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10 女侍美紅

今日もよろしく。

「まさか私が宮中に上がり皇女様の護衛になるなんて」


宮中内に宛がわれた自室に戻り、ひとりごちる。

勤め初めて十日しか経たないのだ。まだ宮中に全く慣れないし、今だ自分がそこに居ることが信じられない。

今、宮中に与えられた自室で愛刀を前に座して、怒涛の日々を振り返る。


我が一族は、神代(かみよ)まで遡ることの出来る古い(さむらい)である。

今では、幾つかの家に分かれているし、位や役職名もその時代によって変わるが、することは一つ。

主人の側に侍り、武を以て主人を護ること。それは、女で在っても変わりはなく、むしろ力の弱い女こそ(ワザ)を修めることが求められる。

私も一族に一人として物心ついた時には既に剣を振るっていた。

そんな一族の一つとして我が一家は、常陸国鹿嶋神宮に仕えていた。

しかし祖父が国司を野盗らから守った縁で、その国司が京の都に帰る折りの護衛として家族共々都に上がることになる。

常陸国は、皇族の国である故にその国司は、親王殿下が担うが実際は常陸国に居る代理が政を行なう。しかしこの親王殿下、何を思ったのか、一度国まで態々お下りあそばした。そのとき、国司(親王)を護衛をしていて、実際命を救ったのだから誠に誉れ高い。

祖父は、都に着くと護衛の功績で従五位下の位を賜るも直ぐに隠居した。

貴族や役人の嫉妬を怖れてのことである。

だから、宮中の警護を司る右近衛府の役人として勤めるのは、父が実質の初代となる。新参者の田舎者への風当たりは厳しいらしく母に愚痴をこぼす父の姿をしばしば見かける。


去年、兄も宮中での護衛の任を賜わる。

事が起きたのは、この兄が原因だ。

何かと田舎者扱いを受けて鬱憤を募らせていた兄に、ある貴族(名は知らない)から宴に主(警護対象)と共に同席するよう求めた。

どうやら宴の余興に都には無い剣の業をみたいらしい。立場上、断ることも出来ず渋々巻き藁を斬ることで余興としたそうだ。


これは、我が流派の腕前を試すのに使われる試技の一つで巻き藁とは言えども太さや中に入れる竹やら木材で人を斬る手応えを再現している。

巧く刀が振れないと両断出来ない難しい技、試技者も自然と力が入る。故に試技者の緊張感が見物者にも伝わり易い。また、その結果も両断された巻き藁があるので観ていて分かり易い。

宴会の余興で技を見世物にするという些かの心の蟠りも、元よりこの技は人の己の腕前を誰かに見せる為のもの、見せる相手が師範か主かの違いだと割り切れる。


兄は、気合いの掛声と共に、断面鋭く巻藁を斬り飛ばした。

それを余興を求めた貴族の護衛に嘲笑された。普段から田舎者と蔑まれていた相手に主の前で。

父なら笑って流しただろう。そして家で母に愚痴をこぼすのだ。

しかし、兄にはそれが出来なかった。


「では、やって見せろ。」


嘲笑った相手に挑発で返したそうだ。

そしてその相手は、失敗を恐れてこう言い訳をした。


「我が業は。人を斬るものでござれば巻き藁相手の曲芸に向かぬは道理。」


業を曲芸と謗られては、兄は益々頭に血が登ったらしく。激しい罵り合いの末、何故か兄共々私まで腕試しの試合を宮中一角ですることになった。


兄に詳しく経緯を問うたが、本人も「分からぬ。覚えてない。」としか答えない。

本当に怒りのあまりに何を言ったか覚えていないのか?

いや違うな、私を巻き込んだのでばつが悪いのであろう。

その証拠に兄は私の顔を見ようとはしない。

母も加わり兄を詰問したが、「決まったのだから致し方無かろう。」と開き直る始末。


【試合当日・現在から10日前】

此度の試合は、兄と件の貴族の護衛(名前は知らない。)

それと何故か私と件の護衛の兄弟子との試合を行う。


まず、兄は当然の様に試合に勝ってみせた。

宮中での試合であった為、得物は木刀であったが、肩を強かに打ち付け鎖骨を砕き、熊の様に毛深い大男を気絶させて勝負あり、それもたったの一刀で。


私は、この試合に負けることになっている。打ち合いの末、木刀を手放し負けを宣言する。余計な怪我をしなくて済む。

兄が勝ち此方の面目を保ち、私が負け相手の面目を保つ。試合としては、引き分けで済ます。このことは、双方の主と見届け人となった大納言様もご承知の上である。もしかしたら私の対戦相手も察しているのかも知れない。何故なら一向にやる気が見えないのからだ。


『これなら怪我をしなくて済みそうね。』


あくまでこの試合は宴の余興の延長なのだ。

そうであるべきのだが・・・・・。

それなのに・・・・・。

兄がたった一振りで勝ってしまった。

それにしてもこの勝利は、鮮やかすぎる。こうなると相手は、小娘の私に勝ったとしても面目が保てなくなる。案の定、先程までやる気を感じさせなかった相手の雰囲気が厳しいものに変わっている。

一方、鬱憤がスッキリ抜けて晴れやかな様子の兄に頭痛を覚える。


「馬鹿なの?死ぬの?」


兄の清々しい笑顔を見て思わず呟いてしまったのは仕方の無いことだと思う。

まさか私の対戦相手に私の呟きが聴こえていたとは・・・。


そもそも、私の相手は、弟弟子の試合が終わるまでは、まるでやる気が無かった。それもその筈、彼もまた今回の騒動に巻き込まれただけの人だったのだ。同門の弟弟子が騒ぎを起こしたので仕方なく引き受けた余興試合。しかも相手が私のような小娘、やる気が出なくて当然のこと。

そうそれでいいのだ、やる気なんて出さなくて。

しかし、弟弟子の不甲斐ない試合で同門の恥を拭わなけれならなくなった。

加えて、あの『馬鹿なの。死ぬの。』発言を聴かれていては。

いま私の目の前に居る彼は仁王の如く顔を赤らめ目を見開き私を睨み付けている。


二試合目(ふたしあいめ)。はじめられよ。」


大納言様の気の抜けた開始の言葉と同時に、いきなり鋭い突きが私の右目に向けて矢の如く放たれる。


私は左に大きく避ける。彼の剣が私を追う横なぎに変化する、狙いは首。

これを木刀で受け、さらに距離を開ける。

急所への連続攻撃。間違いなく殺しに来ている。

悠長にわざと負けるなんてことは出来ない。きっと木刀を手放した瞬間、頭をかち割られるだろう。

相手の怒気と殺気を感じる。兄の怒気と殺気も感じる。これ程までに怒るなら私を巻き込まないで欲しい。

広く間合いをとっていたことで、余計なことを考えていた。完全な隙である。

相手が一足飛びで間合いを詰める。正面からの頭への振り下ろし。

反射的に半歩右斜めに体を移動させながら斬撃を木刀で受けその勢いそのままにクルリと手首の返しで自分の刃に乗せ相手の肩に打ち付ける。

相手は、弟弟子と同じく肩を砕かれ膝を着くが無様に気を失うことは無かった。


「勝負ありでおじゃる。」


勝ってしまった。黙って一礼をして立ち去ろうとしたとき。


「小娘がぁぁぁ。」


先程まで兄に打ちのめされ眠っていた熊男がいつの間にか目覚めていて、真剣を大きく振り上げて突進してくる。まさに冬眠明けの腹ペコ熊がおおきな爪を振り揚げるが如く。しかし、肩の傷のためか、刃に力が入っておらず、その動きは精彩を欠く。


『肩の骨が折れているだろうによくあれだけ動けるものだな。』


私は、避けることなく低い姿勢で一歩踏み込み木刀を突き出す。切先は鳩尾に吸い込まれる。熊男は己の突進の勢いと私の踏み込みが相まって木刀が腹ににめり込む。


「ぐぶべぇ。」


一声鳴いて、体をくの字に曲げて突き飛ばされる。彼はまたしても意識をたった。


「見事よのぉ。」


見届け人の大納言様の賞賛の声が響く。

兄の主はもとより、相手の主人や私の対戦相手にさえ、ことのほか大袈裟に褒め称えられる。後に祖父に聞いたのだが、私が無双の強さを持っていたのだから、負けても仕方ないという事で面目を保つためだとか。


『いいのかそれで?』


目出度く、この騒動によって私は宮中で警備に就く女官となることが決まった。


目釘を外し刀身を柄から抜き出して一息着く。刀身の状態を確認する。汚れや刃こぼれがないか大雑把に確認だ。

考えを纏めたり嫌な事を忘れるには、稽古が一番だと思っているが、流石に日も暮れたこの時間に外へ出て稽古をするにも憚れる。

だから、刀の手入れを行うことにしたのだ。『刀は侍の魂』とよく謂うが、正しくその通りだと美紅は思う。

特に、このイナリ丸の手入れをしている時は格別だ。

刀をばらして汚れを拭いえば私の心の蟠りをほぐし溜まった鬱憤を取り除く。さらに刃を研げは、戦意が鋭くなるからだ。


試合の日のうちに就任の手続きが終わりる。翌日には、教育の為の7日間が始まっいた。

 あまりの事の進みように驚いたが、他の貴族から横槍が入らないように大納言様が骨を折られた結果らしい。


 この教育が辛い、宮中には様々な作法や習わしそして禁忌がある。

それらを覚えるのがどれ程大変か。地獄のような教育は、今も続いている。

だが、そんな教育よりも辛いのが女官達がびくびくと一々怯えることだ。

まぁ、京の都からみれば常陸国という未開の地、そこから一端の(つわもの)を薙ぎ倒した女が宮中に入るのだ、多くの人が奇異な目で見るのは仕方がないと私は参内前に諦めていが恐れられるとは、とほほ。


曰く『つわものを薙ぎ倒す熊の様な東女(あずまおんな)が宮中に上がったと。』


熊侍くまさむらい熊女くまめ』なんてあだ名されている。


そのことを笑いながら一家団欒の食事の席で話す兄。


「いや、倒した男が熊だから!こんなに愛らしい私の何処が熊なのよ!!!動物で言えば私は猫よ。小さいし身軽で何より可愛いでしょ。」

と兄に大声で抗議する。


「では、熊猫と名乗ればよかろう。ハッハッハ。」

兄は、何が可笑しいのか上機嫌で笑い出す。


「二人とも、はしたないですよ。」

と母に叱られたのは記憶に新しい。


ともあれ、私は同僚の女官たちから大変不本意ながら“熊”として怖れられていおり、孤立している。

この訓練にしても配置部署が先に決まり行うのが普通らしい部署に寄って細かな作法が違うためだとか。しかし私の場合その日ごとに違うところで行う。まさにたらい回しに有っていた。

これでは、大事のときの連帯が取れず、かといって大納言という高位の方の推薦であるから粗略な扱いが出来ない。


『本当に熊猫だと自分から触れ込もうかしら、ちょっとは怖れないでくれるかな。』

真剣にそんなことを考えていたところ。


白羽の矢がたったのが律姫の専属の護衛の任であったらしい。

そう兄が教えてくれた。兄なりに責任を感じているらしく色々と情報収集をしてくれている。

これくらいでは、許す気はないが。


「よりにもよって律姫の警護とは。お前は知っているのか?」


「はて、何のことでしょうか?」


「それは・・・いや知らぬならそれはそれで偏見がなくて良いのか。」


「???。」


私はますます何が言いたいのか分からず小首を傾げる。


「宮中の中とはいえ、危険など其処らに転がっている。十分気をつけて警護にあたれ。」


何か事情を知っているようだったが、結局教えてくれず仕舞いだった。

こうして私は皇女律姫さまの護衛となった。


律姫さまは、それはそれは愛らしく。幼き竹取りの姫もかくやというほどの愛らしさであった。帝の寵児であるというのは誇張では無いと納得する。

だが護衛となって直ぐに異常な事に気づいた。

それは、畏れ多くも帝の寵愛を受ける御息女であらせられるのに側に仕えて居るのが私を除いて、乳母の紅葉様とそのお子の青葉様、教育係の百合様のたった3人。これはあまりに少ない。宮中の雑用をこなす女官達でさえ律姫様のお部屋を避けているようだ。たった2日でその事実に気付けるほど露骨に。

彼女達から漏れ聞くのは『鬼姫』という諱。

今日、姫の舞いを観たことで、図らずしてその諱の所以を知ったが、それは皆が怖れる邪悪なものではなく・・・。


「・・・神威(かむい)に近いモノ。」


懐かしき故郷、その鹿嶋の(やしろ)で感じた神への畏敬。己が矮小な存在であると無理やりに解らせる圧力、神威。

幼子に己が矮小な存在だと指摘されるのだ、貴族の、己の矜持が堪えられないのだろう。


「だからといって、幼子にあの様な振る舞いをするとは・・・」


灯台の頼りなく揺れる明かりが、刃の古い油を浮かびあげる。懐紙でそれをていねいに拭う。

梵天を使いポンポンと打ち粉を刀身につけると、拭いきれなかった汚れた油が浮かび上がる。

その油が浮かぶ様は宮中に蔓延る悪かはたまた己の憤懣か。

思わず乱暴に拭いとってしまう。

丁寧に拭かないと、ただそれを塗り延ばすだけになってしまい刃は益々曇る。

その様に美紅は思わず眉をあげる。


「駄目ね、落ち着かないと。」


心を落ち着け、今度は丁寧に汚れを拭う。そして、また打ち粉をつけて拭うを数度繰り返す。

心の裡の刃を磨く。

すっかり古い油が取り除かれた刀は、透き通るような輝きを宿す。

その様を満足げに頷きながら暫しその美に酔いしれる。


既に己の道は定まっている後は歩を進めるのみ。


「先ずは、自ら神を名乗る爺が寄越してきた、あやかし(ぬいぐるみ。)」


好好爺然とした菅原の何某に任せられるものか。

姫を護るのは、私だ!


「あやかしを姫の側に置くつもりは無い。」


座した姿から愛刀のイナリ丸を片膝を立て音もなく一刀を横に振るう。

灯台の火が剣戟により、ふよりと揺れる。

それに合わせるように、ぽよんと大きなおっぱいが揺れて衣が乱れる。

慌てて胸元を直す美紅であった。

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