第六話
鉱石・・・そんなものなど本当にこの草原に存在するのだろうか。
見渡す限り緑一帯で覆われているこの広大なフィールドは、当然岩場などというものは無くただただ草花が広がっているだけだった。
昨日よりも人が多く、中には時折笑顔も見える。
「死ぬなよ・・・」
小さく呟くと俺はその場を去る。
今俺は、ガイの依頼の一環としてハンマー、そして金床の素材集めに来ている。
その二つは売られてはいるが、とても今の俺たちで買えるほどの金額では無かった。
それならばと、ガイが街のNPC鍛冶屋に金床とハンマーの素材をダメ元で聞いてみると、なんと快く教えてくれた。
「にしても、こんな草原にあるとは思えないけどな」
念のため掲示板で質問までしたのだが、みんなその素材について知らないという。
もしかして嘘をつかれたのだろうか?
そんなことは無かった。
1時間ほどさまよえば、鉱石がありそうな洞窟を発見することが出来た。
いや、洞穴か・・・?
入ってみれば明かりは案の定無く、1本道になっている。
「狭いな・・・ここは」
現実で目が見えなくなり部屋から出なくなっていたので、狭いところは好きだったはずだ。
昨日が濃すぎたからだろうか。
フルパーティ8人が横並びでなんとか通れるこの道は、草原でしか戦っていなかった俺には幾分か狭く感じた。
幸い、大鎌を振るうことが出来るのでまだありがたい方だと思おう。
新しいフィールドだからといって心を躍らせないようにしよう。
常に冷静に。
死ぬことは、つまらない。
「鉱石を取るだけだって聞いたんだけどな」
俺は笑みを浮かべながら大鎌を構えた。
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ネクロバット Lv.6 魔獣属
ネクロバット Lv.6 魔獣属
ネクロバット Lv.6 魔獣属
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俺より高いレベルか・・・。
正面から来る小さなコウモリは、まるで獲物を見つけたかのように耳に触るような声で鳴き、甲高い音が反響する。
これは普通に振っても当たらなそうだな・・・。
そう思いつつも、全く見えない中、気配と音だけを頼りに鎌を大雑把にではなく1発1発丁寧に振るう。
が、あたらない。
目をこらして見た感じ体力は多く無さそうだが、とにかく素早い。
「さて、どうしたものか・・・」
コウモリの攻撃は痛くはない。
戦闘中、無理矢理ポーションを飲めばいくらでも生きれるだろう。
だが、そんなのでは埒があかない。
しっかりと攻略せねば。
コウモリは視覚よりも聴覚を頼りにして飛ぶ。
増えてきたコウモリの対応をしながら、ふとその生態が浮かんできた。
これは、もしかしたら突破口を見つけたかも知れない。
だが、リスクもある。
このコウモリが現実のコウモリを参考に作られたわけでは無かったら終わりだ。
リスク軽減のためにも、俺は入り口付近まで逃げてから作戦を行うことにした。
おそらく8匹ほどに増えたコウモリを対処しながら、バックステップを踏み徐々に下がっていく。
泥臭いが、それを数十回繰り返したことで出口の明かりを感じるところまで来れた。
「ちょっとまぶしいよな」
心なしか、光が見えたことでコウモリの動きが遅くなった気もする。
さて、とどめを刺すか。
大きく息を吸い込み、今までで出したことの無いような声量で叫ぶ。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
叫び声の後は静けさだけが残った。
時が止まったようだ。
音は何もせず、全てが止まっている。
そう、空中にいるコウモリでさえも静止していた。
空中で止まればどうなるか。
当然、落ちる。
1体が力なく地面に落ちたのを皮切りに、1体、また1体と落下していく。
「これが通じて良かったよ。本当に」
俺は大鎌の切っ先で丁寧に殺しながらそう呟いた。
どうやらここはコウモリだけらしい。
どれだけ奥に進んでも沸いてくるのはコウモリのみ。
未だに鉱石らしきものは1つも見ていない。
ただ、不満は無い。
なにせ楽しいのだ、コウモリと戦うことが。
出会うたびに大声を出すのも疲れるので、気配を頼りにきた瞬間にアクセルスレインを速攻で放つ。
少なくとも1体には命中するのでそれで数は減る。
あとは気配を頼りに斬って斬って斬って斬って、危なくなったら叫んでを繰り返していた。
安全択があることは良いことだ。
気兼ねなく楽しめる。
幾度かの戦闘のおかげで、暗闇だけの現実世界だったころと同じくらいに気配を察知する能力を取り戻していた。
「やっと見つけた・・・」
洞穴の終わり。
やけに広い空間だった。
そこに出口は無く、真ん中にさみしく黒い鉱石が存在するのみだった。
ガイからもらったピッケルを使い、その鉱石を砕こうとする。
ピッケルが鉱石に触れた瞬間地面が揺らぐ。
間一髪体が反応し、思いっきり後方に飛ぶ。
地面が割れ、轟音と共に何かが現れる。
自分が知っているそれとはほど遠く違うような怪物だった。
これは・・・モグラか・・・?
全身が岩のような甲殻で覆われた4足歩行型のその怪物は、黒曜石で出来たような角を左右に振るっている。
なるほど俺が鉱石と間違えたのはやつの角だったのか。
光源もないような暗闇の中、赤い目と視線が合う。
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フェルゼンモール Lv.8 魔獣属
ミッドボス セグメール草原
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お互いに何かを感じ取ったのか。
相手はプログラムだからなんとも言えないが、空気が緊張している。
鉱石はまだ採れていない。
だが、ここにあるというのだからそれはきっとヤツの素材だろう。
表記を見れば中ボスとあるがこれは俺一人で勝てるものなのだろうか。
一応俺と同じレベルではあるのだが・・・。
「まぁいい。一度攻撃してみて行けそうなら倒そう」
ウィンドウを操作し、録画を開始しながらそう言った。
先に張り詰めた空気を壊したのは俺だった。
先制攻撃!
「フッ!」
距離が空いていたのでアクセルスレインを使い一気に詰める。
そして相手の首の下から一気に切り上げた。
肉を断つ勢いではなった一撃だったが、相手の角にガードされ強い衝撃が手に走る。
さすがに力では押し負けるな・・・。
鍔迫り合いは不利と判断し、衝撃を受けたときの反動を使い大鎌を回し遠心力で距離をとる。
だが、体制を立て直し顔を上げたときものすごい勢いで地面をえぐりながら突進してくるのが見えた。
あの角を喰らえば一撃で死ぬッ・・・
あくまで無理は禁物だ。
いったん撤退しよう。
そのような考えが少しでも伝わってしまったのだろうか、フェルゼンモールはこの広い空間の入り口を背になるようにし、実質的な密室を作り出した。
「お前・・・本当にAIかよッ・・・」
これは本格的にまずくなりそうだ。
あれから1時間近く経つが、一向に敵のゲージの色を変えることが出来ない。
しかしダメージは微々たるものであれ、着々と相手のHPを減らしてはいた。
ダメージを稼ごうと思えば、もっと稼げはした。
だがリスクを考えると攻撃を入れるのをためらってしまう。
それにこちらはまだ被弾がゼロだ。
1時間ノーダメできたのならパーフェクトも目指せる。
初めてのボス戦。
緊張はあったが、今は十分にほぐれている。
むしろ被弾を一回もしないということに前集中をおいているため、油断することが無く、最高の状態であると言って良い。
「自分の集中力との勝負になるな」
自分を信じてみよう。
30分経った後だろうか。
ゲージの色が黄色に突入し相手の行動が変化してきた。
先ほどのような突進、突き上げなどの肉弾戦とは違い、肉弾戦もありながら魔法を使ってくるというトリッキーな戦い方だ。
コイツが使う魔法というのが、地面から鋭い岩を瞬間的に隆起させるもので、かなり厄介・・・と言うわけでは無かった。
というのも魔法が発動するときは、フェルゼンモールから岩が隆起する地点まで振動が徐々に近づいてくるのだ。
俺はそれを感知するのがうまかったため、はじめは驚いたがすぐに対処することが出来た。
肉弾戦の時よりもイレギュラー的な動きが無く、魔法を使っているときに攻め込めば手数も増える。
「この形態、好きかもな」
だからといって油断は一切しませんけど。
そこから1時間経過すれば、相手のHPは赤くなっていた。
魔法が来る地点を先読みし、いつ展開されても良いようにジグザグに走りながら近づき、跳躍して回りながら遠心力を存分に使い首の甲殻が無い部分を切りつける。
その後は相手の頭の薙ぎ払いなどを避けつつ距離を開け、また魔法を誘発させる。
時には、大きい一撃では無く細かく足を切りつけたりする。
そうすることでダウンを奪うことが出来、より手数が増えるのだ。
「あと少しだな」
ダウン状態のフェルゼンモールの甲殻の隙間を縫うようにして攻撃を重ねていき、連撃の終わりに強い一撃を入れたところで、少し違和感を感じた。
甲殻がわずかにずれたような感覚があったのだ。
・・・何かが来る。
急いで距離を取りHPを見てみると本当に残りわずかだ。
ここで最後の攻撃が来るのか・・・?
黄色ゲージに突入したときには攻撃パターンが変更した。
だが赤ゲージに入ったとき、攻撃パターンは変化しなかった。
ということは最後に何かとんでもない攻撃が来るとそもそも考えてはいた。
顔を上げ、しっかりと目の前の敵を観察する。
甲殻が展開していき、花が咲いたような状態になったとき一つの答えを導き出す。
「これは飛んでくるのかッ!」
何万もの甲殻が弾丸となり飛んできたのは体が動いたのと同時だった。
俺は大鎌を大ぶりでは無く、ただ自分の周りで回すようにして甲殻の直撃を防ぐ。
だが、スピードも弾数多く、徐々に頬、腕、太ももが削られていく。
自分のHPが黄色まで削られていくのを感じる。
このボス戦で初めての被弾。
同時に最大のピンチ。
痛覚100%の設定ではこれはとても痛い。
だが、これがこの世界で生きているという証拠だ。
「こんなところでは死ねない!」
自分を奮い立たせ、まだ見ぬ景色を夢見ながら一心不乱に甲殻を打ち落とす。
最後の一つを落としきったとき、すでに満身創痍だった。
ふらつきそうになる足を必死に地面に縫い付け、最後の一撃を決める。
下段に構えた大鎌が紫の光を放ち、一歩でフェルゼンモールの首の目の前まで来ている。
最後の最後だ、踏ん張れ!
俺は、このボスの首を殺った。