20 桃の節句下
まもなく、第一章完結、後2話予定。
歌会を終え各々が気心の知れた者たちと御手洗池を囲んでいる。人数も多いので多くの者達は少し離れたところからの見物である。
御手洗社の両脇には、桃の木がこの日の為に植えられ林を作っている。桃の林からの甘い香りが鼻腔を擽る。
演出の為か琴の調べが鼓膜を撫でる。
陰陽師達が流し雛の為に桟俵と人形を用意する為に忙しくしている。
帝から始まり、今は、皇子や姫が順に桟俵に人形を乗せて御手洗池に流している。
「おっ、良い息吹だのぉ。人形に邪気がしっかりと乗りおったわ。彼奴は今年一年、息災で過ごせるであろうのぉ。」
「あっ、霊視すれば判りますね。吐いた邪気の代わりに桃の香気(=好気)を上手く吸えていますね。三の皇子ですよ導真様。」
「まだ、十にも満たぬ年で先が楽しみじゃわい。」
その後も、やんごとなき方からあてなる方へと順に桟俵を流していく。
さほど広くない御手洗池に、人形を乗せた桟俵が溜まっていくが少しづつ御手洗川へと流れて出て行くため、溢れかえる様なことはない。
残す人形は、見物のもの達やこの節会に参加出来ないもの達の人形のみとなった。
これらを禰宜と巫女が御手洗池に流していくのだが。
「なんじゃ、宮中で襲撃を起こすだけで済まんようじゃの。忙しの無いことじゃ、やれやれよのぉ。」
導真は、小さく独りごちる。
「導真様、どうかなさいましたか。」
「あの者の持つ三方を観てみよ。」
「あの背の高い禰宜が持っている三方ですよね。人形がこんもり乗っているだけでは無いのですか。」
「よく霊視みよ。皆が乗せた邪気の中に生気が混じっておろう。」
「うぅん。微かに。しかし、素人の息吹ですから、少しくらい邪気と共に生気が込められることも御座いましょう。」
「松坂、お主もまだまだじゃのぉ。あれは、人形に御魂が籠っておる。いや、封じられておると言ったほうがよいのぉ。」
「そ、それは大変ではありませんか。あのまま流されてしまえば、込められた魂はそのまま黄泉まで流されてしまいますよ。」
「そうじゃ、誰の魂かは、封に触れてみんと流石に分からぬが見過ごせんのぉ。」
導真は、印を結び短い言霊を紡ぐ。
「東風舞れ(こちまいれ)」
すると、春風が小さな旋風を起こし、禰宜の持つ三方の人形を空高く吹き上げる。
突然の風に禰宜は慌てふためき。
周りの見物人達も袖で風を遮りるも、宙を舞う人形に気づき呆気にとられる。
「いかにせむ。(どうしましょ。)」
「あないみじ。(まぁ大変だ。)」
と口々に祭りの進行を心配する声が上がる。
「かっかっかっ。」
老人の闊達な高笑いが響く。
「心配せんで良い。」
導真が、袖を大きく振る。それに合わせるように散らばっていた人形と桃の花びらが一つに纏まる。そして三方に吸い込まれるようにぶつかり、三方の上には人形のみが残され、桃の花びらはまた辺りに舞い散る。
「おぉ〜。」
「いと麗し。」
その幻想的な桃の花びらの舞に、皆が釘づけになり感嘆の声をあげる。
「これで全部じゃな。ほれ、また飛ばされんうちに。ほれ、ほれ。」
禰宜は、導真に急かされて三方の上の人形を桟俵に乗せ次々に流していく。
周りの者達も幻想的な光景を作った導真に感心を寄せていたが、不思議とその感心は薄れ、禰宜によって次々と流されていく桟俵に関心が移っていく。
導真は、人の関心を逸らす術を使って何事もなさげにそのまま御手洗池を立ち去った。
「導真様、早業でございますね。」
「長安で逢った奇術師の技よ。彼奴は、己を奇術に取り憑かれその奴僕になった者。だから奇術奴と名乗っていると言って、本名は明かさぬ変わり者でのぉ。奇術奴と名乗るだけあってその腕前は、天下一よ。されど、奇術奴は手癖が悪くての。儂がして見せた様に花びらやら紙片やらを撒き散らして注目を集めそのうちに宝を盗んでいきおる。その真似をしたまでよ。よく分からんのがその奇術奴を捕まえようと躍起になっている蹴鞠の上手い童もおっての。奇縁が有って双方共に面識を持ったのじゃよ。」
「そのような人達が。」
「うむ。世の中には、変わった者が居るのじゃよ。」
「ところでその人形が御霊の封じられた物ですか。」
導真は、一枚の人形を人差し指と中指で挟んで松坂に見せる。
「うむ、件の人形よ。この形では、人形とは言えぬがのぉ。」
松坂には、普通の人形に見えた為、導真が何を言っているのか分からずに怪訝な顔をする。
「分からぬか?じゃが、こうすれば分かるじゃろ。ほれ!」
人形を掛け声と共に宙に放つ。
「儂の前で偽りは許さぬ。正しき姿を現せ。急急如律令。」
宙に舞う人形が、ポンと小さな破裂音を立てると人の形から虎の胴に人の頭がくっ付いたものへと変容し、ユラユラと揺れ落ちながら導真の掌に収まる。
「なるほどのぉ。中にお主が込められておったか。すぐ助けてやるからのぉ。暫し桃園の夢を見ておれ。幻術、夢幻桃花」
導真は、桃の小枝を懐から取り出し、件の人形をそっと撫でる。
「松坂、では帰ろうかのぉ。」
「宴席は、よろしいので。」
「構わんよ。寧ろ、儂が居なくて喜ぶ者の方が多かろうて。」
「そんなこと、無いと思いますが。」
「もう桃は十分に愛でたわ。帰って律を愛でようではないかぁ。」




