第一話
正直前の作品を書いていて設定に限界を感じてしまったので書き直しました。
申し訳ありません。今回こそ書き切りたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
いつから人間は、恐怖心と好奇心が紙一重になってしまったのだろうか。
「好奇心は猫をも殺す」というコトワザがあるとおり、好奇心によって突き動かされた体は危機回避の本能も忘れ自らを滅ぼしかねない。
だがなぜだろう。
それなのに人間は好奇心を抑えられない。
「押すなよ」と言われたボタンは押したいし、「危ないから行くな」と言われた場所にも行きたくなる。
遠い昔、神が住んでいると考えられていた巨大な宇宙も、恐怖や崇拝の対象から一転、好奇の目にさらされることとなり、いまや研究の対象になっている。
「・・・」
研究という訳ではないが、そんな世界で自分も何か考えを持っておきたくなった。
回転式の椅子に座り、足でくるくると左右に回転させながら考える。
想像、妄想、或いは、虚像。
こうであって欲しいという願望。
もし、この世界にあるオカルトや心霊現象、そして大昔にあったとされる神話や宇宙の神秘などが本当にあるのだとしたら・・・。
「・・・」
目を見開いて考えてはいるがその視界に色はない。
「・・・ッ!」
思考を巡らせている脳に、ヒビが入るような痛みが襲う。
「あぁ・・・クソ・・・」
毎日家でやることも無く、ただただ過ごす虚無の生活。
久々に頭を使い、なんとも哲学チックなことを考えていたことを後悔する。
回転式の椅子に座りながら感傷に浸っていた俺は自分があるトリガーを引いてしまったことを感じた。
思い出したくも無い記憶。
かき氷を口いっぱいにほおばった時のような冷たい痛みが頭に何回も何回も稲妻を走らせる。
思い出すのを拒否しようとするがなおも頭の回転は止まらず、とうとう隠された記憶の引き出しを開けた。
一面は真っ白な雪で覆われ、所々にはイグルーと呼ばれる、日本で言うかまくらのようなものがたくさん形成されている。
その光景はまるで、世界に闇など無いかと思わせるくらい白く、美しい。
「兄ちゃん、こんだけあったらどれだけの雪だるま作れるんだろうね」
推定10才程の少年が俺の方を見て純粋そうに尋ねる。
・・・俺は、
「すっごい大きいのが作れるぞ。でも兄ちゃんは雪だるまよりも東京ドームくらいのかまくらを作ってみたいな」
俺はどうやら目の前の子のお兄ちゃんらしい。
人格を乗っ取られたのか、口は勝手に動くし、脳は勝手に回る。
・・・いや、俺が乗り移ってしまったのだろうか。
「うふふ、面白いわね」
「俺はかき氷にしたいぞ」
後ろからこの兄妹の親と思わしき男女が仲慎ましく歩いていた。
母は知的な雰囲気、父はどこか好奇心旺盛だ。
アザラシを見たり、様々な動物を見た。
どれも白く自分たちに敵意を見せる事は無くのんびりとマイペースに生活している。
その姿を見て俺か俺ではないこの少年なのか、どちらかはわからないがほっこりしたのを感じた。
「なんだ・・・?」
だが、異変は急に起きた。
父が突如疑問を掲げると、前から多くの動物がこちら側に走ってくる。
さすがにまずい・・・。
そう思うことは出来ても体も口も動かすことは出来ない。
「あそこに隠れろ!!」
父が指さす先は洞窟のようで、イグルーでもあるような場所。
弟は父に抱えられ、俺は母に引っ張られながら、なんとかそこまで逃げ切ることが出来た。
「なんだ・・・これ・・・?」
俺の口からかすれた言葉が漏れる。
雪が降り始めたのだ。
最初はしんしんと降るばかりであったが、一瞬の瞬きの後、それは吹雪に早変わりしている。
俺たちがたどってきた足跡は無く視界は良くない。
いわゆるホワイトアウトだった。
「ウワォォォォォォォ!!!!!」
およそ、動物や人間が発することは出来ないであろう雄叫びがかなり近くから聞こえる。
ズシン、
ズシン、
ズシン、
その雄叫びの主である「何か」の行進は続く。
近づいてくる。
それを感じ取った俺は、膝を抱え込むようにして座り頭を底にすっぽりと入れた。
恐怖感から、見ることも、聞くことも出来なくなっていた。
・・・。
1分ほど経った後、だんだんと近づいてくる「何か」の足音はなくなる。
その代わりに、微かに父、母、弟が立つ音が聞こえた。
・・・もう大丈夫なのか?
こう思うのが俺なのか、俺が入ってしまった少年なのかは分からないが、その心情は心底安心しきっていた。
顔を上げ、家族が立ち上がり行く先を見た。
「あ・・・」
入ってきたはずの出口はなぜか無かった。
単純に暗いのではない、「闇」という言葉が似合うような暗闇に、父も母も弟も吸い寄せられていく。
俺の体は、それに着いていくことは不可能だった。
だって、それは、あまりにも・・・。
その空洞に俺以外の家族が入ってしまえば、家族とその「闇」は消え、ようやく入り口が現れた。
だが俺はこの穴から出ようとしない。
まだそこに違和感を感じていたからだ。
「お前はなんだ?」
目の前で家族が消えた。その悲しさから涙を流しながら、俺、少年は先ほどまで「闇」があった、今では入り口である場所に問いかけた。
次の瞬間俺の目に映ったものは、想像を絶するほどの邪悪に満ちていた。
・・・。
どうやら寝てしまっていたらしい。
起きると頭が重いような感じがする。
またあの頭痛か・・・と考えつつも、目が覚めてからしばらくは心臓がどくどくうるさくて、体も震えていた。
それでも1分もしないうちに体の恐怖というのか、頭の重さ、心臓のうるささは薄れていき、次第に見ていた夢の内容もすっかり忘れる。
もう少しすっきりするために精一杯の伸びを試みるが首が痛くて出来なかった。
椅子で寝てしまったときの姿勢が悪かったのだろう。
しばらくボーッとしたあと、やっとの思いで身体を持ち上げる。
慣れた手つきでカーテンを開けてみるが今日も明るい青空は俺に微笑んではくれない。
今日も今日とて闇の中。
俺、楠連18歳は祖父との2人暮らしだ。
最も、働いているのは祖父だけで俺は毎日を自分の部屋で過ごす。
要するに、引きこもりである。
だが、そうなったのにはしっかりとした理由がある。断じて言い訳ではない。
俺は失明しているのだ。
働こうにも働けず、動こうにも上手く動けず、誰かに頼らねば生きていけない俺は誰の迷惑にもならないように引きこもることに決めた。
「なぁ、蓮。じいちゃん奮発して面白いものを買ってきたんだけどな・・・」
朝食の終わり時、祖父がずっと言い出したかったであろう内容を口にした。
少し、いやかなりテンションが高い気がするが一体何だろうか。
色々と考えてはみたが、結局俺には興味がないものだと決めつける。
「これをお前にプレゼントしようと思ってな」
座っている俺でもわかるように手の上にソレをのせてくる。
ソレはヘルメットのような形のものと、長方形の箱であった。
だがヘルメットは所々から配線が伸びており、SF風に言うならば人体実験されるときに頭につけられるようなものだ。
俺は封じられていた好奇心が少し揺れ動いた気がした。
家族を失ったあの時から、勉強も運動も何もかも気力を無くし、興味を失っていた俺が唯一興味を持っているもの。
「これ・・・もしかして"バルザイ・ギア"か・・・?」
「そうだ」
《バルザイ・ギア》。
ラジオやテレビで聞いただけだが、世間に疎い俺でもわかるものだった。
世界初のフルダイブ型のマシンであり、長年研究してきた仮想現実を体験できるような夢のような機械である。
製作した会社は、驚くことに日本の無名の企業だ。
無名と言っても、"ヒダチグループ"という電気機械や鉄道、産業機械に光学機器、通信機械、ソフトウェアなどの機械に関する企業のトップであるところの傘下であることは知っているので、秘密裏に育てていた精鋭達が集う企業だと思う。
日本の他の企業を見ても、また、他の国の企業を観察してみても、このような仮想現実を生み出せるような企業はない。
さすがは世界でもトップクラスの技術力を誇るヒダチグループの傘下だろう。
ヘルメット型の本機はソレ単体でも仮想空間に入ることができ、アバターを作るという遊びが出来る。
いわゆるVRファッションというものだ。
また、《バルザイ・ギア》はゲーム機のハードの役割も果たしており、別売りで発売されているソフトチップを差し込むことでそのソフトの舞台で遊ぶことも出来る。
「・・・となるとこの長方形の箱は・・・」
バルザイ・ギアと同時に渡されたと言うことは十中八九ソフトチップだ。
俺はその二つを抱えながら少し前のめりになり、祖父に尋ねる。
「なんでこれを俺に・・・?」
バルザイ・ギアは生産が安定していないため非常に高価だ。
しかも、俺は祖父にVRに興味を持っているそぶりなど見せていない。
「じいちゃんはよくわからんが、この世界なら目が見えるかもしれないんだろう? そうしたらお前も少しは元気を取り戻すかもしれんと思ってな」
それからしばらく会話をした後、俺は自室に戻り早速使ってみることにした。
が、目が見えないので準備が出来るはずも無く、祖父にお願いすることにする。
コンセントを差し、ケーブルをつなげ、チップを入れる。
もちろん俺はベッドで横たわっているだけだがそのような音が聞こえた。
「準備できたぞ」
仰向けに寝ている俺の腹の上にポンと《バルザイ・ギア》が置かれる。
あとはこれを被り電源ボタンを長押しするだけ。
大きく深呼吸し、ヘルメット型のそれを被る。
俺の中にあるのは、祖父への感謝とあの日以来失ってしまっていた好奇心だった。
「じいちゃん、ありがとう。そして、行ってきます」
何年かぶりの感謝と笑顔、それと同時に電源ボタンを入れる。
しっかり笑えていたのだろうか。
「行ってらっしゃい。気をつけてな」
意識が飲み込まれる前に聞いたその声はとても優しく、微笑んでいるかのようだった。
そういえば何のソフトか聞くのを忘れていたな・・・と思ったが時はすでに遅く、感覚が電子の海に沈んでいく。
精神も同様に肉体から解放され別世界に解き放たれた。
完全に別世界に溶け込んだと感じた俺は、恐る恐る重いまぶたをあげ、期待と希望を込めた目を見開く。
目の前には闇が広がっていた。
見渡してみても一寸も変わらず、闇である。
これは果たして闇の中にいるだけなのだろうか、それとも見ることが出来ていないのだろうか。
そんなことを考えているとどこからか声が聞こえる。
『ログイン確認完了』
『Welcome to the deep abyss』
途端目の前が眩いくらいに光り出す。
3年ぶりに光を拝んだ目は頼りなく、あまりの眩しさに涙してしまった。
「なんだ・・・?」
映し出されたのは人型のアバター。
どうやらキャラクターメイクをするらしい。
あまりの驚きに忘れていたが目は見えるようになっていた。
うれしさはもちろんあるが、ここは闇の中にアバターが浮かぶのみだ。
あまり感動などは覚えず、キャラクターメイクに取りかかる。
175センチくらいの背にして現実でもう見れない自分の姿を想像しながら創る。
15歳の頃よりも顔が大人びて、垢が抜けているはずなので少しかっこよく創ってみる。
ゲームの中なのだから少しくらい見栄を張っても良いだろう。
アバターを作っている最中に考えていたのだが、最近テレビでニュースになっていたabyssというゲームがまさしくこれなのでは無いかと思う。
VRMMORPGとしてはじめて世に出されたこのソフトは一ヶ月前にβテストを終了し、今日からサービス開始というのを朝食前に耳にした。
いわゆるファンタジー系のゲームで異世界を自分の体で探検できるらしい。
もちろん、世間からの注目もすごかったので売り切れ続出だろう。
祖父は一体どうやって手に入れたのだろうか。
痛覚設定などの細かい設定を終え、ジョブの設定に移る。
《侍》《ウォリアー》《ウィッチ》《ナイト》《プリースト》《スミス》の六種からジョブを選択する。
《侍》はHPの伸びが低いが、高い機動力で攻撃することが出来る。武器は刀のみ。
《ウォリアー》はすべてが平均であるが大剣、片手剣、弓、斧など色々と武器を持つことが出来る。ただし盾は持つことが出来ない。
《ウィッチ》は近接戦が弱く魔法による中、遠距離が得意である。武器は杖のみ。
《ナイト》は大型の盾を持った防御型のジョブで、片手剣かランスを持つことが出来る。
《プリースト》はヒーラーで、攻撃魔法をうつことが出来ず完全な後方である。武器は杖のみ。
《スミス》は動きが遅いハンマー使いである。戦闘の他にも武器作成が可能である。
ゲーム開始からいつでもジョブを変更することが出来るとは言え、やはり悩む。
五分ほど悩んだ末に、色々と自由ができそうな《ウォリアー》を選択した。
最後に名前の選択画面に移る。
もうすでに決めていたプレイヤー名をそこに打ち込む。
《クレン》
本名である楠蓮から取った安直な名前だ。
完了をタップし、世界に色がつき始める。
この世界で俺は好奇心を取り戻すことが出来るのか。
少なくとも昨日の夜の心持ちよりも、良い気持ちを持ってこの世界に旅立っていた。