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17 始まりの咆哮

1 / 11 投稿します。

「とうとい、貴い、尊い」


「先程から何してんのだ。其処のぬいぐるみ。」


律ちゃんの寝姿を堪能しているのだ邪魔すんな。


「お前・・・本当は、いかがわしいあやかしだろう。」


なんて事を言いやがるこの娘は。ぬいぐるみだが、心は紳士な歩智様に向かって。ここはしっかり否定しておかなければ、沽券にかかわる。


「ばっ、バカなことぉ。ぼぉかぁ、紳士だぁヨ。」


何故か声か上ずってしまう。きっと伝心が下手な所為だ。


何が気に食わないのか鍔に指をかける。


「正体を現したな。変態あやかしめ。」


「いや、待て待て。冗談だって。No!タッチ」


「また、訳の分からない事を。」


「はいはーい。喧嘩はしない()。律ちゃんが起きちゃう()。」


「そうだぞ。護衛が騒いで主人を起きしたら駄目だぞぉ。」


心の中でニヤニヤと美紅ちゃんを冷やかしてやる。


キーン。

一閃。


美紅ちゃんの愛刀イナリ丸が俺の首を捉えている。不思議なことに首の直前で薄い光の膜が刃を止めている。


「もう、ホントに騒がないのもう。歩智。いくら私が静寂の結界を張っているからって、暴れたら行けないんだから()。」


「えっ、結界張っていたの?気づかなかった。」


「ほらほら、美紅ちゃんも落ち着いて()。」


すかさず仲介に入る静音ちゃんの声を聞くと不思議と心が鎮まる。静音ちゃんは鈴だけでなく、声にも、鎮静効果があるのかもしれない。


チッ。

美紅ちゃんの舌打ちが聞こえるが流石にこれ以上は洒落にならないので黙っておく。


昨晩、和解したと思っていたが信頼を得ることは出来ていないようだ。少ない協力者なのだから、これから信頼を得るようにしなければな。


ところで不思議である。

俺は転生前でも子供は可愛いとは思っていたし、実際甥や姪の面倒をよく見ていた。

しかしここまで『尊い』なんて感じた事が無いと思う。

そう・・・きっと・・・たぶん?

現状、俺の内にある熱いパトスを鑑みれば強く否定出来ない。そんな自分が悲しい。


《実は、歩智の身体(ぬいぐるみ)には導真公の溢れんばかりの、もはや執念に似た愛情がこれでもかというほどに詰まっている為、それが精神に影響しているのなんて知る由もない。》


「とりあえず、危ないから刀は没収音()。」


そう言ってお尻をプリっと一回振る。すると美紅ちゃんの刀が白色の光に包まれてするりとその手から浮かび上がる。


「嘘。えっ、ちょっと、返して。イナリ丸ぅ~。」


宙に浮く刀をぴょんぴょんと跳ねて取ろうとするが届く様子がない。

美紅ちゃんからこうも容易く刀を取り上げる静音ちゃんは、俺たち三人の中では最強なのではないだろうか。


ドドドド!


けたたましい足音が聞こえる。


『あれ?導真様、もう帰って来たのかな?』


俺たちは、完全に油断していた。


ダン!!


突然、戸が勢いよく開き放たれ何者かが部屋に飛び込んでくる。


「何奴!」


素早く美紅ちゃんが誰何(すいか)とともに強烈な回し蹴りをその侵入者に蹴り込もうとする。

その蹴りは空を切り、接近を阻止するだけにとどまる。


「誰何しながら蹴っちゃいかんのでは?」


俺は余りに唐突な出来事にくだらないツッコミをして、乱入者を見ることしか出来なかった。

しかしそれが功を奏して、侵入者の顔がはっきりと見えた。


「ゆりゆり!」


侵入者は。長い髪で顔がまた見えなくなったが美紅ちゃんの蹴りを避けるときに確かに見えた。

あれはゆりゆりだった。

どうして、桃の節会に参加しに下鴨神社に行った筈だ。

だから、ゆりゆりの筈が無い。でも、もしゆりゆりだとしたら・・・。


困惑が俺の動きを阻害する。只でさえ術(=精神力)で動くこのぬいぐる身、動揺している今では必然として只見るしか出来ない。だから、懸命に口だけ動かす。


「美紅ちゃん、あれはゆりゆり!あっ違った。百合さんだ!」


「ええ、分かってるわ。って言うか五月蝿い。」


俺は余計な口を出したようだ。


ゆりゆりは、驚くべき身体能力でくるくると側転やバク転をして美紅ちゃんの手刀や蹴りを躱し時折、猛獣の爪のように伸びたそれによる攻撃を繰り出す。ゆりゆりの動きが時間を追うごとに速くなる。


「くっ、速いわね。でも、いくら速くても所詮は素人、単調な動き。鹿島の神刀流(しんとうりゅう)は刀術だけじゃないのよ。」


負けじと美紅ちゃんの動きも速くなる。美紅ちゃんが身を屈めるとその頭上をゆりゆりの爪が通り過ぎる。

美紅ちゃんが足を動かさずに身体を右にずらせば、ゆりゆりが突進して来て美紅ちゃんのその場に残されて足に躓き転がる。

乱暴に振るわれる爪を先読みと少ない挙動で交わすことで身体能力に拠るスピードの差を無くしているようだ。


「美紅ちゃん、スゲー。」


二人は、狭い部屋の中を縦横無尽に駆け巡り互いの攻撃が熾烈さを増す。

このままだと二人ともに大きな怪我をしてしまう。


俺は、口を出す以外に何か出来ることは無いかと回りを見回す。


静音ちゃんは、律ちゃんを囲う結界を張っているようだ。顔が描かれたドームが律ちゃんの周りを囲っているのだ。

あの顔なんだろう?まるでスライムに呑み込まれているみたいだな。

とはいえ、これで律ちゃんの安全は確保されている。

小さいのに頼りになる静音ちゃんである。

何とかして、ゆりゆりを正気に戻すか、せめて拘束して導真様に何とかしてもらおう。

俺に出来ることは、体当たり?無理無理、まだ上手く動けそうにない。だから、やっぱり口を出す。指揮官役だ。

状況の整理は、終わった。

やれる事も幸いというか一つしかないくこれ以上迷わずに済む。

後は、実行するのみ。


「美紅ちゃん、百合さんを正気に戻す方法無い。」


「出来るわけ無いでしょ。私は武士なの。術とか呪い(まじない)とかは神主さんや坊主、それとも陰陽師に言いなさいよ!」


「じゃぁ、どうにかして百合さんを拘束出来ない。」


「それなら何とか、少し怪我させるかもしれないけど、良いのが一発入れば立ってられなくなると思うわよ。とりあえず、私の愛刀イナリ丸を寄越しなさい。」


「よし、任せろ。でも切っちゃ駄目だぞ。大きな傷を残すのも。」


「そんなの分かってるわよ。早くして。」


俺は、念動でふよふよとイナリ丸を浮かせる。

普段、自分の身体を浮かせるよりは集中力が必要で速度は無いがこれくらいは可能だ。


「受け取って。」


ふわりと宙に舞うイナリ丸へ美紅ちゃんが手を伸ばそうとする。

イナリ丸の危険性を感じたのか、ゆりゆりも宙に舞うイナリ丸を奪おうと手を伸ばす。


美紅ちゃんとゆりゆりが同時にイナリ丸を掴む。美紅ちゃんが鞘を、ゆりゆりが柄を握る。

咄嗟に美紅ちゃんがゆりゆりの腹を蹴って距離をとる。

ゆりゆりは、蹴られた腹を左手で抑えながら、抜き身の刀身を右手に握り、美紅ちゃんに向けている。

美紅ちゃんは、鞘を両手で握り構えをとる。


俺のバカ。どうして柄を美紅ちゃん側にして投げなかったの?


さっきまで素手対爪の対決が鞘対刀の対決になってしまった。美紅ちゃんを危険にさらしてしまう。


「済まない。失敗した。」


「気にするな、変態あやかし。」


そう言いながら、美紅ちゃんが駆け出し一気に間合いを詰める。

ゆりゆりは、片手で我武者羅にイナリ丸を振り回す。

あれでは、迂闊に近寄れそうにない。

しかし、美紅ちゃんは滑るような歩法でスルスルとイナリ丸を避け、時には鞘をイナリ丸の刃の側面に沿わせて打ち払う。

鞘を持ったことで美紅ちゃんの動きに余裕が出来る。


「体の動かし方さえも知らない素人が・・・」


ゆりゆりの突きを半身を左にずらしてそらす。美紅ちゃんの正面に来たイナリ丸を鞘で峰を叩くことで打ち落とす。


「刀を持っても先程より上手く動ける道理は無い!くみ易くなったな。」


なかなか当たらないことに苛立ったゆりゆりは、イナリ丸を両手で握り渾身の力を込めて、美紅ちゃんを叩き切ろうと大きく振りかぶる。

ゆりゆりが胴をさらけ出す形になったのを美紅ちゃんは、見逃さなかった。


「どの道・・・(イナリ丸を)抜くつもりは、無かったの。」


そう言いながら、鞘でゆりゆりの鳩尾を突き、その勢いで顎を打つ。


「それにね。イナリ丸は、私の味方よ。私を傷つけたりしないわ。」


ゆりゆりが、振りかぶったイナリ丸を背後に落として膝から崩れるようにして倒れるのを美紅ちゃんは、優しく受け止める。


「あぁ、そこまでしなくても。」


「うるさい、変態あやかし。気を失わせるのに仕方なかったの。」


「顎への一撃は要った?」


「あれで気を失わせられたのよ。」


最後の顎への一撃は不要では?

女の子の顔だよ。正確には顎だけど。

ゆりゆりは、完全に意識を失っているようだ。では、今のうちに。


「じぁ、帯を解こうか。」


「あやかし、本性を現したな。気を失った女子(おなご)の帯を解こうとは。」


「えっ、じゃあ美紅ちゃんの帯、とってくれる。」


「私まで狙うのか。確かに、先程の戦で多少疲れがあるが、あやかし風情に遅れは取らぬぞ。」


そう言って、いつの間にか回収した愛刀イナリ丸を俺に向ける。

危ないので、おちょくるのはこれくらいにして。


「帯で今のうちに縛っておくの。気付いたとき正気に戻っていないかもしれないだろ。」


「そうならそうとハッキリ言え。紛らわしい。」


「いけない()。歩智、離れて()。」


静音ちゃんの声が響く。


先程まで倒れていたゆりゆりが体を曲げることなく背筋だけを使って起き上がってきた。


美紅ちゃんが俺を左の小脇に抱え、右手で鞘付きの刀を構える。


「ぐっ、ぐゔ!ぐゔぁああ!」


ゆりゆりの呻き声にも似た咆哮が響く。

応援よろしくお願いいたします。


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