考えてみたら、この前後編エピソードでモンスターが出てこないことに気付いた。
クッダは一人訓練所の裏に居る。
辛いときがある時、彼はいつもここで泣いていた。
キャンサーデビルを倒したという相手だ。
話が本当なら自分では勝てるわけがない。
それでも立ち向かった。
カッファさんは賭けが成り立たないと言っていた。
誰も自分が勝てるなんて思ってないのはわかる。
でも、悔しかった。
悔しがるほどの実力があるわけではないのに。
「君はよくここで泣いているな」
声がした。
よく聞き慣れた声であり、クッダはその人物が誰なのか理解できた。
「す、すいません。あなた様にお見苦しいものを」
「何がだ?」
怒気をまとった言葉だ。
更にその人物は続ける。
「何が見苦しいのだ?」
「泣いていたことです!!」
クッダは頭を下げ、片膝をつきながら答える。
「弱い癖に悔しいと思い泣いていたことです!!」
頭を下げる形になったのは幸いだとクッダは思った。
この方に泣き顔を見せることがなくなるから。
そんな思いをバッサリと切り裂かれるとは思わななかった。
「私はそれが見苦しいとは思わない」
「えっ」
つい頭を上げてしまう。
その先には全くの嘘偽りのない表情でその方はクッダを見つめている。
「君は自分の与えられている役目とそれにあたいできない力不足を嘆いている。だが、そこから逃げ出そうとはしない」
手のひらに触れる。
毎日何百回も素振りをしているから豆だらけだ。
「君の努力と力不足は事実ではある。だが、それが君の価値を落とすものではない」
優しく労られる。
今まで肯定されていなかった努力を、何よりこの方に認められていた。
そのことで泣くのを堪えるのがやっとだった。
「私はね、君のその努力を、この国に尽くしてくれることを誇りに思っている」
駄目だった。
遂には決壊してしまった。
「……はい、はい。ありがとうございます。それだけで、そのお言葉で報われます」
もうぐちゃぐちゃだった。
悔し涙でできた泣き顔は既に嬉し涙の泣き顔へと変わっている。
「おや、そろそろお姉さまが来るようだ。知っての通り、この後の仕事もあるから失礼するよ」
「はい、ありがとうございました」
礼をするクッダ。
去っていく人物に対し、クッダは無意識の内に片膝をついて礼をしていた。
「クッダ、大丈夫?」
姉であるクグキが息を切らしてやって来た。
少しの間だが、走り回っていたようだ。
心配そうに見つめる姉に対し、笑顔を向ける。
「大丈夫だよ、姉さん。あの人に認めて貰ったから」
「それってどういう意味?」
「ここに来たんだ――」
「――あっ、そこに居たか」
クッダの言葉を遮るようにカッファの声が響いた。
「カッファさん、この度は色々すいません」
「いや、気にするな。むしろ大変だったろ……いや、これから大変になりそうだな」
「大変になる?」
やって来たカッファの言葉の意味を反芻する二人。
すまなそうに口を開くカッファ。
「迅のヤツがやりやがったんだよ」
「やりやがったって何を?」
「四人抜き」
迅はクッダの隊の三番長を瞬殺したんだ。
腹に一撃を入れられ、クッダの消火に使った桶に吐瀉物を出す様は、瞬殺されたこともあり皆呆気に取られたな。
そう呆然としていると迅はこっちを見たんだ。
『カッファ、この時間なら謁見まであと二戦はできそうだな』
前の二戦が早く終わったからそれ以上できるんだが、迅のヤツあえてそう言いやがった。
『さっきのが三番長ならあと二人、上に居るよな?』
それは明らかな挑発だった。
そして、その場に居たら出てこなくてはならなかった。
出なかったら後で陰口叩かれるからな。
結果的に言うと、戦わないで逃げるのが正解だったよ。
『ご指名のようだ』
『全く、隙をつかれたとはいえ三番長も不甲斐ない』
クッダの隊の副長と隊長が下りてきた。
副長は着ていた鎧を脱いで槍を構える。
『どうやら、鎧の上からダメージを与える術があるようだが、ならば鎧を脱いで軽くしよう』
『へぇ、考えてますね』
試合が始まって、真っ先に動いたのは副長だった。
『ハッ、ハッ!!』
見事な二段突きだと思った。
迅はそれを一撃と二撃目を後ろに下がって回避したんだ。
『ハァッ!!』
下がった迅を狙った三段目の突き。
二段突きと思いきや、それは三段突きだったんだ。
しかし、迅はそれを読んでいたのか回転するように避けて副長の背後を取ったんだ。
『さっきの人よりはやるね』
そういうと喉を右腕で抑え、更に左腕を添えたんだ。
迅がやったのは後世において裸絞め、もしくはチョークスリーパーと呼ばれる技である。
基本的にこの世界では人対人という概念はない。
人の敵はモンスターなのだ。
故に、絞め技という思考はなかった。
彼らは知らなかった。
忍びという対人技術を磨いた集団を。
そうして迅は副長も倒したんだ。
最後に隊長が相手になったんだが、この時点で隊長の表情が青ざめているのが遠目からわかった。
そういや、クッダの隊って副長が一番強いんだが雑務の問題で隊長がその地位に就任してるって話本当?
あっ、本当なんだ。
だからか。
隊長が副長の時よりもあっさり倒されたの。
隊長は剣を構えたんだが副長と違って待ちの形を取ったんだ。
それに対し、迅はダッシュして近づいた。
『ハァッ!!』
隊長が剣を振り上げて切り落とそうとする。
だが、更に迅が姿勢を落とした上に飛びかかったものだから隊長の一撃は空振り、迅は隊長の足を掴んで倒したんだ。
そして、仰向けに倒れこんだ隊長の剣を持った手を片足で抑え、空いたもう片方の足を隊長の首に当てて決着がついた。
『続けるかい?』
まるで、断ったら足に力を入れて首を折るというかの感じだった。
「という形で四人抜きしたわけだ」
カッファの語る結果に言葉をなくす二人。
正直な話、守護隊の中でもクッダの隊はレベルが高いとは言いづらい。
それでも、これほど簡単に倒されるとは思わなかった。
何より、クッダを追いかけてくるまでそれほど時間が経過していない。
「彼はいったい、何者なの?」
「別世界からの来訪者。シノビという集団に居たらしい」
「シノビ」
迅という存在を改めて考えるクッダとクグキ。
その実力差に唖然とする。
「で、その後は『王様との謁見の準備があります』といって切り上げたわけだ。王を持ち出されたら誰もなにも言えないからな」
「そうなんだ」
面子や純粋な戦闘欲で他の部隊も出てくる可能性が高い。
それを王との謁見を持ち出して防ぐ。
頭も回るようだ。
「そういうことで迅がやらかしたわけで相談したいことがあるんだ」
後にクッダは語る。
この選択が自分の人生の転機だったと。
宿で迅とアイリスは謁見の準備をしている。
「それにしても、その服久しぶりだね」
迅はこちらの世界に来てからアイリスたちに貰った現地の服を着ていたが、この度は正装ということで転移した際の忍び装束に着替えていた。
「ちゃんとした場だし、別の世界から来たことの証明にもなるだろ」
「そうだね」
「そっち準備はいいか」
迅の言葉に再度確認をする。
「うん、大丈夫」
「少し早いが、行くか」
王との謁見が始まる。