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ビースター協会1

「うわぁ」


 そんな声が漏れてしまうのも無理はないだろう。

 俺の目の前に広がったのはため息が漏れ出ても仕方がないほどの光景だった。


 薄暗い室内に、穴の開いた天井から光が差している。それが巻き上がった埃を照らして、掃除の行き届いていないことを猛烈にアピールしていた。

 更に、簡素な丸テーブルに明らかに数の合ってない椅子。部屋の隅には割れた酒瓶がそのまま放置されていた。

 

 ――廃墟か?

 

 これが俺の素直な感想だった。

 引き攣った顔をメレクス兄貴に向けると、ニコリと笑って部屋の隅に視線を向けた。

 つられてそちらを見ると、そこにはクマのように大きな髭面の男がカウンターの向こう側で暇を持て余していた。

 指でトントンとリズムを取りながらこちらを威圧的に見ている。

 あ、これ関わっちゃいけないタイプの人だ。


「帰っていいですか?」


「ここまで来てダメに決まってるじゃないか。さ、行くよ」


 メレクス兄貴に急かされて仕方なくクマおっさんがいるカウンターに向かうと、おっさんは強面に髭面という最強タッグに加えもう悪役しか出来ないような凶悪なニヤケ顔で出迎えてくれた。


「やっぱり帰っていいですか?」


「さっきから何言ってんだこの兄ちゃん?」


 見た目に似合った重厚な声音で突っ込みを入れる髭面クマおっさんだが、あなたが怖いから帰りたいなんて言えない。怖いから。怖いから帰りたいのに怖いから言えないなんてとんでもないパラドックスだぜ。兄貴の宿直小屋に帰りたい。


「ダメって言ってるでしょ。バラガンさん、この方が例の」


「ああ。聞いてる。登録はもうもらったデータでやってるから確認だけ頼む」


 そう言ってバラガンさんこと髭面クマおっさんはカウンターに鈍色に光るプレートを投げる。

 それをメレクス兄貴は受けとると、プレートの表裏と確認し俺に渡した。


「書いてあることに間違いがないかい?」


 そう言われたのでプレートを見ると、驚くべきことにそこには日本語が彫り込まれていた。

 名前部分はカタカナでヒラノアイトと俺の名前が彫られており、それ以外は漢字、ひらがなと日本語のオンパレードだ。


「日本語・・・・・・?」


 おかしい。ここはもうどう考えても異世界的なサムシングかと思っていたんけど、日本語出てきちゃったよ。え? まさかのドッキリって線あるの? いやぁ、それ無理あるだろ。


「どうしたんだい?」


「へ? あ、ああいや。なんでもないんです。間違いとか全然ありませんでした」


 心配そうにメレクス兄貴が見てきたので、安心させるように笑顔でそう返す。


 本音を言えばめちゃくちゃ気になるのですぐに兄貴に確認したいが今は我慢だ。先にビースター登録とやらを済ませなければ。


 書いてあった内容は、簡単に言えばプロフィールだった。名前とか年齢とか、犯罪歴とかも書いてあったな。

 名前などは兄貴に直接伝えたから分かるけど、犯罪歴はどこで調べられたか分からないな。怪しいのは水晶か。多分そうだろ。

 それより一番気になるのはプレートの一番上に書いてある文字だ。


「第十種登録。これってなんのことですか?」


「ああビースターランクの事だね。一言でまとめるとレベルみたいなものかな。ビースターはたくさんいるからね。管理するために実績毎にレベル分けしてまとめているんだ」


「おいおい。俺の仕事を取っちまうつもりか?」


 柄悪く割り込んできたバラガンに兄貴は「そんなつもりはないですよ」と気を遣ったような笑みをして返す。

 それに満足したように「バラガンだ」と簡単すぎる自己紹介をした後に続きを話す。


「ランクは仕事の数と客の評価とこっちの評価で相対的に出す。今のお前さんは実績の無いニュービーもいいところだからな。底も底だ。お前のこれからやることを簡単に言ってやる。さっさと働け。仕事をこなしてランクが上がりゃ、専門的なうまい仕事も回してやれるし、待遇も良くなる。だから真面目に働いてさっさと上にあがれ。そういうこった」


 割り込んだくせに雑な説明をする奴だ。

 バラガンの顔にビビりながらも、俺は質問をする。


「仕事って言ってもどうすれば?」


 バラガンは俺の背後を顎でしゃくる。

 その方向を見ると、入り口横の壁にたくさんの紙が張り付けられていた。

 大きさ的に大学ノートくらいのサイズだろうか。遠目でよく見えないが。文字や絵がついているようだ。


「あそこの依頼書を見て出来そうなものを俺んところにもってこい。依頼の担保金は報奨金の半額だ。期限内に出来たら書かれている報奨金をやるし依頼料も返してやる。出来なかったら担保金は頂いた上でゲームオーバー。簡単だろ?」


 ゲームみたいなシステムだな。第一印象はそれだ。


「依頼達成の証明はどうすればいいんですか?」


「それも依頼書に書いてある。ほかの特記事項に関してもそうだ。だから依頼書は良く読めよ。命に係わるぞ」


 俺は思わず依頼書を見つめてしまう。命、か。もし俺がいた山の中に行ったりする依頼などであれば、確かに笑える話じゃない。

 俺がしばらく黙っていると、バラガンは思い出すようにして言った。


「ああ。もし依頼料も払えねえくらい金がねえなら依頼書に常用って書いてあるやつを持ってこい。それは一年中出してる依頼だからな。担保金もいらねえ。ただし査定対象の依頼にもならねえ。おっと、常用もそれ以外の依頼書も絶対に俺に持ってこいよ。俺がサインしねえといくら依頼を片付けたって金は出さねえからな」


 そう言うバラガンを見ると、既に椅子の背もたれに身を預けてくつろいでいた。

 どうやらこれ以上の問答はしたくないらしい。

 つまらなそうな顔でこちらを見ている。


「わかりました。ありがとうございます」


 空気を読める日本人代表の俺は即座に察して、締めの言葉を告げる


「おう。物分かりの良い奴は嫌いじゃねえぜ。あと勝手に街中でビーストを出すなよ。許可がでてねえと犯罪だ。気ぃつけろ」


 バラガンは満足そうに笑みを浮かべると、黄色く汚い歯を見せながらニヤリと笑ってひらひらとやる気なさげに手を振った。

 それに恐縮するように頭を下げると、俺は兄貴に視線をやる。

 困ったような笑顔をしながらも兄貴は踵を返し、ギルドの入口へ向かう。

 俺はそれについていこうと、プレートをポケットにつっこみ足を入口に向けた時だった。


 ――轟音。


 唐突だった。入口の扉があげちゃいけない音を出しながら弾け飛んだ。

 あまりの事に目を閉じて両手を顔の前に出すと、パラパラと木片が身体中にぶち当たる。

 しばらくして木片の暴威が収まったので恐る恐る目を開くと、そこには無残に砕け散った扉があり、向こう側に人影が見えた。


 薄暗い店内から見ているからか、逆光になりよく見えない。

 目を凝らす。だんだん目が慣れてきて、人物のシルエットがおぼろげながら浮かんできた。

 特徴を上げるとするのなら、長く伸びたぼさぼさの髪だろうか。

 いや、それ以上にらんらんと輝く意志の強そうな瞳だろう。

 燃え盛る焔を思い起こさせるような、紅の瞳をした少女だった。


「くそジジイ。表出ろやコラ。何がポッコの捕獲だコラ。知ってたんだろこの狸ジジイ。くそコラ」


 あらやだ。この子すっごくお口が悪い。

 口ぶりから察するに酷い依頼に当たったのだろうか。よく見れば服は泥だらけだし、バックパックに草が挟まっている。

 その横にちょこんといるのは、四つん這いのでかくて赤いウーパールーパーだった。

 こいつも「しゃー」とか言いながら、心なしか怒っているような顔をしている。かわいい。


「あー。で、仕事は?」


 いつの間にか隣まで来ていたバラガンがそう言った。

 彼は悪びれもせずに面倒くさそうな顔をしながら、自分の顎髭を撫でている。

 紅の瞳の少女はポケットからキューブを取り出すと、バラガンに放り投げる。

 それをキャッチしたバラガンはキューブからビーストを呼び出した。


「きゅーん」


 きゃわいい。

 媚びるような声を出して現れたのは、狸をデフォルメしたような姿をしたビーストだった。

 丸っこい見た目に、真ん丸の耳。それに鳴き声はきゅーんだ。きゅーん。きゃわいすぎる。


 うるうるとした瞳でバラガンを見つめる真ん丸狸を今すぐにお持ち帰りしたい気分になっていたのだが、俺の願いは叶わなかった。

 バラガンは愛くるしいその姿を確認すると、すぐに丸狸をキューブに戻した。

 俺に小さく「室内だから問題なしだ」と言い訳がましく言ってきた。

 ああ、さっきの説明からものの一分でビースト出したからな。お巡りさんこいつです。

 俺の視線から逃げるようにしてバラガンはカウンターへと戻っていく。


「オーケーだ。扉代は依頼から差っ引いとくからな」


「てめえコラ! まだ話終わってねえぞコラ! 依頼料上げろコラ!」


 肩を怒らせながらギルド内に入ってきた少女は一瞬チラリとこちらを見ると、いぶかしげに目を細めた。


「あーん?」


「すいませんすいませんすいませんすいません」


「何謝ってんだコラ」


 絡まれたくないから先に謝罪したのに。謝罪しても喧嘩売られたよ。やっぱり不良って怖いわ。

 俺が何も言わないでいると、少女は俺に興味を無くしたのか、カウンターに向かっていった。


「行こうか」


 涼しい顔をした兄貴に言われ、俺は頷く。

 俺のビースター生活は先行き不安のままスタートしたのだった。

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