2 駄目駄目末っ子王女は、間違った噂を流されました!
ローリィーの思いがメインのお話です。
かつては暴れん坊で、手のつけられないほどのがき大将だった二つ年上の兄オーリィーは、八歳の時に好きな女の子との婚約が決まった途端、がらりと態度を変えた。
ミルフェーヌ第二王女に相応しい人間になるために、勉学、運動、武芸、生徒活動、そして福祉活動などに必死で取り組み始めたのだ。
オルディード侯爵家の後継者は当然一番上の七つ年上の兄だ。そして侯爵家が所有しているもう一つの伯爵位は、次兄のオーリィーが継ぐ。故に、末っ子のローリィーには継げる爵位がないので、功績をあげて一代限りの爵位を得るか、他所の家に養子や婿として入らなければ、貴族ではいられない。
それ故にローリィーは両親から、兄達よりも寧ろ己を磨けと言われ続けて育った。しかし、彼は元々兄達同様に頭が良く、なにをやってもそこそこ器用にこなせたので、努力する事が嫌いだった。
そのせいでローリィーは、幼い頃は双子のようだとよく言われていた兄と、次第に差を広げられていった。
そしてローリィーがまだ幼年学園にいるうち、兄のオーリィーは、貴族社会の中で一番の有望株と呼ばれるようになっていた。そして彼の方は、見た目が兄に似ているだけの、残念な男に成り下がっていた。
それなのに負けん気ばかり強く、プライドが傷付けられるとすぐに苛立つので、ローリィーには友人もできず、寂しくて一人で泣く事も多くなった。そして泣いている時に限って、何故かサララ王女と出くわした。
ローリィーと一つ年下のサララ王女は、兄とミルフェーヌ王女同様に幼馴染みだった。
彼女は王家の兄弟姉妹の中で一番華やかな美貌を持ち、第二王女ほどではないが頭のいい女の子だった。しかも気が強い。
「いちいち泣くんじゃないわよ」
いくら王族とはいえ、年下の女の子に叱咤激励されるのは惨めだった。
そんな幼年学園に通っていたある日、学園の徒競走で負けて二位になり、悔しくて泣いているローリィーに向かって、サララはこう言った。
「今日はなんで泣いているの?」
「わかっているでしょ。徒競走で負けたからですよ。サララ様は何故平気なんですか?貴女も二位だったのに」
サララは二位になった時、とても嬉しそうだった。それを見ていたローリィーは不思議だった。負けたんだよ、王女が。しかも平民相手に。
「私、前回は三位だったのよ。だから毎日徒競走の練習をしたの。それで一つ順位が上がったんだもの、嬉しいに決まっているわ。お兄様もお姉様もみんな褒めて下さったわ。努力した成果が出て良かったね、頑張ったねって」
それを聞いてローリィーはハッとした。ローリィーは前回負けた時も悔しくて泣いたけれど、次回に向けて努力していたわけではなかったなと。
「ミルフェーヌお姉様が言ってたわ。人にはプライドが必要だというけれど、実のないプライドならいっそない方がいいって。悔しいと泣いていいのは、努力したにも関わらず結果が出せなかった時だけだって。
それに、人と比較したり競争しても仕方がないのよって。人は人。自分は自分だって」
サララはローリィーを諭すというより、自分自身に言い含めるかのようにこう言うと、どこかへ行ってしまった。
ローリィーはこの事があってから、勉強も運動も剣術も真面目に取り組むようになった。人と競うのではなく、昨日の自分を越えたいと思うようになったのだ。
ところがだ。十三歳になって王立学園に入学して間もない頃、嫌な噂が社交界に流れ始めたと、一番上の兄が教えてくれた。
ミルフェーヌ第二王女殿下が虚弱で公の場にあまり出ない事をいい事に、第三王女のサララ殿下が姉の婚約者に手を出そうとしている。何度も人影のない所で待ち伏せして、声をかけているというのだ。
ローリィーはそれを聞いて真っ青になった。人影のない所で待ち伏せしていたのは王女ではなく男の方だ。しかも、それはもちろん兄のオーリィーではなく、ローリィーである。
以前の自分を越えられた時、それをサララ王女に報告しに行く事が、いつの間にかローリィーの慣習になっていたのだ。
報告をすると、サララ王女はまるで薔薇のような華やかな笑顔で一緒に喜んでくれた。それを見たくて、ローリィーは更に努力を重ねるようになっていたのだ。それが、こんな噂をたてられる原因になるとは。
次兄のオーリィーは十歳の頃から徐々に背が伸び始め、十五歳になっていたその当時は、既に末弟とは大分身長差が出来ていた。しかし、サラサラの黒髪にエメラルドグリーンの瞳というその容姿はよく似ていたので、一緒に並んでいなければ、遠目からでは兄弟の区別がつかなかったのかもしれない。
社交界の噂はすぐに学園でも広がった。
オーリィーは激怒した。自分が、婚約者を裏切るような行為をしていると疑われている事、そして大切な婚約者が、大切な妹に出鱈目な噂を流されて悲しんでいるという事に。
オーリィーは学生集会で、学生全員の前でこう言い放った。
「私は婚約者のミルフェーヌ王女殿下をお慕いしている。それ故に他の女性と密会した覚えなどない。
それに、婚約者の大切な妹であるサララ王女殿下を悪しき噂で卑しめる者は絶対に許せない。
多分、親から聞いただけの噂を垂れ流しているのだろうが、今度出鱈目な噂を流している奴を見つけたら、即決闘を申し込む。女性でも同じだ。学園内は皆平等という決まりですからね」
と。
オーリィーはまだ十五歳だったが、既に騎士団長の息子である最上級生と張り合うくらい強かったので、彼と決闘したいと思う者は誰もいなかった。その結果、オーリィーがサララ王女と密会していたという噂は断ち切れた。
ところが、サララ王女が誰かと密会していたという噂の方は消えなかった。それは正妃の娘であるミルフェーヌと違い、サララが身分の低い愛妾の娘だったせいかも知れない。
後になって振り返れば、あの時、サララ王女と会っていたのは自分だとローリィーが名乗り出ていれば、こちらの噂も消えていたかもしれない。
しかし、その当時、ローリィーには自信がなかった。サララ王女とは釣り合わない自分が名乗り出ても、どうせ信じてはもらえない。それに決闘を申し込まれたら、到底相手を倒せはしないと。
サララはローリィーが口をつぐんだ事を責めはしなかったが、それ以後は、薔薇の花が咲くようなあの笑顔を見せてくれる事はなくなってしまった。
そんな悪い噂が囁かれる学園に入学したサララが、どんなに辛い思いをしたのか。その事に考えが及ぶ度に、ローリィーは胸の中を鋭利な物で斬り刻まれるような感覚に襲われた。しかし、今更後悔をしても既に遅いのだ。
次は王家の特殊な家庭事情のお話です。続けて読んで頂けると嬉しいです!
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