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私が屍を越えてゆく

作者: 羽入 満月

 私が彼女にであったのは、何度目かの異動をしていった先の職場だった。


 いや、正確には何年か前の前職場に職場体験にきていたらしく、彼女は私のことを知っていた。

 私の方は、毎年何人も来る学生を一人一人覚えていることはなく、しかも私が受け持った子ではないので、さっぱり覚えていなかったのだ。



 前の職場で彼女と同期だという子がいたため、事前にどんな子かを聞いていた。


「仲いいんですよ。この前も一緒にご飯にいって……いいこですよ。面白い子です」


 そう、事前情報をもらったのだ。


「いいこ」「面白い子」とはあまり関わりがないか、形容に困ったときの常套句である。

 さしずめ、私なら「物静か」「優しい」と言われるだろう。

 他人からの評価など、ある一辺から見た思い込みでしかない。

 私が「物静か」で「優しい」なんて、私の性格を知っていたら言わない単語なのだから。

 それでも基本的には人畜無害を貫いているので、当たらずしも遠からずなのかもしれない。



 いざ、異動して。


 一年間、一緒に組むことになる人が発表された。

 一緒になったのは、五歳年上の先輩と、例の彼女、それと経験者採用された一年目の子と私の四人だった。


 先輩は、去年まで、バリバリにやっていたが、今年は後輩指導を頼まれたようだ。

 立ち位置的には、一年目の子の指導係兼例の彼女のお目付け役。


 一年目の子は、新卒で入った所で立ち回っていたが、ブラックすぎて、こっちに転職したらしい。

 いや、この職場もなかなかなブラックだがいいのか?と思ったが、私は言葉を飲み込んだ。


 そんな些細なことを吹き飛ばすほどの衝撃をもって現れたのが、彼女だった。



 敬語が使えない。


 最初の話し出しは敬語でも話が進めば、ため口で、先輩だろうと指を指すし、肩とかをバシバシたたくのだ。


 よく言えば、フレンドリー?



 なんの話がしたいのかわからない。アドリブが効かない。

 言い回しが下手くそで、さして難しくない単語も意味が分からないけど、たぶんここらで使うのだろうと使ってくる。


 日本に生まれて、今まで日本で生きてきたのだろうに、日本語が不自由なのだ。


 こちらの話も伝わっているのか分からない、噛み砕いて説明しても相づちを打っていて、話が終わると「もう一回説明してください」とのたまう。


 あの子は天然だから?



 そして最大の驚きは、自分でやろうとしないことである。

「こんなことがあるよ」と話すと、「知らないです!また教えてください!」と元気よくいう。


 今のご時世、それくらい「魔法の板(スマホ)」に聞けば?と思うのに、自分の時間を消費する気はないらしい。


 勿論、自分が頼まれた仕事だって、見回して手の空いている人を見つけては、丸投げするのである。


 もちろんそれを「あなたが頼まれたことなのでは?」と押し返すが、「私は、こんなにたくさんやらなきゃいけない」と嘆くばかりで動かない。

 それに、確かに彼女がやるより私たちがやった方が早い。


 つまり、周りからは諦められているのである。

 しかし、その事に彼女は気づいていない。

 仕事もらってくれて、ラッキーとしか思っていないのだろう。


 それは、手の掛かるかわいい子?



 三年目になる彼女をなんとか一人前にしたい上司は、彼女をリーダーに指名して仕事をさせようとするが、日本語不自由で丸投げ気質なので、うまく仕事を回せるはずがない。


 その結果、一緒に組んでいる私たちに皺寄せが来るのである。


「ちゃんと後輩指導しなさい」

「あなたたちのやり方が上手くないから、仕事が回らないのだ」

「これくらいできるよね」と手一杯以上の雑用が回ってくる。


 それはもう、嫌がらせである。

 なんで私たちばかりこんな辛い目にあっているんだと四人で嘆いてばかりだった。


 しかし、他の所にヘルプで入り、外から彼女をみてみると、なるほど上司たちのイライラは、全くの同感である。



 頼んだ仕事をしない。

 自分は楽をしようと、他人に仕事を丸投げする。

 説明しても、伝わらない。

 伝わったとしても自分の良いように解釈して、「違う」と指摘しても受け入れない。

 アドバイスをしても、「でも、私はこう思うんです!」と流され、最終的に上司に言われたら、「言われちゃったからそうします」と堂々と言うのである。



 無自覚天然なんて、漫画の中にしか存在しないのだ。

 実際となりにいられたら、ただただ迷惑な奴である。


 陽気で元気を地で行く彼女は、学生時代に同じクラスにいて眺める分には「楽しそうだな」で終わる所だが、社会人になればそうはいかない。


 それでも底抜けに明るい彼女は周りから「この子、日本語不自由だから」と言われれば、「そうなんですよー。学生のころからよくそう言われてて、私、クォーターだから、とか、帰国子女だからって言ってたんです!」とけらけら笑いながら返ってくる。


 それは、ばかにされてるのでは?と思うのは、私がひねくれ者だからだろうか。


 彼女が悪気なく掛ける言葉も「もしかして、私の事バカにしてる?」と思うこともあるけれど、たぶんそんなことすら考えていないのだろう。


 でも、下に見ているだろう事はわかるよ、なんとなく。

 バカにはしてないでしょうけど。


 もしそれすら無自覚だったら、見て見ぬふりをするしかない。

 考えるだけ、時間の無駄だ。

 だって、あっちはそこまで考えて話してないのだから。


 きっと、他人を傷つけてきたことに彼女は気づいていないだろうし、彼女に放たれた矢や玉が鉄壁のガードに跳弾して、周りのひとに被害が出てるのも知らないでしょう。


 それでも、陽気に進めるって、「知らない」「気づかない」「考えない」ってすばらしい。


 彼女の歩んだ道のうしろには、死屍累々転がっているのだろう。


 もし私が彼女の立ち位置で振り返って見てみれば、出てくる言葉は一つである。


「私が屍を越えてゆく」

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