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ギャンブルのオッズはそいつの信頼性によるモノが大きい。つまり、実力者ほどリターンが少ない。

 ジュージュー

 米が焼かれる音がする。

 次に卵が投入され、焼かれた米とかき混ぜされる。

 油と混ざった良い匂い。

 食欲が刺激される。

 鉄板からざっ、と大皿に卵と混ぜられた米が載せられ、更に数人分に分けられる。

「はい、お待ち。十五番と十九番、二十番、二十二番の方はとりおいで」

 待ち合い場で待っていた人々が列を作る。

 迅もその列の中に居た。

 十九番と二十番の札を見せて店員から二人分の煎り卵飯――迅が居た世界の後世で黄金炒飯と呼ばれるモノを受け取る。

 二皿を持って席に戻ると、アイリスとカッファが着席している。

「こっちですよ」

 着席しているのは二人だけではなかった。

 昨日、迅に戦闘を申し出たクッダという少年も居る。

 更に、彼と似ているおそらく姉だろう人物もカッファの隣に居る。

「私はクグキ。この愚弟クッダの姉です。以後よろしくお願いします」


『お願いしますよ、開けてください』

 激しくノックをする。

 仕方なく開けると懇願するようなクッダが立っていた。

『どうしたんだ?』

『どうしたの?』

 騒ぎを聞きつけ、アイリスとカッファの二人もやって来た。

『あっ、カッファさん。いいところに来てくれました』

『知り合い……か。士族同士だもんな』

『まぁ、特にこの姉弟とは色々ある』

 歯切れの悪い言い方をするカッファ。

 それに気付かず、カッファにすり寄るクッダ。

『カッファさんも言ってくださいよ、クッダと一戦してくれって』

『どういうこと?』

 アイリスが疑問を口にするのに対し、カッファは頭を抱えている。

 カッファは少し言葉を選ぶように時間をおく。

『迅の噂のことが気になるようだが、それは証言をしている人を疑うということにもなるのはわかるか』

『えっ』

 予想外の返答に困惑するクッダ。

『迅の噂が虚偽なら、それを証言した俺が虚偽申告したことになる』

『そ、そうですね』

『じゃあ、噂話を聞いたらそう証言してくれるか』

『は、はい。わかりました』

 クッダは三人に背を向け、去っていく。

『まぁ、その疑惑の証明のためにこちらに来たわけなんだがな』

『あっ、すいません。忘れていましたが明日の午後謁見の予定だそうです』

 戻って来たクッダから連絡事項を伝えられる。

『それを早く言えよ』


 昨日のやり取りを思い出す迅。

 煎り卵飯は旨いが、昨日の件がなければ純粋に味を楽しめる。

 迅とアイリスは食堂一番人気の煎り卵飯。

 カッファは丸パンを縦にカットしその間に茹でた芋とカットされた野菜を挟んだ後世でいうバーガーともサンドイッチともとれるパン料理。

 クッダとクグキは共に後世でステーキセットと言われるような食堂で一番高い御飯と豚のステーキを各自食べていた。


 それぞれのペースで食事が進む。

 最初に終わった迅はクッダが終わるのを確認すると口を開く。

「それで、いったい何の用なんだ?」

 迅の問いに、クッダは迅の顔を真剣な表情で見つめる。

「単刀直入に再度言います。戦って貰えませんか?」

「理由は? 既に疑惑は晴れたはずだろう」

「疑惑ではありません。ただ、キャンサーデビルを倒したというその力を知りたいだけです」

「疑惑による証明ではなく、単純に好奇心によるモノだと言うこと?」

「はい」

 食べ終わったアイリスの問いにクッダは頷く。


 正直、戦う必要はない。

 キャンサーデビル討伐に関する疑惑をかけられているのは事実だが、それを証明するための謁見である。

 更に、この疑惑は証言したカッファの信用の問題がある。

 そこで、迅はある逆説に気付いた。

 この討伐の疑惑はカッファの信頼性を損なわせない為に証明しなくてはならないことを。

 その為に実力を見せつける必要があった。

「わかった。やってやるからその代わり条件がある」

「何です?」

「まずはやる場所、そして不要になるシーツと水の入った桶を用意してくれないか」

「場所はわかりますが、シーツと桶ですか?」

 シーツと桶という二つのモノに疑問に思うクッダ。

 それに姉であるクグキが小突く。

「クッダ、こちらがやってもらう立場なんだから用意するのは当然。さっさと動きなさい」

「う、うん。そうだね。では、用意するのでよろしくお願いします」

「あぁ、午後に王様との謁見があるからその前にな」

「了解です」

 クッダは食器を置いたまま走っていく。

 その様子に溜め息をつくクグキ。

「食器は私が片付けておく。準備が終わったら、連絡するから部屋で待っていてくれるか?」

「わかった」

 クグキはクッダの分の食器を持って去っていった。


「そういえば」

「ん」

「水の入った桶ってことはアレをやるの?」

 アイリスの言葉に迅は笑みを浮かべて頷く。

 アレというのを何を指すかアイリスと迅は理解しているが、カッファはわからなかった。

「アイリス、迅アレとは?」

「まぁ、見てみればわかる、としか言えないな」

「そうそう。それにここでネタバラシしたことで対策取られたら困るし」

「リークするとでも?」

「カッファのことは信じてる。だが、周りを信じられるほどの信頼はない」

「友達は信頼できるけど、他人は信用できないからね」

 周囲を見渡す迅。

 食堂であるだけ、多くの人々がいる。

 守護隊の面々や関係者も少なからず居るだろう。

 確かに、情報は広めない方が得策と考えられる。

「わかった、その時まで待つよ」

「ありがと。あと、二人ともお皿貸してくれ。返してくる」

「あ、お願い」

「頼むな」

 二人の皿を受け取り、返却する迅。

 これからの決闘をするに辺り、迅はクッダとクグキの体捌きの様子を見て実力を予想する。

 クッダは下級、クグキは中級の上クラスぐらいだとみえる。

 特別な要素がみられない限り、結果は問題はなかった。


 数十分後、クグキの部下を名乗る兵士に呼ばれ、訓練所に向かう迅とアイリス。

 カッファは用事があって席を外している。

 訓練所に入ると、多数の人々が迅を待っていた。

 中心の決闘場を囲むように閲覧席ができている。

「なんだよ、これ」

「盛り上がっているねぇ」

「盛り上がりすぎだよ」

「あっ、カッファ」

 閲覧席からカッファが近づいてくる。

「迅、大変だ!!」

「本当そうだよ、どうしてこんなことに」

「賭けが成り立たない!!」

「そこかよ。いや、なんだよ賭けって」

 カッファの言葉に呆れながらツッコむ迅。

 そこにクグキもやって来た。

「クッダは[黒の士族]の中でも下から数えた方が早い。実力未知数でキャンサーデビルを倒したと言われる相手ならこの結果も当然」

「あー、つまりは迅とクッダの勝負に賭けが発生していると」

 カッファとクグキは頷く。

「ちなみに、胴元はカッファか?」

「人々は娯楽に餓えてるからな、それで稼げるならやるだろう」

「……今度、俺のとこのヤツ教える。それを流通させろ」

 これがこの世界で五目並べ始まるきっかけになったのは誰も知るよしもない。

「それと頼まれていた水とシーツだ」

「ありがと。これで()()()

「じゃあ、私たちは観客席に行くから」

 三人が行くのを見送りながら、迅はシーツを水の入った桶につける。


「でも、この状態でクッダは大丈夫なの?」

 アイリスは誰からも敗北すると思われているクッダが心配になった。

 正直、屈辱という言葉では言い表せない感情が渦巻いているだろう。

「仕方がないことだ。[黒の士族]は戦士の一族。だが、弱者がそれを放棄するのは許されている。あいつはそれをしないで役目を全うする努力を続けている。ならば、姉として弟の選択を尊重したい」

 そういうクグキの組む手に力がこもっているのをクグキ本人も含めて気づく者は居なかった。


 迅とクッダは対峙する。

 クッダは大剣を振り上げる。

 それに対し、迅は竹筒の水筒の蓋を開けて中身を口に含んだ。

 端から見たらそれはただの慢心であり挑発である。

 迅が何をするか知らなければ。

「なめるなぁぁ!!」

 クッダは接近し大剣を振り下ろす。

 迅はそれを横に回避しつつ、口に含んだ液体を吹き掛ける。

 それと同時に手甲の火付けを使い、液体を着火させる。

「火遁」

「うわぁ、あつ、熱い」

 火炎放射のように放たれた火がクッダな身体を包む。

 咄嗟の事態で剣を放り出し、地面に転がるクッダ。

 突然、炎が出てくるという状況に、何をするかわかっていたアイリス以外の観客の人々は驚愕する。

 その状態に、迅は冷静に濡れたシーツをクッダにかけて消火する。

「これで決着。いいかな」

 周囲が迅の言葉を理解するには少しの時間をようした。

 その間に迅は火が消えてもその衝撃で呆けているクッダに手を差しのべる。

「立てるだろ」

「……は、はい」

 差しのべられた手を取り立ち上がるクッダ。

 立ち上がってもクッダはまだ少し呆けているようだった。

「ちょっと、待った」

 観客から決闘場に一人降りてきた。

 その人物はクッダと同じ色の鎧を着ている。

「せ、先輩」

「その雑魚が世話になったな。だが、そいつは親のコネで守護隊に入っただけ。次は俺が相手だ」

「別にやる必要はないんだけどな」

「こちらにはあるんだよ。さっきも言ったがこの雑魚のせいで隊の威厳が損なわれるのは心外なんでね。コネだけでいるヤツは本当に駄目だな」

 先輩の言葉に何も言い返せず悔しさを堪えるクッダ。

 迅はその様子に一つの決意をした。

 桶とシーツを拾い、シーツをクッダの顔を隠すように被せる。

「わかった、やろうか。ただ名乗ならなくていい」

「ほう、それでいいのか?」

「あぁ、知りたくもないからな。クッダどいてくれ」

 クッダは二人に一礼して場を離れた。


 クグキは観客席からクッダを追いかけていく。 

「心配だね」

「クッダといい、迅もな。あいつ確かクッダの隊の三番長だぞ」

 それは即ち、その隊において三番目の実力者の意味を持つ。

「そこは心配してない」

 アイリスの言葉の直後に歓声が湧く。

 カッファが視線を迅の方に戻すと既に試合は終わっていた。


 数秒前。

 まず、迅は桶を真上に投げた。

 対戦相手の三番長も、観客の大半が桶に視線が向けられた。

 次の瞬間、迅は三番長に接近し、肝臓の部分に片手を当てた。

 心臓打ちの変形である肝臓打ち。

 後世の世でボクシングなどの競技で扱われるそれとは異なり、発頚で内臓に叩き込むそれは鎧の上からでも有効な技である。

 元々、迅の異母兄である閃が鎧対策として、その上から叩き込むことを前提として改良した技でもあった。

 故に鎧の有無など関係なかった。

「オゲエェェェ」

 落ちてきた桶を前に出し、吐けるようフォローもする。

「あんたも大して変わらんよ」

 迅は冷徹に言い放った。

 完全勝利である。


 


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