迅、モンスターハンターになる決意するってよ。
迅とアイリスの二人は歩を進める。
王が待つ謁見の場へと。
その入口の前に見知った顔を見付ける。
「待ってたよ」
「先ほどはありがとうございます」
「私からも礼を言わせてもらう、ありがとう」
カッファたちだ。
「[青]と[黒]の士族も今回の謁見に参加するのか」
「おい、迅。元々はキャンサーデビルの件。関わっているのがお前だけじゃないだろ」
「すまない、忘れていた」
「忘れるなよ!! まぁ、そちらはその次がメインではあるが」
「次というのは?」
クグキが二人の会話に入ってくる。
「こちらとしての本命は違うってことさ」
謁見の場である玉間。
そこには参加できる士族の代表と各守護隊の隊長格、そして従者たちが中心を囲むように配置され、中心には謁見しに来た迅たち三人が立っている。
「アファイサ国の王、スーギ様の入室である」
側近の言葉で緊張が走る。
この世界の生まれでない迅にもその緊張感が伝わる。
逆に、この世界の生まれであり、王への敬意を持って育った二人には大きなプレッシャーであろう。
玉間に王が入室し、玉座へと歩いていく。
カツカツカツ。
王の足音だけが響く静寂。
音が止まる。
それは玉座に王が到着したことを意味し、次の行動――着席する。
それと同時に場に居た者が迅を除いて片膝をついて礼をする。
対し、迅は両膝をついて礼をしていた。
「えっ」
「えっ」
「ん、あれ」
拝礼の文化が違った。
後にカッファは語る。
『あの時本当に打ち合わせの大切さを感じましたね。迅は真面目にやっていました。あいつはふざけてやるヤツではないです。だからこそ、文化の違いが恐ろしい』
文化の違いでその国の拝礼とは異なる行動をする。
事情を知らなければ不敬罪とも取られない。
迅のやらかしに緊張感が走る。
だが、この緊張は王の笑い声で終わる。
「ハハハ。そうか、そちらの世界ではそういう所作なのか。服装以上にそなたが別の世界から来たという信憑性がある」
「そ、そうですね。私もはじめて知りました」
カッファが声を震わせながらフォローする。
アイリスもそれにあわせて頷く。
「失礼ついでに一つよろしいでしょうか」
迅が両膝をついたまま挙手をして提言する。
王への提言に対し、またもや周囲から緊張が走る。
「認めよう。何だね?」
「ありがとうございます」
迅は立ち上がり、片膝をついているアイリスの前に立つ。
「見ての通り、今のアイリスには足に障害がある。彼女の為に椅子を用意していただきたい」
「えっ、妾?」
急に自分に振られて驚くアイリス。
それでも、妾という口調が外れてないのはまだ余裕があるようだ。
そして、アイリスの為に椅子を要求するという迅に王は微笑んだ。
「確かに。杖をついている相手にそれは良くないな。では、誰か椅子を三脚頼む」
「三脚ですか?」
「そう、彼ら三人に椅子を。あぁ、必要ならばそなたたちの椅子を用意してもいい」
「いえ、わかりました」
従者たちが場を離れ、椅子を取りに行き、少しの間休止される。
迅たちは用意された椅子に座る。
周囲の隊長格の連中は王の言葉に甘えて座るのや、そのまま立っているなど様々だった。
「では、迅よ。そなたがキャンサーデビルを倒したという話があるが、それは事実か?」
「はい、事実です。ですが、これは俺だけの力ではありません。[牙狼の新生]をはじめとしたハンターたちが時間を稼いでいてくれたお陰です」
それは迅の本心である。
あの時、あの場所で戦えたのは良かった。
市で火遁に使える酒が手に入れられたこと、周囲に注意を払わなくてはならない存在がなくキャンサーデビルに集中できたこと、何より鍵縄を用意していたことなどの要素が重なった。
そのどれかが欠けていたら負けていた可能性は高い。
そして、自分でなく異母兄の閃ならもっと上手くやれたとも思う。
「なるほど、噂は本当のようだな」
「………確かにそれは事実ですが、簡単に鵜呑みにするんですか?」
「あぁ、鵜呑みに出来る。あと、気持ちはわかるがあまり異母兄と自身を比較するのは良くない」
「!?」
突然、閃のことを言われ驚愕する迅。
異母兄の存在はこの世界ではアイリスとリオンに話したぐらいである。
だからといって、アイリスがそれを話すとは思えない。
ましてや、閃と自分を比較してしまっていることなど話した覚えがない。
「確かに、アイリスはそういうことは話さないな。それに、アイリスの従兄だったかな? リオンとやらとは会ったこともない」
口に出してない疑問に答える王。
迅は何故それが出来るかと思考する。
そして、一つの答えに帰結した。
「そう、その通りだ。聡いな」
「サトリ草か」
迅が答えるよりも先に王が答えていた。
口に出した後に、既に答えられた回答を理解すると、眼前にいる人物に驚愕する。
「私は毎日ではないが、たびたびサトリ草を食しており、そうして国の人々の声を聞いている。そなたはそんな私をどう思う? 疑心暗鬼の臆病者か、人を信用できない愚か者かな」
「凄い人、ですかね」
その答えを言う人は初めてだった。
サトリ草を食して心を聞いている、それを伝えられた時大抵その人間性を疑う。
表向きは褒め称える言葉を挙げ、本心では正反対のことを思う。
または言葉を選ぶが、何も言えないのが殆どだった。
サトリ草を商品として提供したアイリスも、定期的に食しているのを伝えると絶句していたほどだ。
それ故に、表裏一体の答えをした迅には逆に驚かされた。
「サトリ草ははじめてこの世界に来た時に食べたんですよ。言葉が通じないから意志疎通のためにアイリスが提供してくれました」
「言葉の通じない愛玩動物の声が聞きたいから使用している顧客がいます。その応用としてサトリ草を食べあえば互いの思考がわかると」
「使用したからこそサトリ草の効果は理解しています。だからこそ、凄いと」
はじめてこちらの世界に来た時のことを思い出す。
言葉がわからないからこそ、サトリ草の効果はありがたいと思えた。
だが、あの時村の人々の思考が頭に入ってくるのはある意味地獄でもあった。
別の世界から来た異邦人。
アイリスとシリウスを助けた恩人とはいえ、好意的な意識ではなく、否定的な意識もあった。
それら全てが頭に流れてくるのだ。
勿論、自分と同じ状態のアイリスの思考も伝わってくる。
圧倒的な情報量で飽和しそうであった。
「ここにいる人の数はうちの村と大差ありません。毎日でなくとも、それをたびたび出来るのは凄いとしか言えません」
「隠蔽した人の心を聞く、それには何の嫌悪感思わないのか?」
その質問は愚問である。
今まで好意的な意見がなかったからでもある。
無意識ながらも、わざわざ露悪的な表現で誘導をして尋ねた。
「全く。それによる利点の方が高いなら最善策でしょう」
人同士の争いの世界、更に陰謀絡まる諜報の世界に居た人の視点ではある。
「そうか。そうかそうか」
迅の答えに膝を叩いて笑う王。
この場に居た彼らはサトリ草など食べてないから気付くことなどなかった。
王はアイリスからサトリ草を紹介されて数年、食べて人の心を聞いてその都度行動を起こした。
金銭や病に困った部下が居たなら援助をした。
託卵をして居た妃とその間男を理由をつけて城下町の端に軟禁した。
それから血縁関係を持たない子息とは距離を取るようになってしまったが。
虚偽をつく者や支援を必要とする者を見付けるのに最適ではあったが、心にしこりはあった。
それが今報われたのだ。
報われてくれたのだ。
王が笑う。
何事かと思うが、その様子には誰も口を挟めない。
それは王の威光に恐れて口を挟めないのではない。
長い間担いでいた重い荷物をおろせたかのような無邪気な笑いにそのままにさせたいと思ったからだ。
「皆の者、失礼したな」
「い、いえ問題ありません」
「はい、そうです」
周りの人々や迅たちも頷く。
王は玉座から立ち上がり、迅とアイリスを見やる。
「アイリスよ、良き伴侶を見つけたな。迅よ、アイリスを支えておくれ」
おー、という黄色い歓声が上がり、カッファに絶望の表情が浮かぶ。
その言葉に対し、迅とアイリスが同時に挙手が上がる。
また、サトリ草の力で何を言うかわかった王も驚愕する。
「俺たちそういう関係ではないです」
「妾たちそういう関係ではありません」
同時に否定した。
えー、という声が周囲から上がり、カッファは最高の笑顔を浮かべる。
「……虚偽ではないのはわかる。わかるが、色んなとこでお姫様抱っこしてるのを見られているんだが!?」
「妾が足が悪いので階段とかは手伝って貰うだけですが」
「あの形なのは、アレが一番周囲に気を配れていいんですよ。おんぶだと背後に気を配らなくてはならないんで、下手したら死体を担いでいたって事態になりますし」
二人の答えに絶句する。
カッファは笑顔でうんうんと頷いていた。
「もしかして、アイリスの[赤の士族]の称号授与にはそれもあります?」
「……ある」
王は言葉を絞り出して答えた。
キャンサーデビルの事情聴取で[牙狼の新生]や多くの人々が倒した迅という人とアイリスがそういう関係なことを伝えたのが原因であった。
沈黙が流れる。
アイリスは意を決して立ち上がり、頭を下げる。
「王よ、二つお伝えさせていただきます。一つはキャンサーデビルの褒章の件を辞退させていただきことです。[赤の士族]の称号はあくまで商品を皆に広めることで授与されたいのです」
「認めよう。では二つ目は」
王は心が聞こえることもあり、アイリスの願い受け入れる。
アイリスは自分のバッグから箱を取り出す。
箱には布にくるんだモノがある。
「この場で、こちらのモノを紹介させていただきたいのです」
「それは?」
「知識は人の歴史です。歩んだ歴史が異なれば知識は異なります、そしてその異なる迅の世界のモノをこちらで作りました。それが、この電球です!!」
バーン!! と音がなるように電球を見せるアイリス。
周囲の視線がアイリスの持つ電球に向けられる。
だが、見たことのないモノにそれがわからない人々には疑問の目が浮かぶ。
この電球とはいったい何なのかと。
「これは照明器具です。今までランプが灯りとして使われていましたが、それにはその都度油という材料が必要でした。ですが、これは違います」
「ここで一つ紹介することがあります」
アイリスの隣に迅が立つ。
迅は周囲に見えるように自身の鞘を掲げる。
カシャンカシャンカシャン。
いつも通り鞘から刀を出し入れする。
ビリビリ
「この鞘には特別な仕掛けがありまして、これで人工的な稲妻を産み出すことができます」
「キャンサーデビルの件でもそのような話があったな。その鞘の力か」
「はい。そして、この現象を紫電と俺の世界では呼んでいました」
「つまり、その紫電が電球の材料になるということか」
その場に居た白衣を着た人が声を挙げた。
迅とアイリスは頷く。
「流石は[緑の士族]のキマザヤさん。ここまでの説明で理解しますね」
「あと、正確には材料とした場合は紫電の気、電気と呼んでいます」
紫電の気故に電気。
後世での呼び名と奇跡的に繋がっていた。
更に説明は続く。
迅は鞘から銅線を伸ばし電球に結ぶ。
カシャンカシャンカシャン
再度紫電を行い、電気を電球へと流す。
ピカー
電球に明かりが灯る。
「おぉ、この光は!!」
「ランプ以上の明るさだ」
「すっ、凄い」
驚嘆の声が浮かぶ。
スッ
電球から明かりが消えた。
「もう消えたか。持続は短いようだが、その鞘の抜き差しを続けたらその間は点く、でいいのかな?」
「そうですね。そして、これは水車や風車で代用がききます」
アイリスはキマザヤに迅の鞘の設計図と水車や風車での図を渡す。
[緑の士族]であるキマザヤはそれを見比べて描かれている理論を頭で動かす。
「凄いなコレ」
口にするのが精一杯だった。
「それほどのものか」
「それほどのモノです」
王の問いに即答する。
更にキマザヤは迅を指差す。
「何より、こいつが見せているように武器としての転用が可能。いや、使い方としては防壁方面だな」
図面を見せただけでそこまで思い付くキマザヤ。
そのことに感動を覚える迅。
つい口に出してしまう。
「そうですね、実際うちの村ではそうしてます」
「うちの村、か」
王の呟きは忍びをしている迅以外に聞き取れるものでなく、また聞き取れた迅にその意味はわからなかった。
「ではアイリスよ。そなたが見せた電球という製品、[赤の士族]の称号を授与に値するモノ。電球、そして電気の概念をもってアイリスに[赤の士族]の称号を与えよう!!」
王の宣言に周囲から拍手が湧く。
迅はアイリスを見ると、その瞳には涙が浮かんでいる。
「良かったな」
「……うん。うんうん、迅のお陰だよ!! はじめて会った時から君にはいつも助けて貰ってきたよ」
アイリスは感極まって迅に抱き付く。
「本当に、本当にありがとう」
「お互い様だよ。こっちも世話になってるしな」
あやすようにアイリスの頭を撫でる迅。
その様子を見ていた多くの人が「これで何で付き合ってないんだよ!!」と叫びたくなったのは言うまでもない。
「もう付き合ってしまえよ!!」
多くの同じ意識をサトリ草の力によって感知した王は、その言葉を代弁するのを耐えられなかった。
その時、心の中で王を称えた数名居たのは語るまでもないだろう。
「先程も言いましたが、そういう関係ではないので」
「そうです、違いますよ」
「なんだよ、お前ら!!」
少し深呼吸をして呼吸を整える。
アイリスの[赤の士族]の称号の再授与は果たすことができ、キャンサーデビルの噂も事実を確定することが出来た。
だが、この度は更にやらなくてはいけないことが出来た。
それを成さなくてはならない。
「迅よ、そなたに提案がある。いいか?」
先程とは異なる真剣な口調。
気が引き締まるのを迅は感じた。
「何でしょうか」
「そなたの実力、噂だけでなく本日遺憾なく発揮したようだな」
迅は数時間前のことを思い出す。
クッダの嘆願でクッダと戦ったのは問題ないだろう。
だが、三番長以降の件に関しては注意されても仕方ない。
仲間である筈のクッダを公衆の面前で罵倒したことを許せずやってしまった。
やったことに対する後悔はない。
逆に、やらなかった方が後悔する。
異母兄さんもやっただろう。
それも上手く。
「話というのは、そなたのその力を見越して守護隊への入隊を打診したいということだ」
王の提案に無言ながら反応を示す者がいる。
それは各隊の隊長格の方々だ。
興味や怒り、戸惑いなど様々な反応をみせる。
それに気付きながらも迅の答えは決まっていた。
「申し訳ございませんが辞退させていただきます」
迅は立って謝罪をする。
王はその様子に笑みを浮かべた。
「私にはその理由がわかるが、その理由を皆に説明してくれるかな?」
視線が迅に集中する。
説明責任の時間がある分、幸いだと考える。
無駄な軋轢を生まなくて済むから。
「はい。守護隊に入隊するということはこちらに住むということですね。それだと困るんですよ、俺の居場所はあそこのホビットの村ですから」
守護隊への入隊はいわば出世であり、希望するのは多い。
だからこそ、何人かは迅の選択を意外に感じた。
そんな連中に迅の次の言葉は少なからず理解できるものだった。
「別の世界から来て、言葉も通じない異邦人を受け入れてくれましたからね。元居た世界とは比べほどにならないくらい温かくてありがたかった。だからあそこがいいんです」
迅の選択は欲がないように見えて欲深いものであった。
「ならば、迅よ。そなたはモンスターハンターになるべきだな」
「……よく誘われますが、モンスターハンターとやらになる意味があるんですか?」
この世界に完全になれてない迅としてはモンスターハンターという職に懐疑的な面があった。
「理由は簡単だ。ホビットの村では加工の仕事をしているだろう?」
「そうですね」
仕事の現場が思い浮かぶ。
「依頼次第では希少素材が必要となる。そして、他国や禁測地で採れるものがあるのだ」
「モンスターハンターになればそれが出来ると?」
「そうだ」
迅は王の言葉で思案し、決意をする。
「わかりました、モンスターハンターになります」