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うわさ①


「もうアプリルは飽きてきたなぁ」


 ビースター協会の真ん中壊れかけの椅子に座り、埃まみれのテーブルに置いたアプリルを服の袖で拭いて食べる。

 このシャクシャクとした瑞々しい歯ざわり。まさしくリンゴのような果実だった。とても美味しい。

 美味しいのだが、ここしばらくはアプリルしか食べていないのでいい加減飽きてきた。


 アプリル採取の仕事を行い始めてから、早十日が過ぎようとしていた。

 とっくに街の支援が切れているので、宿代を稼ぐために毎日アプリル狩りに勤しんでいる。 


 初日は不慣れなため目標に大きく届かなかったが、今では一日辺り五十個は平均的に採取してこれるまでになった。

 ここまでの道のりはそこそこ大変だった。というのも、アプリル採取だが、楽かと思えば全くそうではなかったのだ。奥が深いと言って良いだろう。

 まず、アプリルの木だが背が高く遠目からは見つけやすい。しかし、森に入ればそんなことは言っていられなくなる。


 木々や葉が邪魔をして、頭上が良く見えないのだ。

 そしてようやく見つけたアプリルの木で採れる量は二、三個ほど。

 移動と木の発見と採取の時間を考えれば、日が落ちるまでに採取できるアプリルの数は今の五十個が限界だろう。


 それに問題は他にもある。

 俺はテーブルの上に投げ出したバックパックに目をやった。その中には俺の相棒である二匹のキューブが入っている。


「はぁ」


 俺は小さくため息を漏らし、アプリルをもう一口齧った。


 相棒はラーヴァと呼ばれる、最弱のビーストらしい。木登りは得意と聞いていたんだが・・・・・・。

 俺の相棒の一匹、ツッチーはどうやら木登りが大の苦手なようなのだ。

 もう一匹のホワイティはスルスルと気を登っていくのだが、ツッチーは俺の背丈の倍ほども登ると、涙目になって帰ってくる。高所恐怖症みたいだ。その姿はとってもラブリーなんだが、生活的には痛手でしかない。


 一方で気位の高いホワイティはなかなか言う事を聞いてくれないので、時に気が乗らないと仕事をしてくれない日もある。

 一日ちゃんと稼いでやっとの事で一宿を借りれるのに、このままじゃじり貧だ。心の底から嫌だが、野宿を覚悟しておかないといけないかもしれない。世知辛いぜビースター。


「はぁぁ」


「知ってっか。ため息をつくと幸せが逃げていくんだぜ」


 もう一度大きくため息をつくと、背後から声がかかった。

 俺は声の主の方向に身体を向き直して言う。


「じゃあ、もうちょっと割の良い仕事教えてくださいよ」


「お前のビーストじゃそれが一番だよ。まあ、どうしてもっていうなら自分で依頼表を漁りな」


 バラガンは定位置のカウンターでそうのたまうと、相変わらずの悪人面でニヤケている。他人の不幸がそんなに楽しいかちくしょう。

 とはいえ、意外と良い奴のバラガンの言葉を無視する気になれなかった俺は、重い足取りで依頼表が張り付けてある壁へと向かった。

 依頼表を見ていると、一つの依頼表に目が留まった。

 

 それは農地の土壌整備の依頼。

 内容を簡単に言うと、土を耕すのがメインの仕事みたいだ。

 拘束期間は一週間で、宿と飯付き報酬銅貨十枚。

 肉体労働っぽいのが少し不安だが、内容としてはそれなりに良いのではないだろうか。


 さらに思い出すのは、ツッチーの事だ。

 彼は一度、土を操る術を見せてくれている。

 もしかして木には登れないが、土いじりは得意なのかもしれない。

 性格を考えると、サボりがちなホワイティよりも従順なツッチーの方が何倍も頼りがいがある。


 まあ、最悪出来ないなら出来ないで、土いじりなら俺がやればいい。ちゃんと働きさえすれば金はもらえるだろう。報酬的に少なくとも一週間は危機を先延ばしにできる。


 俺はそう頭の中で計算しながら、財布代わりにしている乾パンが入っていた缶詰を見る。中にはぴったり銅貨五枚。ギリギリ受注料に足りる。

 小さくガッツポーズをして、依頼表をカウンターへ持って行った。


「これ、できますか?」


 俺が出した依頼表に、バラガンは顔を顰めた。


「これか・・・・・・ラーヴァだと、あまりおすすめはできねぇぞ? 察しているかもしれねえが、こりゃただの肉体労働だ」


「いいんです。最悪、僕が頑張ります」


 そう言うと、バラガンはため息交じりの声で返した。


「そりゃ、ご苦労なこって。まあ、死ぬことはねえだろ。せいぜい頑張れよ」


 そして差し出してきた手になけなしの銅貨五枚を渡すと、依頼表に蝋を押し、俺に渡した。


「場所は街の外の農地だ。東の門を出た先だな。管理小屋と農家が仕事してるから、すぐに分かんだろ。ああ、あそこのメリーシープは人のもんだから、キューブ投げんなよ。捕まらないし、下手したらおめぇが捕まるからな」


「もちろん心得てますよ。大丈夫です」


 当たり前だ。人のものを取るのは犯罪だからな。

 心配性なバラガンに手を振ると、俺は協会を出て仕事場へと向かうのだった。


 職場へは問題なく着いたし、土壌整備の管理をしている人は穏やかで良い人だった。

 もちろん、メリーシープなんて言うビーストを捕まえるなんて事もしなかった。

 

 面白い事もなかったので結果から言おう。

  

 ツッチーの仕事ぶりだが――大成功だった。

 

 荒れた土に潜ってはそのまま土中を潜航して耕すし、出てきた土を移動させるのもお手の物だ。

 しかもツッチーは真面目な性格なのか、言われたことはきっちりやり、やり遂げた後に褒めてもらいに帰ってくる。本当にかわいいやつ。


 おかげで土壌整備は予定より早い日程で終わり、土壌整備の管理職の人にはぜひ他の現場も、と熱いラブコールまでもらえた。

 俺がツッチーを禿げそうなほど撫で繰り回したのは言うまでもない話だ。


 なんか聞いていたラーヴァの話とは全く違う特性に驚きしかないが、まあ役に立つ分は全く問題はない。

 それこそ木に登れないのなんてお釣りが出るほどの活躍だからな。


 それに俺があまりにもツッチーを褒めるからか、それを見ていたホワイティもやる気をだしてくれて、週に一回はせっつかれてアプリル狩りにも行っている。

 

 今は週四で土壌整備、週一でアプリル狩り、といったサイクルで働いている。


 アプリルの収穫の数も限界だと思っていたら、少しだけ収穫量も上がった。どうだ、とばかりに胸を張るホワイティに不覚にも萌えてしまったのは仕方がない事だろう。


 金を稼げて不安が無くなると気持ちも上向いてくる。

 貯金なんてのも出来てきたし、食べたことのなかった屋台飯デビューなんかも一人と二匹でしてあまりの美味しさに驚いたりもした。

 全てが順風満帆だった。

 この世界も悪くないな、と思う事が出来ていた。


 俺は弱いなんて言われながらも個性的でかわいいビースト達と、平和に楽しくこれからも生きていこう。

 元の世界の事は後で考えればいいや。

 そんな事を、どこまでも青い空の下、考えていた。

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