第十三話
12月31日。
世は大晦日で賑やかとしているはずであるが、残念ながらここ「abyss」は現実世界とは違い殺伐としている。
俺も含めた大勢が草原を歩く。
今日はボス討伐決行の日なのだ。
デスゲームとなってから約2週間。
掲示板で見た元βテスターの情報では、β時代では半日でセグメールのボスを突破したらしい。
この世界に何体のボスが存在しているかはわからないが、俺の見つもりでは1週間にフィールドボスを1体は倒せるものだと思っていた。
だが、結果は2週間経ちフィールドボスは1体も倒せていない状況だ。
「なんか緊張してません?」
考え事をしていると隣のカザキからからかうような声がかかる。
いつもはうざったいものだが、このような状況だと少しありがたい。
感謝としてニヤニヤとした横顔を少しつねってやった。
ボスの出現場所は草原の中でも最北の開けた場所であった。
学校のグラウンドのように、草花は生えておらず凹凸のない地面。
その中央にはこの景色に似合わないような異質な雰囲気をもつ石碑がある。
遠く見渡せばその向こうには森が見え、新しい街も見える。
今すぐにでも駆け抜けていきたいところだが、そうすることは出来ない。
草原の向こうの森につながる道には結界があるのだ。
その中心にある違和感しか感じられないような石碑に触れ、ボスを討伐しなければその結界は解けない。
俺たちはその草原の目の前で作戦やパーティ編成、ボスの行動などを一通り確認する。
ボス戦の作戦では、Dizzyが石碑に触れる前に、アタッカー部隊二つがスポーンするであろう場所を囲んでおく。
残りの二つのアタッカー部隊はその後ろで待機、危なくなったら前後入れ替わるようなスイッチ体制で挑む。
後ろには指揮をとるラララ率いるヒーラー部隊と、サエコさん率いる遠距離攻撃担当の部隊が居るので多少連携がとれなくてもカバーはあるだろう。
「よお。そろそろやなぁ」
「・・・。」
「いぇーい!! 頑張るぞぉぉぉ!!!」
俺はカザキと別部隊なためすでに別れている。
今居るのはDizzyにFaker。
だけではなく、いつも通りの騒がしい二人に加えて今回はβ最強のプレイヤーと名高いオボロも加わった。
彼は一言も発さず、ずっと下を向くばかりである。
人見知りなのかとも思ったが、それも違う。
まるで生気を感じなかった。
「よ、よろしくお願いします。オボロさん」
初対面のため、敬語で挨拶をしてみたが案の定無視された。
だが、俺も不思議とイラつきはしなかった。
と、いうのも俺だけで無く、DizzyやFakerにも反応しないのだ。
ジョブが《サムライ》というのも合っていて、人斬り抜刀債のような暗さがあり、ロールプレイと言われても納得できる。
「こいつは本当に極度の人見知りでな。人と関わるのが嫌やからロールプレイとして無口、無反応でこのゲームをやっとるんや」
「なるほどな。嫌な気分はしないし、ロールプレイとして最高だと思う」
俺の予想はおおかた当たっていたため、特に驚くこともせず素直に心情を述べる。
正直に言えば意思疎通が図れているかわからないのは辛い。
だが、それを上回るような単体性能があるというのは彼の風貌や雰囲気、装備から確信している。
「今日は色々と学ばせてもらおう」
技を盗むことも大切だと思うね。
「それじゃあ、準備はいいですか?」
ラララは身長が高い問うわけではないので、必死に背伸びをして全員に目を配っている。
俺も周りを見てみると、誰も不安そうな顔は無い。
あるのは覚悟のある表情だけだった。
「行きます!」
ラララのその声と共にDizzyが石碑に触れた。
「なるほどなぁ」
はじめに感じたのは、フィールドボスにはぶっつけ本番で挑まなければならないということだった。
と言うのも、石碑に触れた途端にそこを中心として正方形型の結界が張られてしまったのだ。
大体左右奥行きが30メートル。
33人がしっかり動けるスペースは確保されているが、緊急時に逃げ出せないとなるとやはり恐ろしく感じる。
・・・あれはなんだ?
中央にある石碑には周りから多くの光が集められている。
よく観察してみればそれはポリゴンで、周りから何かを吸い取っているようにも感じられた。
俺以外の人も気づいているようで、βを体験した人間もこの状況に驚いている。
「何かが来ます!!」
どこか幻想的なその光景に数秒目を奪われていた俺たちは、ラララの声で我に返る。
それと同時に直径3メートルくらいまで膨れ上がり、まぶしい光となり破裂した。
「ギャアァォォォォウウッ!!!」
俺が今まで聞いたことのある遠吠えとはほど遠い、耳が壊れるような叫びを肌で感じる。
目を開ければ、目の前には光の中より現れた巨大な黒狼がいた。
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グランドウルフ Lv.??? 魔獣属
セグメール草原 フィールドボス
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体長は3メートルほど。
その牙はサーベルタイガーのように発達し、黒い体毛にはところどころ赤い甲殻が、尾の先には大型の鎌のようなものがついている。
・・・絶対に負けられない。
「どっちが鎌をうまく使えるか、見せてやるよ」
俺がそう呟くと、血で染まったかのようなドス黒く真っ赤な目が下を向き、こちらを認識したのか煌めいた。
グランドウルフは真正面にいるアタッカー部隊、いや、俺を標的にして噛みつきを行ってくる。
俺は避けることはせず、大鎌でその牙を受け止める。
「ッく・・・!!」
今までのボスとは桁違いのパワーだ。
お互いの武器がぶつかり合った瞬間にわかった。
これは押し負けるやつだ・・・と。
だが、今回は俺一人では無い。
横からDizzyとFakerが即座にカバーとして牙に刃を立てる。
これでもはじき返すことが出来なかったが、わずかな鍔迫り合いの隙にオボロがや他のアタッカー、遠距離攻撃部隊がダメージを与える。
「次、ヘイトがそっち向きます!」
黒狼は不利に感じたのか鍔迫り合いを止め、尻尾の鎌を使いなぎ払う。
大剣使いXepherの部隊がその鎌を止めようとするが、単純な力では勝てず、一瞬鍔迫り合いになるがすぐに弾き飛ばされた。
「ヒール!!」
ラララの一声で治癒魔法の詠唱が始まる。
この世界のヒールは即座に出来るものでは無く、MPの関係で詠唱の速さが決まる。
今はまだレベルも低いはずなので治癒詠唱には時間がかかるだろう。
「受け止めることは考えず、ひとまずは自分がダメージを受けないように専念してください!! なぎ払い攻撃は回避専念、噛みつきのタイミングでヘイトを貰ってない部隊が攻撃しましょう!! 最悪、遠距離攻撃部隊にヘイトが向かなければ、そこの火力だけで倒せます!! 自分が生き残ることを最優先に考えて!!」
ラララの指示に皆が頷く。
攻撃の手数は少なくなるが、誰も死なないように攻略するのであればゴリ押しは良くないだろう。
「下がれ!」
俺は黒狼の前足での攻撃を避けながら前のアタッカー部隊と交代し、下段に大鎌を構える。
前足や側面には甲殻が度々ある。
ダメージを多く与えようとするならその隙間を狙うような技術が必要だ。
だが大鎌使いの俺は、相手の攻撃を避けるための細かい動きは出来ても素早い相手の弱点を正確に狙うことはまだ出来ない。
・・・なら、どうするか。
俺は大鎌に紫のエフェクトを走らせ大きく一歩を踏み出し、腹の下に潜り込んだ。
尻尾による薙ぎ払いや噛みつきを、巨体で甲殻もあるのに素早い速度で出せる。
それはつまり、体が動きやすい状態でなければいけないということだ。
そうなると、
「やっぱりな」
その下腹は実に柔らかそうで、甲殻など1つも無かった。
「まさにウィークポイントだな」
俺は思いっきり切り上げて下腹を切り裂く。
手応えは十分。
筋肉質の肉をえぐり、削り取るように刃を滑らせた。
「グギィ・・・」といううめき声が聞こえたのと共に殺意を一身に感じる。
ヘイトが一身に俺に移ったか・・・。
数回の噛みつきや尻尾によるなぎ払いをなんとか躱すと、後方に飛び退きつつ回転する、いわゆる「サマーソルト」の要領で尻尾振るってくる。
この攻撃は初見だった。
「・・・ッ!?」
そのため、反応も出来ずその場に立ち呆けてしまう。
すでに尻尾は眼前にある。
これを喰らえば瀕死は確定、いや、下手したら死ぬかも知れない。
だが、その尻尾の先にある大鎌が俺に届くことは無かった。
「・・・」
オボロが完全にその斬撃をそらしていた。
俺の大鎌でさえ受け止めきれないような攻撃を、太刀使いである無口のサムライただ一人で。
後ろからその姿を見ていたが、何一つ無駄は無い、洗練された動きだった。
これは人間の動きじゃ無いな。
まねをしようとする気も起きないような美しい動きに、ただ漠然とそう思うだけだった。
「あぁ、すごいな」
今ここにいる34人はこの世界における最前線のプレイヤーだと改めて感じた。
はじめは手こずっていたなぎ払い攻撃も、避けることを念頭に置くことで被害を最小限にし、噛みつきは4人ないしできるなら3人で受け止め、その隙に攻撃。
大きな隙が見えたときには腹下を攻撃し、サマーソルトのタイミングで、カザキのチャージ魔法、及び遠距離部隊による弾幕や矢が発射され、尻尾による攻撃を防ぐ。
これだけをパターン化し、時折見せるイレギュラーな攻撃にも対応しながら指示をするラララをはじめ、それにミス無く従うここのメンバーはレベルだけで無く立ち回りがしっかりしていると思った。
いまやボスのHPはレッドゾーンに突入しようかとしている。
それほどまでに順調だった。
ただ。
ただ一つ、心配することがある。
これはおそらく、俺以外にも気づいている人間がいるのでは無いだろうか。
特にラララやDizzyは。
それはこの戦闘が順調すぎる理由、ゴリ押しだった。
動きを把握できてきてから明らかにHPを削る速度が速い。
これは自分が死ぬ恐れは無いという無意識による無茶な行動だ。
もう少し攻撃できる、あと少しダメージを入れられる、あと少し・・・。
今の戦闘スピードは、この無意識による意識が集まって出来た結果だ。
これは指摘しても直せはしない、一つの呪いのようなものだった。
・・・これが死につながらなければ良いが。
静かにそう思うばかりで、全体の雰囲気に飲まれた俺も攻撃に参加するのだった。
「代わる!」
「助かる!」
短い会話だが意思疎通は十分だ。
ゴリ押し気味で体力が減りつつある名も知らぬ兵士と完璧な連携をとり、なぎ払い後の尻尾のしなる部分、つまり甲殻の無い部分を切りつける。
「グギャオゥ・・・」
黒狼は何の抵抗も見せず弱々しくノックバックする。
俺や他のメンバーでもわかるように苦しそうな呼吸をし、足もどこかふらつかせている。
この長い攻防に一筋の光明が差した気がしたが、それは偽りの光、あまりにもできすぎでは無いかという違和感を覚える。
無論、行動パターンの変化の可能性は高い。
だが、罠では無くあの黒狼は本当に疲れているかのような息づかいをしているのだ。
周りも皆警戒している。
βの情報では、以前俺が戦った土竜"フェルゼンモール"のような地面から生えてくるような土魔法を使ってくるというものだった。
だが、俺がいくら地面に気を張っても振動する様子も無く、戦闘で削られた跡が残る地面が広がっている。
・・・削られた?
今考えてみれば色々と不思議だ。
削られたのならばその分の土は普通はどこかに堆積するはずだ。
なのにこの大地には、凹は見えても凸がない。
つまり、本来積まれるはずの土がないということになる。
ならば黒狼、もといグランドウルフの攻撃によって削られた土はどこに消えたのだろうか。
それに加えてあのグランドウルフの疲れ具合。
あれはどこかで見覚えがある。
あれは確か、ガイが金床を作ったとき・・・。
「魔力切れか!」
全てが一点につながる。
尻尾の薙ぎ払いや、俺たちが動いて舞った土は落ちてきていない。
ヤツの土魔法に利用されている。
地面からの震動は変わらず感じていない、となれば。
「みんな! 上を見ろ!!」
俺の言葉と同時に、上空から石の雨が降り注いだ。
「ハッ!」
幸い一つが一つが大きいわけでは無く、つぶての弾丸のようだったので俺は大鎌を体の前で回し、かすり傷だけで済むことが出来た。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐおッ・・・」
だが他のメンバー、特に盾を持たないアタッカーは別だ。
防ぐ手段は無く、茶色の弾丸は数多のプレイヤーの体を貫いた。
「ヒール!!」
すかさずラララの指示で治癒魔法が詠唱される。
ラララと他の男性メンバーが《ナイト》なため、ヒーラー部隊は守られたらしい。
カザキは大丈夫か・・・?
半目で後ろを見れば、カザキの部隊もダメージを受けてはいるが誰一人死んでいない。
まだ立て直せる・・・!
だが、その望みはほんの一時で過ぎ去ってしまう。
俺の真後ろでふと、何かが割れた音がした。
それは、聞こえるはずの無い音。
否、この状況で聞きたくない、信じたくない音。
それが、無数に聞こえた。
「キャアアアアアア!!」
後方部隊、ヒーラーか後方支援のどちらかわからないがおそらくそこに居るであろう女性プレイヤーが悲鳴を上げる。
それが引き金になったかのように、レイドメンバーのほぼ全員が武器を強く握りしめ、狼狽する。
この世界のプレイヤーの希望となり、初めてのフィールドボス討伐という本懐を掲げ挑んだ部隊は今や、恐怖に支配されていた。
そんな中でも、黒狼は容赦せず襲いかかってくる。
ラララからの指示はない。
が、
「みんな!動けへんやつは横に退避しとけ!! とにかく戦闘に巻き込まれんようにしろ!!」
代わりにDizzyの声が響き渡る。
「動けるヤツは頼む!!」
Dizzyの短い呼びかけに、俺、Faker、Xepher、そして後ろからカザキ、サエコさんが反応する。
オボロを含めた俺たちアタッカー部隊の5人は、後ろを振り返ることをせず眼前の敵と対峙する。
俺は尻尾での薙ぎ払いを跳躍して避ける。
まるでそれを読んでいたかのように追撃が飛んでくるが、カザキによるチャージ魔法、サエコによるエンチャント射撃によってそれは防がれる。
「よくやった!!」
俺はそう叫びながら跳躍後の落下する勢いのままに切りつける。
Dizzy達もアーツを使い削ってくれているようで、グランドウルフのHPはほんの数ドットしかない。
ここで削りきるッ!!
腹の下に単騎で突っ込み、あらん限りの斬撃をたたき込む。
ポリゴンとなり消えていった仲間達のためにも、今ここで殺すしか無い!
「ウオァァァァァァァ!!!!」
半ば狂乱しながらこの黒狼を殺すことだけを考えて大鎌を振るう。
「クレンさん!!」
カザキの声が聞こえて、やっと少し冷静になる。
周りを見て状況を確認するがDizzyたち前衛部隊はこの隙では倒しきれないと踏んだのか下がっている。
「グルルル・・・」
黒狼はおそらく最後だと悟ったのだろう。
大きくその場で暴れ、俺と距離をとり、真正面から対峙する。
俺は完全に離脱のタイミングを逃していた。
何秒かの沈黙の後、お互いに走り出す。
絶対に負けられない1対1だ。
黒狼は尻尾を左右に振り勢いをつけながら薙ぎ払いをしてくる。
予備動作でそれを見切っていた俺は、大鎌を下段に構えアクセルスレインを発動させ一気に詰める。
懐に入り込み、ウィークポイントである腹の下でわざと体制を崩すことでアクセルスレインを解除する。
そして、中段に大鎌を構え金色の輝きを纏わせる。
俺がレベル10になるまでスキルポイントを使わなかった理由がこれだ。
光属性アーツ「トライ・オレオール」。
中段に構えた鎌を振振りながら、自分もコマのように回転し、腹の下から首にかけて、2連撃を浴びせる。
首の目の前で技は解除され、空中に投げ出される。
だがこれは失敗では無い。
3連撃目は、時間差だ。
空中で俺の鎌はまた一段と輝き出す。
光という生易しいものでは無く、黄金に輝くそれを見た黒狼は怯えを見せる。
「ハァッ!!!」
重力、遠心力、そして全身全霊のアーツ。
自分が使えるものを全て使ったこの一撃は黒狼の甲殻をも砕き、その首を断った。
頭を失った黒狼グランドウルフの巨軀は、神経を失ったため断つことも出来ず、力なく地面に倒れ込む。
その体にはぴしっという音と共に無数のヒビが入り、最後にはポリゴンとなって爆散した。
俺たちを囲んでいた結界は解かれ、少しの風が吹く。
そこでようやく、この戦いを俺たちは勝利したのだと気づいたのだった。




