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ビースター協会2

 太陽が中天に陣取っている。ここの太陽も元居た東京と同じように、燦燦と大地を照らしていた。


 俺は寝ぐせそのままに、部屋の窓から見える通りを見下ろした。

 相変わらず人種に関しては謎のごった煮状態ではあるが、今日も今日とて騒がしくしている。

 それを眺めながら、俺は一つ伸びをした。


 ここは昨日、ビースター協会ツアーを終わらせた後に仮宿として住まわせて頂いている宿屋だ。

 一週間分の宿代は出してもらっているみたいだが、それまでに仕事をして金を稼がなければ宿無しになってしまう。


 その為、今日は朝一番に協会に行って仕事をもらうつもりだった。

 なぜなら条件の良い仕事は早いもの勝ちと相場が決まっているのだ。

 だがしかし。


「あー・・・・・・寝過ごしたなぁ」


 俺は頭をかくと、大きく欠伸をした。

 まあまあ。仕方がないだろう。

 今日この日まで気が休むことは無かったのだ。

 メレケスの兄貴が非常に気をもんでくれていたのだが、それはそれ。これはこれだ。人間だし、疲れるもんは疲れる。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は緩慢な動作で着替えを始めた。

 俺がこの世界で持っている衣類は一着しかないので着替えに悩む心配はない。

 微妙に酸っぱさの残る冒険服に顔をしかめながら、昨日水筒に詰めさせてもらっていた水で喉を潤した。


「うし」


 行くか。

 俺は頬を張り、バックパックを背にかけて部屋を出た。


「あ、ノアさーん!」


 部屋の鍵をかけていると、通路の奥から声をかけられた。

 顔を向けると、そこには溌剌とした笑顔で手を振る少女がいた。

 この子は昨日出会ったこの宿の一人娘だ。リリちゃんという。年は俺の感覚で言えば中学生上がりたてくらいの、いわゆる看板娘というやつだ。

 とても人懐っこい性格で、接客業向きの良い子である。


「おはよう」


 ちなみに言うと、俺の名前はノアなんてキラキラネームでは断じてない。

 ご存じ、平野愛徒ひらのあいとだ。

 驚くべきことにこちらは苗字というものが存在しないらしく、ヒラノアイトと名前を全部聞くと長ったらしく聞こえるみたいなのだ。

 その為、俺が自己紹介をした時に長いと断じられ、ノアと命名された。

 メレケス兄貴も長くて呼びづらいと同じことを感じていたらしく、いいアイデアだとしきりにリリちゃんを褒めていた。兄貴がそのせいで名前を呼ぶ事を極力避けていたのもあり、俺の同意もえないまま俺のあだ名はノアに決定された。

 まあ名前なんてただの記号だ。

 そう自分に言い聞かせている。


「もう。おそようです。お昼ですからね」


 苦笑気味に言うとリリちゃんは手を振りながら俺の横を通りすぎて、奥の部屋の掃除に行ってしまった。

 ああ。なんか異世界みたいなところでも寝坊した奴にかける声は変わらないんだな、なんて感慨に耽りながら通りに出る。


 目の前を良くわからない馬のような生物に引かせた馬車が走り、その先では人間にサルを足したような方たちが何かニョロニョロとした蛇のような生き物に芸をさせて観客を沸かせていた。


 この人達についても調べたり聞いたりしてみないとなぁ。知らない間に失礼な事をしてトラブルになりかねない。

 そんな事を考えていた時だった。


 ――悲鳴。何かが壊れるような嫌な音。


 思わず音の発生源に目を向けると、そこには先ほどの馬のような生き物が恐ろしい叫び声を発しながら暴れていた。

 御者は道の隅っこで寝転がっていた。おそらく振り落とされたのだろう。何が起きたのかわからない、というような顔で馬のような生き物を見ている。


 ――怒号。


 暴れ続ける馬のような生き物を前に、芸に見入っていた人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げまどっていた。

 なおも暴れる馬のような生き物は、屋台を壊し、露店は踏みにじっていく。

 そして次は――人だった。


「こりゃやべえ!」


 通りの真ん中。逃げる人に押されるようにして倒れた親子が、今まさに暴れる馬のような生き物に踏み潰されようとしている。

 ほとんど反射のような行動だった。

 その光景を見た瞬間、駆け出していた。


 ――間に合わない。


 俺が凄惨な光景に目を閉じようとしたその時だった。


 ――衝突音。


「えらく気合の入ったバロックだな。馬刺しにして食ってやろうかコラ」


 突如現れたのは、ボサボサ髪に紅の瞳の少女だった。

 彼女の目の前では、首のない騎士が背中で馬のような生き物の足を支え、その両腕の中で親子を守っているところだった。


「そのまま蹴散らせ」


 彼女は首のない騎士にそう命令すると、首のない騎士は馬のような生き物の足を背中に乗せたまま、無理やり立ち上がった。

馬のような生き物はそのまま重力に従って、仰向けに倒れ、慌てて飛びずさる。

 それを仁王立ちして見つめる首のない騎士は、さながら歴戦の将軍そのものに見えた。

 その威容に当てられたのか、馬のような生き物は警戒をするかのように四肢に力を入れて首のない騎士を見つめている。


「オイそこで寝てるおっさん! さっさとキューブ投げろ!」


 未だに端で腰を抜かしたままでいた御者に向かい、少女は叫ぶように告げた。

 それにハッとしたようにして、御者は懐からキューブを取り出すと、馬のような生き物に対してキューブを投げた。

 キューブは馬のような生き物の臀部に当たり、淡い光を放ちながらキューブに収まった。

 訪れる静寂。

 それを破ったのは遅れて到着した衛兵だった。

 身に着けた装備をガチャガチャと鳴らしながら、数十人の衛兵が通りに入ってくる。

 少女はそれを見て一息をつくと、鋭い目で御者を射抜き、声を発した。


「オイ。ビーストも御せないのかこの三下。何やってやがる」


 それに不満そうな顔をした御者は言い訳をするように返した。


「いや、俺の操作は問題なかったはずだ。いつもは気の良いやつなんだが、突然暴れだしやがってな」


 少女はフンと鼻を鳴らすと、辺りを見回す。

 そこで慌てたような様子で荷物をまとめている芸人のところで目を止めた。

 そして、そこにいる蛇のような生き物を見つけたところで目をかっぴらいて怒鳴りだす。


「オイ衛兵コラ! そいつだ! ドネークの幼生体だ!」


 そう言うが早いか、少女は首のない騎士に指示を出し、あっという間に芸人が取り押さえられる。


「何しやがんだっ!」


「こっちのセリフだコラ! この街じゃドネークは禁制だ! クソが! 門番は何やってやがんだバカが!」


 喚く芸人に唾を吐きかけそうな勢いでそう告げると、少女の胸倉をつかんで続ける。


「さっさとキューブだせコラ!」


 芸人は仕方なくといった様子で腰に下げていたキューブを渡すと、少女はすぐさまキューブをドネークの幼生体と呼ばれた蛇のような生き物に投げた。

 蛇のような生き物がキューブに収まるのを見届けた後で、投げ捨てるようにして少女は芸人を開放した。

 その場にうずくまる芸人を慌てて衛兵が確保した。


「・・・・・・協力、感謝する」


 こちらからは表情までは窺えないが、無骨な感じの衛兵が少女にそう言った。少女はそれに軽く手を振る形で答えると、こちらに向かって歩いてきた。

 その目はなぜか非常に不満そうだ。目を細めながら、こちらを見ている。

 え。俺、何かしました?


「オイ。てめえ昨日、協会にいた奴だな」


「はい」


 威圧感満載の声に内心でビビりながらもそう返す。


「クソが。何突っ立って見てやがんだ。おめえもビースターなんだろ? なんで何もしなかった? 私よりも早くココにいたくせに、クソの役にも立たなかったなぁ」


 どうやらこの少女の視界には俺が入っていたらしい。

 それにしても随分な言い草ではないだろうか。

 こちとら謎の世界に巻き込まれたて、保護されたて、協会登録したてのニュービーの中のニュービーだぞ。もうちょっと優しくしてくれてもいいのではないだろうか。

 少しばかりムッとする感情がないわけではないが、ここは大人な対応だ。俺の心は海よりも広い。

 俺はなるべく人好きのするような笑顔になるように気をつけて、、言葉を発する。


「そんなこと言われても、俺は昨日ビースター協会に登録したばかりの新人ですし、目の前でこんなこと起きてもどうしたらいいかなんてわからないですよ。でも、早く解決してよかったです。一時はどうなるかと思いましたが、先輩のおかげですね」


 ――喉がつまった。

 目の前の少女がすごい力で胸倉を掴んできたのだと気づいたのは、その後だった。

 紅の瞳を燃え上がらせたのかと見まがうくらに目を吊り上げ、少女は鼻息荒く言う。


「どうしたらいいかわからないだ? 早く解決してよかっただ? てめえ甘ちゃんも大概にしろやコラ」


 少女はそのままギリギリと胸倉を掴んだ手に力を入れる。


「く、くるじぃ」


 訳が分からない。

 なるべく穏便に済ませようと努力したのに、なんて奴だ。

 むしろここは俺がひどい言葉を発してきたこいつに優しく返してあげた場面だったのに、どうしてこうなった。


「まだ恐怖で震えているならいい。力が足りずに届かないでもいい。それが言うに事欠いて、初めてでわかりませーんってか? でも解決してよかっただ? ふざけんじゃねえ」


 少女は鼻と鼻が触れてしまうんじゃないか、と思うくらいの距離まで顔を近づけてそう言った。

 そして少女が俺の胸襟から手を離すと、俺はせき込むにようにして呼吸をした。

 俺は突然の事でまだ頭が呆然としており、理不尽極まりないことを言われたのに思考がまとまらず少女に言い返すことができない。

 不満そうな目だけをして少女を見ると、少女はまるでゴミでも見るかのように侮蔑の瞳を俺に向けて言った。


「ケガ人が出たんだぞ。余計なケガ人が。お前、頼むから足を引っ張るなよな。覚悟がねえ奴がいても邪魔なだけだ。むしろそのまま協会を辞めてくれると私的には嬉しい」


 クソガキが、と最後にそれだけ捨て台詞のように吐き捨てて、少女は去っていった。

 理不尽。あまりにも理不尽だ。

 なんだあの態度。クソガキと言いながら、あいつも俺と同じくらいじゃないのか? 腹が立つ。

 それに初めてで分からなくても仕方ないじゃないか。まだビースターとしての仕事を始めてもないのに、なんで俺がここまで言われなくちゃいけないんだ。

 俺に何ができたっていうんだ。ホワイティにツッチーじゃあの馬のような生き物に何もできなかっただろうが。知らないくせに偉そうに語りやがって。

 それに、俺は助けようとしたぞ。救おうとした。届かなかっただけで、なんでこんな言われようをしないといけないんだ。

 ああ。腹が立つ。頭が沸騰しそうだ。

 その時、俺は視界の先に、俺が助け損ない、少女が助けきった親子が映った。

 衛兵に肩を支えられながら、涙を流して互いの無事を喜んでいる。

 俺はその光景に心の底から安堵を覚えるとともに、何かがチクリと胸に刺さったような、そんな感覚を抱いていた。


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