9 宮中の鬼姫
今日は、2話投稿しました。
「次は、これじゃ。」
葛籠の中から取り出したのはクッション材もとい色鮮やかな反物だった。
「あな、はんなり。」
青葉さんから感嘆の声がもれる。
『おぉ!正しい“はんなり”いただきました。』
確か“はんなり”は“華やかだ”というのが正しく“ゆったりとした”というのは間違いらしいが、つい間違った方のイメージが先行してしまう。
彼女は、「まぁ、なんて華やかな。」と言ったのだろう。
伝心の術で現在語に自動翻訳されている言葉だが、俺の認識や意味または微妙なニュアンスが違うとそのまま聞こえるのだ。今回は、知識として正しい意味を知っていたが先行するイメージに誤りが有った為、翻訳されなかったのだろう。
閑話休題
華やかな反物に色めきたつのは、紅葉さん、青葉ちゃん、百合さんの三人。
いや身分差から遠慮しているのだろうか、飛び付きはしないものの、美紅ちゃんもソワソワしている。
我が主は、そんな布きれよりも吾輩に夢中の様だ。
流石俺様である。
律ちゃんは、先程から「あなたのおにゃまえは、う~んとね?」と頭を左右にコテンコテンしている。
『導真様。俺の名前。な・ま・え。まだ、教えて無いですよ。』
『分かっておるわ。じゃが 儂はもっと律ちゃんのコテンコテンを見たいのじゃ。』
「おみみがかわいいから、みみえもん?それちょも、ちゃいろいからら、りゃから~ちゃのしゅけのしゅけ。」
いやいやいや、このままでは大変な名前になりそうだ。
『もう限界です。導真様。名前教えてあげて。』
『もう少し見ていたいじゃが・・・仕方ないのぉ。』
「おぉ、そうじゃった。律や。そやつは、もう名前を付けてあるのじゃった。歩智と言うのじゃよ。」
「えぇ、ちゃみみにゅえもんのしゅけべぇじゃないの?」
律ちゃんの舌っ足らずなのに、やたらと長い名前を付けようとする姿に導真様が目尻が最早雪崩を起こしている。
「もう茶耳右衛門之輔兵衛でもよいぞ。」
『導真様がご乱心だ~!助けて篁様。』
『せっかく律が付けてくれたのじゃ、有難く名を受けるが良い。それに、孫の事に関しては篁くんは儂の味方じゃよ。』
「じゃ、じじしゃまもがんばってぃあので、ぽちのおなまえもいれてあげましゅ。」
「おぁ、律は優しいのぉ。」
導真様は袖で感涙を拭う。
「あにゃたのおなまえは、ちゃみみふっくらしゃえもんのしゅけべぇぽちです。」
『なんか微妙にさっきと違う!やっぱり長い!というか俺、スケベなの。No!紳士です。』
『お主、色々とうるさいのぉ。良いではないか茶耳福蔵左衛門之輔兵衛歩智。右衛門より左衛門の方が位は上じゃ出世じゃな。』
『やった、出世してる。って、違っがーう。そこじゃない!長すぎますよ、ふっくらとか増えてるし。このままだと、いつか律ちゃん、舌かんで怪我しますよ。』
『はっ!それはいかんの。』
「律や、良い名じゃが普段呼びは歩智で良いのではないかのぉ。」
「えぇ~。」
「ほれ、あまり長いと皆が覚えられなくて名前を呼んでくれなくなるぞ。可愛そうじゃろ。通称、歩智でどうじゃ。」
まだ不服そうな様子の律ちゃんだが、悩んでいるようだ。
『それ、もう一押し。』
「のう紅葉殿、名は短い方がよいのぉ。」
反物に夢中と思われた紅葉さまだが、ちゃんと此方の話も聞いていたようで。
「えぇ、左様ですね。わたくしもあまりに長いと間違えてしまいそうで。ホホホ。」
「わかった。じゃあ、歩智ちゃんよろしゅくね。」
孫バカの導真様のことだ、律ちゃんが怪我するなんて言えばこうなることは分かっていた、俺の完全勝利である。
俺の名前も無事決まり、導真様は葛籠から最後の土産を取り出す。
「では、最後はのぉ。最近、舞いを習ろうておるそうじゃの。此れは、儂の取って置きの鈴じゃよ。」
葛籠から取り出すのは、鈴音の本体である神楽鈴。
「しょれは!」
律ちゃんの食い付きは俺のときの比では無かった。驚きの吸引力を誇る新型掃除機のデモ映像かのように吸い寄せられる律ちゃん。
しかし、律ちゃんの小さなおてては、既に俺の領地と化しているので、神楽鈴を受け取れない。
そして、誰かに俺を持っていて貰おうと思ったのだろう周りをキョロキョロ見渡す。
いつも側に侍っている紅葉さま達は、未だに反物の品評会を開催中。
「もっちょいてて。」
反物の品評会に不参加だった入り口近くにいる久美ちゃんにポイと投げ渡しす。
『うわっ。』
「うわっ」
俺は突然訪れたフワッとした浮遊感に。
美紅ちゃんは突然投げ渡されて落としたらいけないとの使命感。
俺の驚きの声と美紅ちゃんの慌てる声が重なる。
バチッ!
「キャッ。」
美紅ちゃんが俺を触れる刹那、バチッという音と僅かな光がはしり、彼女は小さな悲鳴を挙げて俺を取りこぼす。
その小さな悲鳴は、律姫の耳には届かなかったようで、転がった俺を拾い挙げて今度はゆっくり手渡した。
「もう、ちゃんともってにゃいとだめでしょ。」
一度は驚きから引っ込めた手だが、幼い主に叱られては美紅ちゃんも恐る恐るだが俺に触れる。
今度は、バチッとくることは無く俺は美紅ちゃんの腕の中に収まる。
「こんどは、おとしゃないでね。」
そう言って、すぐさま葛籠へと駆け寄る。
『ビックリした。静電気か?バチッとしたぞ。』
『やっ・り、へ・。』
『うん?なにか聞こえたような?』
導真様様が何か言ったのかとその顔を見ると、この部屋に入って初めての真面目な顔が有った。
しかし導真様の持つ神楽鈴にテテテと駆け寄る律ちゃんの姿に破顔する。
『静電気なんかのことよりも』
独りごちて俺は、改めて律ちゃんを観察する。
実は、葛籠から出て直ぐに抱き締められたので彼女をよく見ていなかったのだ。
律ちゃんの容姿は、透けるような白い肌で肩の辺りで切り揃えられた黒髪の幼女、十二単はまだ重いのだろう3枚位の重ねた着物を着ている、袿姿と言うらしい。
何でそんなこと知っているかって?
聞いたの!何度も!何度も!
導真様が「律ちゃんは赤と桃色を重ねた袿がお気に入りでのぉ。これがまた、可愛いのじゃよ。」とね。
さておき、歳は、数え歳で5歳なので俺の感覚では幼稚園の年中さんくらいかな。
導真様は、二つの小さなもみじの上にそっとに神楽鈴を置く。
『あれ?あんなに小さかったかな。』
今朝、見た神楽鈴は幼児が持つには大きいものだった、きっと大人用なのだと思う。
律ちゃんは、両手で持った神楽鈴を
シャンシャンと軽く振って音を確かめる。
「いいおちょ。」
「あら。まことに、よき音色だこと。」
「まぁ。」
「透き通る音ですね。」
反物を重ねて色合いを吟味していた三方も静音ちゃんの心に染みいる不思議な音色に惹かれる。
「どうじゃ。良い音じゃろ。儂の神通力が込めてあるでのぉ。一生ものの逸品じゃよ。」
楽器は年月が経つにつれて音が変わる。ピアノなんかは、定期的に音調師が音叉片手に音を調える。特に鈴などは、どうしても歪みや錆びで音色が変わる。
この不思議な音色が変わらないことと、きっと律ちゃんの成長に合わせて大きさも変わることを指して一生ものだと言っているのだろ。
それにわざわざ神通力が込もっているとか後々この不思議な鈴を『あぁ、導真様が何かしたのね。』と受け入れさせる為の布石なんだと思う。
律ちゃんは、真剣な顔でシャンシャン、シャンシャンとその音色を吟味する。
すると律ちゃんの振りに合わせてポンと効果音と共に勢いよく、静音ちゃんが飛び出て来て俺の額に貼り付く。
『えぇー!!』
驚いた!本当驚いた!色々驚いた!突然、静音ちゃんが出てきたこと。その静音ちゃんが幽霊みたいに透けていること。
『歩智、おはよう音。』
『あぁ、静音ちゃん、おはよう。』
そういえば、この娘、葛籠の蓋が閉まると直ぐに寝たのだった。
『うんもう~。お姉ちゃん音。』
静音ちゃんは、お姉ちゃんにこだわりがあるようだが、知らん。だってね、ミニスカお尻フリフリ幼女にお姉ちゃんと甘えるのは、享年38歳の俺としてはご褒・・・うんがふふ。
やっぱり静音ちゃんは、静音ちゃんである。そこで、さっき持った疑問に話題を変える。
『ねぇ、静音ちゃん、あの鈴もっと大きかったよね。』
『大きさを変えるくらい、変化に比べれば簡単音。』
『流石、静音ちゃんだ。』
『へへん。どう音。』
この愛らしいお尻の少女が腰に手を置き無い胸を張って威張る。
『ところで、静音ちゃん。なんか透けて無い。』
『そりゃ、そうでしょう。あっちが本体でこっちが神霊体なんだから透けるくらい当然音。』
『と、当然なのね。』
『あの娘やるわ音。』
シャンシャンシャン。
律ちゃんは、小さな体でどこかの神事でするような振り付けの舞をしながら神楽鈴を振ってその音を奏でている。
突然シャンシャンという音にピィョーピィという音が加わる。
いつの間にか導真様が笙をふいている。ホント何でも出来る人である。
律ちゃんの舞のぎこちなさがとれ、笙の音色にのり流れる様な動きへと変わっていく。
その顔は、天満な幼女から凛々しい少女のものへと変わっている。
暫し律ちゃんの舞を座の皆が観覧していると。
律ちゃんがほのかに光を帯びてくるではないか。
『えっ、これ大丈夫なの?』
『大丈夫音、これくらいなら普通の人には見れない音。』
よく分からないが霊的な何かなのだろう。そもそも、律ちゃんに悪いことなら導真様が止めるだろうし。
そう思って見守っていると、笙と神楽鈴の音が激しくなり舞が佳境に入る。
律ちゃんの輝きもより激しさを増し、律ちゃんの瞳の色が金色に変わった。
「ひっ。」
「・・・・っ。」
「おに・・・ひめ」
小さな悲鳴が耳に届く、誰がなんと言ったかは分からない。
これは、皆にも金の瞳は見えてる。
『静音、今じゃ。』
『任せて音。神気鎮静封鈴。』
すると、律ちゃんの輝きがすうっと消える。瞳の色も元の黒に戻ったようだ。
『やった音。』
『うむ。良くぞ成し遂げたのぉ。偉いぞ静音や。』
どうやら、初めから導真様の思惑通りのようだ。教えていても良いのにと思うがそれよりも。
『導真様、伝心の術とはいえ、笙を吹きながら話をするって凄いですね。』
『儂、雅楽にな一家言持っておるのじゃよ。』
そうこうしていると、律ちゃんの舞が終わる。
律ちゃんは、くたくたに疲れたようでその場に座り込んでしまうがその表情はマラソンを走り終えたランナーのように笑顔に満ちている。
「まぁまぁ、律姫さま。お体を清めましょう。」
紅葉さまは、お湯を用意させる為に青葉ちゃんに女孺を呼ばせる。
「儂はこれで暇するでのぉ。律や良い舞じゃったぞ。」
「じじしゃま、また遊びにお越しくだしゃい。」
「では、紅葉殿、律を頼むぞ。」
「ええ、もちろんでございます。」
『歩智と静音も頼んだぞ。』
『お任せて音。』
『はい、SP歩智にお任せください。』
『SPが何か分からんがまぁよろしくのぉ。何かあれば尻尾で呼ぶのじゃぞ。』
そう言って去ろうとして。
「おお忘れておった。紅葉殿これを。」
「これは?」
紙をデフォルメした人の形に切る抜いて作った人形を五枚、袂から取り出し一人一人に手渡す。
「明日の流し雛に使う人形よ。」
「それは分かるのですが、陰陽寮でご用意があるかと。」
「これは儂の特製じゃから陰陽寮の物よりよく効くぞ。」
「あ、ありがとうごさいます。」
普通、用意さらた物つかうよね。紅葉さま苦笑いしてるし。
「フォーフォフォ。」
導真様は、ご機嫌な笑い声を残し去って行った。
明日、桃の節句に何か起こる。
導真様が急いで俺を転生させた理由。
気合い入れて望まなければ、それに・・・。
確かに感じた。伝心の術は単なる翻訳便利ツールではない。その思いを言語化している側面を持つ。
『《おにひめ》か。』
この言葉に含まれた薄暗い蔑みを俺は確かに感じ取ったのだ。