異世界でモンスターハンターやるってよ
時は戦国、群雄割拠の時代。
武将たちが表立って争いを繰り広げる中、その裏側――忍びたちの世界も群雄割拠であった。
強き忍び衆を抱える武将、それこそが情報を制し、活用の末に勝利を獲得する。
故に、様々な忍び衆が生存の為に争っていた。
武に優れた忍び衆、知に優れた忍び衆、技術に優れた忍び衆など多種多様な忍び衆があり、理念や規範はそれぞれ異なる。
ただ一つ、全ての忍び衆に共通するものがある。
それは、抜け忍の抹殺である。
キィン
月明かりしか光のない夜、二つの影が何度目になるかわからぬ刃の音を鳴らす。
数度の刃の邂逅をするも、その刃はお互いを傷付けるには至らなかった。
いや、傷付けはしなかった。
「ふざけているの?」
抜け忍の男を追ってきた追い忍のくの一は逆手に構えていたくないを下ろす。
それに従い、男も小太刀のような忍刀をサイズの合わない大きな鞘に納刀する。
「ふざけてはない。必死だよ」
「必死? だったら、さっさと私を倒しなさいよ!! あんたの実力なら簡単でしょ!!」
深夜、二人以外誰も居ない中くの一の叫びのような感情がこもった声が響く。
同じ忍びの里で育った、いわゆる幼なじみ。
だからこそ、お互いの実力は理解していた。
頭領と本妻との息子で、その実力から次点で次の頭領候補となっている男――迅。
それに対し彼女――雪は、閉鎖的な環境になりがちな忍びの里故に、血が濃くならないように外部から引き入れられた孤児の一人だった。
忍びの血が能力の優劣に関わると言うわけではないが、少なくとも、雪は忍びの中では劣っている。
迅は上級の中、雪は中級の下だった。
「私を傷付けずに逃げるつもり? そうだとしても無駄よ。わかっているでしょ」
「無駄、か」
その言葉の意味を反芻する。
追い忍が抜け忍を負傷せずに逃がす。
それは実力差による結果だとしても、里としての判断は逃亡幇助として判断されるだろう。
つまり、迅が雪を傷付けずに隙をついて逃げた場合、彼女が処罰されるということだ。
迅は自分が抜け忍となったことで次期の頭領になる人物を思い起こす。
あの人のことだから軽い処罰に済まそうとするだろう。
だが、それはあくまで希望的観測だ。
何より、自分の母親がこの場合何をするかが火を見るより明らかだった。
この時、彼は決心した。
カシャンカシャン。
迅は忍び刀を鞘から抜き差しするのを繰り返す。
はたから見たら異様な光景。
だが、同郷である彼女には彼ら[雷光衆]の秘伝の前兆だと言うことを理解していた。
迅が本気になったのを実感し、警戒を強めるがそれは無駄に終わる。
「!?」
一瞬だった。
意識は集中していたが、気付いた時には眼前に接近を許していた。
ガシッ
距離を取ろうと下がろうとするが、それよりも先に迅の左手が雪の右手を掴んだ。
その瞬間、雪は敗北を理解する。
「紫電」
ビビビッ。
雪の肉体に電撃が走った。
放たれた電撃を浴び、倒れゆく雪を抱き留める迅。
電撃で薄れゆく意識の中で、雪は告げる。
「あの人が来るまで、とことん逃げきりなさいよ。どうせ、あの人には勝てないんだから」
「あぁ」
実力差はわかっている。
そして、それ以前の問題であることも。
「じゃあ、さよならだ。雪」
迅は幼なじみの名前を呼ぶとともにその場を去る。
陽が昇っていた。
長い間気を失っていたことに雪は気付く。
幼なじみは逃げ切ったのだろうか、それとも………。
彼女の思考は自分にかけられていた外套に気付いた時、止まった。
見たことのある外套だった。
かけたであろう持ち主の顔が頭に浮かぶ。
「……どうして、私に付いてきてって言ってくれないのよ」
その呟きは誰にも聞かれることはなかった。
数日前、父である頭領が死んだ。
突然の病死だった。
次代の頭領を決めて居なかった為、誰が頭領の座を継ぐのかでもめることになった。
何名かの候補者が選出され、最終的には自身とあの人が残った。
若い世代は皆あの人を支持した。
それには自分も含まれる。
あの人を支え、力になりたかった。
だが、それを誰よりも反対した人がいた。
母だ。
母は正室の子である自分を次の頭領にしたかった。
そのため、幹部たちを抱き込んでいた。
このままでは自分とあの人との対立構造になり、内戦となる。
それを避けるために逃げるしかなかった。
神隠しが起こると噂される森を走る。
この森を抜けたら、多少なりとも安全圏に入ることが出来る。
「だからと言ってどうなるんだよ」
つい口に出してしまった。
それと同時に足も止まる。
そうなのだ。
迅の行動には何の展望がない。
ただ、あの人と殺しあう事態になるのが嫌だった。
それだけで里を抜けることにしたのだ。
逃げ切った先に何かあるわけでもなかった。
あの人と殺し合わない。
その目的は実質達成されている。
抜け忍となって生まれ育った里全ての敵になった時から。
一番この選択で最良なのは、逃げ切ることではない。
あの人以外の誰かに討たれることだった。
目を逸らしていたその事実が彼の足を止めてしまう。
「!?」
偶発的なことで足が止まった。
それは迅本人も含めて予想外のことだった。
だからこそ、彼は気付いた。
囲まれていることに。
「見事なもんだ。対象に気付かれないように距離を取りつつの移動」
これが出来るのは自分より同等か上の忍びたち。
たまたま立ち止まったことで囲んでいる連中の反応がズレ、それが認知へと至った。
「反応からして、半円の範囲で囲まれている。全速力で駆け抜ければ行けるか?」
日頃からの訓練か、それとも忍びの気質か、はたまたその両方かはわからない。
ただ、反射的に状況の分析と逃げるための対処を思考する。
逃げた先に何の未来も目的もなく、死という最良の道がそこにあるのに。
後方から半円の状態。
つまり後方は勿論、左右も制されている。
直進して包囲を狭まれる前に抜けるか、あえて左右のどちらかを突破するか思索を巡らせる。
しかし、そんな思索は意味がなかった。
ザッザッ。
駆け抜けていく音がする。
気配に気付いたことを察した誰かがいち早く距離を詰めて来た。
まだ相手に気付いたことを知られてないとタカをくくったのが失策だった。
ダン。
追い忍が頭上から自分を追い越し、眼前に着地した。
「よう、息災だな」
「武蔵さん」
現れた忍びがまるで友人に会ったかのように声をかけてきた。
事実、あの人とよく組んでいたこの男は、その繋がりから兄貴分の一人でもあった。
そしてその実力は自身よりも上である。いや、剣術だけで言えば里随一の忍びだ。
ザッザッ。
次いで包囲をしいていた忍びたちが集まってくる音がする。
「詰みましたね」
「ああ、当然だろ。あいつの指揮だ」
あいつ。
武蔵がそう呼ぶ人物はわかっている。
あの人だ。
「来ているんですか」
「ああ」
「頭領になる前の最後の仕事が抜け忍の抹殺とはな」
「しかも、その相手がお前か」
「何やってんだよ」
武蔵の返答を皮切りに、背後からの言葉。
他の忍びたちが到着したのを振り向かずとも理解する。
忍びたちの声には怒り、失望、悲哀など様々である。
覚悟はしていたが、振り向いて彼らを見る気持ちにはなれなかった。
「じゃあ、行くか。あいつが待っている」
武蔵の言葉に拒否権などなかった。
案内人である武蔵のあとを追って先に進む。
他の忍びは迅から何があっても対処出来るように距離を空けながら。
到着した場所は綺麗な川が流れており、その先には大きな滝がある。
そこにあの人は居た。
「遅かったな」
何の感情も感じさせずに新たに頭領になる男は口を開いた。
それはこれからなる立場から迅を始末しなくてはいけないことへの覚悟だとこの場の人間は理解していた。
「確実にやるための準備だ。そういうのわかるだろ、もしかして逃がした方が良かった?」
「いいや、そういう訳ではない」
「………そうか」
武蔵の軽口にも冷酷に対応する。
「閃さん。自分がこの裏切り者をやりますね」
迅と同期の忍びが主張する。
何かと迅をライバル視していた。
だからこそ、このような形になったことに憤りがあった。
それに対し、あの人――閃は首を横にふった。
「いいや、俺がやる。お前たちは見ておけ」
「えっ、でも」
「俺がやる、と言ったな」
「……はい」
有無を言わせぬ気配に頷くしかなかった。
「迅来い。向こうで始末をつける」
閃の後をただついていく。
その間、何も語ることはなく、静寂の中だった。
忍びの性質故か、互いに足音はない。
夜目に慣れてない人からすると、二人の存在など気付かないだろう。
川沿いを進み、滝壺の手前で立ち止まる。
迅も合わせて止まった。
「ここでいいか」
閃が振り向き、二人は対峙する。
閃が近付いてくる。
迅はそれに何の行動を起こさない。
ただ立っているだけだ。
彼の右拳が迅の心臓の場所に当てられる。
「………どうして、抜けようとなんかしたんだ」
「わかっているでしょ、あのままいたらどうなるか」
「………」
「里が割れ、内乱になる。派閥争い故に止まることが出来ず、果てには殺しあいだ」
互いに本人の意向が無視された末に進んでいた。
古参は自身の地位を優先し、若手は閃による改革への期待から選択に固執する。
どちらかが譲る形は見えなかった。
「あなたと殺しあうぐらいだったら、殺される方がマシだったんだよ。異母兄さん」
ドンッ。
言い切った瞬間、迅の心臓に強力な衝撃が響いた。
心臓への寸頸。
心臓に強力な打撃を叩き込むことで、心臓マッサージと逆に心臓の動きを止める。
後世において、心臓震盪と呼ばれる症状である。
彼が暗殺で得意とする技だ。
衝撃により停止する心臓。
前に倒れかかる弟を兄は抱き止める。
カシャンカシャンカシャンカシャン。
迅が雪に紫電を放った時以上に刀を抜き差しする。
そして、心臓の停止した迅の胸元に紫電を叩き込んだ。
「追い討ちかよ」
「えげつない」
「………制裁だから当然だ」
距離を取ってみていた忍びたちが三者三様の意見をもらす。
異母兄弟ではあったが、関係は良好であった。
だからこそ、掟とはいえ淡々と粛清を執行しなくてはいけないことに悲観する。
バッーシャン。
そのまま突き落とされ、迅は川に流されていく。
その先の滝壺に落ちたのを見てから、閃は観戦していた仲間たちと合流する。
「………お疲れ様です」
そういうしかなかった。
「裏切り者の抜け忍を始末……本来は装備の回収もする手筈だが、まぁ言い訳はたつだろ」
「あっ」
武蔵の指摘に閃以外のその場の忍びが気付いた。
抜け忍を始末する理由。
それは自分たちの情報を外部に流出させないためである。
そのため、所持品などの回収も抜け忍討伐の範囲に含まれていた。
死体の放置はいい。
この時代、死体から得られる情報は少ない。
だが、装備は情報が多い。
特に彼ら[雷光衆]の装備は他の忍び衆から大きなアドバンテージを得ている。
だからこそ、回収は必須だった。
「異母弟をやるのは流石に動揺する。だから、滝壺に落とすことで装備の破壊をし、回収不可にする二重仕立てとはな」
武蔵の解説に、閃以外の忍びは驚愕する。
そこまで考慮していたことに。
そして、彼の心情を察する。
「……これで抜け忍の抹殺の任務は完了した。帰還する」
閃の任務完了の言葉に皆頷く。
帰還は閃が殿の形で進む。
そして、その距離は先行組と大きく離れていた。
本来はこのような形を取らないが、暗黙の了解で閃を配慮した形でこうなったのだ。
そこに、ペースを落とした武蔵が合流する。
「昔、お前が心臓打ちをしたヤツに落雷が落ちたことがあったな」
「あぁ、あったな」
それは二人を含め、数名の忍びが参加した任務だった。
敵忍びに気付かれ、警報を鳴らされる前に心臓打ちをした。
敵忍びはその一撃で崩れ落ち、そのまま任務が続行される――筈だった。
その場から離れようとした時、突如落雷がその忍びに落ちた。
誰もがその事態に死体への追い討ちが不運に感じた。
その体が動くまでは。
死んだと思われたその忍びは警報を鳴らした。
この時の閃たちは任務を放棄して逃げることを選択した。
「それが今どうした?」
「……ただ思い出しただけさ」
「そうか。俺はてっきり紫電で同様のことが出来るんじゃないか、と尋ねられると思ったがな」
閃の言葉に驚愕する。
それは答えと言っても過言でないことだったからだ。
武蔵は閃の顔を見ようと思ったがペースを少し上げていた為その表情を見ることは出来なかった。
「出来るのか?」
「さぁな」
閃はぶっきらぼうに返した。
彼は知らぬことだが、停止した心臓に電気ショックを与える。
それは後世ではAED治療に当たるものであった。
このあと、閃は[雷光衆]の頭領になり様々な改革を断行する。
彼が最初におこなったのは忍びの脱退許可であった。
これにより不遇の立ち位置であった下級の忍びを中心に中級、更には上級の忍びが里を抜け、[雷光衆]は弱体化を余儀なくされる。
そして、里を抜けた迅の実母の手引きにより織田軍が[雷光衆]の元を訪れた時、[雷光衆]の幕は閉じた。
真っ暗な闇の中、動けないのを迅は感じた。
それが自分の肉体が死にゆく感覚だとは何となくだが認識出来ていた。
だからといって、それに抗う理由もなかった。
「ーーー」
なかったのだが、声が聞こえた。
ドクン。
それと同時に心臓の鼓動がする。
「――てくれ」
この声は今呼んでいる声ではない。
自分の記憶にある声が響いているのだと感じた。
ドクンドクン。
鮮明になった声と共に、心臓の鼓動が大きくなる。
「生きてくれ」
それが異母兄さんの言葉だと気付いた。
心臓打ちを受けて倒れこんだ時に残してくれた言葉。
ドクンドクンドクン。
異母兄さんと自分が互いに思いあえていたという事実に歓喜した。
なればこそ、生きなければなかった。
閉じていた眼を見開き、光の差す上へ上へと泳ぐ。
バシャン
水面から顔を出した。
ずぶ濡れだが、何故か目元だけが熱を持っているのを感じる――それが涙による熱だとは彼が気付くことはなかった。
「ありがとう、ありがとう異母兄さん」
生きていること、生かされていることに感謝した。
忍びの世界では抜け忍は死と同義である。
だからこそ、「生きていい」と言われたことが何よりも嬉しかった。
川から沖に上がり、濡れた衣服をどうやって乾かすか、思案する。
全身がびしょ濡れな今では、手持ちの道具で火を付けることも難しい。
とりあえず、枯れ木でも探そうと周囲を見渡す。
そこでようやく気付いた。
「ここ、何処だ」
現在地が神隠しが起こると言われた森ではないということを。
ありえない話だが、噂通り神隠しが起きて自身が別の世界に来てしまったということを。
迅の第二の人生が、ここ異世界で始まった。
第一話「抜け忍迅 異世界で目覚める」




