてだった。
[お姉さま]は微笑む。
「別に何処に居たとかは問題ではない。過去の自分を通して今自分が何をするかが大事なんだ。だから旦那は別にそのことを話さなかった。ただそれだけだよ」
「流石[兄貴さま]だ」
感極まるイデン。
逆に、四人は旦那が自身のことを[兄貴さま]と呼ばせていたことが気になるのだった。
食事は穏やかに進み、終わった。
[兄貴さま]と[お姉さま]がどのように出会い日々を過ごしていたという歴史やイデンたちの近況。
迅やルキュレがどうしてモンスターハンターになったかなど話題は尽きなかった。
迅としてはその経緯にスーギ王の推薦のことなどはぼかしていたが。
「今日もありがとうね」
「また来ますね」
袋に大量のリンゴをいただき家を去る。
ルキュレは自分の馬に、迅たちは荷台に乗っての帰宅。
「十個あるから迅とルキュレは三個でいいか?」
「それだと、残りの四個を三人で山分けの計算になりますけど」
「付き合ってくれた礼だ。あと、少しだが賃金も渡すよ」
自分の財布を開けようとするイデンの手を止める迅。
「本日は色々お世話になりましたし、俺は結構です」
「それなら私もですね。アドバイス代支払えって言われたら出さなきゃいけないぐらいお世話なりましたし」
「そうか、ありがとう」
「じゃあ、その分パッーと使いましょう」
「事務所の食堂の酒って、ここのリンゴ使ってるんだぜ」
宴会の誘い。
だが、迅には先約があった。
「すいません、夕食は連れと取る予定なんです。またこちらに来た時にお願いします」
「あ、私もです」
「えー」
「まぁ、先約があるなら仕方がないけど」
「じゃあ、次会うときまで死ぬなよ」
イデンの言葉に全員が頷く。
これでアファイサに帰還してこの日は終わる。
その筈だった。
「イデンさん!! イデンさん!!」
叫ぶような声でイデンを呼ぶ声がした。
声の方角を全員が見る。
そこには必死の形相で少女を抱えたまま馬に騎乗している男が近づいてくる。
イデンは記憶の中からその男がモンスターハンターで二人組のコンビの片割れだというのを思い出す。
「お前たちは二人組だったよな、相棒はどうしたんだ?」
「サイスフェレットだ!! サイスフェレットの群れが護衛していた馬車を襲撃したんだ!!」
叫ぶように説明する。
命からがら逃げてきたこともあり、興奮が隠しきれてない。
「ヤツら山ほど居やがったんだ。だから、相棒や依頼主を置いて、依頼主の娘の彼女を連れて救援を呼びに行くので精一杯だった」
その場に留まって全滅するか、囮にして救援を呼びに行くのかでは選択肢としては正しい。
それでも、感情は別だった。
イデンは落ち着かせる意味を込めて肩を掴む。
「落ち着け、救援を呼ぶ役目はまだ終わっていない。これから俺が現場に向かうから、アファイサに戻って守護隊とハンター事務所に報告。いや、事務所はこちらで行かせるか。じゃあ、守護隊に報告するそこまでが役目だ」
「……ハイ」
「襲われた現場の方向は?」
「あちらです」
その方向は迅がホビットの村からアファイサまで来た道の方向だった。
イデンの言葉を受け入れ、そのままアファイサに向かった。
それを見送ったイデンは仲間たちを見渡す。
「というわけだ。だからわかるな」
「機動力のある私が先行しますね」
「違っ」
イデンの制止を聞かずにルキュレは馬で駆けていく。
「お前たちは事務所に報告しに戻れ!! 重装備でないヤツはサイスフェレットとは相性が悪い」
「どう相性が悪いんです?」
「後で教える!!」
迅の問いにイデンは答えず、ルキュレが向かった襲撃の現場へ走り出す。
走っている中、焦燥がイデンの心を駆け巡る。
サイスフェレットは肉食だが少食であり、そのため被害者の生存率は高い。
だが、それが群れとなると話は異なる。
少食でも集団で食われたら死亡率は高くなる。
ましてや、傷つけられる箇所によっては致命傷になりかねない。
故に被害者の生存を考えればルキュレの判断は間違いではない。
だが、軽装の彼女が逆に被害者の枠に入る可能性の方が高い。
何が最善だったか悩みながらも走り続ける。
早く現場について欲しいと心から懇願していた。
「イデンさん、先に行きます」
声がした。
それが迅のものだと気付いた時にはイデンを追い越していた。
「待て、迅。サイスフェレットはお前たち軽装の連中には」
「両手の鎌、そしてそれ以上に睡眠作用のある尻尾に気を付ける必要があるんでしょ。二人に聞きました」
走りながら振り向き、答える迅。
ある程度の事前知識は得ているようだ。
「……わかった。無理はするなよ」
「了解!!」
迅は会話のために落としていたスピードを早め、ルキュレを追うために先行する。
自分が重装備で迅が軽装とはいえ、そのスピードには「早っ」と呟いてしまうものだった。
「間に合ってくれよ」
それはどちらに対して言ったのかはわからない。
ただ、イデンにはそう願うしかなかった。




