旅に出た理由 プロローグ
xの月 ▽の日
夕暮れ時に立ち寄った酒場で、一人の女性に出会った。
「となり、いいかしら」
気さくな娘だ、と私は思った。
「いいよ、別に、一人に拘るわけじゃない」
「ふーん」
彼女は席に座ると、店員に手早く注文を伝える。
「ビール、あとタコの炒めものちょーだい」
冒険者だろうか?
出で立ちから、そう推察する。
「ねぇ、このあたりで仕事を探しているのだけど、できれば日雇いで、その日のうちにお金が貰えるような」
そう話しかけられた。
話しかけられたのだとわかるのに少し時間を要したのは、彼女の問いかけが、いささか急だったからである。
「私はこの店の店員じゃあないよ、仕事の売り込みなら他でやってくれ」
彼女は、私の答えが想定していた類のものとは違ったのか、一瞬きょとんとしてから、
「ちがうちがう、えーっと、ほら、同業かと思って」
そう言って、私の荷物を指差した。
なるほど、冒険者同士の情報交換を期待しての同席であったか。
たしかに、自分の荷物を見れば、私を冒険者と思うのも頷ける。
「すまなんだ、私は冒険者ではない」
彼女は意外そうな顔をする。
「旅用の装備に、ダンジョンの入場許可札までつけてるのに?」
「旅用の装備に、ダンジョンの入場許可札までつけてるのにだ」
「ビールとタコ炒めお待ちっ! オリーブはサービスよ!」
彼女はありがとうと店員につげ、オリーブの塩漬けを口に放り込む。
「じゃ、なんのひとなのかな」
コップを両手ですくうようにしながら、彼女は私に聞いてくる。
「物語の蒐集を、趣味でやっている・・・まぁ、世捨て人のようなものさ」
「へぇ・・・面白そう」
興味を持たれたことに、少し驚いた。
「ダンジョンにも潜るの?」
「ああ、ダンジョンは・・・物語と関わることが多いからね、遺跡や祭壇なんかが出てくる話も多いし、やっぱり現地で調査すると、話の裏付けや新たな発見があって・・・」
少し気恥ずかしさを感じながらそう説明する。
実際に潜る際は護衛として冒険者を雇う事もあるのだが、今は新しい物語を探している最中だ。彼女を雇うという話にはならなかった。
「残念、タイミングが悪かったってことね」
「すまないね、お金が必要なのかい?」
「そうなのよ、旅の資金が少し心もとなくなってきて」
やれやれ、といったふうにしながら、彼女がタコをつまみつつビールを飲む。
つまみを頼むところをみると、それほど急を要しているわけでもなさそうだが・・・。
私は少し考えてから、ひとつ提案をしてみることにした。
「なら、なにかあなたが知っている物語を教えてくれないか? それに代価を支払わせてくれ」
彼女は、何か思い出そうとしているように指を動かしてから、残念そうに首をふった。
「ううん、私の知っている話はどれも有名なものだし」
「迷惑でなければ、あなた自身の話でもいい、物語ってくれるのなら」
「ものがたる・・・? ものがたる・・・なるほどね、ちょっと思い出してみようかしら」
そうして彼女は、うつらうつらと思い出し始めたのであった。