8 宮中の女達
今日は、二話投稿します。
時間があれば三話。
サブタイトルが次話!ごめんなさい。修正します。
「律や。儂じゃ。」
そう言って、導真様が戸を開ける。
部屋の中には、大人の女性一人と少女二人と童女一人そして幼女一人がいた。
「じじしゃま!」
「姫様。なんと品の無いこと。」
この部屋で一番年嵩の女性に咎められ、姫様と呼ばれた幼児は、今にも導真様に飛び付かんばかりの勢いを殺し立ち止まる。
「おじじしゃま。良うおいでくださゃいました。」
「フォッフォッフォッ。まぁまぁ紅葉どの、そう言ってやるな。律やかわりないかの。」
導真様が笑いと共に柳眉を逆立てる紅葉を宥める。
「導真公は、姫様に甘すぎますぅ。」
「はい、じじしゃま。りちゅは、かわりありませぇむ。」
一度立ち止まりそう元気よく返事をする。すぐに駆け寄り導真様の脚に抱きつく。
導真様も嬉しそうに律姫の頭を撫でる。
「そうじゃ、今日は、土産を持って参ったのじゃ。松坂、葛籠をそこへ。」
部屋の外で控えていた松坂がのそっりと葛籠を抱えては部屋に入ってくる。
当然、松坂さんも変化をして人の姿をしている。かなり美男子なのが俺としては驚きだ。
「まつざか、ようまいったの。」
卑しき身分の松坂に対しても挨拶をする様子に先程の女性が注意をしようと腰を浮かせるが、導真様がうんうんと頷くので、着物を整えて座り直す。
「葛籠は、儂が開けるでの。松坂は、隣で侍っておれ。」
松坂は、葛籠を部屋の真ん中辺りに置くとそのまま隣の使用人の待機場所になっている小部屋に移る。
「じじしゃま、なんですの?」
葛籠に駆け寄って、蓋に手をかけるが、紅葉のきつい視線を感じとって、葛籠の蓋に手を掛けるも繁々と見つめている。
導真様が開けると言っていたのに、葛籠の蓋から律姫の小さな手が離れないその姿が、中身が気になって仕方ない左証となり、非常に微笑ましい。
「今日の土産は三つもあるんじゃぞ。どれにしようかのぉ。」
「じじしゃま、なに?なに?」
「そうじゃな。最初から取って置きを出そうかのぉ。」
あまり焦らすと孫の律が可愛そうだと、最初から本命を出すことにする。
「ほり、一つ目がこれじゃ。」
そう言って葛籠の中から取り出される歩智。
『やっと、出れたか。それで俺の主になる、律ちゃんは?』
大きな黒い瞳で、黒い艶やかな髪が肩で切り揃えられ、非常に色白の肌の幼女が俺を導真様からその小さな手で受け取る。
「か、かわいぃ。」
『か、かわいぃ。』
計らずも主従同じに同じ事を思うのは相性の良さが為せる技か。〈決して特殊性癖だからでは無い。〉
律ちゃんが俺を両手でぎゅっと抱きしめ頬擦りをする。
あぁ、この柔らかな平原が地殻変動を経て大きく隆起し双丘と姿を変えるには、まだまだ時が必要なのだろう。
《おっぱいを地球規模で考える。著、歩智》
だが、未来の双丘の替わりに押しつけられている、ぷにぷにした頬が非常に心地いい。
「ふかふかぁ。ワンちゃん。」
『ぷにぷにぃ。律ちゃん。』
律ちゃんが満面の笑みでその肌触りを確かめる。
俺も満面の笑みで幼女を嗜む。
周りの女達は、大変失礼な事にワンちゃんの台詞に『犬にしては不恰好だな?』と首をひねる。
高貴な方の飼い犬と言えば狆のことで、毛が総総した小型犬だが、どうみても毛の長さが足りない。
確かに狆の毛を短くしたらこんな感じかな?丸い頭に垂れた耳が何となくそう感じさせる?
伝心の術を使わなくても俺の犬としての容姿に対して疑問符が付いているのが分かる。
『見れば判るだろ!吾が輩は犬である。』
そんな女達の事などお構い無しに、孫の律ちゃんの喜ぶ姿に顔を崩す導真様。
「そうじゃろう。そうじゃろう。儂が手ずから造ったのじゃから、特別製じゃよ。生きとるからのぉ。フォッフォッフォッ。」
後半の呟くように落とされた爆弾発言は、最後の導真様の高笑いによって消され、律ちゃんの耳には届かなかったようだ。
「じじしゃまが作ったの。しゅごい。」
『成る程、導真公が作ったのならそんなことも有るか。』と納得する女達。
そう何事にも秀でている導真公でも手芸まで秀でているとは限らないわけで、それ以上は言わぬが華である。
兎に角、主人である律姫様が喜んでいるのだから、彼女たちは小さな主人とその祖父を静かに見守ることにしたのだろう、皆、黙って微笑んでいる。
爺と孫の心暖まる?コミュニケーションを俺も放置しといて、ラノベ転生物のお約束のアレを済まそうと思う。
俺の知る転生者は、先ずはアレから始める。例え生れたての赤ん坊ですらアレをする。新しい街に行ってもアレをする。熱中しすぎて宿が無くなる失敗例も多い。
ずばりアレとは・・・。
情報収集のことである!
俺も転生者の端くれとして基本的ファーストアクションである情報収集はしっかりと行っておこうと思うのだ。
とは言っても、既に篁様と導真様から簡単なレクチャーは受けたので知識と実際の人物の擦り合わせを行うだけだが。
今、この部屋にいるのは、主人の律ちゃんと導真様を除いて女性が4人いる。
十二単を着た女性が3人。
30歳くらい(正確な年齢は誰も教えてくれなかった)の女性が乳母の紅葉さま。
紅葉さまは、導真様の親族の出らしいく、その夫も導真様にとって気の置けない数少ない人物の一人なのだという。
『教育熱心なお母さんみたいだなぁ。うん、当然だが大人の女性だ。・・・うん。』
側仕えの双葉ちゃん、まだ10歳でなんと紅葉さま長女だという。確かにキリリとした目元が紅葉様に似ている。将来、美人になるに違いない。
因みに、律ちゃんと同じ時期に乳を飲んだ弟(5歳)がいるらしい。
『完全にお姉さんをしてる子供って感じだ。俺のことを気にしてるのに、お姉ちゃんだから、素っ気ない態度を装っている。物欲しそうな視線がそれを物語っているなぁ。後は、これからの成長に期待したい。』
そして教育係の百合博士こと百合さん。泣き黒子がチャームポイントの地味な雰囲気の少女。性格も人見知りするのかな、やや俯き加減で顔を隠しながら話す。
少女と言っても16.17歳くらいだろうから、淑女扱いしないと少々失礼かもしれないが幼く見えるので少女。
まぁ、こちらも年齢不詳(生前独男だった俺に年頃の女性の正確な年齢なんか分からんよ、高校生くらいかな?って雰囲気で年齢を推測しているわけで、本当に少女なのかもしれない。)。
後宮という女の園でユリ博士と言えば如何にも"ゆりゆり”な期待に満ちた妄想が惹起される。
しかし、残念ながら妄想は妄想でしか無く、彼女の父が文章博士の職にあるからで、紫式部や清少納言と同じ、名前プラス父の官職である。決して貴腐人では無く平安貴族なのだが、心の中では、ゆりゆりと呼ぶとしよう。
彼女の父は、導真様の姪の婿なのだ。加えて、導真様が実質の左遷である遣唐使になった折りでさえ、離縁しなかった律儀者で、そんな経緯から、菅原家の者が代々就く文章博士の職を姻戚ながらも譲り受けた導真様派閥の重鎮である。
『ゆりゆり。平安文学少女ここにありって感じだ。美人さんなんだが、華やかさに欠けるか。そこそこ良い丘をお持ちでくっくっく。』
最後に巫女や白拍子のような装いの美紅。俺の感覚では中学生ほどに見えるので14.15歳ほどだろうか。(ほんと、感覚頼りの年齢診断。適当極まりれり。)
特筆すべきは、彼女の膝元に短めの刀が置いてあることだろう。
実は彼女に関しては見た目以上の事前情報がない。
この部屋で明らかな武器を所持している人物なのに情報が乏しいのは、彼女が律ちゃんに直接仕えているのでは無くて数多く居る宮中の女性専任護衛のような役職で、律ちゃん担当護衛として派遣されて来たのが彼女らしい。
派遣されて来た護衛が政敵の間者だったなんて間抜けなことが無いよう身元調査を導真様はしている。その調査結果によると身分も低くどの派閥にも属しておらず政争の外にいることが判明している。そんな彼女は、導真様にとって都合の良い護衛らしい。
『刀を持っているし、女侍美紅ちゃんでいいかな。この年で丘では無く、山!登山決定!』
皇女である律姫の護衛なのだから、きっと優秀なのだろう。
「・・・・・」
何故か、彼女の眼光がこの可愛らしいぬいぐるみを鋭く射貫いているのが不可解である。
『俺、良いぬいぐるみだよ?』