4 はじまりは修行から
連続投稿その1
『まじで、転生したんだな。』
俺は、血の通わぬ身体なのに生きている、その感覚に翻弄されながら、ぬいぐるみ転生を好意的に受け入れようと決める。
シャーン、シャーン、シャーン。
そう思えるのも、今もなお聞こえる、静音ちゃんのお尻ダンス(鈴の音)のおかげだろうか。
そんな俺を注意深くダンディーな老人と神経質そうなイケメンが観察している。
「ふむふむ。気が全身を巡り安定した気脈を打っておる。もう大丈夫じゃろう。」
「ええ。気の流れは、生者のそれと変わりませんね。不思議なものです。物なのに生きています。」
「静音や。もう良いぞ。御苦労じゃったな。」
「はーい。じゃあ、止める音。」
シャン、シャン。
最後に左右に大きく振られて、あの可愛いお尻ダンスが終わってしまう。
シャーン、シャーンの鈴の音が止むと急に不安感が押し寄せ、『ホントに俺は生きているのか』と問わずにはいられない。
「あの。俺、転生したんですよね。」
「もちろんじゃ。わしのぬいぐるみ転生術は、完璧じゃて。ちゃんと、気脈を感じられるじゃろ。」
ドクン、ドクン、ドクン。
「はあ。不思議なことですが、心臓も無いのに鼓動を感じますし、何より生きている気がします。気の所為ではないようです。でも、ホントに俺は転生したのですか。ぬいぐるみですよ。」
「フッ、フフフ、フオッ、フオッフォ。気の流れで生きとるおぬしが気の所為でない。これいかに?」
導真様は、何が噴飯ものだったのか、腹を抱えて笑いだす。
静音ちゃんが、導真様に「鈴の音いる音?」と腰に手を当てお尻ダンスの準備にはいる。
あきれ顔の篁様が俺の疑問に答えてくれる。
「はい。あなたは、転生して既に生者ですね。この通り、新たな閻魔帳が生まれましたよ。」
真新しい巻物を差し出してくる。その巻物の表題には、『松下歩智なんたらかんたら』と書かれていた。名前以外は、達筆過ぎて読めなかった。
「いやぁ、笑うた、笑うた。では、歩智よ。おぬしは、わしの眷族として生きて行くことになる。その体は、神気に溢れておる故、修行すれば、いずれは一柱の神に成るじゃろう。」
「眷族ですか・・・。」
創作物によくある、子分とか召使いのような立ち位置なのだろうか、眷族というものは。
『神様に成れるのかぁ。』
ふと昔の事を思い出す。
「我社は、頑張れば、出世早いし役員になることも出来るから夢があるよ。期待していいからね。」
採用担当責任者(名前忘れてた)が俺の肩を馴れ馴れしく叩きながら笑顔で教えてくれたっけ。
あの時、何かゾクリとするの感じたんだよな。
確かに出世は早かった。上の皆んな、辞めていくんだら早いの当然か。あの採用担当責任者も翌月には居なかったっけ。出世して仕事と責任は増えるが、給料はそんなに変わんない。何で俺辞めなかったのかな?
閑話休題
流石に社畜は嫌だが、でもあの時の様に悪い感じは一切ない。
具体的に何を求められているやらとワクワクしている。
「そこでじゃ、おぬしに頼みたい事があるのじゃよ。わしがぬいぐるみ転生術を行った動機にもなるのじゃが・・・。」
緊張がはしる。聞けば、超レアアイテムを利用しての転生術。しかも、術者が導真様という神様だ、無理難題が課されるのは想像に難くない。
「た、頼みたいこととは。」
「わしの可愛い、可愛い孫である律の警護をしてもらいたいんじゃよ。」
「導真公のお孫さんは、宮中で御過ごしです。そこは、周りを政敵に囲まれているお孫さんにとっては大変危険な所なのですよ。導真公といえども、既に隠居為されておりますので、宮中に留まることが出来ません。」
「そうなんじゃよ。律が不憫でならんわ。どうじゃ、承けてくれんかの。」
そう言って、導真様は頭を垂れる。
その姿に篁様は、目を見開きその口から驚きが零れる。
「眷族に対してそのような。」
きっと眷族に対する接し方では無いのだろう。
前世でも、「やっといて」の一言で部下は黙って無理難題でも上司に従うものだというのが弊社の常識だった。
導真様が頭を下げて頼むことが、格別の計らいであることが察っせられる。
そこまでされては、護衛を受けることには、否はないのだが・・・。
「分かりました。と言いたいのですが、この通り、体が動きません。ぬいぐるみらしく遊び相手なら兎も角、護衛なんて出来そうに有りませんよ。」
ぬいぐるみなのだから、遊び相手には成れるだろう。前世は、アラフォーのおっさんだったが、幼い子供の相手はお手のものだ。
別に事案を起こして警察のお世話になっていた訳ではないぞ、ただ姪っ子の世話をよくしていたので自信はあるのだ。
しかも、伝心を使えば、話し相手にも成れるだろうし絵本の読み聞かせなんかも出来そうだ。
「なに?動けんとな?それは無かろう。九十九神ですら動けるのじゃぞ。儂の眷族である、お主が動けん筈が無かろうて。では、他の術はどうじゃ?」
「えっ、術なんて使えるのですか。」
「もちろんじゃよ。お主の身体は 、術具作成の秘技の応用で幾つかの術が刻まれておる。しかも、転生術によって成長も可能と“チート”じゃったかな、まぁ、普通の術具ではあり得ない仕様なのじゃぞ。」
「そう言われましても・・・」
「おかしいのぉ。秘術である伝心の術は、発動しとるのにのぉ。」
「導真公、もしや御霊が白紙で無かったからでは。」
「どういうことじゃ?」
「歩智殿の前世の記憶が術の発動を邪魔しているのではないかと。前世の世界では、術や呪いなどの神秘に分類されるものが消滅しているようです。ですので、術が発動しないことが常識。
まぁ、私の予想では社会の裏では存在していると思われますが。
その前世の常識が、歩智殿の固定観念として術の発動を抑制しているのかと。」
「なるほどのぉ。では、伝心の術が発動しているのは何故じゃ。」
そうだよな。ちゃんと言いたいことが、伝わっているもんな。伝心の術だっけ、これだけ、出来るのはおかしいじゃん。そこんとこどうなのよ、篁くん。
「前世の記憶が有ったからこそ無意識に発動したというのが、私の見解です。白紙の御霊では、自我の獲得してからでないと無理だったと思います。ところで、彼の最初の言葉を覚えておいでですか?」
「たしか、『うわっ。誰?ここどこ?なんで身体動かないの?何?何なの?』じゃったのぉ。」
俺の声が導真様から発っせられる。
なに!めっちゃ声まね上手いし。
「そうです。私たちに対しての言葉であると同時に自問で有ったのでしょう。そして、それは前世のあることを前提にして行われた。」
「なるほどのぉ。よう分かった。」
「さすが導真公。もうお分かりで。」
「篁くん、わしは学問の神でも在るのじゃよ。ここまでヒントが有ったら分かろうて。」
賢の二人には、分かり有ったようだか、俺にはさっぱりだ。
「あの。最後まで教えて頂けませんか。」
「何じゃ、察しが悪いのぉ。篁くん、すまんが最後まで教えてやってはくれんかのぉ。」
導真様、ホントに分かっていたのか?
フオッ、フオッ、フオッ。
と笑いながら目が笑っていない導真様の視線を感じて、不敬なことだとその考えを払いのける。
「仕方ないですね、歩智殿。あなたは、導真公が指摘なさるまで、自分の声で話していると思っていた。そう、“自分は話せる”ことを前提にしていたのですよ。術は、その発動に疑念を持つと発動しません。話せることに疑念を持たずに自問をそのまま口にした。転生の術で導真公の神気が満ちた状態で疑念も無く話す。伝心の術が発動しないほうがおかしい状況です。そして、伝心は当然に発動する。あなたの言葉が私たちに伝わってしまった。その事で、ますます自分は動けないが話せると認識し、疑念も生じない。何度も私たちとやり取りをすることで、それが常態となる。既にあなたは、伝心の術を修得しているのです。でも、他の術は違うでしょ。」
「なるほど、ということは前世の記憶が有るので、俺は、術が使え・・・ない?」
俺は落胆を隠せずいると、導真公が笑いだしす。
「フォッ、フォッ、フォッ。何を言うとるのじゃ、成長出来ることが、転生の最大の利点じゃよ。修行すれば良いのじゃ、修行すればのぉ。」
「えぇ。あなたは転生という前世の常識外れの経験を既にしておりますし、一つとはいえ秘術伝心の術を修得されているのですよ。既に前世の常識は崩壊を始めてます。そうですね。修行パートが必要なだけです。たしか、転生ものでは、テンプレなんでしょ。」
「そうじゃ、修行じゃよ。遣唐使の頃には、良くやったものじゃ。懐かしのぉ。まず、何からするかのぉ。難易度では、禅が良かろうか?滝も良いのぉ。断食は効果無さそうじゃし。火渡りなんかも萌えるのぉ。」
止めて、火渡りとか燃えるよ。俺、ぬいぐるみですよ。
新たな人生?のはじまりは修行からになりそうです。