第五話
昼間はパーティがいくつかいて騒がしかったこの草原の中。
闇の中で無数の星が光り輝き、太陽とはまた違った美しさを見せる空の下に俺は一人立っていた。
"一人"というのは個人的には良いものだと思う。
誰にも迷惑がかからず、自分通りに、マイペースに動けるからだ。
だがやはり、夜の中で一人というのは孤独を感じ、少し肌寒く感じる。
「デスゲーム初日の夜とはいえ、誰も居ないのか・・・」
デスゲームの宣言があった後から、さらにこの世界に興味が増した気がした。
この世界の謎、不思議、違和感。
そのすべてを解き明かしたいと思う好奇心はまさに父母譲りだろう。
俺はフッと自虐的に笑う。
もう気楽に行こう。
俺はソロなんだ。
しみじみとしてしまった心を引き締めるため、ひとまず目標を宣言する。
「とりあえずは、この草原の攻略を」
街から出る門は一つしかない。
つまり、この草原を突破すれば次の街なり何かが見えると思ったのだ。
そして叶うならば、俺が最初にその景色を見たい。
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ダークウルフ Lv.3 魔獣種
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視界が悪い中、行く手を阻んだのは、中型のオオカミだった。
昼に見た個体とは違い、目は赤く体は紫の体毛で覆われている。
そして何より気になるのは、「魔獣種」という表記である。
獣属とは何か違うのだろうか。
そこから先を考える暇も無く、オオカミは噛みつこうと突進してくる。
昼の個体より少し速いくらいで避けられないものではない。
「危ない・・・な!」
一歩斜めに踏みこみ、攻撃を避けつつ鎌を切り上げる。
綺麗な一撃が入ったようで、オオカミの体は宙に浮いたままだ。
切り刻め。
がら空きの横っ腹に∞を描くように一心不乱に獲物を振るう。
たちまち対象のうめき声はなくなり、青いポリゴンとなってあっけなく爆散した。
「この武器にも慣れてきたな」
案外、俺とあっているかもしれない。
さっきは一瞬で倒してしまってわからなかったが、どうやらオオカミの攻撃力はかなり高くなっているようだ。
「アーツの練習をこのオオカミでしよう」とふと思い立ち、噛みつきを真正面からアクセルスレインでパリィするとなかなかの反動を感じた。
昼に噛みつきを喰らったが、あのときは足を振り上げれば対処できるようなかわいいものだった。
だがきっと、夜の個体の噛みつきを喰らってしまったらひとたまりもないだろう。
明らかに強くなっているが基本的な攻撃パターンは変わらない。
むしろ二匹から一匹になっているので対処は簡単なはずだ。
オオカミとのアーツ練習をあらかた終え、この草原を見渡してみるとオオカミの他にも、見づらいが夜の空に鳥も見える。
きっと鳥も強くなっているはずだ。
俺の予想では、「昼の弱いモンスターである程度の訓練をしておき本番として夜のモンスターで経験値稼ぎをする」のがこのゲームの進め方なのだろう。
そう、夜のモンスターは強い。
いくら経験値の効率が良いと言っても死んでしまっては元も子もない。
デスゲーム初日の夜、この草原に人が居ないのは納得だった。
「さすがにッ・・・まずいッ・・・」
俺は今、全力で逃げている。
シャドウバード・・・おそらく昼に見たウィンドバードの夜の姿だろう。
こちらも鳥獣属から魔獣属になっていたのだが・・・。
突如背後から巨大な衝撃を喰らう。
転びそうになったがそれでもなお走り続け、横目で鳥の動きを見る。
さっきのは体当たりでも、くちばしや足を使った攻撃でも無い。
風圧だ。
無造作に放たれたそれは容赦なく俺の体を傷つけ、細かいかまいたちも含んでいるのか、俺の全身の肌を切り刻む。
攻撃パターンは昼と変わらないと言ったがどうやら違うらしい。
遠距離攻撃があると言うだけで戦いにくいというのにその上飛んでいる。
現状、こちらから反撃する手立てが無いので全力で逃げているというわけだ。
ポーションを死に物狂いで飲み干しながら走る。
なんとか逃げ切って帰ってきた街は、あまりにも静かで不気味に感じた。
もう深夜1:00を回っているので逆に騒がしすぎても困るのだが。
大通りの光源は街灯だけで、建物の明かりはすでに消えていた。
この街で俺だけ居場所がない。
そんな疎外感さえ覚えてしまう。
さて、これからどうするか。
今からでも宿屋は空いているだろうか。
半ば無理だと諦めつつも欠片ほどの希望を持って夜の街に消えた。
結果は分かりきっていたことだった。
空いている宿など無く、ぼーっと立ち尽くすのみだ。
「わかりきっていたことだ」と何度も呪文のように自分に言い聞かせる。
だが、ほんの少しでも希望を持っていたからかベッドで寝れないとなると辛く感じた。
さあ、本格的にどこで寝ようか。
路地裏、それとも屋根の上か?
そんなことを考えているときだった。
「おい、アンタ」
振り返れば巨漢が立っていた。
背は180センチくらいであったが、がたいが良い。
強そうだな・・・という淡泊な感想を思いついたが状況は最悪だった。
狭い路地裏、相手は巨漢。
カツアゲでもされようかという状況。
「・・・何のようです?カツアゲですか?」
努めて冷静に、余裕ぶった声色で尋ねながら少し睨んで、牽制する。
「アンタ、強いだろ」
暗がりで表情は見えなかったが「戦う気は無い」とでも言うように手をぶらぶらさせ、近づいてくるのが見える。
「空いている宿屋を教えてやるから、少し頼み事を聞いてほしい」
街灯の手前まできた男の顔には、見覚えがあった。
路地裏の路地裏の路地裏。
ごく狭いような道を何度も何度も通り見えたのは、細く奥行きがある建物の中。
その一つの部屋で俺は「ナイスガイ」と名乗る男と話していた。
「宿屋に関しては感謝する。だが、頼みって言うのはどういうものなんだ?」
「アンタは気づいちゃ居ないかも知れないが、俺は見たんだ。アンタが一人、草原でオオカミと戦っているところをさ。そこで頼みがある。アンタ、他の誰も持っていないような素材があるだろ。それで装備を作らせてほしい」
一体何を言っているんだ。
思い返せば、確かにあのとき観察したパーティのハンマー使いだ。
見られたと言うことは嘘では無いだろう。
それがなぜ俺の装備を作ろうとする。
パーティメンバーの装備を作れば良いだけでは無いか?
「・・・俺の装備を作ってくれるのはいいんだが、それがお前にとって何のメリットになるんだ?いくら何でも頼みがおかしすぎる。裏があるようにしか思えない。大体、自分のパーティの装備を作れば良いだろう」
「俺のパーティは解散した」
「は?」
それこそ言っている意味がわからない。
ゲームが始まって、何もかもこれからではないか。
苦い顔をしながらガイは語った。
「パーティの一人がデスゲームの宣言の前に死んじまったんだ。そのときはなんともなかったんだが、デスゲームと言われ、あの脳が飛び散る映像を見たらな・・・。俺は目の前で人が死ぬのを見ちまった。他のメンバーもそうだ。俺たちは、戦意喪失しちまったんだよ・・・」
俺はかける言葉が見つからなかった。
元々現実でも人と関わっては来なかった。
この世界でも、ソロを続ける限り関わる気は無い。
「戦闘は出来ねぇ・・・。だが、この世界で縮こもってるなんてことはもっと出来ねぇ! だから俺は鍛冶屋になるんだ。この世界で誰も死なせねぇような装備を、俺が作るんだ・・・!!」
戦闘が出来ないことを俺は臆病だとは思わない。
むしろこの世界で生きていけるか不安なほどに、この男は正義感に包まれている。
俺みたいな独占的な考えを持っているようなクズとは違っている。
そんな俺でも出来ることがあるならするべきではないのか。
それに俺は、どこの誰かも知らないそのメンバーの死を見ている。
・・・ならば、弔いをかねて頼みを聞くべきだ。
だが、その前に。
「一つだけ聞かせてくれ。なぜ俺に頼んだ? 草原で俺を見たにしても、掲示板で言われている有名プレイヤーに頼んだ方が確実だと思うぞ? きっと鍛冶をやるっていったら手伝ってくれるだろう」
少しの間を置き、大男は答える。
「あんたが死にそうに見えたからだ」
ああ。こいつの思いは本物だ。
こんな俺でさえ、守ろうとしてくれるのか。
「わかった。頼みを引き受ける」
ガイと別れた後、俺は一人で眠い目をこすりながら今日の反省をしていた。
今のままでは駄目だな・・・
シャドウバードに追われたこと、あれは大きい失敗だっただろう。
デスゲームになり自分を取り巻く環境が変わったことで少し興奮していたのかも知れないが、冷静さを欠きすぎていた。
冷静さを欠けば死ぬのはいつの時代、どの世界でも同じだろう。
自身が好奇心で身を滅ぼすことに関してはなんとも思っていないが、それで死んではこの世界を満喫できない。
結局は、自分が死なない範囲で好奇心を抑えないといけないのだ。
「行動をするときは、最低限計画をしよう」
これは宣言だ。
俺が死なないための。
そしてこの世界を「楽しく」解き明かすための。
ベッドの上で小さく宣言をすれば、俺は力尽きるように眠った。