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第2話 法

「おい、女の子が困ってるだろ! その辺にしておけ」


 ライオが女の子を掴もうとする追放された冒険者の手を横から掴み、動きを封じる。だが冒険者というものはある意味ナメられたら終わりといった面もあるため、追放されたとはいえ元冒険者の男はそんなライオに対し少しも怖気づく事無く今度は矛先をライオに切り替える。


「あぁ!? 何らぁてめぇ!」


 明らかに酷く酔っているようだ。目の焦点もどことなく定まっておらず、異様に酒臭い。ライオは女の子を背の後ろに隠しながら悪態をつく。


「全く、冒険者風情は社会常識の欠片も無いのか。偉そうにしやがって」


 ライオはそう怒りながら周囲をギロッと見渡す。そもそもライオはこの酒場の追放劇をつぶさに観察していたのだ、だから知っている。この場にこのクソ犬を捨てた元飼い主の存在がまだこの場に居るという事を。


「おれさまはぁ! 優秀すぎてパーティーのバカどもとウマが合わなかったんだー! さっき分かれたから、俺様に指図できるやつなんていねーんだよ!! ほら、その女を俺の物にしてやる!! さっさとそこをどけぇい」

「ひっ!!」


 誰がどう見ても怯えている女の子を背にしながらも、ライオは冷静に周囲を見渡す。


 ほどなくして元飼い主の集団が少し離れた席に居る事を確認出来た。周囲の冒険者らしい人間はライオに睨みつけられると目線を逸らすが元飼い主は最初から我関せずといった様子で黙々と食事をしている。追放したから自分たちは無関係とでもいうのだろうか。


 この元冒険者も大概ふざけてはいるが、あいつらもあいつらでふざけるな、とライオは思った。一度自分が飼った犬を人様の迷惑になるような形で捨てるんじゃない。


 ちゃんと息の根を止めるなり次の飼い主を見つけるなり、最後まで面倒見ろと。何で自分のケツすら拭けないあのクソ共の為に自分があれこれと考えを巡らせなければならないのか。


「いいかぁ~? おみゃえらがぬくぬくと安全な街で過ごせるのもなぁ~、ぼーけんしゃさまのおれらがぁ、がんばってるからよー。わーったらひっこんでろ!」


 確かに冒険者は危険な仕事を担っている人材である、だがそれでも狼藉をして良い理由は無いのだ。


「そうか、冒険者になった際に契約書にサインをしたと思うが、お前はその内容を確認をしていないのだな? 冒険者が村や街で受け入れられているのはその危険な仕事をこなしてくれているという以外にも理由がある事を知るべきだ」


「あぁぁん? なにさまだてめぇ、そんな契約書の事なんて覚えてるわけ無いだろ」


「冒険者法第3条、冒険者は冒険者以外の住民の安寧のためにみだりに非戦闘職からの搾取や暴力の行使を行わないものとする。また、そのような状況を見かけたら止める義務を負う。冒険者ライセンスを交付される際に明記されているはずだが」


 そう言いながらライオは周囲を見渡すが、数名の冒険者の顔が青くなっている以外は「何を言ってるんだこいつ」といった視線をライオに向けている。そして、そんな訳が分かっていないのはどうやら目の前の男も同様であるようだ。


「はっ! 法だのなんだの、そんなものに縛られる筋合いはない!」


 そうかい、とライオは呟き、そして今の状況が理解出来ていない周囲の人間がパニックになるだろう一言を続ける。


「冒険者法第3条違反の刑罰は最低でも無給の鉱山強制労働30年、最悪は王名のもとに公開処刑だな。少なくともお前は公開処刑になるだろうし、周囲の冒険者はこの男を諫めなかったという事で楽しい無給の鉱山労働の日々が待ってるだろうな」


 処刑、という物騒な単語が単語が聞こえた段階で周囲の冒険者らしき人物の顔が一斉に青ざめるのが分かる。だが元飼い主たちのパーティーは顔こそ青ざめてはいるものの、必死で知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。


 面の皮が厚いやつらだ。仕方ない。


「ちなみにパーティー申請の受付は昼10時から夜5時までだから、まだお前は書面上はパーティー所属のままだ、つまり……もしこの場に(・・・・・・)元パーティーのメンバーが居た場合……お前もろとも公開処刑だろうな」


 一度追放した手前、関わりたくない一心で無視を決め込んでいた元飼い主のパーティーが自分たちにも害が及ぶ可能性を示唆されたと同時にものすごい速度で首がライオ達の方を向くのが分かった。


 そして、ライオの言葉を聞きその追放された男はなんと一人大爆笑を始めるのだった。


「あーっはっは!! そりゃいい!! 俺が悪事を働けば俺を追放した奴らもろとも地獄行きか!! 俄然やる気が出たぜ!!」


 道連れに出来るなら死ぬのも良いと思うレベルで恨まれるとは……どれだけ恨まれてるんだか。


 ライオはそのまま笑顔で周囲を見回し一言。


「皆様、鉱山労働への就職おめでとうございます。なに、1年での事故死亡率はせいぜい3%程度ですよ。冒険者より安全な仕事ですよ」


 次の瞬間、酒場内はハチの巣を突いたような大騒ぎとなった。そりゃそうだ、冒険者ほどは危険ではないにしろ無報酬で30年も死地に赴くというのは誰でも嫌だろう。ましてや、他人のやらかしで連帯責任を取らされるとなれば。


「死亡率3%って、そんな仕事に30年も付き合わされたらほとんど全員死んじゃうじゃないか!!」

「そこまでやらせて無報酬なんて、実質処刑じゃないの!!」

「な、なあ、悪かった、急に追放するなんて言った俺が悪かったから、落ち着け、な?」

「うるせぇ!! 俺は好き勝手やって、お前らも道連れにしてやらぁ!!」

「だ、誰か! こいつを止めるの手伝って!!」

「元はと言えばお前がちゃんと面倒見ないからだろうが!! 仲間の面倒くらい自分たちで見ろ!!」


 とりあえず冒険者が冒険者をちゃんと抑え込んでくれる環境になったのを確認し、ライオは女の子に


「ほら、もう大丈夫だから君は仕事に戻りなさい」


 と声を掛ける。


「あ、ありがとうございます」

「ソフィーちゃん、これ出来上がったから持って行って!」

「は、はい!!」


 ソフィーと呼ばれた女の子は厨房から呼ばれ、ライオに頭をペコッと下げてから厨房に向かって行った。


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