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「カオヲツナグ」

作者: 真中アラタ

 


「カオヲツナグ」




 人 物


 及川繋つなぐ(22)大学生

 元高校球児補欠ピッチャー   

 主将


 黒木和也(22)繋の高校の友人

 元野球部外野 

 独立球団笹野フェニックス

 の4番打者


 本宮義人(22)繋の高校の友人

  元野球部内野手

 役者


 里崎太(22)繋の高校時代に友人

 元野球部キャッチャー


 笹野明(35)Bar『ライジングサン』

 オーナー


 田中(69)田中医院の医院長


 山野由実(22)看護学生

 元マネージャー


 大川成美(27)田中医院の看護士













 ○田中医院•全景(朝)

 住宅街にある小さな医院。

 屋根の所にツバメの巣がある。

 親ツバメが子ツバメに餌を運んで来る。

 ドアに『休診日』と書かれたプレート。


 ○同•診察室(朝)

 椅子に座っている及川繋(22)。

 おでこに冷却シートを貼っている。

 右手に3つの斑点。

 レントゲン写真を見ている田中(69)。

 インチキ臭い丸メガネをかけている。

 田中の隣にナース服の大川成美(27)。

 レントゲン写真の横に紙がある。

 椅子をくるりと回し繋の方を向く田中。

 田中「(真剣な顔で)ペソポポタン病だ」

 繋「ペソポポタン病!」

 田中「そうじゃ。ペソポポタン」

 繋「そうか。ペソポポタン……って?」

 田中「ツナは突然死を知っているか?」

 繋「発症してから24時間以内に死んだりする

 ってやつだろ」

 田中「……そうか知っておったか」

 繋「それがどうしたんだよ」

 田中「ツナ、しっかり聞いてくれ」

 繋に顔を近づける田中。

 息を飲み顔を近づける繋。

 田中「やっぱりワシの口からはこれ以上は」

 涙を流す田中。

 繋「おい、じじい」

 田中「(ボソッと)あと3日の……」

 繋「何があと3日なんだよ」

 田中「すまん」

 成美「(淡々と)では、お薬を出しますので」

 繋を診察室から出そうとする成美。

 田中「薬? 3日? おい、おい!」

 抵抗するが診察室から出される繋。


 ○同•待合室(朝)

 ソファーが二つ並んでいる。

 ソファーに座り、テレビを付ける繋。

 高校野球がやっている。

 アナウンサーの声「さあ、選抜高校野球大会も

 本日で3日目。球児達の負けられない戦いが

 ここ甲子園球場で行われます」

 テレビを消す繋。

 受付に顔を出す成美。

 成美「ツナ君、薬」

 薬を渡す成美。

 内服薬と書かれた袋に『ペソポポタン一

 日一錠三日分』と書かれている。

 成美「何かあったらすぐに来てね」

 無言で外に出る繋。


 ○同•外(朝)

 ドアから出て来る繋。

 立ち止まり袋を見る。

 繋「ペソポポタン病か」

 空を見上げる繋。

 繋「(大声で)ペソポポタンって何なん

 だよ!!」


 ○Barライジングサン•全景(夕)

 繁華街のビルの二階にあるバー。


 ○同•ドアの前(夕)

 『Barライジングサン』と書かれたド

 ア。

 ドアノブに手をかけるが離す繋。


 ○同•中(夕)

 15畳のスペースの室内。

 バーカウンター、テーブル、ソファーが

 ある。

 バーカウンター内でグラスを綺麗に拭い

 ている笹野明(35)。

 女と電話をしている長身で整った顔の本

 宮義人(22)。

 筋肉質でがっちりした体系をしてチーズ

 を食べている黒木和也(22)。

 太った体系をして、ソファーで眠ってい

 る里崎太(22)。


 ○同•店内•繋の妄想(夕)

 ドアを開けて中に入って来る繋。

 両肘を曲げ、横に振っている笹野、黒木、

 本宮、里崎。

 笹野「やあ、遅いじゃないか」

 繋「すいません。病院でペソポポタン病と言わ

 れたもので」

 笹野「ペソポポタン! なんじゃそりゃ」

 3人「なんじゃそりゃ」

 大笑いする4人。


 ○同•ドアの前(夕)

 ふうと息を吐く繋。

 繋「ネタにされるだけか」


 ○同•店内(夕)

 グラスを確認してテーブルに置く笹野。

 笹野「はいはいはいはい、君たち、今は何の時

 間かわかる? バイト中、バイト中なの。ド

 ゥユーアンダースタン?」

 電話を切る本宮。

 本宮「ごめん。三番目の彼女、電話長くて」

 笹野「軽い自慢入りましたー。電話するのはい

 いけど、バイトはしっかりやって」

 黒木「親に金出してもらっているくせに」

 笹野「それ、禁句。てか、さっきから何でチー

 ズを食べているの?」

 黒木「そこにあったから」

 笹野「それはお客さん用」

 里崎のイビキ。

 笹野「こらーいい加減起きろ。みんなさ、ちゃ

 んとバイト代払っているんだから」

 本宮「女の子何人呼んだら許してくれる?」

 笹野「そうだなー百人。ってそんなに入るかー

 い!」

 静かになる店内。

 笹野「(咳払い)普通に働いてくれればいいか

 ら。普通に」

 黒木「客がいればやりますよ」

 笹野「客は来ます。すぐに来ますから」

 ドアの開く音。

 笹野「ほら来た。いらっしゃいませ」

 繋が入って来る。

 繋「遅くなりました」

 笹野「おいおい、ツナっちゃんかよ。社長出勤

 もいいところですな」

 繋「すいません。ちょっと熱があったんで」

 笹野「それなら無理しなくてもいいのに、ねえ」

 反応のない店内。

 笹野「誰かいないのー」

 本宮「大丈夫なのか?」

 繋「ああ」

 黒木「そんな時は酒に限る」

 棚の一番後ろからブランデーを取り出す

 黒木。

 笹野「おいおい、それ、隠しておいたヘネシー

 リシャール、ダメ、絶対にダメ」

 黒木「ならこっちは?」

 笹野「レミーマルタンならまだマシ。ってどっ

 ちもダメに決まっているだろ」

 里崎「酒、飲む!」

 笹野「そういう時だけ起きなくてもいい! ど

 ういう性格しているんだよ。お前らは」

 黒木「仕方ないだろ。元球児なんだから」

 笹野「元球児なら仕方ない。ってなるか!」

 渋々動き始める黒木、本宮、里崎。


 ○同•ビル•前(夜)

 階段から降りて来る、繋、黒木、本宮、

 里崎、笹野。

 繋「明っちまた」

 黒木「おつかれっしたー」

 歩き出す繋、黒木、本宮、里崎。

 笹野「お前らクビだ! もう明日から来るな!」

 黒木「なんか食って帰ろうぜ」

 里崎「賛成」

 繋「もっちゃんは?」

 本宮「少しなら」

 笹野「おい! 明日も待ってるからな! 遅刻

 してもいいから来いよ!」

 付いて行きたそうにするが、我慢して階

 段を上る笹野。


 ○ラーメン屋•中(夜)

 ラーメンを啜っている繋、黒木、本宮、

 里崎。

 テレビ番組が『熱血甲子園』になる。

 アナウンサーの声「本日、選抜高校野球は3日

 目を向かえました……」

 目を向ける4人。

 黒木「選抜、東東京はどこがいったんだ?」

 繋「関七」

 黒木「関七か、やっぱ強いな」

 本宮「うちは?」

 繋「地区大会で惨敗」

 本宮「ダメだねえ」

 里崎「うちらが最強だったからね」

 黒木「最後の夏、決勝で関七を倒してあの舞台

 に行ったんだもんな」

 本宮「二点差の九回の表、ツーアウト、ランナ

 ー一、ニ塁。バッターは四番クロ」

 里崎「まさかバックスクリーンにぶち込むなん

 て」

 黒木「みんなが繋いでくれたからな。でも、最

 後の回をピシャリと抑えたツナが一番すげえ

 よ」

 繋「二番手投手だけどな」

 里崎「またそんなことを言う」

 本宮「謙虚なところが、俺らは好きなんだけど」

 黒木「……あの舞台で一度位は勝ちたかったよ

 な」

 テレビ画面をじっと見る繋。

 ○ツバメ高校•グラウンド(深夜)

 ナイター照明のあるグラウンド。

 電灯があり、その光で照らされている。

   外野の奥に校舎がある。

 グラウンドに入る前に一礼をして入る繋。

 ネット近くに落ちている硬球を拾いピッ

 チャーマウンドに向かう。

 目を瞑り構える繋。

 由実の声「コラー! マウンドで何をしている」

 目を開け、声のするほうを見ると山野由

 実(22)がバッグを持って立っている。

 繋「なんだ由実か」

 由実「なんだじゃないでしょ。神聖なグラウン

 ドに土足で入って」

 繋「土足って普通靴は履くだろ」

 由実「本当、頭固、固」

 倉庫に向かう由実。

 グローブを二つ持って来る。

 由実「ツナはコレがないと話が出来ないんだか

 ら」

 ×  ×  ×

 キャッチボールをする繋と由実。

 由実「卒業したら何をするか決めたの?」

 繋「何も。由実はこんな時間まで何をやってた

 んだ?」

 由実「勉強」

 繋「正看の試験、合格したんだろ?」

 由実「仕事に就いてからが大変だから、その予

 習」

 繋「本当、小さな努力でも惜しまないよな」

 由実「元マネージャーですから」

 繋「……なあ」

 由実「ん?」

 繋「仮の話だし、信じているわけじゃないんだ

 けど、自分が3日後死ぬとしたら、何をした

 い?」

 由実「3日? その発想はどこからきたの?」

 繋「いいから答えろ」

 由実「そうだな。私なら人を助けることがした

 いな」

 繋「助けること? 自分のために時間を使わな

 いのか?」

 由実「自分の為に使っちゃったら、最後は誰も

 覚えていてくれないでしょ? だったら私が

 生きた証を残したほうが良くない?」

 繋「変わってるな」

 由実「誰かさんから学んだことなんだけどね」

 グローブを地面に置く由実。

 由実「もう疲れた! 球児みたいに何時間も出

 来ないから」

 繋「一球だけ投げてもいいか?」

 由実「(呆れた感じで)はいはい」

 キャッチャーの構えをする由実。

 由実「言っとくけど、ここに投げないと取れな

 いから」

 繋「分かってる」

 振りかぶりアンダースローで投げる繋。

 由実のミットにボールが入る。

 由実「ナイスボール」


 ○同•グラウンド•外(深夜)

 グラウンドに向かい一礼する繋と由実。

 繋「なあ」

 由実「ん?」

 繋「ペソ……いや、いいや」

 歩き出す繋。

 由実「ペソ何? ねえ、ツナ! ペソ何?」

 繋に付いて行く由実。


 ○田中医院•外(朝)

 『本日、お休みさせていただきます』

 の張り紙。


 ○同•待合室(朝)

 ドアを開け中に入って来る繋。

 おでこに冷却シート。

 受付にナース服を着ている成美。

 繋「あれ? 休診じゃないの?」

 成美「患者が来ないだけで仕事はあるから」

 繋に近づきおでこを触り、右手を見る成   

 美。

 斑点が二つになっている。

 成美「まだ熱がある。このことを聞きに来たん

 でしょ?」

 繋「今日は教えてもらうからな」

 成美「……付いて来て」

 歩き出す成美。


 ○同•診察室•前(朝)

 ドアを開け入ろうとする成美。

 数秒して、ドアを閉める。

 繋「じじいいるんだろ?」

 成美「いた。でも今はダメ」

 繋「いるなら……」

 成美「ダメ」

 繋を入らせないようにする成美。

 成美「ちょっと待合室で待ってて。私が説明す

 る」

 しぶしぶ待合室に戻る繋。


 ○同•待合室(朝)

 ソファーに座っている繋。

 成美が来る。

 成美「聞いてきた」

 繋「なんだって?」

 成美「60億人に一人がかかる病気で、それに

 かかると3日間しか生きられない。斑点の数

 が残り生きられる日数。その斑点が消えると

 みんなの記憶からも存在が消されるらしい」

 繋「そんな嘘みたいな話、ないない」

 成美「嘘だと思うならそれでもいい。でも自分

 がどうしたいのかはしっかりと考えた方がい

 い」

 繋「いやいや」

 成美「残りの人生をどう過ごすのかは君次第だ。

 君の行動を私達に止める権利はない」

 繋「それを信じろと?」

 成美「あと二日。せいぜい楽しんでくれ」

 繋「田中のじじい、俺に恨みでもあるのかよ?」

 成美「卑屈にならないでくれ、だから君に会い

 たくないんだ。少しだけ悲しみに浸らせてく

 れ」

 繋「マジなのか?」

 成美「これだけ言っても無理なら仕方がないな。

 でも私は嘘を付かない。この場に及んで嘘な

 ど何の得になる」

 繋「なんだよ、それ、なんなんだよ」

 ドアを開けて出て行く繋。

 成美「親愛なるアステ……あっいない」


 ○同•外(朝)

 ドアを開けて立ち止まる繋。

 空を向き。

 繋「ペソポポタン、怖!」


 ○街

 大通り、人通りは少なく木が立ち並んで

 いる。

 右手の斑点を見ながら歩いている繋。

 繋「あのじじいが変な事を言うから意識しちま

 うじゃねえかよ」

 木の下で泣いている少女と困った様子で

 木を見ている母親。

 親子に近づく繋。

 木の枝に風船が絡まっている。

 繋「(女の子と同じ目線になって)今、俺が取

 ってやるから」

 泣き止む少女。

 パンパンと二度手を叩きジャンプをする

 繋。

 かすかに風船に触れ風船が空高く舞い上

 がっていく。

 気まずそうに少女を見る繋。   

 泣き出しそうな少女。

 周りを見渡す繋。

 ゲームセンターを見つける。

 繋「ちょっと待ってて。泣かずに、すぐ戻って 

 来るから」

 走ってゲームセンターに入り、出て来る

 と大きなクマのぬいぐるみを持っている

 繋。

 繋「これで許して」

 少女「(笑顔で)ありがとう」

 繋「良かった」

 母親「なんとお礼をしたらいいか」

 繋「俺が風船を飛ばしてしまったんで」

 母親「何かお礼をさせて下さい」

 繋「気にしないで下さい」

 母親「それでは気がすみません」

 バッグの中から、帯付きの一万円を出す

 母親。 

 母親「今、これだけしか持っていないのですが」

 繋「いやいや、それはちょっと」

 母親「額の問題ですか?」

 繋「そういう問題ではなく」

 母親「それでしたらどうすれば」

 繋「なら、覚えておいて下さい。俺の事を」

 母親「覚えておく? それでいいのでしょう

 か?」

 繋「はい。それで構いません」

 少女「お兄ちゃんのコト忘れない」

 ニコッと笑う少女。

 繋「ありがとう」

 歩き出す繋。


 ○同•横断歩道近く

 歩いている繋。

 繋「変なコト言ったな。覚えておくとか」

 右手の斑点を見る繋。

 繋「もしこれが本当なら……残された生き方か」

 横断歩道で大きな荷物を置いたおばあさ

 んが困った顔をしている。

 おばあさんに近づく繋。

 繋「大丈夫ですか?」

 おばあさん「少し腰をやってしもうて、持てん

 だっちゃ」

 繋「俺が手伝いますよ」

 おばあさん「ええのんか?」

 繋「暇なので」

 大きな荷物を持ち、信号機が青になり横断   

 歩道を渡りきる繋。

 繋「どこまで持って行きますか?」

 おばあさん「ここでええ」

 繋「ここで?」

 大勢のスーツを着た男性が高層ビルから

 出て来ておばあさんと繋を囲む。

 男性「静香様、遅くなり申し訳ありませんでし

 た」

 男性達「申し訳ありませんでした!」

 繋「えっ!!」

 おばあさん「このたわけ者が、誰一人、心配せ

 んとは情けない」

 男性「申し訳ありませんでした!」

 おばあさん「お手間をかけてすまんかった。何

 かお礼を……」

 繋「本当、お礼とか要りません。俺の事を覚え

 ていてくれれば」

 おばあさん「なんと! なんて誠実な青年なん

 じゃ。お前らも見習いなさい」

 繋を見る男性達。

 男性達「勉強させていただきます!」

 繋「しっ失礼します」

 走って行く繋。


 ○土手

 グラウンドがある土手。

 野球やサッカー、ランニングをしている

 人達がいる。

 斜面のある芝生に座って少年達の野球の

 試合を見ている繋。

 繋「本当、死ぬのかな? 俺」

 寝転ぶ繋。

 繋「実感なさ過ぎて、やりたいことなんて何に

 も浮かんで来ない」

 右手を見る。

 繋「野球、やりたいかな」

 赤いストライプのユニフォームを着てい

 る黒木が歩いている。

 ユニフォームに『笹野フェニックス』と

 書かれている。

 繋を見つける黒木。

 黒木「ツナ!」

 繋に近づく黒木。

 繋「今日も練習か?」

 黒木「まあそんなとこだ」

 繋の横に座る黒木。

 繋「クロは凄いよな。野球で飯を食っているん

 だから」

 黒木「食ってるって、独立球団だぞ」

 繋「それでも4番なんだから大したもんだ」

 黒木「笹野のおっさんが気に入ってくれてるだ

 け」

 繋「今年はプロに行けそうか?」

 黒木「怪我さえしなければ、可能性はあるんじ

 ゃないか」

 繋「……右膝か」

 黒木「もう痛くもないし、怪我は完治した。た

 だ、怪我が怖くて踏み込めなくなってしまっ 

 てな。バカな話だろ」

 繋「クロなら克服出来るだろ」

 黒木「俺さ、もう諦めてもいいと思っているん 

 だ」

 繋「どうして?」

 黒木「いつも大事な場面を背負っても、あと少

 しの場面で失敗する。そういう人生なのかも

 なって」

 繋「クロのお陰で甲子園に」

 黒木「その甲子園で4タコ。ざまねえだろ。ど

 んなに地方で30本打ってたからって。夢の

 舞台で活躍出来なきゃ意味がねえ」

 繋「後悔はしないのか?」

 黒木「ああ。そっちの方がみんなと酒飲めそう

 だし、人生、夢を覚ますなら早めにってな」

 立ち上がる黒木。

 黒木「笹野のおっさんに言う勇気がねえけど」

 繋「それが自分の進みたい人生なのか?」

 黒木「ホームランも打てない4番に誰も興味は

 ないだろ」

 繋「クロの夢を一緒に背負っている人もいるか

 もしれないんだぞ」

 黒木「期待に応えられないんだよ」

 走ってくる野球部員。

 野球部員「黒木! 監督が呼んでいるぞ」

 黒木「今行く! ってことだ。またタダ酒酒場

 で」

 歩いて行く黒木。


 ○Barライジングサン•店内(夜)

 女性客で賑わっている店内。

 バーカウンターに入りカクテルを振って

 いる本宮を見ている女性達。

 少し離れてカクテルを振ってグラスに出

 す笹野。

 笹野「こちらオリジナルカクテル。君を愛して  

 三千里です」

 カウンターに座っている繋、黒木、里崎。

 笹野のカクテルを飲み干す黒木。

 黒木「甘ったる」

 笹野「愛がテーマだからね。って何でお前らに

 カクテルを作らなきゃいけないわけ?」

 繋「誰も明っちのカクテルに興味がないから」

 笹野「なるほどな、っておい! 俺の店だぞ」

 里崎「いいよなー。あれだけモテて」

 笹野「仕方ないだろ。顔よし、性格よし、テレ

 ビに出たら、あらまあ勝手に火がついたって

 いうシンデレラボーイなんだから」

 黒木「次元が違うんだよ。笹野、おかわり」

 笹野「はい。って呼び捨てにした?」

 女性「ねえ、ツナとクロもこっちで飲もうよ」

 繋「呼ばれたんで行って来ます」

 黒木「お前ら、しっかり奢れよ」

 女性達に近づく繋と黒木。

 顔を見合わせる里崎と笹野。

 笹野「今日は俺のおごりだ。飲め」

 酒を飲む里崎を見る繋。

 ×  ×  ×

 たくさんのワインボトルが床に転がって

 いる。

 カウンターで酔いつぶれている里崎。

 女「(酔っぱらった感じで)じゃあみんなまた

 ね」

 笹野「ありがとうございました」

 ドアが閉まる。

 黒木「俺らも帰るか」

 本宮「そうだね。もういい時間だし」

 笹野「おーい。俺が言いたい事わかるよね?」

 黒木「良い子は早く帰りましょう」

 笹野「違う! ちょっとツナっちゃん」

 繋「みんな、あとは明っちに任せて……」

 笹野「君までそういう?」

 繋「ザキを家に届けなきゃいけないから」

 里崎を抱える黒木。

 黒木「じゃあそう言う事で」

 本宮「頑張ってね」

 繋「頼りにしてます」

 笹野「頼りにか」

 嬉しそうにする笹野。

 ドアを開け出て行く4人。

 笹野「あれ? なんか違わないか」


 ○同•外(夜)

 階段を降りる4人。

 黒木「じゃあザキを届けてくるわ」

 繋「ありがとな」

 黒木「ああ」

 歩き出す黒木。

 本宮「俺達も帰るか」

 繋「……もっちゃん、時間ある?」

 不思議そうな顔をする本宮。


 ○土手•橋の下(夜)

 草が生えている橋の下にえぐれて土が見

 えている箇所が4つある。

 本宮「この場所、久々だな」

 バットのスイングをする本宮。

 本宮「珍しいなツナが誘ってくれるなんて」

 繋「話したいことがあって」

 本宮「クロのことならやめとけ」

 繋「知っているのか?」

 本宮「いや、わかりやすい性格だから」

 繋「俺、クロにもザキにも諦めて欲しくないん

 だ」

 本宮「諦めるかどうかは本人の問題だろ。俺達

 が口を出す問題ではない」

 繋「俺は二人のために何かやりたい」

 本宮「どうして?」

 繋「……時間がないんだ。何かを残してあげた

 い」

 本宮「誰だって時間はない」

 繋「そういう意味じゃなく、時間がないんだ」

 本宮「それは本当にあいつらのためのものなの  

 か?」

 繋「どういうことだよ?」

 本宮「人のためと言って結局は自分のために人

 は動くもんだよ」

 繋「俺はそんなことはしない」

 本宮「分かっている。でもな、俺らはもう大人

 なんだ。自分の将来のコトは自分で考えるだ

 ろ」

 繋「それでも……」

 本宮「いつまでも主将気分でいるなよ。大学に

 入って分かっただろ? 人も自分も簡単には

 変われないんだって、部活という枠組みがあ

 ったから自分の存在を確認出来たってな」

 繋「きっかけは誰かが作ってやらないと」

 本宮「鬼になれるのか? 嫌われる覚悟を持て

 るのか? 中途半端な気持ちで人の人生を変

 えようとするな、責任を持て。それがこの四

 年間で学んだ事だ。ツナ、自分が扱える道具

 を人も扱えると思わない方がいい」

 唇を噛む繋。

 本宮「子ツバメは一度落ちたら二度と飛ばない」

 本宮の携帯電話が鳴る。

 本宮「ゴメン。そろそろ行くわ」

 繋「ありがとな」

 本宮「俺はお前のそういうとこ好きだけどな」

 歩き始める本宮。

 橋の柱に凭れ、空を見る繋。

 ×  ×  ×

 空が曇っている。

 コーヒー缶を繋のホッペに付ける由実。

 繋「熱!」

 由実を見て驚く繋。

 由実「お化けでもいた?」

 繋「なんでここにいるんだよ?」

 由実「本宮君にアフターケアーを頼まれたから」

 繋「由実も暇だな」

 由実「(嫌味っぽく)ありがとう」

 繋の隣に座り空を見る由実。

 由実「星が綺麗だね」

 繋「雲で見えないだろ」

 由実「あの雲がなければ見えるわけでしょ?」

 繋「そうだけど」

 由実「なら、どかしちゃえばいいんだよ」

 繋「どうやって」

 由実「それは自分で考えて!」

 繋「自分でって」

 由実「なんの為にエースの座を譲って二番手投 

 手になったのよ」

 繋「……知っていたのか」

 由実「全ては甲子園に行く目的があったため。

 ツナはそういう時は強いの」

 立ち上がる由実。

 由実「はい。アフターケアー終了!」

 繋「もう?」

 由実「甘えない! ツナの出来ることなんて決

 まってるんだから」

 繋「俺に出来る事」

 歩き出し、振り返る由実。

 由実「頑張ってね」

 歩き出す由実。

 缶コーヒーを飲む繋。


 ○田中医院•外(朝)

 ドアに休診の看板。


 ○同•待合室(朝) 

 誰もいない待合室。

 テレビがついており、高校野球をやって

 いる。

 受付で事務をしている成美。

 ドアを開け入ってくる繋。

 冷却シートを貼っている、

 成美「また来たの?」

 繋「来るだろ。明日死ぬかもしれないんだから」

 成美「それもそうね」

 繋「熱が38度」

 待合室にくる成美。

 繋のおでこに手を当てる。

 繋「じじいは?」

 成美「いるけど、誰にも会いたくないって」

 繋「そうか」

 繋の右手を見ると斑点が一つある。

 繋「やっぱりそういうことなんだよな?」

 成美「私には分からない」

 繋「そうだよな」

 テレビを見る繋。

 成美「五日目、第一試合」

 繋「もう五日目か」

 テレビ画面に『八回の裏 14対0』の表

 示。

 テレビを消そうとする繋。

 それを止める成美。

 成美「この試合は、この試合だけは見なければ

 いけない」

 繋「見たって結果は同じ。ここから逆転出来る

 とは思えない」

 成美「逆転が全てじゃない」

 繋「高校野球は一度でも負けたらそこで終わり

 なんだ」

 成美「人生は負けたって何度だってチャレンジ

 出来る」

 繋「簡単に言うなよ」

 成美「ツバメは二度舞う」

 ハッとする繋。

 成美「監督さんが、ベンチに戻ってきた選手に

 言っていた言葉」

 繋「なんで知っているんだよ」

 成美「私、あの試合をバックネットで見ていた

 から」

 繋「そんなコト今まで言ってなかったよな?」

 成美「当たり前じゃない。ファンなんだから」

 繋「ファン?」

 成美「諦めない球児のね」

 カキーンという音。

 アナウンサーの声「いい当たりだ! 伸びる伸

 びる。そのままバックスクリーンに飛び込ん

 だ。入ったーホームラン」

 繋「……入った」

 成美「この試合、彼だけは諦めなかった。どん

 な試合になろうと。だからこそ生まれた」

 繋「……」

 成美「自分のやりたいことに嘘を付かない、逃

 げない、臆しない。私はあなたからそれを学

 んだ。自分の限られた時間を大事に使って」


 ○同•外(朝)

 子ツバメが地面に落ちているが、飛ぼう

 と羽を羽ばたかしている。


 ○同•待合室(朝)

 テレビ画面からサイレンの音。

 手をぎゅっと握る繋。

 繋「俺に出来る事があると思う?」

 成美「分からない。でもあなたがやらなければ

 いけないことはある」

 繋「ちょっと行ってくるわ」

 成美「迷いでも晴れたの?」

 繋「迷っている時間なんてなかったんだよ。繋

 がなきゃ。俺が」

 成美「グットラック」

 ニコッと笑う成美。


 ○同•外(朝)

 子ツバメが空に飛び立つ。


 ○カフェ•中(朝)

 落ち着いた雰囲気の店内。

 由実が参考書を広げて勉強をしている。

 自動ドアが開き、中に入って来る繋。

 息を切らしている。

 由実の目の前に立つ。

 由実「(驚いた感じで)どうしたの?」

 繋「ちょっと頼まれて欲しいんだけど」

 不思議そうな顔をする由実。


 ○土手(朝)

 ランニングウェアーに着替え、ストレッ

 チをしている繋。

 ふうと息を吐き、走り出す。


 ○土手•橋の下

 タオルを手に持ち、ピッチング練習をし

 ている繋。


 ○ジム•中

 バランスボールに乗り、インストラクタ

 ーにボールを投げてもらい受け取り、そ

 れを返す。


 ○土手

 ダッシュをしている繋。

 買い物袋を持ち、歩いて来る笹野。

 笹野「あれ? ツナっちゃんじゃないどうした

 の?」

 笹野に気付かず。通り過ぎる繋。

 笹野「えっ無視」


 ○土手•橋の下

 柱にチョークで書かれた四角い的がある。

 硬球を持ち、その枠をめがけて投げ込む

 繋。


 ○同•同(夕)

 汗を掻いて倒れている繋。  

 手を上に伸ばしギュッと握る。


 ○ツバメ高校•グラウンド(夜)

 ナイター照明が付いているグラウンド。

 マウンドにツバメ高校のユニフォームを

 来て立っている繋。

 背中の背番号は『10』。

 私服姿で現れる黒木と里崎。

 黒木「ツナ、これはどういうことなんだ?」

 無言の繋。

 後ろから審判の格好をして現れる由実。

 由実「ほら、クロはバッターボックス。ザキは

 キャッチャーをやる」

 黒木「なんで?」

 由実「やれば分かるわよ」

 ホームベースに向かう由実。


 ○Barライジングサン•店内(夜)

 男性客で賑わう店内。

 忙しく動いている笹野。

 一人の女性客と話をしている本宮。

 笹野「こんな時に限って、なんであの3人は来

 ないんだよ」

 男性客「おい」

 笹野「はーい、少々お待ちください」

 上の空で女性客の話を聞いている本宮。


 ○ツバメ高校•グラウンド(夜)   

 バットを持ち、左打席に立つ黒木。

 黒木「お遊びにしては手が込んでねえか?」

 繋「三アウト勝負」

 黒木「あ?」

 繋「三アウト、俺が取ったら、クロは俺の言う

 事を聞いてもらう」

 鼻で笑う黒木。

 黒木「マジで言ってんの。ツナ、俺にどんだけ

 打たれたか覚えてないのか」

 繋「ヒット一本でも打てたらクロの勝ち。いい

 な?」

 黒木「おい、舐めているのか?」

 繋「本気だ」

 黒木「俺が勝ったら?」

 繋「それはない」

 黒木「(威嚇する)ああ!」

 繋「クロは勝てない」

 黒木「余程自信があるようだな。まあいいや、

 勝ったら、酒でも奢ってもらうか」

 構える黒木。

 由実「ヘルメット被った方がいいよ」

 黒木「110キロそこそこしか出ない奴に必要

 ねえよ」

 マスクを被る里崎。

 里崎「(大声で)サインは?」

 繋「ストレート!しか投げない」

 黒木「舐めやがって」

 由実「今のツナ、速いよ」

 黒木「公平にしろよ。審判」

 由実「プレイボール」

 振りかぶり投げる繋。

 インコース高めのボール。

 仰け反る黒木。

 由実「ボール」

 黒木「あいつ、狙いやがったな」

 ボールを受け取る繋。

 舌打ちをする黒木。

 間髪入れず投げる繋。

 インコース低めのボール。

 由実「ストライク」

 黒木「相変わらすコントロールだけはいいな」

 キャッチャーミットを見つめる里崎。

 ボールを投げる繋。

 バットを振るが当らない黒木。

 由実「ストライクツー」

 黒木「クソ!」

 繋「それがフェニックスの四番か?」

 黒木「ふざけたこと言ってんなよ」

 ボールを投げる繋。

 アウトコース高めに来て、ボールを高く

 打ち上げる黒木。

 黒木「ちっ!」

 三塁ベース側にボールが上がっている。

 キャッチャーマスクを取り、ボールの行

 方を見ている里崎。

 繋「ザキ追えよ! 見ているだけでいいのかよ」

 里崎「追えって言われても」

 繋「そうやって逃げているから、彼女だって出

 来ねえんだろ。無理だっていいじゃねえかよ。

 ダメでもいいじゃねえかよ。自分で行動しな

 きゃ何も変われねえんだよ」

 里崎「ツナに何が分かるんだよ」

 繋「ザキはいい奴だって知っている。それ以外

 に何を知れと言うんだ。追えよ、逃げるなよ。

 お前をもっと知ってもらえよ」

 黒木「何言ってんだあいつ」

 少しずつボールに向かう里崎。

 繋「自分で自分の価値を下げるな。お前はもっ

 と出来るやつなんだ」

 走り出す里崎。

 黒木「あの打球はもう捕れない」

 繋「掴み取れ!」

 ダイビングキャッチをする里崎。

 ネットに体をぶつける。

 由実「ザキ、大丈夫?」

 ゆっくりと立ち上がり、グローブを上に

 上げる里崎。

 グローブの中にボールがある。

 里崎「俺でも彼女が出来るかな?」

 繋「出来る、絶対に」

 ニコっと笑い、繋にボールを投げる里崎。

 黒木「マグレが」

 ホームベースに戻り、キャッチャーマス

 クを付ける里崎。

 里崎「クロ」

 黒木「んだよ。寝返った奴」

 里崎「今日のツナのボール、あの時みたいだ」

 黒木「あの時?」

 立ち上がる里崎。

 里崎「(大声で)ワンアウト、ランナーなし、

 締まって行くぞ」

 繋「ワンアウト」

 由実「ワンアウト」

 黒木「おいおい、近所迷惑も考えろよ」

 里崎「言いたくなるよ。この感覚」

 ボールを投げる繋。

 インコース低めに来るボール。

 踏み込もうとするが留まる黒木。

 由実「ストライク」

 繋「どうした? 高校時代大好きなコースだ

 ろ?」

 黒木「うるせえ、アンダーは慣れるまで時間か

 かるんだよ」

 右膝を気にする黒木。

 繋「打てない四番は怖くないんだな」

 黒木「(怒った感じで)おい、今なんて言っ

 た?」

 繋「大した事がないって言ったんだよ」

 バッターボックスから出て、無心に素振

 りをする黒木。

 繋に近づく里崎。

 里崎「あれ、マジモードだよ」

 繋「分かっている」

 里崎「どんなに踏み込めないって言っても」

 繋「だよな」

 スイングが終わり、闘争心のある顔立ち 

 になる黒木。

 黒木「準備出来たぜ」

 繋「今は俺とクロの勝負」

 不満げな顔で戻る里崎。

 しゃがむ里崎。

 サインを出す里崎。

 驚くが、頷く繋。

 振りかぶり投げる繋。

 踏み込みを小さく、バットを振る黒木。

 ボールがスライドにして、里崎のミット

 に収まる。

 由実「ストライクツー」

 黒木「おい、約束が違うじゃねえか」

 里崎「本気の勝負なら、お互いのベストで挑む

 のが勝負なんじゃないの?」

 黒木「ザキ」

 里崎「打てるものなら打ってみてよ」

 黒木「面白れえ、今日は高い酒が飲めそうだぜ」

 本宮の声「誰の金で?」

 グラウンドに姿を現す本宮。

 繋「もっちゃん」

 本宮「ツナの選んだ道がこれなんだね?」

 繋「人は変われないから」

 本宮「そう。なら倒すしかないね」

 グローブを持ちセカンドの位置に行く本宮。

 本宮「怪物退治でもしましょうか」

 黒木「よくもまあ揃って弱い奴の力になれるな。

 弱い奴が集った所で強くはなれない」

 繋「自分に負けているような奴は俺らよりもっ

 と弱い」

 黒木「俺が自分に負けているとでも」

 繋「ああ。野球から逃げている」

 黒木「四年間、全てのことから逃げて来たやつ

 が言う事か?」

 繋「俺は、甲子園の大敗で全てを失いかけた。

 でも、人は立ち上がれる。二度だって三度だ

 って。ツバメ魂は何度でも起き上がり飛び立

 つ」

 ボールを投げる繋。

 黒木「そういう精神論は一番嫌いなんだよ!」

 鋭い打球がセカンドベース沿いにライナ

 ーで飛ぶ。

 鮮やかにボールを捕球する本宮。

 繋「もっちゃん!」

 本宮「これでツーアウトかな?」

 由実「さすが守備の名手」

 里崎「ナイス」

 黒木「普通ならセンター前だぜ」

 由実「動かすんだよ。ツナは」

 黒木「守備位置をか?」

 由実「ある意味」

 立ち上がる里崎。

 里崎「あとワンアウト落ち着いていこう!」

 手でツーアウトを表現する本宮。

 頷く繋。

 ヘルメットを被る黒木。

 由実「今になって被るの?」

 黒木「本気の勝負なら当然だろ」

 睨みつけるように繋を見る黒木。

 黒木「来いよ。打ち砕いてやるから」

 汗を拭う繋。

 本宮「ツナ、落ち着いて」

 里崎「追い込んでいるのはこっちだからね」

 黒木を見る繋。

 何度も大きく息を吐く。

 ボールを投げる繋。

 インコースの真ん中に来るボール。

 鋭い打球がライト線上にいき、ボールが

 ファールゾーンに切れる。

 由実「ファール」

 黒木「ちっ、とらえたと思ったのに」

 繋「あっぶな」

 本宮「クロ、打球飛ぶじゃん」

 黒木「敵が話かけるんじゃねえ」

 里崎「気にしなくていいよ」

 ボールを繋に投げる里崎。

 頷きボールを受け取る繋。

 黒木「早く投げろよ。真剣勝負してやっている

 んだから」   

 ふうと息を吐き、ボールを投げる繋。

 インコース低めにスライドする。

 里崎「いいコース」

 すくいあげてボールを打つ黒木。

 大きな打球がライト線上に切れる。

 由実「ファッファール」

 黒木「また打ち損じた」

 本宮「あそこまで飛ばすんだ」

 凄い汗を掻いている繋。

 繋に近づく里崎。

 里崎「追い込んだよ。あと一球、気持ちを乗せ

 て」 

 ボールを繋に渡す里崎。

 ふらつく繋。

 繋「あと一球でいいんだ。頼む持ってくれ」

 黒木「うまい酒が待っている」

 ×  ×  ×

 ストライクが入らなくなる繋。

 由実「フォアボール」

 黒木「ランナー一、二塁。ピッチャーが逃げて

 くれるお陰で、バット振らなくてもいいかも

 な」

 マウンドに集る本宮、里崎。

 本宮「打たせてもいいんだぜ」

 繋「ああ」

 里崎「すごい汗だけど平気?」

 繋「大丈夫」

 繋のおでこに手をやつ本宮。

 本宮「熱が下がってないんだな」

 里崎「熱! 無理をすることはないよ」

 繋「無理をしなければいけないんだ」

 本宮「治ってからでもいいだろ」

 繋「それじゃあ遅いんだ」

 本宮「ツナ」

 繋「大丈夫、大丈夫だから」

 黒木「早くしてくれねえ? 喉が渇いたんだけ

 ど」

 里崎「もっちゃん、俺らは信じるしか出来ない

 よ。ツナだって考えがあってやっているんだ

 もん」

 本宮「それもそうか。ならもう一踏ん張りして 

 こい」

 位置に戻る本宮と里崎。

 黒木「作戦は決まったのか?」

 繋「ああ、ぶつけてやるよ。俺の全てを」

 黒木「手の抜いた球打っても何の自慢にもなら

 ないからな。こいよ」

 振りかぶり投げる繋。

 ボールはインコース低めにくる。

 踏み込み、アッパースイングする黒木。

 ミットを閉じる里崎。

 マウンドで倒れる繋。

 繋に近づく本宮、里崎、由実。

 由実「誰か電話」

 本宮「電話より、田中のじいさんの方が速い。

 呼んで来る」

 走っていく本宮。

 ゆっくり近づいていく黒木。

 じっと倒れた繋の顔を見る。

 繋「勝負は?」

 黒木「……お前の勝ちだよ」

 外野の後ろにある校舎の窓ガラスがボール

 で割れている。

 繋「そうか」

 黒木「で、何を聞けばいい?」

 繋「クロ、お前は甲子園でチームを勝たせてや

 ってほしい」

 黒木「チームを?」

 繋「辞めんなよ。野球」

 黒木「言われなくても辞めねえよ」

 校歌を歌いながら去って行く黒木。

 由実「どこに行くの?」

 黒木「最後の酒を飲みに行くんだよ。あいつの

 奢りで」


 ○Barライジングサン•店内(夜)

 忙しく立ち回っている笹野。


 ○ツバメ高校•グラウンド(夜)

 起き上がろうとする繋。

 黒木「(フッと笑い)来年、うまい飯奢ってや

 るよ」

 繋「忘れんなよ」

 意識を失う繋。


 ○Barライジングサン•店内(朝)

 荒れた店内。

 バーカウンターの上でうつ伏せになって

 いる笹野。

 酒を飲んでいる黒木。


 ○田中医院•外(朝)

 『休診日』のプレート。


 ○同•診察室(朝)

 ベッドに横たわっている繋。

 右手に斑点の跡がない。

 心配そうに見ている本宮、里崎、由実。

 目を覚ます繋。

 由実「ツナ!」

 繋「あれ? 生きている?」

 里崎「良かった」

 成美が診察室に入って来る。

 成美「ペソポポタン病を克服したのね」

 本宮「ペソポポタン?」

 成美「もう説明するのめんどう」

 と隣の部屋から田中を連れて来る。

 金髪のカツラを被り継ぎ接ぎの白衣を着

 ている田中。

 田中「はずい。見ないで」

 由実「何やっているんですか?」

 田中「何とは失礼な、召還士、アステマモンだ

 ろ?」

 眉間にシワを寄せる3人。

 田中「アステマモン知らないの? ネットユー

 ザーの中で大人気のアニメのキャラクター」

 由実「知りません。で、ペソポポタンって?」

 田中「そのアニメの中に出て来る病名で、三日

 以内に転生しないと死んじゃうんだぴょん。

 で、今日イベントがあるから3日も夜なべし

 ちゃったん」

 繋「はっ? じゃあ俺の三日間はなんだった

 の?」

 田中「ただの熱風邪」

 起き上がり、衣装を剥ぎ取る繋。

 田中「止めて〜」

 ×  ×  ×

 繋と田中しかいない診察室。

 田中の着ていた衣装はボロボロになって 

 床に置かれている。

 ふてくされて正座をしている田中。

 田中「あ〜あ、イベントが」

 繋「医者としてやっていいことと悪い事がある

 だろ!」

 田中「そもそも知り合いが大した事ないのに来

 るのが悪い」

 繋「それが医者の言う事かよ」

 田中「すいませんでした」

 繋「ったく、俺がどんな気持ちでこの三日間過

 ごしたと思っているんだよ」

 田中「その割にはいい面になっとる」

 繋「そんなことねえよ」

 田中「今回で分かったんじゃろ? 人は死ぬ気

 になれば人もそして自分も変えられるという

 事が」

 繋「……まあな」

 田中「もしかしたら、本当に転生したのかもな」

 繋「んなわけねえだろ」

 田中「ほれ踏み出しなさい。新たな自分の一歩

 を」

 繋「はい。って何いいようにまとめようとして

 いるんだよ!」

 田中「バレた!」

 繋「俺は絶対に許さないからな!」

 田中「ごめんなさい」


 ○同•外(朝)

 親ツバメと子ツバメが一緒に空を飛んで  

 いる。

 〈了〉



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