まち2
優しく吹く風が青々としげる草原を駆け抜けた。
それに反応して、足首ほどまで生えた草花が嬉しそうに体を傾けている。
街につくまでは全く余裕がなかったから考えもしなかったが、ここは本当に自然が多いな。
大都会トーキョーで生きてきた俺はこんな光景、遠足くらいでしか見たことがない。
「この辺でいいかな」
しみじみと自然を堪能していると、この美しい自然が非常に似合う爽やかで優しい笑顔のメレクス兄貴が振り返って言った。
ここは街からさほど離れていない場所だ。しかし、周りはだだっ広い草原が広がるだけで、人の気配も謎生物の気配もない。
俺は安心して門番兄貴に頷きを返した。
そして背負っていたバックパックから赤い線の入ったキューブを取り出すと、それを見つめる。
門番兄貴はどこか期待するような目つきでこちらを見つめてきていた。
「えーっと、どうするんですか? これ?」
「それも分からないんだね」
門番兄貴は少し驚きを含んだ声でそう言った後、続ける。
「魔力を流して投げるだけだよ」
「すいません・・・・・・魔力ってなんですか?」
「それもかい!? 君は森でバクムにでも出会ってしまったのかもね」
今度は本当に驚いたようにのけぞり、そんな事を言う。
バクムってなに? 兄貴、こちらをノムリッシュばりに置いてけぼりにするのはやめてください。
でも魔力と来たか。
魔力といえば、魔法。
もしかして魔法使えたりするんですか? 心が躍ります。
「うーん。魔力の使い方といっても、幼い頃に教わるものだからなぁ・・・・・・ごめんね。子供にするようで申し訳ないけど、少し手を借りてもいいかな?」
はい、という間もなく、兄貴に手を握られる。
手から何か温かい物が流れ込んできて、何か身体がポカポカしている気がする。
「何か感じるかい?」
「はい・・・・・・あったかいです」
「そうか。そしたら、そのあったかいのが全身に回るようにイメージしてごらん」
俺は言われたままにする。ああっ! 兄貴のあったかいのが全身に! ・・・・・・我ながらだいぶキモいな。真面目にやろう。
しかしイメージはうまくいった。
手のひらから伝わった熱は心臓を伝い、全身に血流のように巡りだす。
巡れば巡る程、体は熱くなっていった。ついには額から汗が散るほどに。
「よし。そしたら君の身体の熱をキューブに移すようにイメージして、十分熱が伝わったと思ったら、投げてみてくれるかな」
「はいっ!」
俺はキューブを握りしめ、キューブが体の一部になり、そこに熱が溜まっていくように意識した。
次第にキューブは熱を帯びていき、体の熱が移ったと思った瞬間、俺はキューブを真上に放り投げた。
キューブが雲一つない晴天に進んでいく。俺がそれを眺めていると、変化が訪れた。
キューブは正方形から長方形に伸び、淡く光を放つ。
そして光と共に中から芋虫蛇君二号が出て地面に降りたった。
芋虫蛇くん二号は突然の事に驚いたのかきょろきょろと辺りを見渡したが、俺を見つけると嬉しそうに近づいてきた。
そのまま足元まで来ると、俺の足に頭をこすりつけながらじゃれてくる。くぅーんくぅーんだって。かわいい。
「・・・・・・それが、君のビーストなんだね」
兄貴は口元に手をやりながら、俺に言う。
「あ、そうです。おかげで無事に出せました。ただもう一匹いるんで」
そう言って俺はもう一つの赤い線の入ったキューブをバックパックから取り出した。
「そうかい。そしたら、今度は一人でやってごらん。いいかい、大事なのはイメージだ。イメージをしっかりするんだよ」
俺は言われた通りさっきと同じ状態を一人でイメージする。
心臓から流れ出た血液が全身をめぐるように、全身を一本の線が繋いでその中を熱いものが通るように。
熱いものは巡る。巡りに巡り、力になる。
体の熱を感じながら、俺はキューブに力を移していく。
そしてキューブを目の前に放った。
先ほどと同じように機械的に長方形に変化をすると、中から元祖芋虫蛇君が爆誕した。
華麗に地面に着地を決めると、俺に向かって口を向け、口腔を赤くさせ始めた。
「いきなりですか!」
俺は脱兎の勢いで逃げようとするが、何かに首根っこを掴まれて止められた。兄貴だ。
慌ててメレクス兄貴を見る俺を横目に、兄貴は黙って芋虫蛇くんを指差す。
芋虫蛇君は口を閉じ、不満そうな顔をしながらも芋虫蛇君二号のところへ進んでいるところだった。・・・・・・なんだ。脅されただけか。
元祖芋虫蛇君の好感度の低さにショックを受けていると、芋虫蛇君たちを興味深そうに見ていた兄貴が呟く。
「ラーヴァか」
何か考えるようなその物言いに俺は思わず疑問を投げる。
「ラーヴァですか?」
「ああ。ラーヴァだね。最弱のビーストと言われているけど、二匹も連れているんだね。彼らは森の妖精なんて言われてる。木登りが得意なビーストだね」
最弱・・・・・・最弱!? あれで!?
思い浮かぶは俺と芋虫蛇君たちとの死闘の情景。
飛び交う火球に倒れ去る木。
あれで最弱!? この世界パワーのインフレが過ぎませんか!?
俺が信じられない事実に驚愕している間も、兄貴は話を進める。
「この子たちの名前は?」
名前。そう言えば気にしてすらなかったな。元祖と二号で呼び分けていたから。
「元祖芋虫蛇君と芋虫蛇君二号です」
「それは・・・・・・あんまりじゃないかな。ちゃんと考えてあげてもいいんじゃないかい?」
困ったように笑うメレクス兄貴を見て、俺もそれもそうだ、と考え始める。
いや確かに芋虫蛇なんてただのあだ名みたいなもんだからな。
ビースターとしたやっていくならしっかりと名前をつけないと。
俺は元祖芋虫蛇君と芋虫蛇君二号を見る。
彼ら二匹はなんか絡まりながらじゃれあっている。何その遊び。
まあいい。今は名前だ。
形的にはあまり違いがない二匹だが、その体色には明確に違いがある。
今までそれで見分けてきたのだ。
白いのが元祖で土色が二号。
さて。どうしたものか。
うんうん唸りながら見ていたのを気にしたのか、二匹はじゃれるのをやめて近づいてきた。
二匹がちょこんと並んでこちらを見上げている。かわいい。
よし。
「ロッシーとツッチーで」
白と土からだ。語呂もいいしこれでええやろ。
――轟。
顔の横を何か巨大な質量が通り過ぎていった。
側頭部のヘアーがちりちりと嫌な音をさせている。
見れば口を大きく開けた姿勢で額に青筋を立てながら煙を吐く元祖君に、それを慌てて止めようとしている二号君がいた。
「なんだ不満か! 何が不満だ! お前にはふさわ――はいすいません考え直すので許してくださぁぁい!」
またも口の奥が赤くなってきたのを見て、即座に謝罪を決め、名前の再考に入る。
何が不満だったのか。
「あ、そうだ。元祖君ってオス?」
――轟轟。
足元が爆発するように弾けた。
俺は背後に飛び上がって回避すると、そのまま無様に倒れこんだ。飛び散った土が体にかかる。戦場かここは!
「申し訳ありまっせーん! 元祖お嬢様! すぐにお名前を再考いたしますのでお許しください!」
興奮したかのようにふーふー息を荒げる元祖ちゃんを二号君は身体を絡ませて止めている。
いつの間にか離れた位置で様子を見守っていた兄貴に視線を向けると、サムズアップをしながらの笑顔を返された。
援軍は期待できなさそうだ。てかこの惨事に余裕すぎません?
俺は普段使わない頭をフル回転させ、必死に名前を考える。キラキラしすぎず、かつ地味でもなく、無難なやつ! 舞い降りろインスピレーション!
「ホワイティなどはいかがでしょうか? お嬢様」
恐る恐るといった形で元祖ちゃんを見る。
非常に不満そうな顔をしているが、即火球レベルではなさそうだ。よし! 無難なのはもうなさそうだし、めんどいし、これで畳みかけて決めるぞ!
「その白く美しい御身から発想を得ました。貴方様は美しいお方だ。語らずともにじみ出る気品。ああ、そのような方に飾った名前など必要ありましょうか。いや、ない。御身を輝かせるのはむしろシンプル。悪く言えばいっそ地味である方がむしろ貴方様をより引き立たせるものと心得ております。しかしシンプルが過ぎては芸がない。ゆえに少しのかわいらしさをのぞかせる結びにて御身の可憐さも表そうとした次第でございます。既に完成された美しい貴方様にしてみれば名前などという余計な装飾こそ無駄の一言と切って捨てられるものかも知れませぬが無知蒙昧な私は御身を称するさいに常に敬意を孕んだ呼びかけをしたい。そう思うのでございます。ゆえにホワイティ、と。はい。そう愚考させて頂いたのでございます。はい」
非常に胡散臭そうな目で見てきたホワイティちゃんだが、俺の必死の説得が功を奏したのか、それ以上火球祭りを開催することはなく、大人しくなった。
俺は顔についた泥をぬぐい一息つくと、二号君に向き直る。
「お前はどうしようかなあ」
土色をした芋虫蛇君二号に向き合い、そう語りかける。
すると、二号君は身体を精いっぱい伸ばして何かのアピールを始めた。
「え、なに? あ、そうだもしかして君も女の子?」
ふるふる、と二号君は顔を振る。あ、男の子なのね。
そしてなおも身体を精一杯伸ばしてアピールをする。
「え、だからどうしたのよ。うーん名前どうしようかなあ」
そう呟くと、その状態から二号くんは首を横に振って、体を伸ばし続ける。
「え、考えなくていい? あ、もしかしてツッチーでいいの?」
二号君改めツッチーは大きく頷き、満足そうにその場でくるくる回る。
「お前はいい子だなあ。でもせっかくだし、ちゃんと名前考えるぞ?」
そう言ってツッチーを抱っこして目の前まで持ち上げると、ツッチーは頭を横に振って、するすると俺の首に巻き付いて甘え始める。そして俺に熱い視線を投げてくる。
こいつ、めちゃくちゃかわいいな。そしていい子だ。
頭をよしよししていると、手を叩きながら兄貴が近寄ってきた。
「いやあ、面白いものを見せてもらったよ。随分、感情豊かなビースト達だね」
「兄貴・・・・・・見てないで助けてくださいよ」
こちとらまた死の恐怖を味わってしまったんだぞ。
「いやあ、ごめんごめん。仲良くしている中に割り込むのもどうかと思ってね。お詫びに僕のビーストも紹介するよ」
メレクス兄貴がキューブをポンと放ると、そこから大きなヤクのようなビーストが飛び出てきた。
感想は一言だ。デカい。
俺の身体二倍はありそうな体高に、体毛に覆われた頭上からは天に向かって立派な角が二本伸びている。黒い体毛に沈んだ目はこちらからは窺えず、山のような立派な体型にはどっしりとした安定感があった。
威圧感満載のビーストに俺のかわいいビーストちゃん達は二匹よりそって俺の背後に隠れている。
ホワイティ、威嚇するなら俺の前でやりなさい。
「これは、すごいですね」
圧倒された俺は素直な感想を兄貴に言う。
その感想に満足げに頷くと、兄貴はキューブを拾い上げ、ビーストの身体に押し当てた。
キューブはまた長方形になり、内部の球のようなものが当たると、ビーストは光を発しながらキューブに収まった。
「彼はドーンって言うんだ。僕の頼りになる相棒さ。ほら、君も戻して」
兄貴は俺のキューブも拾い上げると、それを俺に渡してくれた。
俺はそれを見様見真似でそれぞれに当てると、二匹ともキューブに戻った。
兄貴はそれを見て頷くと、俺にこう告げた。
「よし。それじゃビーストも確認させてもらったし、次に行こうか」
「次、ですか?」
俺が尋ねると、兄貴は相変わらずの笑顔で答えた。
「そう次さ。お待たせしたね。ビースター協会だよ」