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まち1

 街と町との違い。この事について疑問を覚えた人はそこそこ多いのではないだろうか。だって読み方は同じなのに漢字は違う。どういうことよ、ってなる方が普通だろう。

 凡人の俺もその例に漏れず気になって、ふとスマホで調べたことがある。それによると、街は町と違って商店が立ち並ぶ様もニュアンスに追加しているらしい。思わず、へー、となった。俺の数少ない豆知識の一つだ。


 それで言えば、ここは正しく『街』だった。


 俺は街の中心に位置する大きな噴水の前に座り込んで、ボケーっと街並みを眺めている。


 喧噪に満ちた活気のあふれる通りに、隙間もなく並ぶ露店。そこに並ぶ色鮮やかな果実に、食欲そそる匂いを立ち昇らせる屋台。


 特に目を引くのは、俺の見たこともない人たちだ。

 石畳を踏みしめながら歩く、多種多様な人種。

 肌の色なんてそんなの些細すぎる違いで、ある人は頭から獣の耳を生やしていたり、体がウロコに覆われていたり、耳が異様に長い小人だったりする。


 とにかく今まで生きてきた中で見てきたこともない人たちが、それはそれは普通に行動していた。

 

 お行儀は悪いが、少しだけ耳を澄ませてみる。

 聞こえてくるのは、商品が高すぎるから値引けだの、この果物がおいしいのよぉなんて世間話に始まり、相棒がいなくなってしまったとかいう何とも悲しい話もあった。


 平和そのものの街。そう。この素敵な街は、俺があのくそったれな山道をカンで歩いてやっとの思いでたどりついた街だ。

 本当に・・・・・・・本当に大変な道のりだった。

 

 たどり着いた時はもうホッとしたどころの話じゃない。満身創痍もいいところの状態でだったし、なんなら死んで天国にでも来たのかと思ったね。


 あの日の事は鮮明に思い出せる。

 天国なわけないのは一瞬で理解したし、森を抜け、遠目にこの街が目に入った瞬間、どこにそんな体力残ってたんだって勢いで俺は駆けだした。


 今思えば結構恥ずかしいことをしてしまった。

 なにせ街の門の前にたどりついた時は門番さんがドン引きと警戒心を丸出しにしながら『な、何者だ!』なんて言ってたのに、もう嬉しさと興奮が抑えられなくて、その人の目の前で大号泣始めたからね。 


 だって本当に死ぬかと思ってたし、腹は減ってしょうがないし、変な生き物はちょこちょこ見かけるし、その度に全力ダッシュするから木の枝やらに擦って服はボロボロだし、身体中の筋肉は慣れない運動に悲鳴通りこして絶叫しているし、まとめると最悪中の最悪のコンディションだった。

 

 それでも俺にとっての最高は、門番の人が良い人だったって事だ。


 状況から察してくれたんだろう。

 泣きわめく俺に優しく語りかけてくれた。

 軽い問答となんか水晶みたいなのに手をかざした後、取り調べもそこそこに門番の待機所みたいなところで水と飯まで出してくれた。

 さらに有難い事に、その日はそこに泊めてくれた。木に藁を敷いてその上にシーツをかけただけの簡易なベッドだったが、俺は人生最高の眠りをしたと自負している。


 しかも俺にベッドを貸したからその門番さんはその日は床で寝たのだ。

 良い人通り越して本物の聖人なんじゃないかと疑ったね。


「やあ。お待たせ」


 これまでの事を考えていたところ、頭上から影が差した。

 そこに顔を向けると、柔和な笑みを浮かべた聖人こと門番さん――メレクスが立っていた。

 金髪碧眼のザ美青年だ。彼がきただけで俺の周りの空気が三割くらい爽やかになった気がする。


「いえ、全然です! お勤め、ご苦労様です!」


「ん? なんだいそれ。おかしいね」


 くつくつと笑う門番さんに俺も思わず笑みを返す。

 しまった。思わず極道風お出迎えをしてしまった。もう心が完全にこの人の舎弟ですわ。兄貴、一生ついていきます。


「それで君の処遇なんだけど、君はビースターで良いんだよね?」


「ビースター?」


「ああ、そこも忘れてしまったのかい? そうだねえ・・・・・・簡単に言えば、魔獣と協力して働くなんでも屋さんの事かな。君もほら、芋虫蛇だっけ? それを捕まえたって言っていたろ? だから、ビースターなのかなと思ってね」


 ちなみに、門番さんには正直に自分がベッドで寝ていたらなぜか森の中にいたということも、そこで芋虫蛇くんたちに襲われたことも、そこからの展開もすべて話している。


 どう考えても不審者扱いされるとは思っていたが、もう嘘をつく気力もそれを隠し通すほどの余力もなさそうだから、洗いざらい真実を告げたのだ。

 しかしこの聖人はどうも遭難のショックで記憶がぶっとんでいると勘違いしてくれたらしい。

 辛かったですねえ。後は任せてください。なんて言いながら、色々教えてくれたし、今日も上司と俺の処遇について話をしてきてくれたみたいだ。頭が上がらないねほんと。


「記憶を失っていて不安だと思うけど、このままだと生活が大変だと思うからね。ビースター協会で仕事を受けてられるようサポートするって事になったよ」


 ビースター協会? またまた謎な単語が出てきた。

 俺がハテナな顔をしていると、門番さんはそれに気づいたように付け加えた。


「ああ、ビースター協会はビースターをまとめているところだよ。仕事の仲介なんてのを主にしているんだ。格付けみたいな事もやってる。お役所みたいなもんだね」

 

 なるほど。ファンタジー界でいうギルド的なポジショニングのところなわけですね。

 納得したように俺がうなずくと、さらに門番さんは申し訳なさそうな顔で言った。


「案内は僕が責任を持ってしよう。宿に関しても一週間は住めるように手配をした。だから、一週間後までに何とか仕事を安定させてほしい。記憶喪失で大変なのに、大した支援が出来なくて本当に申し訳ないね」


「いえいえ! 全く問題ないです!」


 逆に手厚すぎて申し訳ないくらいだ。。

 仕事の斡旋にさらに宿までつけてくれるなんて、サービス精神旺盛としか言いようがない。  

 メレクス兄貴はまた穏やかな笑みを浮かべると、一言「良かった」とつぶやいた。


「それじゃさっそく協会に、と言いたいところなんだけど準備に少し時間を取るみたいだし・・・・・・そうだ。よかったら、君のビーストを見せてもらって良いかな?」


「はい! もちろん! でも、え? 僕のえっと、ビースト? でしたっけ。それを見せるんですか?」


 俺の疑問の声にメレクス兄貴は嫌な顔一つせず、俺の目の前に一つのキューブを見せてきた。

 赤いラインの入った黒いキューブ。

 これは――


「うん。僕はビースターでもあるからさ。良かったら協会に行く前に少しでも協力できたらと思ってね」


 そう言ってメレクス兄貴はニコリとほほ笑んだ。


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