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幕間 楽しいアプリル狩り


 鬱蒼とした森の中を恐る恐る歩く。

 必要以上に後ろを気にしてしまうのは、この間の事が少しトラウマになっているのだろうか。

 木々の隙間からかろうじて見える街に少しホッと一息をつく。

 

「しかし、どうしたもんかなぁ」


 アプリルを採取しに来たのは良いもの、上空は枝が視界を遮っており、あまり見ることができない。

 つまり特徴的な背の高い木を思ったように見つけられず、俺は非常に苦戦を強いられていた。

 来る途中に見えたアプリルの木を頼りに来ているのに、なぜここまで見つからないんだ。

 くじけそうになる心を奮い立たせながら、足をひたすらに動かしてアプリルの木を探す。


 ようやく一本めのアプリルの木を見つけた時には、俺はもうヘロヘロもいいところだった。

 アプリルの木は思っていたより幹は太く、周りの木と紛れており、なおの事見つけづらかった。

 慣れない足元に早くも息が上がってしまっていた俺は、地上に出ている太い根っこの一つを背もたれにしながら一息をつく。


「しんどいなあ」


 バックパックに入れていた水筒を取り出して水を飲むと、無意識的にそんなことを呟いていた。

 ここまで説明なんて何もなくひたすら駆け足のように続いてきた展開に、少し疲れていたのは事実だ。

 そういった事もあって少しだけ心が弱くなっているのかもしれない。


 頭に思い浮かぶのは、しばらく会っていない友達の事、家族の事、それに学校の事だ。

 今頃、事件にでもなってるのかなあ。捜索隊でも組まれて探しているのだろうか。多分、絶対に見つかる事のない捜索だ。迷惑をかけて申し訳ないと思うと共に、少しだけ有名人になった気分がしてなんとなくこそばゆい気持ちだ。全く嬉しくはないけれども。


「ハンバーグ、食べたいなあ」


 大好物なのだ。

 特にデミグラスソースのかかったあっつあつの奴やつが。

 もちろん母親が作ってくれるやつも美味しいし、お店の鉄板焼きハンバーグも恋しい。

 

 そんな事に考えを巡らせていると、少し寂しさが込み上げてきた。

 汗が冷えて少し冷えた腕をさすりながら、バックパックに手を伸ばす。

 そこから赤いラインの入ったキューブを二つ取り出して、中から二匹を出す。


 出てきてすぐにツッチーは俺の足元まで来てくれた。

 そしてセンチメンタルになっている俺を見ると、首を傾げてこちらを見てきた。

 ホワイティもその後ろから警戒するようにしながら、近づいてきている。

 俺は二匹になんでもないと伝えるために微笑む。

 それが逆に良くなかったのかもしれない。

 ツッチーは心配げに俺の足にじゃれてくるし、ホワイティは何だかそっぽを向きながらもこちらを気にしている様子だ。

 

 俺は可愛い二匹の頭を撫でる(ホワイティには噛みつかれた)と、自分の気分を変えるためにあえて明るい声音で言う。


「うし。仕事するか」


 俺のその声にツッチーはやる気満々といった風にその場でくるりと回ってきゃんと鳴き、ホワイティはやる気なさげな顔でそれを見ていた。

 対極的な二匹の様子に苦笑しながら、俺は言葉を続ける。


「なんかこの上にアプリルっていう果物があるらしんだ。それを取ってきて欲しいんだけど、できるか?」


 俺が背後の大木の上を指差すと、その方向に視線を向ける二匹。

 顕著に態度に出たのは意外な事にツッチーだった。

 先ほどまでやる気満々の様子だったツッチーは急にガタガタと震えだす。


「え、ちょっとちょっと。どしたのツッチー?」


 俺は慌ててツッチーを抱き上げ、抱きしめながら言う。

 ツッチーは鼻息を荒くしながら、全身で俺に抱き着く。

 それを白けた顔で見ているホワイティ。

 これは、怯えている?


「もしかしてツッチー、怖いの?」


 俺がそう言うと、ツッチーは震えながら首をぶんぶん振って、ふぅと息を吐いた。

 そして覚悟を決めた目をしながら、俺を射抜くように見ている。

 いや、明らかに怖がってますよね? なんで強がる。


「いや、怖いなら無理しなくても・・・・・・ホワイティ、いけそう?」


 俺が窺うように聞くと、ちらりとこちらを見て、そのまま視線を興味無さげにそらした。

 いわゆるスルーやつだな。はい愛徒くん傷つきましたー。


「そ、そうかそうか」


 若干震えかけな声を抑えるように努力しながら、ツッチーを腕から降ろす。

 しかし困った。

 頼みの綱の二匹がアプリルを取ってこれないとなると、いきなり依頼を失敗しそうだぞ。

 評価の対象にならないといっても、要は評価がされないくらいの仕事という事だ。

 そのレベルの仕事ができない自分が、果たしてこれからビースター協会でやっていけるのだろうか。

 少し不安な気持ちを抱えていると、足元にいたツッチーが勢いをつけて気に向かっていった。


「ツッチー!?」


 俺が呼び止める間もなく、ツッチーは木を登っていく。

 おお! 登れるじゃないか!

 上手に身体を使いながら木を登っていく光景を見て、思わずテンションが上がっていく。

 しかしあの子・・・・・目を瞑っていないか?

 込み上げてくる不安。

 そしてその不安は全く嬉しくないことに的中してしまった。


 俺の目線が上を向くくらいの高さまで登った時、ツッチーは唐突に目を開けた。

 そして、やめとけばいいのに、下を見てしまった。


「ぴぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」


 ツッチーの絶叫が響き渡る。

 そしてそのまま回れ右をして、面に戻ったと思うと、俺の胸にダイブしてきた。

 俺はそれを少しの衝撃と共に受け止め、頭を撫でてやる。

 少し胸元が濡れる。ツッチーガチ泣き中である。


「よーしよーし。頑張ったね偉いぞツッチー。ありとうなあ」


 よーしよーし、と頭を撫で続ける。

 ため息が出そうだ。

 どうしましょう。


 俺の思考がまた迷宮入りしそうな時だった。


 やれやれ、とでも言いたげにホワイティは首を振ると、重い腰を上げて気に近づいていった。


「あ、無理しなくても――」


 俺のその声を鋭い視線で黙らせると、そのまま身体をくねらせながらスルスルと上に登っていく。

 目を瞑っているという事もない。

 ただ淡々と木を上へ上へと昇っていく。

 気が付けば見上げる位置まで登り、さらに点になるくらいまで上へ登っていった。

 そしてそのすぐ後だった。

 

 木々を突き破って何かが落ちてきた。

 俺は思わず近くに落ちてきてもいないのに飛びのくと、慌ててその何かが落ちた場所まで行く。

 

 ーーまさかホワイティが?

 

 その心配は杞憂に終わった。

 何かが落ちたその先には、緑色をした果実が割れた状態で落ちていた。

 俺がホッと息を吐くと、頭に衝撃が走る。

 後ろを振り向くと、そこには面倒くさそうな顔をしたホワイティが尻尾で器用に緑色の果実を抱えていた。

 足元を見ると、そこにも緑色の果実が落ちている。

 どうやら俺の頭への衝撃の犯人はこいつらしい。

 その文句は後でするとして、この果実がどうやらアプリルらしい。 


「おお! おお! ありとうホワイティ!」


 感極まってホワイティを抱き上げてその場でくるくると回る。

 腕に思いっきり噛みつかれた。

 まあそんなのへっちゃらだ。

 これで依頼を達成する希望が湧いてきた。


「よしよし! その調子でどんどん取ってきてくれ! いや取ってきてくださいホワイティ様!」


 俺は拝むようにしてホワイティに手を擦りあわせながら頭を下げる。

 それをじとりとした目で見ながら、残ったアプリルを俺の頭に再度ぶつけ、木から遠ざかった。


「え? すいませんホワイティ様! お願いします! 稼がないと生活が!」


 それを聞くとうるさいと言うように「きゃん」と鳴くと、そのまま森の奥へと行こうとする。


「へ? ちょっと待って! どこ行くのさ!」


 アプリルを取らないばかりか、どこかへ行くなんて!

 慌てている俺の腕からツッチーまでもが飛び出す。

 気持ちが落ち着いたのか、ツッチーも一度鳴くと、ホワイティに着いていく。

 ツッチーまで!

 慌ててアプリルをバックパックに仕舞い、キューブを持って二匹を追いかける。


 なぜ急に二匹は移動を始めたんだ?

 日が落ちるまで時間はあるが、それにしても悠長にしている時間はないのに。

 歯噛ゆい気持ちを抑えながら、二匹を追いかけていく。


 追いかけていて気付いた。

 逃げる、というわけではないみたいだ。

 二匹とも高機動に動くわけではなく、ツッチーなんかは俺が着いてきているのを時折確認しながら進んでいるからだ。

 逃げるつもりならとっくの昔に置いて行かれているだろう。

 

 ではなぜ? 


 少し折り合いがまだ悪いホワイティならまだしも、仲の良いツッチーまでもが独断先行しているのだ。

 何かしらの意図があるに違いない。


 疑問を抱えながら歩いていると、その疑問はすぐに解決された。

 それも、少し嫌な形で。


 ホワイティとツッチーが止まったのは、新しいアプリルの木の根元だった。

 俺が着いてきているのを確認したホワイティは、そのままその木に登っていく。

 ツッチーはそれを木の根元で応援するように、その場でくるくる回りながらきゃいんきゃいん言っている。


 先ほどまでいたアプリルの木から場所を変えて、新しいアプリルの木まで来た。

 それが証明する事とは一つしかないだろう。


 少し待っていると、ホワイティが器用にアプリルの実を尻尾に二個、口に一個咥えて戻ってくると、俺にその三個を投げ渡し、またどこかへと向かい進みだす。


 ――つまりアプリルの木に成るのは、せいぜい三個くらい、という事だ。


 いちいち場所を変えて新しい木から取らなければいけないらしい。

 なんと面倒くさい!

 ここには多くのアプリルの木があるのは知っているが、それにしても面倒くさいの一言だ。


 俺は引き攣る顔を抑えることもなく、二匹の後ろをついて回った。

 先行き不安なまま、俺のビースター生活はスタートした。


「大丈夫かなあ」


 俺のそんな言葉は晴れ渡る空に溶けて消えていくのだった。


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