このエピソードは前後編のノリで、ここまで前編。
王都アファイサ。
それは四方を外敵から守るための城壁で囲み、城下町が並び、その中心に王城がある王都である。
馬車で三日をかけて迅たちはその王都に到着した。
「広いな」
城壁のあまりの広さと高さに感心する迅。
キャンサーデビルと戦った身としては、この城壁はそのレベルも見越したものだと実感する。
「正直な話、田舎の人は老衰でもこの王都に来ないで生涯を終えるのが殆んどだ」
「それがこっちに来てからそんな時間かからずに見れるなんてついてるよ」
「まぁ、私たちは戻って来たんですけどね」
地元マウントを取ってくる[牙狼の新生]の面々。
何度か来ているというカッファとアイリスは気にした様子はないが、初めての迅には流石に圧巻だった。
いや、アイリスには気にする余裕がないだけだった。
アイリスはバッグの中にあるそれに触れる。
キャンサーデビル討伐の報酬に値する、それ以上の製品だと思っている。
だが、それは自分だけでは?
そんな思考のスパイラルにアイリスは陥っていた。
「どうかしました?」
アイリスの様子に気づいたケイが心配そうに訊ねる。
彼女の言葉に不安が顔に出ていたことを理解し、何とか笑顔を作る。
「大丈夫、ちょっと疲れただけだから」
虚飾を張れず、ただの虚偽だとわかる。
だからこそ、ケイは何も言えない。
アイリスの事情を知らないからだ。
「これから王様に新商品の売り込みに行くから緊張してるんだよ」
迅があっけらかんに話した。
「俺のとこの知識を基礎に村の皆の技術で作られたもんだ。だから最高の一品、だろ?」
迅の言葉に不安の闇が晴れる。
アイリスは杖をついて立ち上がる。
その表情は自信に満ち溢れている。
「知識は人の歴史。迅が居たという[雷光衆]の歴史と妾たちホビットたちの技術の歴史、二つの融合による一品。これが良品でない筈がない!!」
「あぁ、俺もホビットの村で初めて見た時に驚いた、だからいける!!」
カッファの応援に熱があがる。
ただ、何も知らない[牙狼の新生]のメンバーたちからしたら、気になって仕方がない。
「あの、ちょっと見せてもらっていいですか?」
最年少のホクトが興味深そうに頼むが、迅は手を横に振る。
「えー」
ホクトに限らずロックたちも不満そうに返す。
ここまで盛り上げたのだから当然である。
「ケチ」
「ケチですね」
「勿体ぶるなよ」
「皆口に出てるぞ」
非難轟々だった。
馬車の運転をして居るトウガも、運転をして居なければ非難に参加していたかもしれない。
そんな状況にアイリスはすまなそうに頭を下げる。
「ごめんね。揺れる馬車の上だと割れる心配があるんだ」
「いや、こちらこそ無理をいってすまない」
頭を下げたアイリスに、冷静になる三人。
「それに今の状態ではその真価は見れない。だから、帰りは頼むわ」
「帰り?」
「あぁ。終わったら村で宴になるだろうから来てくれ。その時にこいつの真価がわかるからな」
迅の言葉に頷くアイリスとカッファ。
「確かに、ここで見るより村で見た方が爽快」
「そうだな。何より、村に入るまでの道筋にまであるからな」
迅たち三人の話で既にホビットの村では運用されており、あくまでここにあるのは試供品だというのがわかる。
何より、重要なのは別な部分にある。
ロックは一枚の紙を手荷物から取り出し、文字を書いてアイリスに渡す。
「これは?」
「俺たちが住んでいる場所。仕事で出てない時以外は誰かしらここに居るから」
「ありがとう」
「いやいや、今後もご贔屓に」
その後、王城入口前で迅たち三人は[牙狼の新生]の四人と別れた。
「それで、これからどうするんだ?」
「まずは受付。それで本日王様と面談出来るか予定の確認をしてもらうの」
「出来なければ?」
「王城内に宿があるから宿泊だ。幸い、面談希望者の宿泊費用は無料になっている」
カッファが少し先にある案内図を指差す。
少し離れた先にあるが、忍びとして生きてきた迅には視認できる距離だ。
「二階か。食堂も同じ階だし、至れり尽くせりだな」
「よく見えるな」
「元忍びだからな」
「前から気になっていたが、シノビってなんなんだ?」
カッファのふとした疑問。
忍びという概念も、必要性もこちらの世界にはないものだからだ。
「………今度ゆっくり話すよ」
「それでいいさ」
迅にとって何か事情があることを理解しているからこそ、彼のペースを尊重するカッファであった。
「二人とも、受付行くよ」
会話の間に先行していたアイリスが二人を呼ぶ。
杖をついてはいるが、平地ではそれほど苦ではないのが彼女の現状である。
受付では平凡種の中年女性が対応しており、アイリスの顔を見ると微笑んだ。
「あら、アイリスちゃん。久しぶりねぇ、先々月から来なかったけど忙しかった?」
「お久しぶりです。まぁ、色々ありましてね。アイリス、カッファ、迅の三名が王様への謁見希望です」
「アイリスちゃんに、カッファちゃんね。迅というのは?」
「俺です」
アイリスの背後から顔を出す迅。
低身種の前だと、平凡種以降の身長の種は問題なく顔を出せる。
「はじめて見る顔ね、よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
「礼儀正しいわね。謁見の件だけど、本日は先約で埋まってるわね。宿に行ってなさい、後で連絡するから」
受付の中年女性がリストに書き込む。
「わかりました。あと、明日以降なら[緑の士族]の方もお呼びしていただいてよろしいですか?」
[緑の士族]。
そのフレーズを聞いた彼女は、アイリスの顔を凝視する。
「どうやら、サトリ草の納品だけでないみたいね。頑張りなさい」
「はい」
アイリスが頭を下げる。
その時、アイリスの杖に気づいた。
「アイリスちゃん、その杖」
「あぁ、モンスターに襲われてしまいましてね。彼、迅のお陰で助かりましたが、足をやってしまいました」
この世界はいつモンスターによって命を落としても仕方がない。
それ故にアイリスのケースは幸いな事態である。
先々月のサトリ草の納品を郵送で済まされていたのも、これか理由だったと彼女は理解する。
「本来なら死んでいました。これで済んだのは僥倖僥倖としか言えません」
アイリスがそう微笑むと、彼女は何も言えずに後ろ姿を見送るしかなかった。
ちょうど利用者がアイリスたちで終わっていたこともあり、受付の彼女の目線はアイリスたちを追っていた。
そこで、ある光景を見てしまった。
二階に上がる長い階段。
足の悪いアイリスには大変だと思っていたが、そこを驚きの展開がおきていた。
迅がアイリスをお姫様抱っこして階段を登っていたのた。
「あらあら」
思わず声が漏れる。
周囲の人たちも迅とアイリスの光景に目を奪われている。
お姫様抱っこという恋人や夫婦などでしかやらないことをしていたら当然であろう。
キャー、キャーと黄色い声援もちらほら出ている。
だが、この二人はそんな関係ではない。
アイリスは馬車の件で覚悟や自信ができたものの、迫る謁見には緊張してしまい周囲の目など入ってこない。
迅も周囲の視線が悪意あるモノのように感じているのでスルーしている。
むしろ、すぐ近くのカッファの恨めしい視線が誤認の要因になっている。
ちなみに、迅がアイリスをお姫様抱っこする理由はカッファも理解しており、ならば自分もやろうと立候補したところ非力さ故にできなかったという経緯もある。
宿は小部屋の個室であり、三人がそれぞれの部屋で泊まる形となった。
明日の謁見の予定が決まると連絡が来るということなので、それまで待機し、その後食堂に行くという話である。
トントン
ノックがされた。
忍びの経験上、足音で相手を判断する癖がある。
そこから相手がアイリスとカッファではないことは確信しているが、連絡が来ることから知らない人のノックが来ることを理解している。
忍びの癖が抜けていないことに苦笑しつつ、ドアを開ける。
そこには受付として事務作業のしやすい格好をした人ではなく、戦闘を目的とした鎧を着た人が立っている。
「あなたがキャンサーデビルを討伐したという迅ですね? 私は[黒の士族]の一人、クッダです」
「……あぁ、はじめまして」
予想外の相手に反応が遅れる迅。
瞬時にこれが奇襲なら危なかったことを判断して思考を切り替える。
「それでどのようなご用件で?」
「キャンサーデビルを討伐したという話の審議を確かめたいので、戦っていただけますか」
「お断りします」
迅はドアを閉めた。
第四話「王都アファイサ(前編)」