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第3話

 迷宮探索五日目――クリストフの目は、遂に先行者の姿を捉えていた。


 斥候に明かりを消させ、通路の先を伺う――広間があるらしい。

 広間に居る兵士達の持つ松明で、人数を数えていく。

 照らし出された兵士達は、軽鎧を着こみ、槍と長剣を携えていた。


(……十八。やはり多いな)


 広間の奥には長衣を着た男が、壁に向かって手を向け、何かをしているようだった。


(魔術師、か。厄介だな)


 クリストフ達に魔術師対策はない。この人数の兵士達に加えて魔術師など、手に負える相手ではなかった。

 クリストフはウェンディに振り向き、小声で伝える。


「ここまでだ。相手が悪い。今の俺たちで勝てる見込みがない」


 だがウェンディは首を横に振って応えた。


「あそこが目的地です。それを目の前にして、引くことはできません」

「”無理だと思ったら引き返す”。そういう約束だったはずだ」


 クリストフは厳しい眼で、言い含めるようにウェンディに言った。

 それにもウェンディは首を横に振った。

 ウェンディはそのまま立ち上がり、広間に向かって叫んだ。


「そこまでです!」


 少女の声は大きく通路に反響し、広間に届いたようだった。

 兵士達の視線がこちらを向き、長剣を抜いて構え始めた。


(何考えてやがるこの馬鹿娘!)


 心で悪態をつきながら、クリストフ達も剣を抜く。

 広間の兵士たちがこちらに走り寄ってきていた。

 クリストフは傭兵達に「その馬鹿娘を連れて逃げろ!」と叫びつつ、兵士に向かって走り出した。



 兵士達の練度は高く、クリストフの一撃を受け止め、反撃することができる腕を持っていた。

 通路がそれほど広くないので、一度に相手するのは三人で済んだ。だが、逆に言えば三人同時に相手しなければならない。

 一対一で負ける相手ではないが、三人同時では分が悪かった。


 兵士の長剣がクリストフの腕を掠める。

 クリストフは大剣を振り回すように扱い、兵士を威嚇する――決定打は与えられないが、同時に斬りこまれないように空間を支配する戦法だ。

 なんとか大振りの大剣が兵士一人の腕を切り落とし、無力化することに成功する。だがすぐにその背後から新しい兵士が入れ替わりで襲い掛かってきた。


(切りがないな!)


 背後を確認する余裕はないが、ウェンディはまだそこに居るようだ。傭兵達が連れて行こうとするのを、拒んでいる声が聞こえた。


 三人の兵士を無力化したが、敵はまだ十五人いるはずだ。どう考えてもクリストフの体力が先に尽きると思われた。



 長い膠着時間の後、ついに兵士の刃がクリストフの肩に深く食い込んでいた。


「チィッ!」


 クリストフは憎々し気に叫んだ後、己を傷つけた兵士の首を飛ばしていた。

 だが傷は深い。体力の消耗も激しかった。糸が切れたように、クリストフの膝は床に着いていた。


 クリストフの目に、自身に斬りかかる兵士の姿が映った。


(ここまでか)


 既に大剣を振り回す体力は残っていない。観念して、振り下ろされる刃をただ、見つめていた。



「待たせたな!」


 そう叫ぶ男の声と同時に、兵士たちが二人の男に吹き飛ばされていた。

 さらに背後から何本もの矢が撃たれ、後続の兵士たちの首に突き刺さっていく。


「ウェンディ! 治療してあげて!」


 女性の声が通路に響く。同時にクリストフに走り寄ってくる足音が聞こえた。


 兵士たちを片手剣の男と大剣の男が塞き止めている背後で、クリストフはウェンディに触れられていた。

 目を瞑ったウェンディの手が、暗い通路で光り輝いていた。

 その光がクリストフを包み込み、肩の傷を癒していく。心なしか、体力まで回復しているようだった。


「ウェンディ、これは……なにをしているんだ?」


 クリストフは呆然と問うた。癒しの奇跡など、クリストフは見たことも聞いたこともなかった。

 光が消えた後、目を開けたウェンディは「身体を癒しました」とだけ言った。


 広間の方から「手が空いてたら手伝ってくれ!」という男の叫びが聞こえてきた。

 クリストフが広間に目を向けると、兵士たちはまだ十人近く残っているようだった。

 慌てて駆け出し、男たちに加勢する。

 男たちはクリストフに劣らない実力を持つようで、次々に兵士を無力化していった。

 さらに背後からは弓矢の援護が続いてる。


 余裕の出て来たクリストフが隙を見て、ちらっと魔術師の様子を見る――魔術師は引き続き、壁に向かって何かをしているようだった。だが、その背に数本の矢を受けた後、倒れ伏していた。


 最後の兵士を切り捨て、息のある兵士たちの首を飛ばしていく。

 魔術師も事切れているようだったが、念のため、とどめを刺して置いた。





****


 クリストフは加勢に来た男たちに向かい合い、礼を述べた。


「助かった。あんたらが来なかったら、あの馬鹿娘のおかげで命を落とすところだった」


 それに対して片手剣の男が「ウェンディが迷惑をかけたようだな」と謝ってきた。


(はぐれた連れ合い、か)


 ウェンディはクリストフに”必要な時に巡り合える”と言っていた。図ったように都合の良いタイミングだったが、間に合ったのだから良しとした。


「クリストフだ」

「ゲイング」

「アインだ」


 お互いが名乗り合う。

 通路から出て来た女性たちは「デルカよ」「ミディア」「リティです」と名乗った。三人もいたらしい。

 兵士たちの首に刺さった矢を見る――乏しい明かりの中で、鎧の隙間を縫っている。かなりの腕前だ。彼女たちの援護がなければ、いくらゲイングやアインが加勢してくれても苦しい戦いだっただろう。


 クリストフは剣を納めた後、足元に転がる松明を拾い上げ、ウェンディを見た。

 ウェンディは魔術師の居た辺りの壁に向かい、祈りを捧げていた。

 しばらくすると、ウェンディの目の前、その壁が白く光り始め、壁の中から何かが浮き上がってきた。

 それはそのまま、ウェンディの胸の中に吸い込まれるように消えていった。


 クリストフは今見た光景を尋ねた。


「ウェンディ、今のは何だったんだ?」

「創世神様の力の欠片です」


 やはり、彼女の言動は要領を得ない――クリストフは大きくため息を吐いて、考える事を放棄した。





****


 迷宮を出た一行は、フランシスカの屋敷に戻ってきていた。


 ――アインやゲイングを伴ったクリストフにとって、あの迷宮に住む魔物は取るに足らないものだった。

 間近で見る二人の男の実力に、クリストフは舌を巻いていた。


(こんなに強い男達を見たのは初めてだな)


 片手剣のゲイングはクリストフよりも巧みな剣術を持ちつつ、膂力でも自分を上回るようだ。

 両手剣のアインはゲイング以上の膂力で大剣を見事に振り回していた。


 その上、後衛からは正確無比な援護射撃が魔物に襲いかかるのだ。疲れる間もなく片がついていった。



 邸に戻ってきたクリストフ達をフランシスカは「間に合ったみたいね」と笑顔で迎えた。

 よく見れば、ゲイングの首にはフランシスカがしていた首飾りがあった。魔道具の力で、自分たちの辿った道筋をまっすぐ追ってきたのだろう。


 フランシスカに首飾りを返そうとしたが「それはお嬢ちゃんが持っていた方がいいんじゃない?」とウェンディの方を見ていた。

 持ち主の意向だ。逆らう理由もない。クリストフは己がかけていた首飾りを、ウェンディの首にかけてやった。


「もう仲間とはぐれるなよ」


 クリストフはそう言うと、ウェンディの頭に手を乗せ、撫でた。

 ウェンディは静かに頷いていた。



 それから数日、クリストフとウェンディたちはフランシスカの邸に滞在した。

 ――ウェンディがそうしたい、と言い出したからだ。アインやゲイングを見たが、どうやらウェンディがこの一行の主導権を握っているようだった。

 フランシスカも面白がってそれを許可した。


 滞在している間、クリストフはアインやゲイングに手合わせをしてもらい、己の未熟さを痛感していた。


(まだまだ、俺は強くなれそうだな)


 この男たちに揉まれていれば、自分はもっと成長できるのではないか――クリストフにはそう思えて来ていた。



 リティは、デルカやミディアに弓の指南を受けているようだった。

 休憩時間になると、ウェンディを交えて雑談していた――ウェンディは相変わらず感情を出すことがなかったが、それを相手に楽しそうに会話していた。クリストフには不思議な光景に見えていた。もしかすると無感情に見えるだけで、感情の機微を掴むコツがあるのかもしれない。


 クリストフの心境に変化が訪れた頃、ウェンディが「そろそろ、出発しようと思います」とフランシスカに告げていた。

 フランシスカは「今日はもう遅いから、明日出発するといいわ。頼まれていた旅の準備は揃えておいたから」と返していた。


 夕食が終わり、割り振られた客間へ足を向けるクリストフの服を、ウェンディが引っ張っていた。


「どうしたウェンディ。何か言いたいことがあるのか?」


 ウェンディは何も言わず、ただクリストフの目を見つめている。

 そんなウェンディの周りに、ゲイングやアインも集まってきた。

 男たちは「あー、なるほど」と何かを納得するように頷いていた。


「どういうことなんだ? 何が言いたい?」


 クリストフは重ねて尋ねたが、ウェンディが応えることはなかった。その手がそっと離され、ウェンディは自分が割り振られた客間へと戻っていった。




****


 翌朝――ウェンディ達の出発準備が整っていた。


 朝食を皆で済ませている間も、クリストフはウェンディの視線を感じていた。


(なんだっていうんだ一体)


 こちらの心を見透かすような眼差し。居心地の悪さを、クリストフは感じていた。


 朝食が済み、ウェンディ達が馬に乗る。

 クリストフがあることに気が付き、フランシスカに尋ねた。


「なぁフランシスカ。馬が一頭多くないか?」


 フランシスカはニヤニヤと「自分の心に聞いてみればいいんじゃない?」と応えた。

 クリストフはウェンディの目を見る。先ほどから、昨晩と同じ視線を感じていた。

 俯き、片手で頭を抑え、大きくため息を吐いた後、観念したようにクリストフは言った。


「俺はもしかして、この馬鹿娘に気に入られたのか?」

「どちらかというと、あなたが彼女達を気に入ったんでしょう?」


 フランシスカの言葉が、クリストフの心に突き刺さった。

 ――そう、確かに彼女達を気に入っていた。旅に同行し、己を試してみたい。高めていきたい。そう感じていた。


 クリストフはもう一度、大きく息を吐いた後、顔を上げ、フランシスカに向き直った。


「借りは返した。だから俺は、旅に出る。元気でな」

「ええ、あなたも御達者で。気が向いたら、いつでも遊びにいらっしゃいな」


 フランシスカは笑顔で見送っていた。

 クリストフは残った馬に跨ると、一行に告げた。


「クリストフだ! これから頼むぜ!」


 それに応じる声が上がり、一行は日が昇る方向へ馬を向けた。

 朝日に照らされたウェンディの顔は、どこか満足げに見えていた。


なんかこのシリーズ、ちょこちょこ追加されていきますね……

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