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3 勧誘

拝啓 天国の父様、母様。


 貴方達の娘は現在、鉄道反対派組織『宵の明星』に勧誘されています。


「シャーロットさん、貴方には是非ご協力いただけたらと思っています」


 お断りします、なんてつれなく断れたらどれだけよいだろう。


 ここはヴィルフォード帝国首都アレスタの中心地、セントラル地区の玄関とも言えるカーライル鉄道セントラルアレスタ駅一番線奥、二等客車専用食堂。二等客車の乗客を始め、シェフの名声につられてやってくる一般客やハリスさんと話しをしたいがために通い詰める令嬢達がひっきりなしに訪れている、


 いつも慌ただしく賑やか食堂だ。繁盛している食堂だが朝十時頃と昼二時頃の僅かな時間は客足が少なくなる。その時間に食べる賄いが労働の何よりの楽しみだった。初めての職場の人間関係は(昨日までは)円満とは言え、慣れない立ち仕事は辛い。


 まだ午前中なのにすでに足はくたくたで待ちに待った休憩時間。それなのに、私の目の前には一口しか手をつけられていないボーマンさん特製のキドニーパイが皿の上で冷たく硬くなっていた。


 そして、私の真横には思いもかけず知ってしまった鉄道反対派組織『宵の明星』を率いる支配人ヒューゴ・マーティンが座っていた。父様の墓の前で自らが鉄道反対派と分かるような会話をしていた支配人とハリスさんに会ったのは昨日の夕方のこと。


 今朝、始めて仕事をサボろうかと思ったがそんなことできるわけもなく、嫌々出勤すれば支配人は不在。ハリスさんはいつものように遅刻で拍子抜けだ。

 昨日の出来事が嘘のように食堂はいつもの時間が流れていた。仕事前にやってくる客に紅茶やコーヒーを提供したり、合間の時間に食器を洗ったり、テーブルを拭いたり。


 ようやく店内の客がまばらになったところで私はカウンターの端に座った。むさくるしい見た目に反して繊細な料理を作るシェフのボーマンさんが温め直してくれたキドニーパイを前に、期待に胸を膨らませ一口入れた瞬間、奥の倉庫兼事務所に続く扉が開いた。


 グレイヘアーの痩せた男性が顔を出す。先ほどまでフロアは客と給仕が入り乱れ騒がしかったので気づかなかったが、どうやら支配人はいつの間にか出勤して事務所で雑務を行っていたらしい。

 喉に詰まりかけたパイを無理矢理嚥下すると、ごくりと嫌な音がした。


「お疲れ様です、ボーマン、シャーロットさん」


 挨拶をする顔は昨日までと比べて特に変わりは見られない。紅茶で口の中に残るパイの残骸を流し込み、こちらも同じようにいつもの挨拶をした。


「お疲れ様です」

「私もお昼ご一緒してよいですか」

「……どうぞ」


 今までも賄いをとる際支配人と一緒にとることはあったが、今日は遠慮したい。が、断る理由が見つけられなかった私は仕方なく頷いた。


 そこから始まる怒濤の勧誘。確かに昨日『鉄道反対派を知ってもらって理解者を増やしたい』と言っていたが、こんなすぐに業務中に勧誘されるとは思ってもみなかった。

 昨晩の寺院とちがって私達の背中越しには、列車の時刻まで紅茶を飲んで暇をつぶす客もいれば、カウンターの向こう側には夜の仕込みをするボーマンさんだっている。


「大丈夫ですよ、誰も聞いておりませんので」


 根拠のない大丈夫を繰り返す支配人に私の方が身を強ばらせて周りを警戒してしまう。


「昨日、シャーロットさんの事情をお聞きしましたが、私の話もしないとフェアじゃありませんね」


 その言葉に私は縮こまっていた体を解いて、支配人の顔を見た。


 実は少し興味があった。世間を騒がす鉄道反対派はどういう人なのだろう。私のように鉄道が嫌いな人は世間に少なからずいるが、反対派として活動までするには相当な熱量が必要だ。何が彼等を突き動かしているのだろう。


「十年前、私の住んでいた地域は鉄道敷設のため集団移動を余儀なくされました」


 滑らかに話し始めた支配人はすでに何度もこの話を口にしたことがあるのだろう。


「先祖代々住んでいた土地ですが、一切の考慮はありませんでした。ある日通告を受けて、その一週間後には重機が地区の端から一軒ずつ家を壊していったのを今でも覚えています。抵抗する近所の人の怒声と悲痛な泣き声が今でもふとした瞬間に蘇ります」


 小さな好奇心を満たすために話を聞いたことを後悔した。軽く聞くにはあまりにも重たく過酷な過去だ。でも、支配人の表情は新しい備品の説明をする時と変わらず穏やかで、口元に緩く笑みを浮かべてすらいる。


「急なことでしたから、私達一家は何も用意ができず着の身着のままで放り出されて、鉄道会社が用意した、ろくに整備もされていない土地に押し込まれました。いわゆる貧民街ですね」


 貧民街。その単語に目を見張った。決して安易に近づいてはならないと幼い頃大人に口をすっぱくして言われた区画。入り口からのぞき見たそこはいつ崩れてもおかしくないあばら屋がせり出し、狭い通路の上を薄汚れた服が竿にいつまでもかけられたまま揺れていた灰と土色の街。

 大きな都市につきものの貧民街はいつの間にか無産階級が集まってできると聞いていたが、人為的に作られたものがあるなんて知らなかった。


 初めて知る事実に声がでなかった。


「おかげで生まれ育った家はもうありません」

「……それは辛いですね」


 どうにか絞り出した声は掠れていた。返した言葉は先日支配人に両親の死を話した際、彼が口にしたものと同じ。どうしようもなく巨大な力に抗えずうちのめされたら、安易な同調や慰めの言葉は役に立たないのを身を以って知っていた。

 どうしてこんなに穏やかに話せるのだろう。自分の人生を諦観しているのだろうか。私はそこまで割り切れない。じくりと胸が痛んだ。


 しかし、私の予想を否定するように低く鬱屈とした声が横から発せられた。

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